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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
9章 天文22年(1553年)支配者の力
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88-2話 信長の戦略 織田尾張守信広

長くなったので四分割します。

よろしくお願いします


【尾張国/清州城 織田家 織田尾張守信広】


「さて発展と言っても改めてやるとなると、どこから手を付けていくべきかな……?」


 織田信広は顎に手を当てて考えた。

 尾張は、信長が当主となった初期から計画的に動いて発展を手がけ、街道整備も開墾開発も治安維持も、あれもこれも色んな整備がそこそこ進んだ地域なのである。

 その陣頭指揮をとった明智光秀と平手政秀が、ある程度整えた物を引き継いでしまえば苦労は無い。

 だが、それでは尾張守を授かった意味が無いし、今回の役目が自分である必要すらない。


「しかし、平手の爺と明智殿の改革を台無しにする様な、余計な手出しをしては民が混乱して発展どころでは無い。平手達に白い目で見られてはたまらん」


 信広は、後ろ指を指される己を想像して身震いをした。

 平手政秀は教育専門として発展の任務は外れたが、変わりに引き継いだ丹羽長秀がしっかりと機能しており、明智光秀と連携して尾張、美濃間の発展を担ってきた。

 今回の信広の尾張守任命において、長秀と光秀は尾張-美濃間の通商に特化する事になる。


「尾張守か。とんでもない重責じゃな……。成果をブチ壊してしまっては後世に何を書かれるか。恐ろしい! ここは敢えて自分の色を出さないのも勇気か……?」


 新任者が前任者の後を継いだ時、独自色で頑張り過ぎる、あるいは上役からより一層の成果を強く求められ、その結果前任者の成果どころか全てを破壊してしまい、焼け野原にしてしまうのは良くある話である。


 例えばプロスポーツの次期監督が、有名飲食店の二代目が、昇進したばかりの管理職が―――


 確かに前任者の色を消し飛ばす、改革の断行が必要な時もある。

 だが、それを成し遂げるにしても、綱渡り的繊細さが必要であるし、植物が水や栄養を与えすぎても枯れてしまう様に、上手く回っている時は現状維持も勇気である。

 何でもかんでも動けば良いという訳ではない。


「しかし、弟は何よりも停滞を嫌う性格……だと思う。しかし……ならば何ができる? 今の尾張には何が足りない?」


 信広は兄として、弟の性格を分析し頭を抱えた。

 当主は譲ったが、かといって『能力で負けた出来損ないの兄』と後ろ指をさされるのは、たまったものではない。

 絶対に結果を出さなければならない、正念場なのであった。


「今の尾張に無い物……無い物……」


 信広は拳で頭を叩きながら必死に考えたが、ただ漠然と足りない物を探す、となると、これは難題である。

 さらに貧乏で貧弱な国ならともかく、尾張は豊かで満ち足りた国である。

 現状が満足に近いのに更なる追加となると、全く別のベクトル思考が必要になる。


「他国にあって尾張に無い物……伊勢、志摩、駿河、美濃……。うん?」


 信広の頭に引っかかる物があった。

 手で頭を掻き毟った為、せっかくの髷がボサボサになっていた。


「伊勢! 駿河! これじゃ!!」


 廊下に控えていた小姓が、驚いて様子を伺うほどの大声である。


「殿……尾張守様!?」


 しかし、信広は全く気にせず閃きに没頭した。


「むっ! ……となると集まる場所や設備が必要じゃな! 催し物があってもいいな! おぉ!? 場所は熱田神宮が最適か? 海も近い! 九鬼殿にも協力を要請しよう! そうじゃ! あそこなら人が集まりやすいし盆踊りも行えよう!」


 当時の熱田神宮は海に近く、史実では江戸時代に東海道五十三次の宮宿が設けられ、伊勢へ海路で渡る『七里の渡し』が移動の手助けをして活躍した。

 熱田は織田家が支配する商業地の一つであり、ここが発展するのは誰にとっても、織田家に関係する国全てが潤うはずである。


「ワシはかの地を発展させ、文化と娯楽の街を作る! 連歌、猿楽(能)、武芸! やれる事はたくさんある!」


 信広は伊勢と駿河、すなわち文化大国の存在から、尾張に不足している事を『文化芸事娯楽』と定めた。

 これは極めて重要な事である。


 国の発展や豊かさ、あるいは幸福度を考える時の一つのバロメーターに『文化芸事娯楽の発展』がある。

 これらの発展に障害や検閲がある国は、地下資源が豊富など例外はあるが、大抵貧しく窮屈な国になる。

 何故かといえば、経済が停滞するからである。


 史実の江戸時代も似た時代があった。

 それが名君と呼ばれた、徳川吉宗が腕を振るった時代である。


 実は吉宗は財政の立て直しの為、勢い余って民にまで倹約を強いてしまう致命的な政治センスの無さで、文化の停滞と経済の悪化を招いてしまった。

 文化芸事娯楽は推奨はすれど、決して弾圧する物では無いのである。


 現代でも同じである。

 例えば日本の西側にある大国と、そこに隣接する将軍様の国。

 分かっているのは、恐ろしいまでの規制検閲弾圧と貧富の格差である。


 日本はそんな国では無いが、逆方向で極端な国である。

 様々な文化芸事娯楽を導入し、あの手この手で定着させようと商売人は必至である。

 恵方巻やハロウィン等はまさにその代表格である。

 ゴリ押し感は否めないが、クリスマスやバレンタインの様に定着すれば莫大な経済効果が見込める。

 こう考えると、今も昔も経済の基本路線は変わらないのである。


 長々と脱線したが、つまりは文化芸事娯楽の重要性である。

 そして!

 戦国時代に文化芸事娯楽に呆けた事が、不人気の原因とされている今川家、朝倉家、北畠家が、本当はどれだけ先進的で素晴らしい国であったか解って頂けると思う!


「ワシも演者として、猿楽をやってみようかのう!」


 そんな訳で信広は猿楽(能)や連歌会、あるいは親衛隊の技能大会を設けて賑わいを作り人と物と銭を動かす計画を立てた。

 一つの閃きから、洪水のように溢れるアイデアに、一人で盛り上がってしまう信広であった。


 その閃きの最後に、一つの可能性にも気が付いてしまった。


「熱田か……うん? 熱田!? まさか弟はこれを見越した盆踊りの指定だったのか!? ……まさかな。流石に無い―――いや、あるかもしれんな……まあ良い。その辺りは弟が考えておろう。ワシはかの地を発展させ、文化と娯楽の街を作る! 連歌、猿楽(能)、武芸! やれる事はたくさんある!」


 信広は決意を胸に秘め尾張発展を誓うのであった。

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