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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
13章 弘治3年(1557年)思惑の衝突
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125話 二つ目の決着

【飛騨国/入道洞城付近 織田信秀軍】


 先発撤退軍は、先行する朝倉軍半数に導かれ入道洞城が見える位置まで到着した。


「やっと一息付けるわね……」


 顔を負傷している帰蝶は喋ると傷が痛むのであるが、それでも呟かずには居られない安堵感を醸し出す。

 その弛緩した空気が軍全体に一気に広がる。

 別に帰蝶がその空気の発生源と言うわけではないが、誰もが殆ど同時に感じた安堵感であった。


 今―――

 先発撤退軍は『勝って兜の緒を締めよ』の状態である事に、まだ気がついていない。

 余りにも連発する予想外の展開と、撤退しているという現実が疲労を蓄積させ思考を奪った。

 しかも勝った訳でも無い。


 野球の投手が出番が終ったと思っていたら、『次の回も行け』と命じられると、前の回まで完璧に押さえていても、急に滅多打ちにあってしまう事がある。

 いわゆる『集中力』が切れた状態であるが、一回そんな状態になってしまうと、そこからもう一回臨戦態勢に精神を持っていくのはプロでも並大抵では成しえない。

 それが命を掛けた戦場ともなれば、安堵から闘争心を再点火させるのは本当に至難の業である。


 一度闘争心が消えた軍は、農兵、専門兵士関係なく、最弱中の最弱なのである―――


「……? このあたりなら江間が出迎えてもおかしくないハズ……。……ッ!?」


 織田信秀は、これから向かう地にある入道洞城方面から、煙が上がっているのに気がついた。

 そこにタイミング良いのか悪いのか、伝令が飛び込んでくる。


 確実にマズイ報告がくると確信した信秀は、急速に疲労感が圧し掛かるのを感じた。


「大殿! 一揆です! 一向一揆が!! 先発する朝倉軍が対処していますが防ぎきれません! 急ぎ指示を!」


 無事飛騨に到着した退却先発軍は、本来なら感じたであろうキナ臭さを感じられなかった。

 疲弊と負傷による倦怠感と、安全地帯に辿り着いた安堵感が本来感じさせる危機を忘れさせた。


「指示……指示……! 退く!? どこに……!? 元の路を辿れば殿軍を塞いでしまう……! 前方左右は……今の疲弊した軍では逃げ切れん! どうする!? 決まっておる! 前方しか無い! 無いが……!!」


 武田は追撃を諦めているので、元の道を戻るのは戦略としてアリなのだが、そんな武田の都合を知る由も無い信秀は当然、誰であっても引き返す選択は不可能である。

 百戦錬磨の信秀は今の軍が戦える軍ではない事を理解しており、指示を出すのを躊躇ってしまっていた。


 その信秀の下に、更なる急報が届く。


「道三殿が出陣!?」



【飛騨国/斎藤道三軍】


 同じ内容の急報は斎藤軍にも届いていた。

 やはり帰蝶や明智光秀にしても、信秀と同様に一揆にどう対応すべきか判断に迷ったが、一人素早く決断を下す者がいた。


「ワシが出よう……」


「大殿!」


「父上! 出るって、安静にしていなければ……!」


 道三の鎧は脱がされ、着物とサラシが真っ赤に染まっている。

 顔は真っ青を通り越して白い。

 血が流れすぎたのである。


「この様子ではワシは助かるまい……。今、仮に何事も無かったとしても……ワシは死を免れぬじゃろう……」


「……ッ!」


 本来ならば嘘でも『弱気な事を申されますな』とか『傷は浅いですぞ』等と励ますのが普通だろう。

 何故なら、言えば言霊の力が作用して回復するかもしれないし、不吉な事を言って実現しても困る。

 従ってここは絶対に、道三の言葉は否定しなければならないが、そんな御世辞も出てこない程に道三の状態は悪かった。


「闘争心の消えた兵の心を取り戻すには……誰かが奮戦しなければなるまい……。本来なら死を厭わぬ豪傑、武辺者の出番じゃが、今この場には生憎と豪傑はいない。強いて言うなら帰蝶、お主なのじゃが、今のお主では万全な闘いはできまい。ならばワシしか適任者は居るまいよ……」


