94話
「三年以内……。本当にジギーがそう言ったの?」
「ああ。正確には、ジギーじゃなくて生きた化石の言葉らしいけど」
少し考えるようにリーファが黙り込んだ。
クイナの怪我が快癒し、日常生活を送るのに何も困らなくなったのもあり、おれはジギーから得た情報を部屋に集まったみんなに伝えた。
「ジン君、いまいちその生きた化石が何なのかよくわからんのだが、それがわからない限り、容易に信じるべきではないと思うぞ?」
「おれも、最初シャハルと同じこと思ったんだ。けど、実際は地下に秘密機関なんて作って、おまけに魔力増大、魔力器官の拡張が出来る魔導器なんて設備があるんだ。魔神復活の話があやふやなら、国はそこまでしないと思うんだ」
それもそうか、とシャハルはベッドの上で足を組みかえる。
「兄は、無駄なことは嫌うので、きっと嘘ではないと思います。ジンタ様にそのようなことを言って騙したとして、兄に益はありませんから」
クイナの言う通り、おれもその点は疑っていない。
「国の機関が信じちゃうくらい信ぴょう性のある発言ってことなのよね……。全然関係ないけど、クイナを魔導器に入れたでしょ? あのとき、ピーンって何か感じたんだけど、あそこって危ない魔物とか飼っているなんてこと、ないわよね?」
と、リーファ。
もぞもぞ、とひーちゃんがおれの背中をよじ登ってきた。
「ピーン? ボクは何も感じなかったの」
「うむ、妾も特に何も」
「あれ? わたしだけ?? 何だったのかしら、あれ……」
ジギーが教えてくれたことに嘘はないと思う。
それに、おれたち以上に事情を知っているのも確かだ。
「おれが、その魔神対策機関に協力するってなれば、もっと色々と教えてくれそうなんだ。……みんなはどう思う?」
「ジンタ様が、勇者候補になる、ということでしょうか?」
「平たく言うと、そうかな?」
クイナとリーファが回答に悩んでいると、ひーちゃんが頬をチロチロと舐めた。
「がう。ボクは、ご主人様について行くだけなの」
「わ、こら。だから、舐めるのはやめろって」
「妾は賛成ぞ。協力してやってもいいと思う。この王都に来てからというもの、まともな情報はひとつとして出てこなかった。これは、大掛かりな情報規制とやらが王国内部であったからではないか?」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、ってことだな」
「穴に入れれば子を得る――当然のことぞ、ジン君」
上手いこと下ネタ放り込んでくるなよ。
「そういうこと言ってるんじゃねえんだよ」
とぼけたというわけではなく、シャハルは至って真面目な顔をしている。
クイナは静かに微笑んだ。
「わたくしは、ひーちゃんさんと同じです。ジンタ様が、どこで何をされようとも陰ながら支えるだけですから」
「もしかすると、クリスティが冒険者生活をしていたように、おれも今まで通り冒険者としてやっていけるのかもしれない。ときどき指令のようなクエストが発生するんだろうけど」
うん、と何かに納得したようにリーファがうなずいた。
「それなら、一度ジギーのところへ話を訊きに行きましょう」
とまあ、こんなふうに話がまとまった。
ちなみに、クリスティは前回の件で何かと利用される恐れもあるし、口封じをしようという輩が現れるかもしれないから、こっそり王都を発った。
この前見送りをしたところだ。
人よりも動物のほうが多く住んでいそうな田舎の町で、今は晴耕雨読の日々だろう。
クリスティが誰かなんてみんな知らないし、冒険者だとかクエストだとか、そういうものとは縁遠い、のんびりした町だ。
ボッチじゃ寂しいかもしれないけど、お供に変態のホモがいるから大丈夫だろう。
『ジンタ君! 必ず! 必ず僕はまた君のところへ帰るからねっ! 待っていておくれ!』
とか何とか別れ際に言っていた。
大自然の偉大な力でホモが治りますように、とおれは祈らずにはいられなかった。
おれたちはエリートなジギーを訪ねて、先日の地下施設にやってきた。
「……一同揃ってどうかしたか」
まだ所々戦闘の爪痕の残る部屋で、ジギーが書類から顔をあげて怪訝そうに眉を寄せた。
クイナが小さく会釈すると、照れくさそうに手をあげて応じた。
「少し話を聞かせて欲しいんだけど、おれがもし魔神対策機関に協力するってなると、どうなる?」
「何だ、その質問は。まあいい。ちょうど、国王陛下から書状が来ていてな。要約すると、クリスティを破った男を代わりに勇者にせよという内容だ」
「なんだ、そっちもおれに協力して欲しかったってこと?」
「受けるとなれば、正式に謁見することになるだろう」
……待てよ。
この調子だと、おれはあっさり勇者になっちまうぞ?
