96話
用件が済んだので、おれたちは部屋を出てリーファを捜すと、通路の隅で座り込んでいた。
「リーファ、どうした? 大丈夫か?」
「うん……わたしは大丈夫」
全然元気じゃない雰囲気でそんなことを言われても、心配しないほうが無理だ。
「ジンタ様、わたくしが思うに、きっとリーファさん、出なかったのですよ」
「もぉー、だから、おトイレ行ったんじゃないのっ」
おれもひーちゃんも頭に「?」を浮かべた。
「クイナ、出ないって何が出ないの?」
ごにょごにょ、とクイナがひーちゃんに耳打ちする。
「それは大変なの。今すぐ出さないと、リーファが破裂してしまうの」
二人して何だ。クイナは何て言ったんだ?
「ジン君、おそらくリーは、便秘だ」
「そうなのか」
「違うからっ! それで困ってるわけじゃないから!」
あら、とクイナは予想が外れたようで首をかしげた。
「では、どうしたのですか? 座り込んで」
何かを言おうとして、リーファは口をつぐんだ。
おれたちはお互い心当たりの有無を目で確認するけど、みんな首を振った。
◆Side リーファ◆
みんなが楽しそうに前を歩く。
バルムント家へ帰る道中。
『聞こえますか、リーファ。こちら死生課――』
聞こえる。
聞こえる。
聞こえる――。
どうしよう、さっきからずっと。
――ずっと聞こえている。
エルピスちゃんと接触してバチってなったときからだ。
まったく見えなかったステータスが、今は見える。
ジンタのも、クイナのも、ひーちゃんのも、シャハルのも、全員のが見えた。
わたし――女神本来の力が戻ってる。
光の大精霊には神に近い力があって、わたしの存在がそれに呼応してしまったらしい。
『聞こえますか、応答してください。こちら死生課――』
この世界にやってきたときのステータス異常のせいで、今までわたしが交信出来なかっただけで、天界ではこうして呼びかけていたに違いない。
きっと、行方不明だったわたしを捜すために、この世界に限らずたくさんの異世界で女神の力の反応を探っていたんだと思う。
神の力を基準に捜すから、人間並の力しか持たなかったわたしを見つけることが出来なかったんだと思う。
けど今、女神の力が戻った。
わたしは天界に捕捉されているのだろう。
『――聞こえていますか? 先ほど貴女の力と所在を確認いたしました。応答出来ない状況ですか?』
基本的に女神が世界に降りれば、自力で戻れるから、他の神が同じようにこの世界に降りて捜したりしない。
そもそも女神の力の反応がないんだから、むこうからすれば、この世界にいるかどうかもわからない。
だから今まで他の神がやってこないんだけど、例外はある。
交信出来る状態なのに、何らかのトラブルで連絡が取れない場合だ。
天界では、この世界でわたしの力を補足。でも連絡がつかない。何かトラブルが起きた。誰かを迎えに遣わそう。
こんな流れになる。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう……。
『――リーファ。こちら死生課。応答してください――』
わたし――。
この交信に応じちゃったら。
天界に帰らなくちゃいけなくなる……。
このままでいても――きっと――迎えが――。
『事情があるのなら説明してください。交信可能な状態であることははこちらで確認しています。発信が出来ない状態であるのなら、特別措置として迎えを派遣することになります』
答えられない。
――まだここにいたい、なんて我がまま、天界の神には言えない。
少し語調が厳しくなる。
『こちらからの連絡を、もし無視しているのなら容赦はしません。下界に留まりたいという、個人的な都合でしかないのなら、貴女にかかわったニンゲン数十人、数百人、数千人を葬ります――。人間はすぐに増えますから、何の支障もないです』
「…………っ」
ジンタの顔が思い浮かんだ。クイナの顔が思い浮かんだ。ひーちゃん、シャハル、その他色々な人たちの顔が思い浮かんだ。
わたしのせいで、みんなが…………。
『貴女が天界に戻ってきやすくなるのであれば、望んでそうしましょう。その程度容易に出来ることは知っているはずです、貴女も神なのだから』
そこまで言われても、わたしはまだ何も言えずにいた。
『期日を設けます。二日。それまでに交信がない場合、状況を確認するため下界へ一旦降ります。何も問題がないのなら、天界へ連れて行きます。…………それがもし嫌なのであれば、貴女を取り巻く周囲の人間を排除し連れ帰ります。心してください』