 そんな宗教的真理と事実が、確実な死期によって頭から消し飛んでしまったのか、道三は青い顔で晴れ晴れと無茶な策を語った。


「しかし……」


 当然、帰蝶や光秀は反対しようとするが、もっと万全ではない道三が帰蝶に今は不適合だと告げた。


「『しかし』は無しじゃ……。どうせワシは直に死ぬ。ならば活用せねばな? 老い先短く口うるさい先代が消えるのだ。好機と思え。これからはおぬし等の時代だ……!」


 そう告げるや否や、道三は思ったよりも確かな足取りで歩き出した。


「備後守殿(信秀)に伝令を送れ……。斎藤軍に続けと。十兵衛(明智光秀)には軍全体の指揮を託す……。帰蝶はワシの共をせい……」


「大殿!!」


「は、はい……!」


 本来なら死ぬと理解していて、主筋の人間を送り出すなどありえない。

 瀕死の重態であっても、例え死体であっても守り抜くのが当たり前である。

 しかし道三の鬼気迫る覚悟と、現在の状況と、挽回するとすれば道三しか適材適任がいないのも事実である。


 斎藤軍は、前主君を先頭に進み始めるのであった。


「……思えば、お前が部屋を飛び出してきた時から始まったのかのう?」


 唐突に道三は語りだした。


「は、はぁ……えっ!?」


 転生した瞬間を言い当てられた帰蝶は、父の言葉に驚きを隠せない。

 蝋燭の最後の輝きとでも言うべきか、道三は運命が変わった瞬間を感じ取っていた。(7話参照)


「帰蝶……お主は信じられん程に強く、しかも何故か強さに見合わぬ不自然なまでに異様な殺気を放出しよる……」


「は、はい……」


「それが悪いとは言わぬ。それが出来るだけでも傑物と言える……。もう喋るのも苦しいから、アレコレ言わんがワシの戦いを目に焼きつけよ……。その上でお主は持てる力の全てを出して薙刀を振るえ」


「は、はい……!」


 道三は帰蝶と其の他の精鋭を率いて一揆軍の激戦区までやってきた。


「帰蝶……やれ……!」


 道三に促され帰蝶は全力全開で一揆軍に踊りかかる。

 殺気を撒き散らし、この戦場のどこであろうとも、この地で何かが起こったとハッキリ解る暴れっぷりである。

 顔の傷が開いて血が流れ落ち、サラシで片目が塞がっているので遠近感が掴めず精彩を欠くが、そんな事はお構い無しである。

 むしろ、己の血と返り血だらけの女武者が暴れる異常な光景が、敵には恐怖に、味方には頼もしく映る。


 そんな中、道三は一歩一歩進みながら、まるで蛇が地上の草むらを掻き分けながら進むがが如く、スルスルと槍を繰り出す。

 殺気が出せる体力はもう無い。

 腕力で捻じ伏せる戦いももう出来ない。

 今出来るのは、極限まで無駄を無くした、否、無くさざるを得ないのであるが、瀕死の体に負担の掛からない極めて自然体で槍を振るった。

 まるで、膳に置かれた箸を掴むように、硯に置かれた筆を取るように、体の痒いところに手を伸ばす様に、無造作に槍を伸ばす。


(おお! 死の間際にきて槍の才能が開花するとはな! 急所があんなに鮮やかに光って見えよるわ!)


