95話
この子が、勇者の仲間……?
しかも大精霊?
大精霊感はゼロだけど、きちんとステータスには精霊族って書いてある。
「家出少女を監禁しているってわけじゃなくてよかった……」
「カザミ君、君は私を何だと思っている」
半目でジギーに睨まれると、リーファが袖を引いた。
「ジンタ、本当にそうなの?」
「うん、ステータスには精霊族って。ただレベルもHPも表示がない」
「この世界にいる七元素を司る大精霊は、空気とか光とか闇とか、その概念を形にしたような存在だから。世界が滅ばない限り、消えないしなくならない」
七元素は火、水、風、雷、土、光、闇のことらしい。
だから千年も前から……。
「ザイードの仲間!? それは本当か!」
シャハルが詰め寄ると、光の大精霊は無表情のまま一瞥してこくり、とうなずいた。
「ジン君、この娘……もとい、大精霊を一晩中質問攻めしてもよいか?」
「あとでな」
勇者のことをいっぱい聞きたいんだろう。
「勇者が魔神に勝利して以降、この大精霊を王国で保護している」
「どう見ても監禁だったけどな」
「うるさい。放っておくと勝手に出歩いて騒動を起こすからな。一度、鍵をかけ忘れたことがあったが、そのときは、わずか三時間程度で富豪の幼妻になっていた」
三時間で何したんだ。
「彼女は魔神の脅威や復活までの猶予を我々人間に教えてくれる、語り部のようなことをしてくれる。それゆえ、代々の国王は、後の世代のため魔力を集め少しずつ少しずつ集めて、有事に備えてきたというわけだ」
「あ。永晶石を買い取ってるのって、もしかして?」
「そう。抽出した魔力をこつこつと集め、魔神復活時に使うためだ。莫大な魔力を秘める魔石の情報収集や回収も私たちの仕事だ」
クソ真面目にお仕事頑張ってるアピールをするエリート様を無視して、おれは大精霊エルピスに近づく。
猫みたいにおれをじぃっと見て、お菓子を背中に隠した。
鞘ごと剣を抜いて、彼女に見せる。
「なあ、エルピス。この剣のこと、何かわかるか?」
こくん、とうなずく。
そのまま何もしゃべらず紙袋に手を突っ込んでお菓子を食べる。
もしゃもしゃ。
おれはアイボからつい先日町で買ったお菓子の袋を出す。
「これ、食べる?」
ガサッ――。
ひったくるようにエルピスはおれの紙袋を奪った。
は、はええ……。手の動き、おれが見たのはきっと残像だろう。
「その剣……ザイードの剣。旅の途中、炎精霊に打ってもらった物」
光の精霊なのに、少しだけ陰のある暗い声だった。
もしゃもしゃ、と再びお菓子を食べはじめたエルピス。
「シャハルさんが以前おっしゃったことと同じですね」
おれたちは全員でうなずき合った。
「なあ、エルピス。どうして三年以内なんだ? 根拠は?」
「ザイードが言った。『千年後、魔神が復活する。状況次第ではそれよりも少し早いかもしれない。エルピスはそれを後の世に伝えろ』って。あと三年で千年」
エルピスは約千年前の勇者との会話を、昨日のことみたいに言ってのける。
「わかっただろう? だから我々は機関を設立し、勇者育成に力を入れていたっていうわけだ」
「ザイード、いい人を見つけられたのね。よかった」
ぼそっとエルピスがつぶやいた。
またお菓子をもちゃついていると、リーファを見て手を止める。
「…………」
「え、なに? どうかした?」
「神の座にある者……? 違う、おかしい……力が、閉じている」
ひそひそ、とリーファが耳打ちしてきた。
「ジンタ。この子、絶対やばい子よ。中四病ってやつでしょ、これ」
「中学卒業出来てねえな。そりゃ確かにやばい」
「あとそれと、あのお菓子、わたしが食べたいって言ってたやつじゃない?」
「欲しいならひと口もらえば?」
「フン。バカにしないでよね。女神がそんなに食い意地張ってるわけないじゃない」
ぷん、とリーファは顔をそむけた。
じゃあ何でお菓子の確認してきたんだよ。
「…………」
ちらちら、とエルピスの手元をチラ見するリーファ。
すすすすす、と近寄った。
「……ひとつ、わたしも欲しいんだけど……もらえないかしら?」
舌の根も乾かぬうちにそれかよ。
エルピスはというと、無表情のまま少し嫌そうに唇を曲げた。
嫌そうに紙袋に手を突っ込み、ひとつ取り出してリーファに嫌そうに差し出す。
「ありがとっ」
よしよし、と頭を撫でて手を伸ばす。
指同士が触れ合った瞬間だった。
バヂンッッッッッッ――!!
