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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
10.5章 天文23年(1554年)方針
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104-1話 願証寺 飢

104話は3部構成です。

104-1話からお願いします。


今回の話は『R15』に抵触する可能性のある話です。

R15表現の加減には配慮しましたが、小説家になろうガイドラインに対して良いのか悪いのか判断がつかない処もあります。

ご注意の上お願いいたします。

 どれだけ信長が願証寺の危険性を話して聞かせても、実際に体験していない家臣達には想像の範囲外である。

 むろん、武将も兵も油断もしなければ楽観視している訳でもない。

 自分の想像できる範囲で最大限の注意を払っていた。


 しかし―――


 それでも、この現実は想像の遥か上を行っていた。

 ただ史実を知る者と知らぬ者では、その隔たりは絶対であり残酷であった。



【伊勢国/願証寺 織田軍完全包囲完了 1日目】


 全ての砦を落とされた願証寺一向一揆。

 敗走兵の受け入れ、備蓄武器の分配と枯渇間際の兵糧。

 どう考えても逆転の目は無く、華々しく散るか、細く長く生きながらえて縊り殺されるかの二択の願証寺―――と、良識ある他人の目からは()()としか見えないの。

 だが信仰心の賜物か、はたまた『幾ら何でも神聖な寺院を破壊する様な真似はしないだろう』との安心感から不思議と戦意だけは高かった。


 今も逆転の可能性を探して偵察を送り出し、織田軍の情報と隙を探し出そうと必死てある。

 その偵察が信長本陣を眼下に捉える場所にたどり着いた。


「何をやっとるんじゃ、ありゃあ?」


 しばらく様子を見ている内に偵察隊は異変に気が付いた。


「ッ! こ、こんな事が許されるのか!? ふざけた真似を!」


 偵察隊は激高する。

 それはそうだろう。

 何せ信長は本陣の前で相撲大会を開催していたのだから。



【伊勢国/織田軍 信長本陣】


 土俵では、船戦で全く役に立たなかった佐々成政と前田利家が、お互いの恥を隠すかの様に激闘を繰り広げていた。


「ウヌヌヌ!(さッ、佐々の兄貴……ッ? そろそろ疲れたでありましょう……ッ!? ここで負けても誰も責めはしませんぞ……ッ!?)」


「ヌウッ!! グググ……ッ!!(又左! 殿の前で良い恰好したいのだろうが、そうはいかんッ! 貴様こそいい加減に……くたばれィッ!!)」


 成政が、年長者の意地を見せ、利家を豪快に投げ捨てた。

 震える足腰で成政が勝ち名乗りを上げるが、その震えは未だ収まらぬ船酔いの所為である。

 それを何とか誤魔化す様に、本来の力を出せぬ状態の二人がぶつかり合い、それが不思議とがっぷり四つで噛み合い名勝負が生まれていた。


 ただ、少なくとも彼らの船酔い事情を知る信長達は、追及するのも可哀想と気を使い、気づかぬフリをしており、完全に茶番である。


 そうとは知らずに生温い激闘を制した成政は、生温い歓声を受け拳を突き上げるのであった。

 この相撲も当然、油断から遊んでいる訳ではなく、挑発をする事で信徒を引きずり出す目的がある。


「よし次の勝負じゃ! 願証寺の偵察にもよく見える様に、気合の入った勝負をするのじゃぞ!」


 その左手には汁椀、右手には箸が握られていた。 

 明智光秀と今川氏真が腕に寄りをかけて作った味噌汁を食べながら。

 信長は、どこかで見ているであろう偵察に配慮しつつ、勝負を楽しむのであった。

 


【願証寺偵察隊】


 成政達の醜態名勝負と、その勝者を信長が称えている様を遠目で確認した偵察隊。


「相撲なんぞ見せつけ……ん? 何かいい匂い……!? これは味噌の焼ける匂いか!?」


 偵察が感じた通り、海側からの風に乗って良い具合に焦げた味噌の香りが漂ってくる。

 空腹の腹と精神に大ダメージを与える魅惑的過ぎる香りだった。

 途端に我慢していた感情と共に腹の虫が鳴り始め、今まで何とか封じ込めていた感情が沸き上がる。

 単なる朝食抜き、昼飯抜き等で感じる空腹感とは次元が違う食への渇望、即ち『飢餓』である。


 願証寺は長年の織田包囲網と農作業よりも優先させた砦建設で、兵数に対する兵糧は大赤字であった。


 それに伴い食事の量は日に日に減り、食べられる野草は食べつくし、川魚なんて捕まえたら奪い合いで、蛙や蛇も胃の中に消えていったが、それでも固形物であるだけ、まだマシであった。