 一揆軍は、武士に比べて非情に粗末な防具しか身に付けていないが、そういう事ではない。

 例え全身甲冑に身を包んだ武者相手でも、同じように屠っているだろう。

 今の道三には、首の動脈を狙うのも、口内や目に槍を刺すのも、四肢の筋を切断するのも自由自在であった。


(銭に油を通すよりも楽勝じゃ! なんじゃ。槍とはこんなに手に馴染んで自由自在じゃったか! もう少し早くこの感覚を知っていれば、美濃一国以上を奪い取れたじゃろうになぁ)


 かつての若き時代の、油売りパフォーマンスが脳裏をよぎる。

 土岐氏を傀儡とし美濃でのし上がる人生を振り返る。

 道三の周囲に瞬く間に死体が積み上がる。

 歩んだ場所には死が降りかかる。


 朝倉宗滴や斎藤義龍の槍が剛槍であるのに対し、道三の槍は柔を極めたかの様な鮮やかさであった。


 もう道三1人で戦局を引っ繰り返す勢いである。


 道三は戦い槍を振るい、立ち塞がる敵を屠って屠って―――道三は静かに倒れた。


「父上!」


「大殿!」


 周囲の敵を一掃したあと、道三は必死の呼び掛けにより意識を取り戻した。


「……倒れておったか。……帰蝶よ。お主は好きに生きよ。うつけ殿と共に高みを目指せ。あとついでに義龍も頼んだぞ? ……ククク。可愛い娘に見守られ、次世代の躍進を託せる者達と共に戦い戦場で果てる。マムシの死に場所としては出来すぎじゃな?」


 息子の義龍に討ち取られた前世など知る由も無い道三であるが、この乱世にやりたい放題やって、畳の上では死ねなかったが、娘に看取られて逝く事に最上の幸福感を味わっていた。


「何を仰いますか父上! 私はまだまだ父上の恩に報いて―――父上……」


 氏素性も解らぬ油売りの身から美濃を掠め取り、今、織田信長の義父にして、織田家の盟友で天下に其の人ありと言われた斎藤道三が散った。


 この超大物の死に、撤退先発軍は息を吹き返す。

 闘争心の萎えた心に再び燃え上がる。

 その勢いを見逃す信秀では無かった。



【飛騨国/織田信秀軍】


「権六(柴田勝家)! 三左衛門!(森可成)! 尾張守(織田信広)! 準備は出来て居るな!?」


「はッ!」


「ここにッ!」


「万全です!」


 後方を警戒していた織田の誇る豪傑である勝家と可成、更に、信秀にも匹敵する器用の仁たる信広が戻ってきた。


「三郎(信長)達の帰る場所を確保する! 入道洞城を攻め落とせ!」


 今の入道洞城は一揆軍が占拠しているが、信長の工夫が凝らされた城を有効活用できる知識など持ち合わせていない。

 それに、信長が晴信を追撃する時に堀の一部を埋め立てたので、囲いは不十分であり鉄壁の要塞とは程遠い。


 また、まだ道三か没した事は知らないが、斎藤軍の異様な奮戦に触発され信秀軍も士気を回復させていた。

 城を奪い返す事など、勝家、可成、信広の精鋭軍には造作も無い事であった。


 その精鋭軍に続いて信秀本軍も進軍を開始する。

 城の奪還は確実であった。


 一揆軍の場当たり的な攻撃を的確に読み、先手先手で潰していく。


 その堅実で老練な指揮は、さすが器用の仁と評される信秀の真骨頂である。

 そんな信秀の才は、こんなドタバタな遭遇戦でも発揮された。

 まるで、死に際の道三の槍の如く。


 ところで―――

 戦場で一番恐ろしい攻撃とは何だろうか?

 豪傑の操る槍、集団で襲い掛かる足軽の槍衾、騎馬の体当たり、名手の射る弓、未知の火薬兵器など、どれも恐ろしいのは間違いない。


 しかし、あえて別格の恐ろしさを持つ攻撃をあげるとするならば『流れ矢』であろうか?

