92話
◆Side ジンタ◆
「クイナ! 大丈夫か!? リーファ! 早く!」
ひーちゃんの報告を受けておれを現場にやってきた。
見て驚いているジギーを放置して、おれはクイナを抱いた。
ひーちゃんとシャハルは、万一のためクリスティが教えてくれた魔導器を探している。
薄く目は開けている。
けど、焦点が合っていない。
「ジンタ様……」
呼吸は弱く、顔色がどんどん白くなっていっている。
痛々しい涙の痕。
「いい――、いいからしゃべるな」
「わたくし……、許せなかったのです。優しくて強くて頭の良い兄が…………このような、ことをして……里のみんなを見殺しにして……」
里のみんな? 何の話だ――?
「わたくし、個人の……家族のこと、ですので……みなさんに、迷惑は、かけられないと……」
「――わかった、わかったから。しゃべるな」
瞳に映る光が、うっすらとしてきた。
おれはクエスト報酬でもらったエリクサリーをアイボから出す。
クイナの口にそっと流し込む。
HP、MPは即回復したが、状態の改善はまだ見られない。
血を流し過ぎていたのか、またさらに顔色は白くなっていく。
リーファの足音が聞こえ、部屋へ飛び込んできた。
「クイナ――!」
見るなり悲鳴のように名前を呼んだ。
「リーファ!」
「わかってる!」
リーファが即座に治癒魔法を発動させる。
クイナがふらふら、と伸ばした。
おれはその手を握った。
「ジンタ様……ジンタ様……」
「ああ、ここにいるから」
「どこに……いるのですか……声が、聞こえ……なくて……わたくし……怖くて……」
「――っ、ここにいるぞ、クイナ。おれはここにいる」
「リーファさん、に、伝えて、ください……」
「やだ――やめてよ、やだよ、クイナ――そんなこと言わないで――最期みたいなこと言わないで!」
「ケンカ、ばかり、でしたけど、楽しかった、です……」
「ま、まだこれからいっぱいケンカするんだから! あんたには言いたいこといっぱいあるんだからぁ! やめてよ……っ、ねえ……!」
ほとんど泣いているリーファもクイナの手を握った。
HP自体は回復している。
けど、そのHPの核となる命や魂が尽きかけている状況じゃ、上辺の体力を回復しても無駄ってことなのか――?
「ガル――ッ」
ドガン、と大きな物音がすると、扉を吹き飛ばしたドラゴンひーちゃんに乗ったシャハルが部屋にやってきた。
クイナの状態とおれたちを見て、一度息を呑んだ。
「――、ジン君あったぞ! 小娘のいっていた魔導器が」
クリスティの言っていた魔導器――。魔力を増大させたり魔力器官を拡張させたりするため、勇者候補生は眠るときにその魔導器の中に入るんだとか。
死にかけていた候補生が何度もその中に入り生を繋ぎとめた、とも言っていた。
失われた生命力の代わりに魔力を直接体内に注入しているそうだ。
ぐったりとしているクイナを抱きかかえ部屋から出ていこうとすると、黙っていたジギーがおかしそうな笑い声をあげた。
「カザミ君、君も不思議な人だ。……そんな無能を生かしたところで何になる」
「黙れ」
「魔導器は、機関の候補生のために使われるべき物。使わせなど、させるものか」
こんなクズに構っている暇はない。
けど、本気で戦う気らしい。
おれはひーちゃんの背中にクイナをのせた。
「クイナを頼む」
「だから――! 無能などに使わせないと言っているだろう!」
部屋を出ていこうとするみんなに、ジギーが折ったはずの剣を再び手にして斬りかかる。
おれは割って入り、魔焔剣でジギーの剣を受けた。
「行かせるかよ。……おれは、嘘でも自分に何かの才能があるなんて言えない。……有能なんだろ? だったら、凡才のおれがあんたを試してやるよ。来いよ、クソエリート」
「カザミ君、言っておくが私は君と戦う理由がない。どいてくれないか」
「あんたになくったって、こっちにはあるんだよ」
―――――――――――
種族:エルフ