 起死回生の作戦だった大木砦への侵攻は全滅に終わり、織田軍の返す刀で、砦は全て奪われ願証寺は敗残兵で溢れかえった。


 こうなると兵糧は加速度的にも程があるスピードで減り続け、米は当然、稗粟の雑穀類もお粥状態になり、今はそのお粥すら豪華な食事だったと言わざるを得ない程に、今は湯で薄められた『味のしない何か』な状態だ。

 それなのに、味噌なんて良い匂いを嗅いでしまったら、飢餓を感じて当然である。


 こんな状態に陥っては、願証寺側も口にはしないが、救護した兵として役に立たない敗残兵には、いっそのこと願証寺からも逃げて欲しいのが正直な気持であったが、包囲網がそれすら許さない。


 ここに至って決断をしなければならなかった。

 降伏か決戦かを。

 それを判断する為の材料を得る為に偵察を放った結果が、織田軍の相撲大会と贅沢な食事風景であった。

 大木砦で生き延びた者から聞いたあの挑発を、本拠地の目の前でまたしても許してしまっていた。


「とにかく……帰還して報告を……!」


 偵察は怒り心頭で帰還すると、ありのまま伝えた。


「な、な、な、何たる暴挙!!」


「これは戦ではない! 野盗の虐殺と何ら変わらん!」


 激怒する指揮官達の中には信仰に基づき『玉砕すべき』と声高に叫ぶ者もいる。

 しかし逆に願証寺の僧侶は生への執着から『様子を見るべし』と先延ばしにする。

 願証寺本堂では喧々囂々(けんけんごうごう)の話し合いと言うよりは、むしろ叫びあいが繰り広げられていた。


「戦うなら今しかありませぬ! 先延ばしにすればする程、戦えなくなりまする!」


「そんな事は理解しておる! ただ、むざむざと信徒を死なす訳にはいかんのじゃ!」


「ならばこの状況をどう打開するのです!?」


「……ッ!! それは……その……落し所さえ信長に示せば……御仏が必ず味方してくれよう!」


「お、落とし所……? い、一体何を言っているのですかッ!?」


 今迄散々声高に、織田と敵対する方針を叫んでいた僧の掌返しに指揮官は絶望する。


「……死ねば……極楽でしたな?」


 この期に及んでの僧の発言に、勝利や生への執着も失せてしまった指揮官は決断した。


「ならば有志を率いて血路を開いて参りましょう……!」


「なッ!? ま、待ちな……さい……」


 指揮官は玉砕する事を選んだ。

 彼の言う事はある意味正しい。

 包囲完了後という致命的な遅れの後ではあるが、それでも出撃を選択出来た事は戦略的にも正しい。


 何故なら1分1秒毎に疲労と空腹で戦う力が失われる願証寺一向一揆に対して、織田軍は何もしなくても1分1秒毎に勝利が近づく。

 戦うなら今しかないのはこの場に居る誰もが理解しており、慎重派も強く引き留める事が出来なかった。



【包囲2日目】


「包囲の先に極楽浄土がある! 突撃!」


 昨日決断した指揮官が、決死隊を編成し命令を下した。


 しかし―――


 もし、ここで全員一丸となって、それこそ武器が無い者も僧侶も女子供も一斉に突撃すれば、少なくとも包囲の外へ脱出する機会はあったかもしれないが、籠城兵8000の内、出撃したのは3000未満。

 1万以上の兵力で囲う織田軍を突破するには、疲労困憊で栄養失調に加え武器防具も不足し、加えて、マトモに戦える兵は大木砦で大多数が討死しており、今の信徒では何もかもが不足している。


「おっ。来たか。そろそろ来る頃じゃと思ったわ。()()は出来ておるな? 誰一人として突破を許すなよ。ただし、追撃は許さん。追い払うだけでよい」


 一方余裕しゃくしゃくの信長は、予想通りの反応を見せる願証寺に愛らしさを感じつつ、予め用意させた()()された槍や矢の使用を命じた。


 一揆軍は織田軍から猛烈な矢の雨と、逆茂木や防護柵、土塁に阻まれ、出撃した3000の信徒は包囲を突破する事が出来ない―――だけなら全員討ち死にして極楽に送られて『メデタシメデタシ』だったのだが、結果は撤退であった。


 決死の覚悟と妄信的な信仰心も、暴力的に良い匂いのする織田軍に近付くだけで本能を刺激され、無理矢理抑え込んだ食欲が呼び起こされ現実に戻る。

 現実に戻れば、猛烈な空腹感と疲労と痛みで覚悟が鈍る。

 覚悟が鈍れば、生への執着心が芽生え死に対して恐怖する。

 死が怖ければ、退却するしかない。

 