 目標を逸れ、殺気も狙いも感じられない、意識の外から飛んでくる、まさに流れてきた矢である。

 それ故に察知が出来ない。

 運の良し悪しだけが生死の分かれ目になる。


 本当に運の悪い事であった。

 勝家達を前に出すのではなく、違った指示を出していれば結果は変わったかもしれない。

 一揆軍の放つ『へなちょこ』としか言いようが無い矢は、寒風に乗り流れて一人の武将に当たった。


「大殿!!」


「……かはッ! さ、三ろぅ……!!」


 信秀は、口から血を吐き出しながら落馬した。

 甲冑の隙間に吸い込まれるように、首に流れ矢が命中したのである。


(……何とあっけない。斯波様から尾張を簒奪してここまで来たが、まぁ因果応報と言った所か? ここらが潮時なのじゃろう)


 長い事、意識を失っていたのか?

 それとも、大して刻は経過していないのか?


 信秀は一旦は意識を取り戻した。

 しかし喋ることは出来なかった。


「大殿!」


「父上!」


 勝家、可成、信広が叫んでいる。

 どうやら奪還した城の一室に居るらしい事は、察することができた。


「親父殿!」


「父上! 勘十郎にございます!」


(そうか三郎も勘十郎も戻ってきたのか。ならば織田家は安泰よ……)


 もう既に家督は譲って後顧の憂いは無い。

 今、自分が消えても大した事にならないと、信秀は確信している。


 信秀は腕を伸ばすと息子たち三人がその手を握ったが、それも一瞬。

 腕から力が抜け落ちた。

 守護の家臣の、そのまた家臣の身ながら、尾張最大の実力者に上り詰め、今川義元、太原雪斎、斎藤道三と互角に戦った尾張の虎が、その人生に幕を下ろすのであった。


「……各軍を率いる者を集めよ! 斎藤、朝倉にも伝えよ!」


 2回目にもなる父の死に、ギリギリ信長は間に合った。

 最後の言葉を聴く事が出来なかったが、この乱世で死に目に会えるのは幸運なのだろう。

 武田軍の追撃が無いと判断し、後続軍を置き去りにする単騎駆けの判断も後押しした。

 ついて来れたのは一部の重臣と朝倉宗滴のみである。


 その信長が、先代達の死を無駄にしない為に指示を出す。


「父上とマムシ殿達が立て直した軍をもってして脱出を図る! しかし其の前に飯を振舞え! 傷を手当しろ! 撤退先発軍は交代でしっかり休め! 後発軍は陣の建築と周辺の制圧じゃ!」


 思いの他、動揺している事に驚いている事に驚く信長は、現場が死地であろうとも、一旦兵を休息させるべく陣を敷く事を命じた。

 織田連合軍は飛騨で戦い、信濃まで敵を追い、すぐさまに取って返す強行軍を続けていた。

 隣国の越前、あるいは美濃は眼と鼻の先とは言え、これ以上の強行軍は犠牲者が増えるだけだと信長は判断した。


「と、殿! 篭城するのですか?」


 信長の指示は、つまるところ篭城を意味する。

 信秀や道三の敵討ちの勢いで一気に突き崩すかと思っていた諸将は、不意を突かれたのか、指示を瞬間的に理解できなかった。

 唯一、朝倉宗滴だけが即座に配下に指示を出せたぐらいである。

 その宗滴が確認を取る。


「三郎殿、その指示を出すからには何か光明があっての事じゃな?」


「勿論です」


 宗滴の質問に、信長は確信を持って応えた。


「ならば良い。ワシはまだまだ暴れたりんからな。ちょっくら行ってくるぞ!」


 篭城も戦術の一つであるが、あえて今、急遽篭城するからには何か策が無ければジリ貧である。

 何故なら篭城軍が必要とするのは、古今東西『援軍』であると相場は決まっている。


 では、今のこの窮地の軍を救う援軍は誰なのか?

