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圧倒的ガチャ運で異世界を成り上がる!  作者: ケンノジ


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93話

 バルムント家の客室で、おれは眠い目をこすりながらカーテンを引く。


 飛び込んできた強い朝日がまぶしくて目を細めた。

 徹夜したときの朝日って何でこんなにまぶしいんだろう。


 ベッドで眠り続けているクイナの顔色は、ずいぶんとよくなったように思う。


 あの日からもう三日。

 クイナはまだ目を覚まさない。


 生死の境を行ったり来たりした大怪我だったんだ。

 そう簡単に回復はしてくれないらしい。


 コンコン、と扉がノックされると、リーファが中に入ってきた。


「おはよう。眠そうね、ジンタ。代わるわよ?」

「いや、まだ少しだけいる」


 目覚めたときに一人きりだと可哀想だから、おれたちは交代でクイナのことを看病していた。


 クソエリートお兄ちゃんことジギーもバルムント家で療養させている。

 全快とはいかないまでも回復してきているようだった。


 この数日、屋敷で大人しくしているだけだったのに、クイナがいないだけでずいぶん寂しく感じてしまった。


「本当に、エルフって綺麗な顔してるわよね」


 しばらくリーファと話をして、おれは自分の客室へ戻って身支度を整えた。

 今日は、ジギーに色々と事情を訊くことにしていた。


「……それで? カザミ君は私に何が訊きたいんだ?」


 部屋に入って用件を伝えるなりエリート風をびゅんびゅんに吹かせてくるジギー。


「まずは、魔神復活の件だ」


「悪いが無関係の人間に教えられるほど、易い情報ではないんだ。……ウチの子たちは、孤児院に預けたんだってね?」


「ああ。あんな地下室で戦いの訓練ばかりさせられて、しかも魔力開発もしてたらしいな? ……全部クリスティから聞いたよ」


「そうか。だが、万一明日にでも魔神が復活した場合どうするつもりだ。君でも太刀打ち出来ないかもしれないんだぞ」


「そんときは、みんなで力を合わせるよ。クリスティ見て思ったんだけど、『勇者』ってさ、おれみたいな凡人の感覚で言うと重荷でしかなくて、責任の塊なんだよ、あの称号」


 クリスティも、それに押し潰されそうだった。


「魔神退治は『勇者』様任せじゃなくって、みんなで頑張ろうぜ? っていうのがおれの考え」


「やっぱり、君はロマンチストですね」

「何とでも言え。凡人以下のお兄ちゃん」


 これを言うと決まってジギーは嫌そうな顔をする。

 この顔が見たくておれは毎回嫌みのように言っている。


「……そんな君だから……アレは惚れたのかもしれないな」

「? クイナのこと?」


「しかし覚悟はあるのか? 魔神復活について詳細を知っているのは、私を含め国王陛下とあと数人くらいのものだ。君は『みんなで頑張ろうぜ?』と甘っちょろいことを言っていたが、このことを知れば、その力ゆえ、きっと君の体は君一人のものではなくなる。断言してもいい」


「要はハーレムってことか」

「違う」


「そんな怖い顔すんなよ。冗談だよ、冗談。エリートは冗談もわからねえのか?」

「凡人はふざけていいときとダメなときもわからないのか?」


「今のはふざけていいタイミングだ」


 呆れたようにジギーは肩をすくめると、声のトーンを落とした。


「……復活は三年以内だと言われている。生きた化石のような、千年以上も前から存在する者の言葉だ。……確度はかなり高い。このくらい教えてあげても問題ないだろう」


 三年以内か……。

 昔から存在するってことは、シャハルみたいな魔女とか特別な存在なんだろう。

 人間ではないってことは確かだ。


「それまでにクリスティが勇者として育つはずだったんだが、予定が大きく狂った」

「ちなみに、その生きた化石ってのは……?」


「悪いが、それに関しては何も言えない。……ああ、そうだ、こちらから質問していいか? ミズラフ島調査クエスト、完了させたのは君たちだろう? 本当に魔女はいなかったのか?」


 ギク。

 半分くらいウソの報告をしたことを思い出した。

 現在は島をお留守にしているから『いない』って報告したけど、存在するかどうかの話であれば、これはもちろんイエスだ。


「えと、どうしてそのクエストのことを?」


 そういやあのクエスト、王国からだったな。


「アルガスト王国名義での依頼だったが、クエスト依頼を出したのは魔神対策機関なんだ」

「へえ……それで」


「実を言うと、魔女の存在を冒険者に確認してもらい、その後軍が彼女を連れ帰り、魔神対策機関に協力してもらおうっていう腹積もりだった。人間にない絶大な魔力器官の塊だからな、魔女は」

