閑話・後「大人のガチャ」
ろくな物が当たらないから、おれがみんなに店から出ようと言おうとすると、クイナが奥から出てきたところだった。
景品を受け取ったらしいけど、うつむきがちでブツブツ何か言っている。
「うふふふふふ、この媚薬さえあれば、ジンタ様はわたくしの虜。わたくしの体なしでは生きていきことができなくなります。むふ。ふふふふふ……」
黒い笑い声をあげてる……。
なんつー物騒なもん当てたんだ。
おれは後ろから近づいて、手に持っている瓶をひょいと奪った。
「あ! ジンタ様、何をするんですか! 返してくださいっ」
「これは、預かっておく」
「もぅ……ジンタ様ったら。――そういうの、お好きなんですね?」
「違ぇよ! そういうアレじゃねえよ!」
クイナがはにかむと、頬を赤くした。
「……わたくし、いつでもオーケーなので……」
何がだ。何がオーケーなんだよ。
まったく、とおれがアイボに媚薬を瓶ごと放り込んむと、景品交換所からリーファが出てきた。
ロウソク攻撃に飽きたらしいひーちゃんは、四つん這いのジェラールの背中に火の灯ったロクソクを立てていた。
身動きがとれないし、そのままでいるとロウが垂れてしまう。なんて鬼畜の所業。(やられている本人は喜んでいるけど)
「リーファ、何が当たったの?」
ててて、とひーちゃんが近づく。すると、バッとリーファがお尻を押さえてひーちゃんに正対した。
「べ。別に、何も当たってないから」
「がう? でも、リーファ当たって、さっきよろこんでたの」
「う……見られてた……」
「何かかくしてるの?」
しゃ、と背後へ回ろうとすると、す、とリーファはまたしてもひーちゃんの正面に回る。
「隠してないわよ? 何もないんだから!」
「あやしいの……」
じとーとひーちゃんがリーファを見つめて、一度フェイントを入れて素早く背後へ回った。
リーファは見事に後ろを取られた。
「リーファ、何も持っていないの……あ。わかったの!」
バサッとひーちゃんが派手にスカートをめくる。
「いやぁああ!? な、なんでめくるのよぉおおっ」
「はぅ――!? リーファ……すごいのはいてるの」
「リーファさん、それは……!」
角度的にクイナも何かが見えたらしい。
「呪いのエッチなパンツじゃないですか!」
なんじゃそれ。
「ご主人様、ご主人様。リーファ、ほとんどヒモのおパンツはいてるの」
「まじか」
「ひーちゃん、言わないでっ」
「赤で、Tなの、T」
「やぁめてぇええええええええ!」
もうリーファはライフゼロの状態で、今にも泣き出しそうだった。
「はいてると、良いムードになっていざっていうとき役に立つからって言われたんだけど……」
「はい。確か、世界最強の勝負パンツだと聞いたことがあります」
突っ込みどころの宝庫かよ。なんだ、そのアイテム。
「どうして呪いなんだよ?」
「異性でないと、脱がせられないからです」
へえ、そいつは大変だ。
「リーファさん、それは災難でしたね」
にやにや、とクイナは笑う。
うぅぅぅ、とリーファはちっちゃい声で言った。
「ジンタ、脱がして……」
「え!? おれ!? あ、じぇ、ジェラール! ジェラールも男だろ!」
おれが頼みのジェラールを振り返ると、四つん這いの紳士は真顔で首を振った。
「僕が脱がすパンツは、男のだけだよ」
ただのクソ変態だった。
わざとらしくクイナが質問をはじめる。
「ええっとぉー、どうしてリーファさんはぁー、勝負パンツと知っていて、それを今はいてしまったんでしょー? 今は昼間で……あっ。夜? 何かを期待して……?」
涙目のリーファは顔を真っ赤にしてうずくまった。
「あぅぅぅぅぅ……ジンタ、お願い……」
「いや、つってもな……」
パンツ脱がすって、どういう状況だよ。凄まじく勇気いるし……。
「ジンタは、風が吹いてめくれちゃったときのリスク、考えたことある? わたし、お尻全部見えちゃうんだから……」
「じゃ、シルヴィにスカートとズボン交換してもらおう?」
「な。どうしてそこで私が。それに……リーファのスカートは私にはハレンチだ。騎士たる私には相応しくない」
ハレンチな液体使って風呂入ろうとしてたやつが何言ってんだ。
あ、もう、やばい。リーファが泣きそう。
「わ、わかった、わかったから! 脱がしてやるから泣くなよ!」
「……じゃ、お願いします……」
立ちあがったリーファ。
おれが「じゃあ、失礼して……」とリーファの前でしゃがむ。
しん、として、みんなおれの動きを見守っていた。
こういうときだけ、なんでみんなこっち見るんだよ。
やりにくい……。
スカートに手を入れる。思わず喉が鳴った。
ど、どこだ……? ていうか、パンツを脱がすなんて初体験だからどうしたもんか……。
ふにん、と太ももかどこかに触れてしまったらしい。
「やだぁ……」
変な声出すなよ! 余計ドキドキすんだろ!
テンパりながらも腰のあたりに手を伸ばし、掴む。
「うわ。まじでヒモだ」
「そういうのいいから! 早く脱がしてっ。わ、わたし恥ずかしいんだからぁあああ」
普通は脱がされたほうが恥ずかしいのに、なんか不思議な状況。
しゅ、と足元までパンツをおろす。布よりはヒモ。そんなパンツだった。
「す、すごく卑猥な下着、ですね……」
「は。ハレンチな下着だ……」
シルヴィ&クリスティの真面目コンビは、口ではそんなこと言いながら、興味津々にパンツを観察していた。
階段をのぼってくるいくつかの足音が聞こえる。他のお客さんが来たらしい。
「みんな、もういいだろ。出よう?」
リーファがあたりをきょろきょろ見回している。
「どうかしたか?」
「わ、わたしの……元々はいてたやつ……み、見当たらないの……」
「修学旅行の風呂場かよ」
「着替えた場所もなかったし、持ってないし……どうしよう……」
リーファの装備が、世界最強の勝負パンツからノーパンに切り替わった瞬間だった。
他のお客さんの前でパンツを探すわけにもいかず、泣く泣くリーファはパンツを諦め、ガチャ屋の近くにあった商店で下着を買い、どうにか事無きを得た。
けど、リーファの『落とし物』は、後日ガチャ屋の忘れ物コーナーで晒されることとなった。
「もういやぁぁぁ……」
「取りに行けば? わたしのですって」
「晒しパンツがなくなれば、持ち主が来たってわかっちゃうでしょ……ガチャの常連が『パンツなくなってるし! 取りに来てるし! 草生えるwww』な状況になるじゃない……」
「まあそうだけど。けど、変態に拾われなくてよかったな?」
おれは心ばかりの慰めを口にして、クスンと鼻を鳴らすリーファの肩を叩く。
結局、リーファは「こ、これぇ……と、友達が落としたらしくってぇ……」と真っ赤な顔で店員に申し出て女神パンツを回収した。
「どぉ? わたしの演技っ! ガチャ屋の店員や客なんて、みんなチョロいもんよっ」
そうかそうか、とおれはドヤドヤして胸を張っているリーファの頭を撫でた。
店員も客もみーんな、『嘘つけ、それおまえのだろ』って顔で、おまえのことニヤニヤ見てたぞ?