 朝倉延景(義景)は加賀一向一揆に備えている為、所領を開けるわけにはいかない。

 斎藤義龍は西を注意しなければならないので出撃できない。

 留守居の北畠具教は尾張、伊勢を六角から警戒しなければならない為、持ち場を離れる事は出来ない。

 誰がこの場に駆けつけるのか、諸将は解らなかった。


 しかし、ちゃんと援軍は現れた―――



【飛騨国/今川義元軍】


「悪い予測は当たる物だな……。いや当たってはおらぬな。予想外すぎたわ」


 武田義信に嫁いだ里嶺よりもたらされた情報、『長尾と武田は繋がっている』という驚愕の情報に義元は困った。


 どれくらい困ったかと表するならば、今川家は桶狭間で敗れて以来、対外的には平静を装いつつ、しかし、(ほつ)れて危険な綱の上を歩くが如くな綱渡り外交の連続であった。

 だが今回は、危険な綱に加え、強風吹き荒ぶ環境での綱渡りと錯覚しそうになる位に困った。


 武田との同盟の都合上、三好派としての戦略の都合上、織田との主従関係と信長の戦略の都合上、織田とは手を結ぶが、かといって積極的な支援をする間柄としていない。

 その報告を聞いて義元は、引退した雪斎のいる寺に駆け込み確認を取る。


『和尚!! 武田と長尾の同盟だそうじゃ。和尚は里嶺と会談したのじゃろう? 真偽能うか?』


『……!? なんと……!! しかし間違いありますまい。これは……里嶺様は特大の情報を掴みましたな』


 雪斎にしても里嶺がこれ程の情報を掴むとは思っておらず、口に含んでいた白湯を噴出しそうになったが辛うじて堪えた。


『間違って欲しかった……』


 義元と雪斎は唸った。


 長尾軍が来襲する―――

 今川家としてどう対応するか?

 一歩間違えば今川は消し飛ぶ情報であり、非情に難しい対応を迫られる。

 それほど長尾と武田の同盟は驚天動地の報告であった。


 何故なら、こんな最上級機密を織田に漏らせば必ず晴信に疑われる。

 どんなに極秘にしても、信長がそれを見破る行動を取れば、今川は必ず疑われる。

 証拠など必要は無い。

 何故なら戦国時代は証拠が全ての現代ではない。

 戦国の人間に証拠など必要ない。

 疑いだけで攻める理由になる。


 故に長尾を見越した行動は取れないし、三国同盟の揺るぎも信長も望んでいないと義元と雪斎は判断した。

 しかし知らなかったと動かぬ判断は出来ない。

 長尾の暗躍も気になる所である。


 ならばすべき事は何か?


『決まっている。信濃へは向かえん。ならば飛騨に向かうしかあるまい。同じ派閥として、同盟者として、何ら不審な行動ではあるまい』


 三好派として、同じ三好派を援護する。

 何もおかしい行動ではない。

 しかし、武田とは三国同盟の都合上戦えないので、信濃には向かえない。


『それが良うございましょう。飛騨の決戦は余程の事がなければ織田が勝ちましょう。しかし信濃に決戦場所が縺れ込んだ場合どうなるのか予測は難しい。三好派として、今川家の立場として先ずは三河で待機し情報を収集するのが肝要かと』