「へ、へえ……それで」


 今同じ屋敷にいるんですけど。


「そう言えば……バルムント近衛騎士が――ああ、今は騎士長か。魔石をザガの森から持ち帰ってきたが、あれも確か……」

「あ。それ、おれたち」


 ザガの森で、アステが父親同然に慕っている大樹から出てきたんだっけ。


 訊けば、古い森にある魔石の調査、回収をするために魔物たちが邪魔だそうだ。


 それで、冒険者ギルドにクエスト依頼をして大きな討伐作戦を立てたんだんだとか。

 あれも依頼主はアルガスト王国名義を使った魔神対策機関だったらしい。


「カザミ君とは縁があるらしい」

「みたいだな」


 こうやって話すと、ジギーは悪い奴ってわけじゃないんだよな。

 やり方に問題があったっていうだけで、復活する魔神に対して備えようとしてたんだもんな。


 そのやり方がやり方だったんだけど。


 しばらく無言が続いたので、おれが沈黙を破った。


「……クイナのこと、認めてやれよ? 真面目で責任感だけは強くて目標持ったらまっしぐらで、あんたによく似ていると思う。……それに」


 おれは笑いながら言った。


「この部屋には誰も来ないのに、クイナのところには大抵誰かいる。人望で、お兄ちゃんは妹に負けてんだよ」


「お兄ちゃんじゃない。義兄さんって呼ぶようにと言っただろう」

「だから呼ばねえって」


「君が認めているクイナを、君に負けた私が認めないのも、不自然、か……」

「理屈では、そうなるのかな……?」


 なんか違う気もする。


 ドタバタ、と廊下が騒がしいと思って顔を出してみると、涙で顔をくしゃくしゃにしているリーファがこっちにむかって走ってきた。


「ジンタ、ジンタぁあ~」

「何だよ、どうした? ボロ泣きじゃねえか」


「クイナが、クイナが――」

「え」


 ドクン、と心臓が嫌な跳ね方をした。


「な、何が……」

「いいから早く」


 腕を引かれるがまま走って、クイナの客室に入る。


「クイナ――ッ!」


 ベッドにいるクイナは、眠っているように穏やかな顔をしていた。


 おれの後ろでは、リーファが手で顔を覆って嗚咽している。


「クイナ? ……ウソだろ?」


 そのとき。

 ゆっくりまぶたが開いた。


「ジンタ様……」

「え――あ。そっち! それで泣いてたのか!?」


 おれが慌てて後ろの女神に確認すると、ぶんぶんと頭を縦に振った。


「おはようございます……ジンタ様……」


 まだ力のない声で言うと、ゆっくりと表情が笑顔になった。


 腹の底から、安堵がせりあがってくる。

 笑顔を返そうとしたら、すごくぎこちないものになってしまった。


「うん……おは、よう……」


 唇がぷるぷると震えて、変な声が漏れそうになった。

 口を思いきり閉じると、今度は鼻の奥がツンとして、視界が曇る。


 ズズ、と鼻をすすって袖口で目をこすった。


 息をしようとすると、喉がひくついて上手く呼吸出来なかった。


「どうして、泣くんですか……ジンタ様……」


 細くて長い綺麗な指がおれの頬を撫でる。


 あのとき。

 すべての温度が抜け去ってしまったかのように、握った手はひんやりしていた。

 でも、今は温かい。


「……よかった……よかった……ほんとに、よかった……」


 立っていられなくなったおれは、ベッドの横で膝立ちになった。

 下をむくと、ぽろぽろと涙がこぼれた。


「もう……仕方ないですね、ジンタ様は……うふふ」


 ゆっくりゆっくり、クイナはおれの頭を撫でた。

 こっちにやってきたリーファが、クイナに抱きつく。


「グイナぁああ、よがっだ、よがっだ、よがっだよぉう、ふあああ、ふぃいぇええええん……」

「もう、リーファさんまで……」


「だっで、だっで、グイナ、遺言みたいなことっ、言うからぁあああっ、あああああん、ふみぃいええええん、もう、もう助からないかと、思っちゃったじゃない」


 クイナは優しく微笑しながら、今度はリーファの頭を撫でる。


「クイナ、クイナ! 目、覚めたの!? もう死んじゃダメなのぉお~! 死ぬは、ダメなのぉ……!」


 おれたちの大きな声が聞こえたのか、ひーちゃんが走ってくると、なぜかおれの背中に抱きついた。


「今度はひーちゃんさんですか。死んでませんよ? わたくしは、ちゃんと生きています」

「万死に一生、といったところか、クー」


 扉を背にしているシャハルが腕を抱きながら言った。


「みなさんのお陰で、どうにか」

「うむ…………」


 頑張って涙を堪えようとしたシャハルだったけど、無理だったみたいで、くるっとこっちに背をむけた。


 その日からクイナは順調に回復していったけど、まだ一人で歩くのには難儀しているようだった。

 肝心のお兄様はというと、なかなか会いに行けずにいた。


「エリートのくせにヘタレなんだな」

「うるさい。私は今、機を見計らっていてだな――」


 とか何とか言いわけを続けていた。


 翌日。

 おれがクイナの手助けをするため扉をノックしようとすると、中から声がした。


 ぼそぼそ、という低いぶっきらぼうな声と、いつもよりも少しだけ明るいクイナの声。


 おれは小さく笑って、扉を前にUターンする。


 二人で色々と話すことがあったみたいで、わだかまりもなくなったようだ。


 その日、おれたちに申し出があり、しばらくクイナの介助はヘタレエリートのお兄様がすることになった。


 仲良きことは美しきかな。

 まだ少しだけぎこちない二人を見て、おれはそう思うのであった。





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