協力って言ってもおれは、魔神対策機関の幽霊研究員とか、そういうポジションを狙っていたのに。
「君は勇者クリスティを破った。そして彼女はいつの間にか姿を消した。代役は君以外にいないだろう?」
「じゃあ勇者になったとして、何か良いことあるの? それがあるんなら、考えないでもないぞ?」
「ずいぶんと上からの目線で物を言うな。……そうだな、こちらで協力出来ることがあればさせてもらう。何せ相手は勇者サマだ。その代わりに、こちらの指示にも従ってもらう」
「可能なら、従ってもいい。おれが協力してもいいと思ったのは、生きた化石やその他の情報が得られるかもしれないって思ったからだ。それはどうなんだ?」
「クリスティにもおいおい教えていくつもりだったし、ソレに協力させるつもりでもいたから、何も問題はない」
勇者様の生活方針は、基本的に本人の自由で、冒険者として色々と経験を積んでもいいし旅をして見聞を広めてもいいそうだ。
ただ、ときどき機関や国からの指示があるようで、それはこなさないといけないらしい。
「指名クエストが入るけど、それ以外は自由ってことか。わかった、それなら協力しよう」
ジギーが出した手を握って、おれたちは握手した。
「さっそくなんだけど……この地下施設って、何かとんでもない魔物とか飼ってないかしら?」
「おれも、もし何かいるのなら知りたい」
一度、全員を見回したジギーはおかしそうに笑う。
「フ。……どんな者たちかと思えば、勇者一行に相応しいメンツだな」
あ。そういや、ジギーは鑑定スキルがあったんだ。
「シャハルと言ったか、君にも協力を頼みたいのだが」
「断る。妾はジン君の協力をする。そなたへ協力はひと欠片もせぬ。わかったか、小僧」
うん、バレてるな、シャハルが魔女だって。
苦笑しながら、ジギーは歩き出した。
「構わない。カザミ君に協力するのであれば、機関に協力してくれるのと大差はない。それならさっそく行こう。勇者一行になら開示しても構わないだろう」
やっぱり、何かいるのか?
しかも、リーファだけ感じることの出来た何かが――。
勇者候補生を育成している大部屋があり、そこには魔導器がいくつも並べられていた。
ベッドというよりは、カプセルに近い形状だ。
中に入ると魔力の霧が全身を包み、眠っている間に少しずつ開発されていくらしい。
「君たちはこの前勝手に入って、勝手に使ったようだから知っているだろう」
おれが何を見ているのかわかったジギーが皮肉を言う。
「そんなの、クイナに酷いことをしたあんたが悪いんじゃない」
「クイナいじめちゃダメなの」
「自業自得ぞ」
あーあ。ほんのちょっと意地悪言っただけで一〇倍になって返ってきてる。
それを聞いてクイナはくすくすと笑っていた。
「女って怖いな? クソエリートお兄様」
「お兄様ではない。義兄さんと呼ぶようにと何度言ったら――」
「だから呼ばねえって」
エリートは案外しつこい。
ジギーが魔導器の並ぶ部屋へ入り、別の扉からさらに奥へ行く。
いかにも大事な物がありますよって感じの錠のついた扉があり、それを手持ちの鍵で開けた。
「私が生きた化石と比喩させてもらった存在がコレだ。時折、陛下も会いにいらっしゃる」
教室の半分くらいある部屋の中では、中学生くらいの女の子が一人、お菓子を手に持って一生懸命食べていた。
コレだって……普通の女の子……。
しかも鍵付きで閉じ込めているって、犯罪のにおいがする……。
雪のような白髪に、翡翠色の綺麗な瞳。
おれたちの存在に気づくと、無表情のままお菓子をそっと後ろに隠した。
取られるとでも思ったんだろうか。
「お兄様……拉致監禁はいけません!」
「このエリートがそのようなことをするとでも? ……ああ、そうか、普通の人にはわからないか」
おれは思わずステータスを確認した。
――――――――――
種族:精霊族
名前:エルピス
Lv:――
HP:――
MP:――
力 :――
知力:――
耐久:――
素早さ:――
運 :――
――――――――――
「彼女はエルピス。――約千年前、勇者ザイードの仲間だった光の大精霊だ」