 後は退却する信徒が一定数を超えれば、済し崩し的に軍は瓦解する。


 前々世から一向一揆に苦労してきた、ある意味、一向一揆を1番理解している信長の作戦勝ちである。


 元々兵としての質が悪い信徒兵の中でも、更に残りカスから絞り出した兵である。

 怖いのは最初の一撃だけで、これを許すと取り返しがつかない損害になってしまうが、その一撃さえ凌げれば何とでもなる。


 結局、返り討ちにあってしまった決死隊だが、覚悟の度合いと織田軍の攻撃の割には討ち死にしたのは300名未満で死者は意外な程に少なかった。

 これは願証寺の指揮官の状況判断や指揮、撤退判断が上手かった訳ではなく、織田軍の意図的な手加減である。


 数は多くとも突破するには基本的な体力が既に尽きている信徒なので、急所以外を適当に傷つければ簡単に歩みが止まる。


 歩みが止まれば渋滞する。

 渋滞すれば、より狙いをつけて急所を外して攻撃できる。

 あとは撤退するまであしらうだけである。


 しかしこの時、討ち死にし、極楽に旅立てた300名は本当に幸運であった。


「くそ! 何じゃあの堅牢な囲いは……!! 牢獄か!?」


 囲いを突破できず逃げかえる羽目になった指揮官が、あまりに防備の堅い包囲を『牢獄』と称した。


 その表現は正しい。

 今日までは正しかった。

 どんなに困窮していても『牢獄』ならば現世での表現内である。

 次の日からは、その『牢獄』すら生ぬるい表現と感じる状態に突入していくのだから。


 負傷しながらも何とか逃げ帰る事に成功した指揮官は後にこう思った。

 あの時討ち死にしておけば良かった。なぜ退却してしまったのか―――と。



【包囲3日目】


 昨日の敗北兵ではなく、大木砦からの敗残兵の中で重傷を負った者が破傷風を発症し、適切な治療が得られずに衰弱死していき、遺体の処理をしなければならなくなった。


 とりあえず、敷地の外に穴を掘って埋葬する。

 信徒でごった返す敷地内に埋葬場所は無く、織田軍も包囲に近づかなければ手出しは無かったので埋葬は無事に済ます事ができた。

 なお、お経が唱えられる事は無かった。

 そんな名前も知らない下賤の者の弔いより、勝利への念仏が最優先なのだから。



【包囲4日目~7日目】


 負傷者が徐々に命を落としていく中、ついに負傷ではなく栄養失調で体力の無い者が死に始めた。

 しかし兵糧を減らす穀潰しが勝手に死んでいく事を『幸運』と感じる程に、籠城する信徒の精神は病んでいた。

 そんな中、先日の突撃失敗から脱出は叶わない事を知り、積極的な交戦派は姿を消したが、今度は籠城派と降伏派で意見が割れ、疲労と栄養不足で働かない頭脳も相まって、延々と無駄な議論を積み重ねる。


「包囲は堅いが、かと言ってこれ以上攻めてくる様子もない! これ即ち織田軍は神聖な寺院を攻撃できずにいるのだ! ここは耐えて織田軍が退くのを待つのが上策じゃ!」


「兵糧豊富な織田軍が退くのを待つと!? それは一体いつまでの話ですか!?」


「退くまでに決まっておろうが!! 少しは考えよ!!」


 そんな状態に、業を煮やした願証寺のトップである証恵が、決断を下す。


「全員静まれ! 降伏はあり得ない!! 御仏に仕える我らが許しを請うなどあってはならんのじゃ!」


 どれだけ議論を重ねようが、降伏を選ぶ事だけは無いと証恵は断言した。


「しかし、このままでは……」


「解っとる!! このままで良いとも言っておらん! 安心せよ。本願寺本家が必ず救援にやってくる。その為の使者もとうに派遣しておる。じきに動きがあるはずじゃ。今の状態を1年も我慢せよと言う訳ではない! 半月もせぬ内に我らは救われようぞ!」


 これはハッタリでは無く、本当に証恵は本願寺本家に救援を要請していた。

 何とか織田が包囲する前に使者を送り出しており、順調なら今頃は到着か、早ければ先遣隊が派遣されているはずである。


「我慢比べである! ならば、常日頃修行している我らが勝つのは道理である!」


 厳しい現実の真っ最中であるが、証恵の一言で方針が決定された。

 さらなる地獄に向かって突き進むが如く。

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