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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
9章 天文22年(1553年)支配者の力
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90-1話 帰蝶のお勉強 信長の教育

90話は4部構成です。

90-1話からよろしくお願いします。

【尾張国/人地城(旧那古野城) 織田家】


 冬の寒さが和らいだ春先の、信長の居城である人地城。

 城内は信長の威厳と威光が行き渡り整然と―――とは程遠い雑然かつ騒然とした慌しさで、方々から喧騒と怒声が飛び交っていた。


 その人種も様々である。


 信長の家臣は当然として、商人、山師、大工、農民、猟師、親衛隊の面々が打ち合わせをしたり、出立の為に集まったりと、一瞬たりとも静かさを感じない混沌と化していた。


 そんな中、信長は自室で帰蝶と話していた。

 周囲がうるさいのでテレパシーである。


《では、ワシは美濃に向かうのだが、道三と義龍に何か言伝があれば聞いておくが?》


《特に有りません》


《そうか。では、三国における開発は一任する故に自由にやるがよい。一揆や反乱による緊急事態時には、父上や三国の責任者を頼り動け》


《承りました。何か有るとすれば願証寺や系列寺院でしょうが、巡回を強化して睨みを利かせます》


《うむ。それでよい。……して、道三と義龍に何かないか?》


《何も有りません》


《そ、そうか……!!(何か無いと向こうが()()()仕方ないんじゃが……!?)》


 信長は眼光を鋭く光らせた。

 何かあるじゃろ―――と。


 信長はそう訴えたが、帰蝶も負けずと目ギロリと返した。

 全く別に特段強いて何も有りません!!―――と。


《なッ!? こ、この、、いや何でもない……!》


 信長は『このワシにこんな目を返す奴は敵でも数える程しかおらんぞ』と、言いかけたがそこはぐっと堪えて情に訴えてみた。


《(道三も義龍も何と哀れな……)可愛い娘の―――》


《はい! では行ってらっしゃいませ! よろしくお願いしますねー!!》


 しかし即座に帰蝶に遮られた。

 いつも以上に冷徹で容赦ない反応速度である。


《ぬっく!》


《これも殿の仰った政治的判断ですよ》


 信長も帰蝶に政治的判断を例に出されて、見事に一本取られた。


《グッ。ワシの言質を取ったという訳か。やるではないか。じゃが……》


《殿の教育の賜物ですわ》


 帰蝶も父と兄の愛情には深く感謝しているが、ここまで邪険に扱うのには理由がある。


《教育……。責任を取ると言ったのはワシ……か。ワシじゃったなぁ……》


 一体2人と斎藤家の間に何があったのか?

 昨年に斎藤家の進撃に三好の横槍が入り、支配地域が一息ついた頃の話である。



【8章/近江戦後】


 道三と義龍は、戦が無くなって急に降って沸いた時間を内政や国の管理、戦の間に滞っていた帰蝶への安否確認の為に使った。

 婚姻半年前(転生)まで、重度の病身であった実績があるが故に、ある意味仕方ない部分もある。

 だが、その結果、手紙を通じて安否を気遣うのはまだ良いとしても、月に何度も二人から手紙と贈り物が交互に届けられ、帰蝶の部屋には手紙と物が溢れかえっていた。


 その品々の中には、信長の実力を認め共に歩む事を掲げてはいる。

 だが、娘や妹を取られた事は別問題と言わんばかりの『娘、妹を粗略に扱っておらんだろうな? ん?』と信長への脅迫メッセージと捉えるべきかどうか非常に迷う、妖刀かと見紛う業物の刀剣や薙刀も存在した。

 その手紙量は、後世の歴史学者が『斎藤家の実効支配者は帰蝶であった説』を提唱する程である。


 だが最近になって、妙な噂を耳にした。


 今浜の地名は、帰蝶を自陣営に取り込んだ地名に決定する―――と。

 斎藤家では近江侵攻の戦果として今浜の地名を変更しようとしており、未だに決着する事無く未決定のまま年を越えていた。(75話参照)


『ちょっと!? 決定権をこっちに投げないで下さいよ!?』


 帰蝶はその噂を聞いた時、稲葉山城に向かって叫んでしまう程に、どうでもよく、かつ、面倒くさい御家問題(?)と感じ取った。

 手紙と贈り物の対応だけでも辟易しているのに、さらに政治的問題に巻き込んで欲しくないと言うのが本音である。


 なお帰蝶も『今龍・龍浜論争』については聞いており、強いて選ぶなら『龍浜派』である。

 帰蝶にとって『今浜』が『長浜』に変わった歴史を知るので、『浜』が変更されると違和感が強過ぎるのである。

 とは言っても、それは個人的希望で『今龍』になったとしても別に文句はない。


 その程度の問題である。


 だが主君なのに大劣勢を強いられている義龍に『今龍はダサイ』などと言おうモノなら何が起こるか分からない。

 愛する妹まで敵対陣営に取り込まれたら、義龍の失意は計り知れないし『うわ~ん! こんな家、出ていってやるぅ~!』などと錯乱して家出でもされたら、理由が理由であり末代までの恥である。