 雪斎は今、今川家が出来る最良の意見を出した。


『そうじゃな。場合によっては織田は押し込まれるかもしれぬ。これは大変な事になろうが立場上仲裁を買って出て落とし所を造ってやるのが良かろうな?』


 義元もソレしか無いと頭では理解している。

 ただ、一押し雪斎に後押しして欲しくて訪れただけである。

 そんな義元の心情を雪斎は見抜いた。


『フフフ。全く……。拙僧は引退したのですぞ? 殿の決断はどんな結果であれ正しい。殿は拙僧が鍛えに鍛えた今川の至高たる街道一の弓取り。その判断。自信を持ちなされ』


『フッ。今生の別れの様な事を言うでないわ。和尚の前ではワシはまだ子供で居たいのじゃ』


 今川軍は、三好派として生き残る為に、同盟相手の織田家を援護する為に、主たる信長を守る為、三河で待機し情報を集め―――


 最高のタイミングで飛騨に現れた。


 早ければ武田に疑われ、遅くても織田が滅びかねない瀬戸際の絶妙極まる義元の判断である。

 勿論、もっと早ければ道三や信秀は死ななかったかもしれないが、それは望みすぎであろう。

 むしろ大物が討死にした事で、今川の武田に対する背信行為がカモフラージュされると思えば、やはり最高のタイミングであったと言えよう。


「まさか本当に一向一揆とはな!! しかしコレは好都合!」


 流石の義元も不測の事態が、まさか一向一揆だとは思いもよらなかった。

 その情報を三河で掴んだ時は、流言の類かと疑ったが、長尾の暗躍を掴んでいる以上可能性が無いとは言い切れない。


 それに本当に一向一揆なら、義元の言う通り実に好都合であった。

 もちろん連合軍の危機が好都合なのではない。

 もし、この場に武田軍が押しかけていたら、今川軍としては仲裁ぐらいしか動きようが無い。

 しかし、長尾景虎が武田との同盟を破棄した結果、武田軍は飛騨に追撃が出来ず、結果、今川の動きを封じる障害は消え去った。

 故に好都合なのである。


 今川軍の存在は、一揆軍を後退させるのに効果覿面であった。


「これなら誰に憚る事もあるまい! 一揆軍を突き崩し、朝倉を越前に、織田と斎藤を美濃に導く! ここが今川の存在感の見せ所よ! 彦五郎(今川氏真)は次郎三郎(松平元康(家康))と共に入道洞城へ行け!」


「は! 勿論です!」


「承りました!」


「ワシ等は囲いを破り脱出の支援をする! 行くぞ!」


 息苦しい毎日を送る今川家は、ここがストレスの発散場所とばかりに突撃をするのであった。



【飛騨国/織田連合軍】


「と、殿! 援軍です!」


「今川じゃな!?」


 信長は義元とこうなる事を見越して協議した訳ではない。

 義元は信長に臣従して居るとは言え、方針を踏まえた上で自由に行動させている唯一の人間である。


 今川義元は、信長が武将として最大級の信頼を置く傑物でもある。


 この事態に一切動かないなどありえないし、どんなに悪くても三河には待機していると確信しており、事実、親衛隊の間者情報網にて、三河待機の情報は掴んでいた。

 その後は、信長は武田との戦いで義元の動きを掴んでは居なかったが、しかし義元がこの状況で信濃や飛騨の情報収集をしない判断をする凡将などという事は、今の飛騨の状況よりも有り得ない。

 ならば必ず援軍として来ると確信していた。


「さすが義元! よし! 全軍で脱出するぞ!」


 落ちた戦意も回復し、統率のとれた軍に立て直したならば、一向一揆を突き破って国に帰還するなど、何ら難しい事ではない。

 飛騨の一向一揆を今川軍が突き崩し、その隙を見逃さず朝倉軍、斎藤軍、織田軍は脱出を果たし、無事に自分の領地へ辿り付く事が出来た。


 こうして―――


 武田晴信の飛騨侵攻を機になし崩し的に発生した、信濃深志盆地での織田連合軍対武田連合軍の戦い。

 そこから派生した、後世に第三次川中島の戦いに含まれた、長尾軍対武田北条軍の戦い。

 さらに、飛騨一向一揆対織田連合軍の戦い。


 将軍派、三好派、中立派の代理戦争とでも評すべき、勝者がハッキリしない戦いが終った。

 人的損害が大きい織田連合軍。

 成果が得られなかった武田連合軍。

 望み通りの結果を出したが孤立した長尾軍。

 加賀に続いて無法地帯となった飛騨。


 それぞれの勢力が、何を得て何を失ったのか?

 これらの結果から、この先どう進むのか?


 各々の勢力は、頭を悩ますことになるのであった。




【飛騨国/一向一揆】


「逃げられたか。しかし江間と三木が滅び、道三と信秀を討ち取ったのは大きい。充分な成果じゃろう」


 一揆軍を扇動する本多正信は、斎藤道三と織田信秀を打ち取った事を知ると、静かに飛騨の地を後にするのであった。

あけましておめでとうございます!


年末年始、武将の死に様を考え続けておりました!

今年も信長Take3をよろしくお願いします!

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