名前:ジギー・リヴォフ
Lv:77
HP:32000/34000
MP:30000/33000
力 :1200
知力:2400
耐久:750
素早さ:1000
運 :20
スキル
風魔法 鷹の目
鑑定(対象のステータスを見ることが出来る)
リアリスト(HP残70%以下50%以上の場合、力・知力上昇。HP残49%以下の場合、耐久・素早さ上昇)
―――――――――――
現状じゃあ、ジギーのほうがクリスティよりも強い。
確か、クリスティは24レベルだったはず。てことは、こいつが期待するほど彼女は伸びしろがあったってことか。
「あとで、クイナに謝ってもらう」
「本当のことを言ったまでだ。君は意外とロマンチストなんだな?」
つばぜり合いをしていた剣がぱっと消え、ジギーがおれから距離をとった。
「もし生きていればいくらでも謝ってあげよう。生きていればな!」
魔力消費量が一気に跳ねあがった。
緑の濃い魔法陣がジギーの足元に広がる。
空気がジギーの手元に集まっていくと、不定形の槍が出来あがった。
「はァッ!」
ずいぶんと遠くから気合いとともに槍を突き出す。
穂先だけがぐんと伸び、おれは腰をひねってそれをかわした。
同じように鋭い突きが繰り出される。
同様にかわそうとすると、寸前で穂先が砕け、数十の矢に分離。
超至近距離で散弾となった。
「【灰燼】」
黒い焔をまとう魔焔剣を横にひと薙ぎし、敵の攻撃魔法をかき消した。
「フフフ――面白い!」
また魔法陣が展開され、今度はより細かくなった数百近い風の矢が全方位、三六〇度おれを囲んだ。
「面白い、はこっちのセリフだ。魔法って、こんな使い方出来るんだな」
おれも出来るかな――?
「【黒焔】」
「殺しはしない。ただ少し大人しくしてもらうだけだ!」
ふわふわ浮遊していた無数の矢が一斉に放たれた。
MP消費量をあげ、いつもは剣でタメる攻撃魔法を自身でタメるイメージ――!
ボホォウ――おれを中心に黒い焔が渦を巻いた。
矢は黒焔に突っ込んでは爆竹みたいな安っぽい音を出す。
攻撃の一切を完封。
すぐにゴウゴウ、という焔の音しか聞こえなくなった。
「――ふ、ハハハ! クリスティが負けたのにも納得がいく!」
「ずいぶんとご執心だな、クリスティに」
「つい先日まではな。『無能』と違って才能のある優秀な子だった」
「……その『無能』ってのは、もしかしてクイナのことじゃないだろうな」
「アレ以外に誰がいる?」
ダ、とおれは焔の渦から飛び出す。
応じたジギーも風の魔法で作った剣で応戦した。
「――ォオおおおおおおおおおおおおおお!」
剣を交えた瞬間。
触れた風の剣が吹き飛び形をなくす。
ザン、と顔の真横に魔焔剣を突き出してやった。
「クイナは無能なんかじゃない。あんたのことで一人責任を感じてたんだ。ずっと思いつめてたんだ。おれたちに迷惑かけねぇように、自分一人で何とかしようとしたんだ!」
「……だからどうした。私はアレを妹などと思ったことは欠片も」
「――――あんたが何て言おうが! ――クイナはあんたのことを家族だと思ってた!! そんなこともわかんねェのか!! 『有能』が聞いてあきれる!」
「ああああああああああぁ――っ! 黙れ黙れ! 私は魔神対策機関所長のジギーだ! 世界を救う陰の立役者になる男だ――――! 無能は悪だ!」
風の剣をジギーは再び作り、腰だめに構えて突進してくる。
「じゃあ、凡人のおれに負けたらあんたも『悪』の仲間入りだ!」
「戯言を!」
おれは魔焔剣で鋭く斬りあげ、剣を弾く。
ガラ空きになった体めがけて魔焔剣を振りおろした。
「いつもの調子でクイナをディスったんだろ? ……クイナは、もっともっともっともっと痛かったはずだ」
聞いちゃいないか。
「……そのクソエリート根性叩き直して、ちょっとは妹大好きなシスコン兄ちゃんにでもなってみやがれ」
ジギーお兄ちゃんは凡人以下。はい、決定です。