白銀の稲妻が爆ぜて、二人から神々しいくらいに眩しい光が溢れる。
すぐにおれの視界は真っ白に塗りつぶされた。
「――、……?」
おれが目を開けると、みんなも不思議そうにきょろきょろしていた。
クイナが誰に尋ねるでもなく言った。
「今のは、一体何だったのでしょう……?」
「リーファが、バチってなったの」
エルピスはというと、特に異変はないようで、無表情のままでお菓子をパクついている。
リーファの全身から、魔力の粒子のようなキラキラしたものが出ていた。
「おいリーファ、大丈夫か?」
「えっ……? なに?」
ぼうっとしていたリーファが、おれの声で我に返った。
出続けていたキラキラした粒子はもう収まっていた。
「一瞬すごいことになったから、大丈夫かなって思ったんだ」
「あ。ああ、うん、わたしは大丈夫」
紙袋の中をのぞいているエルピスが言った。
「神の座にある者と大精霊の接触により、閉じていたものが開いた」
閉じていたものが開いた?
なんだ、そりゃ。
なぞなぞか何かか?
おれがジギーを見るとお手あげらしく、肩をすくめて首を振った。
「私にもさっぱりだ」
神の座にある者って言っていたけど、リーファが女神だって、エルピスはわかったらしい。
光の大精霊らしいし、何か感じるところがあったんだろう。
「リーファは、さっきの何かわかる?」
「え――!? ええっと、ええと……。わ、わたしにも、わかんないかも」
そうか、結局みんなわからないのか。
おれはそれから、エルピスに魔焔剣のことを訊くことにした。
「わ、わたし、ちょっと席外すね?」
「どこ行くんだ?」
クイナが渋い顔で首を振っている。
「ジンタ様っ。リーファさんはお花を摘みに行くのですよ」
「は? 花を摘む? 何で今?」
「出そうだからに決まっています」
出る!? 花が!?