『それに、かの上杉謙信でさえ家出した実績があるのよね。史実通り起きるのならあと3年後だったかしら?』


 帰蝶は史実で上杉謙信が家臣の統率に嫌気が差し、家を放り出して逃げ出した事を知っていた。

 前世で病で伏せる事が多かった帰蝶は、外の世界の話題が唯一と言ってもいい娯楽であった。

 その中でも上杉謙信の家ではインパクト絶大な話題だったので、今でも良く覚えており、歴史っ変化が起きている今となっては、何が起きても不思議ではないと認識したのであった。


 他家とは言え起きてしまった信じがたい事件が、自家で起きないとは断言などできないし、義龍は正徳寺の会談でやらかした実績もある。(8、9話参照)

 なので、余計に絶対に無いとも断言できず、結果『そんな些細な事で』と言い切れない兄、あるいは父の今回の歴史での性格故に、帰蝶も慎重にならざるを得なかった。


 厄介な問題の板挟みに困り果てた帰蝶は信長に助けを求めた。


《フフフ。まぁ、教えるのは簡単じゃが、これも良い機会じゃ。これを機に政治を学んでみるがよい》


 珍しく真剣に狼狽する帰蝶の姿に、信長は新鮮味を感じ笑ってしまった。


《えぇ!? こんな下らない事でですか!?》


 一方帰蝶は真剣そのものなので、ムッとした顔で遺憾の意を表しつつ、政治に例えられて困惑した。


《確かに議題としては下らん。下らんが、これはお主の視点から見れば合力する味方を選ぶという話じゃ。こう考えれば普段の政治や戦と何ら変わらん。従って政治的判断を学ぶには良い事例じゃ。今回の争いは言い換えれば『力を持つ者』対『多数派』じゃ。例の贈答品や手紙の山はその後に解決すべき話じゃ》


《力対多数……成程。手紙や贈り物は別問題ですか?》


《まぁ完全に別とは言わんが、まずは難しく考えずに単純化せよ。そうすれば今回の話で行きつく結論は『力を持つ者』対『多数派』になるじゃろう?》 


《そうですね。ただ、善悪でも利害でも判断が付けられる事ではありません。事今に至ってはメンツの問題が最大要因かと》


《そうじゃ。わかっとるじゃないか。大層なお題目の元で論争があっても諸問題の真の原因はメンツ。ワシも腐るほど経験してきた良くある話じゃて。今龍か龍浜かは最早別次元の話。お題目が飾りに成り果てるのは過去も今も、きっと未来でも掃いて捨てる程に溢れかえっておろう。のうファラ?》


《え、えぇ……まぁ……》


 急に話を振られたファラージャも、困惑しつつ信長の話に納得するしかなかった。

 未来における信長教の争いも、教義や考え方の是非ではなく、引っ込みがつかなくなったメンツ問題の側面が非常に強い。


《ならば後は簡単じゃ。選ぶ道はメンツを潰すか、立たせるか、あるいは取り持つか。このどれかしかない。その手段として武力で介入するか、または話し合いを促すか、裁定権を買って出るか、あるいは先送りか? 手段については複合もあり得るが、あとはお主がどうしたいか決めよ。政治的判断でな》


《成程……。考えてみます》


《おっと。一応言っておくが、本当にお題目が飾りにならず、真剣に争う場合も勿論ある。政治的判断を下す人間がここを誤れば禍根を残す事になる。今回はメンツで間違い無いが、くれぐれも注意する事じゃ》


 ここを間違えて、長年解決しない問題になった例も歴史には多数存在する。


《もう一つ。……いやこれはまだ良いか。今回の件については斎藤家と手切れになっても良いから好きにやってみせよ。責任はワシが取る》


 今回の件で真面目に取り組んだ上で、どんな失敗をしたら手切れなんて事態になるのか?

 さすがの信長でも想像の及ばない案件だったので、すべてを帰蝶に一任したので、伝えるのを止めた事を心で独白した。


(情をかけて禍根だけは残すな。ワシも何度も痛い目を見たしな。ただ……これが簡単に出来たら苦労はせんのだがな。骨身にしみて理解できても難しいわ。こんな非情な判断がいとも簡単にできるのなら、そ奴は本物の神仏か心の壊れた狂人しかありえんわ)


 情で判断を誤り禍根を残せば、大惨事になる事は歴史が何度も証明している。

 源氏の子孫である源頼朝や義経を、助命したお陰で滅ぼされた平氏などは良い例である。

 信長にしても史実では、情けをかけては裏切られ、約束を反故にされ手痛い目にあってきた。

 その集大成が本能寺の変の一面とかもしれない。


 そんな経験をした信長をして、今回の人生でも2回も自分を裏切った弟を実は未だに助命している。


(三つ子の魂百までと言うが……人の本質は簡単に変えられん。だからこそ上手く立ち回り導かねばならぬ)


 信長は非情なエピソードも多いし、事実そうである面も確かにある。

 だが『その非情さが生来の物か?』と言われれば、時代背景がそうさせた面が非常に強く、その決断を強いられるのが戦国時代の残酷な時代背景でもあった。


 信長も人の子である。

 確かに情に厚い面も存在するのである。

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