ど、どこから出るんだよ。女ってコエーな。
なんかシャハルがくすくす笑っている。
ひーちゃんもやれやれといった様子で首を振っている。
「ご主人様、そうゆうのはダメなの。でりかしーがないの」
何だよ。おれ、何か変なこと言ったか? って、肝心のリーファいなくなってるし。
ま、いいか。
シャハルを見たエルピスが、納得いったようにうなずいた。
「あなたが、ザイードの言っていた魔女?」
「いかにも」
ああ、そうか。
勇者の仲間だったら、シャハルがあの島で勇者ザイードを待っているってことくらいは聞いたことがあるのか。
それでこの機関は、ミズラフ島にまだ魔女がいるのかどうかを、クエストで調べて欲しかったのか。
「ザイードから、あなたに伝言がある。もし会うことがあれば伝えて欲しいと、言っていた」
「――伝言!? ザイードから……?」
「うん。……『島にはもう行けそうにない。約束破ってごめんな、シャハル。あー、クソ、一回くらいおっぱい揉んどきゃよかった』」
「…………ふざけた男ぞ……誰が揉ますものか……」
目に涙を浮かべたシャハルを見て、ひーちゃんが手をきゅっと握った。
「シャハル、元気出すの」
「うむ、ありがとう」
シャハルはひーちゃんの頭をぐりぐり撫でた。
「エルピス、魔焔剣のことで他に何かわかることはある?」
エルピスは、おれと鞘に入っている魔焔剣を交互に見た。
「ザイードが伝言を頼んだとき、エルピスたちは魔神と戦っていた。けど、かなり押されていた。正直、ダメだと思った。その伝言が、エルピスが聞いたザイードの最期の言葉になった」
「え? 勇者の最期の言葉って……その様子だと、まだ魔神は倒してないですよね?」
クイナが言うと、エルピスはおれを見て、決意したようにうなずいた。
「ザイードは、正確には魔神を倒していない」
エルピスの告白に、おれたちは言葉が出なかった。
「前々からザイードは言っていた、もう無理だと思ったら封印魔法を使う、と。代償に自分の存在が必要だと。それで、ザイードはその魔法を使って魔神を封印した。エルピス知っている。その封印は、千年続く」
その日から、エルピスは千年をカウントしていたんだろう。
「そして、ザイードは自身とともに魔神を封じた。――――その魔焔剣の中に」
おれは驚きでしばらく魔焔剣を見つめていた。
たぶん、みんなそうだっただろう。
ジギーもこれは知らなかったようで目を剥いて驚いていた。
けど、腑に落ちることもあった。
壊せだの、護れだの、相反する言葉が頭に響くことがあった。
あれは、勇者と魔神の声だったんだろう。
静かな声で大精霊は言う。
「世界を守った勇者ザイードはいなくなった。大戦後、政治的な理由で替え玉が用意された。その男が、今日のザイードとして語られている」
静かに聞いているおれたちに、エルピスはさらに続けた。
「エルピスはあの大戦以降、魔焔剣を見ていない。けど、封印に間違いないことが今わかった。
最近、剣を近くで使った? 魔神の気配がした。鞘からはザイードの気配がしている。
ザイードは、約千年、ずっと待っていたのだと思う。
封印が解けて魔神が復活してしまっても、世界を守ってくれる。そんな誰かが持ち主になるのを」
世界を守る、だなんて期待されても、正直おれとしては実感がないし、世界を救うヒーローになる気もない。
おれは、ただ仲間や知り合いやいつもの毎日を守れたらいい。それだけだ。
「そんな大層な剣、保管しておかなくて良かったのか?」
おれがたまたま抜けただけで、もっと適任の誰かが抜けた可能性だってある。
「保管されていたはず。誰にも抜けないのを知った当時の管理者か誰かが、欲に目がくらんで売ってしまった。鞘が持ち主を選ぶ。然るべきときがくれば、然るべき者に渡り、剣は抜ける。当時の国王はそれを知っていたから、無理に回収せず、流れるに任せた」
……それでおれの手元にやってきた、と。
「呪いが解けたら、勇者も復活するんじゃないの?」
「今鞘に宿っているのは、ザイードの魂や意思に近い『勇者』の概念だけ。呪いが解ければ、鞘では抑え切れない。最初からザイードもそれがわかっていたのだと思う」
「魔神はそれだけとんでもない存在ってことか……」
おれは『勇者』の概念となってしまった鞘を見る。
だから……他の人に剣が抜けなかったのか。
世界を守れる見込みがない、と鞘が判断すれば、剣は抜けない。
前、リーファとクイナに抜き身の魔焔剣を持たしたことがあった。
二人とも気持ち悪がって、すぐにおれに突き返した。
鞘から剣を抜く――その行為が重要で、刀身から出る邪気に影響されない仕掛けが鞘にあったんだろう。
エルピスが知っていることはそれ以上ないみたいだ。
魔焔剣の正体もわかったし、勇者の話も聞けた。




