87話
クリスティとの戦闘のあと、おれたちは全員で図書館へやってきた。
『下降線』はきちんと効いているみたいで、レベルが戦闘時より2さがって、治癒魔法のスキルが消えていた。
クリスティ一派には、迷惑をかけた罰として情報収集を手伝ってもらうことにした。
いつの間にかミカエルの姿が見えなくなっているけど、まあいいか。
「もし、公にしていない情報があったとして、公にしない理由が何かあるんだろうなぁ」
資料を一冊手にして、パラパラめくりながらおれはぽつりとこぼす。
クイナがあらかじめ勇者の情報が載っていそうな資料をピックアップしてくれていたのだ。
「カザミさん、これはどうでしょう」
同じように資料をめくっているクリスティが文章を指差す。
「あー。史実じゃなくて物語だから信憑性は低いかなあ」
「そうでしたか」
ここに来る途中、こっそり魔神復活のことを訊いてみた。
最初は頑なに拒否していたけど、おれたちの目的やシャハルの素性を教えると、小声で教えてくれた。
『お父様……所長の話では、近いうちに復活するということでした。混乱を招いてはいけませんので、このことは王国でも一部の方しか知らない極秘事項のようです』
クリスティがいうお父様って人は、育ててもらった魔神対策機関の所長らしい。
魔神復活に関する根拠やそういったものは、クリスティも知らないそうだ。
『これ訊いていいか、わからないけど、その機関で酷いことをされてたんじゃないのか?』
『ふふ、カザミさんは、聞きにくいことを直球で訊いてきますね』
『あ、いや、気分を悪くさせたんなら謝る』
『いえ。気分悪くなってないですから。別段私は酷いことをされたつもりも、酷いと思ったこともありません。私以外の子もそうだと思いますよ?』
その頃の生活を聞くと、多少厳しいルールはあったもののご飯は食べられるし、ベッドで眠ることも出来るらしかった。
例えるなら超少人数の学校のようだった。
勇者になることがすべてだ、とそんなふうに教育されてきたらしい。
『勇者』を取りあげられたら何も自分に残らないって思ってしまうのも無理もない。
育ててもらった恩に報いる、という気持ちもあったんだろう。
それから。
駆け出し勇者として送り出されたクリスティは、普通のクエストや機関からのクエストをこなしながら、冒険者生活を送っていたという。
教育された程度であんな力が身につくもんだろうか。
不思議に思って尋ねると、魔力の増強、魔力器官の拡大は長期間にわたっての成果だそうだ。
『専用のベッドがあって、それで毎晩眠るんです』
一気に増強しては体に負担がかかるので、眠っている間に、毎晩少しずつ中和された魔力を注入され続けたんだとか。
非道な実験のような感じもするけど、体にも精神にも何の異常もないそうだ。
だからクリスティは自分のことを人工勇者だと言ったそうだ。
「これはどうなんでしょう」
また、別の文献を調べていたクリスティがおれに文書を見せる。
「ああ、これは……」
先を続けようとすると、ひーちゃんが頬を膨らませながら本を持ってきた。
「どうした、ひーちゃん?」
「ご主人様、ボクは今とても怒っているの」
「はぅ……かわいい……。何ですか、この子は」
クリスティがひーちゃんを見てときめいている。
「なぜかというと、王都に来てからご主人様がボクを全然かまってくれないからなのっ」
「そんなことないだろ?」
「あるのっ。あるったらあるのっ。だからボクに、ご本を読んでほしいの」
ずい、と絵本を差し出してくるひーちゃん。
「あとでな? 今調べものしてるから」
「むぅーっ!」
何かひらめいたように、クリスティが手をぱちんと合わせる。
「あ。じゃあ、私が読んであげます。カザミさんは今お忙しいようですから」
「や、違うの。ボクはご主人様に読んでほし――」
クリスティはガシッとひーちゃんを抱きしめた。
「あっちでいーっぱい読んであげますからねー?」
「だから違――、あ、あぁああ、ご主人様ぁあああああ助けてほしいのぉおおお――」
「ひーちゃん、図書館は静かに」
「そういう問題じゃないのぉおお――」
手足をじたばたさせるひーちゃんは、勇者に連れ去られていった。
「ひーちゃんさん、かわいそうに。うふふ、けれど、お陰でジンタ様がお一人に」
本を胸に抱いたクイナがぽつりとこぼす。
ぱらぱら本をめくるおれの隣にふわりと座った。
「ジンタ様? どうですか、少しひと息入れませんか?」
「ああ、ありがとう、でもまだ大丈夫だから」
「そうですか。あ。では、お昼ご飯まだでしたよね? 外に、美味しそうなお魚料理のお店があったのです。一緒に行きませんか?」
「行かないよ、ジンタ君はっ!」
げ。一番絡みが面倒なやつが出てきた……。
嫌そうな顔をしながら振りかえると、思ったとおりジェラールがいた。
「僕とこのあと、町ぶらデートするんだからねっ」
「しねえよ」
「何ですか、この眼鏡男子は。わたくしとジンタ様の会話にいきなり割り込んで。わたくし、ジンタ様の将来お嫁さんになる許婚のクイナと申します」
「僕はジェラール。職業魔法使いの冒険者さ。――ジンタ君に童貞と処女を捧げる男でもある」
変なモン捧げるのをやめろ。
「ジンタ様の寵愛を受けるのはわたくしなのですから、男風情は引っ込んでください」
「――女だからって、いい気にならないでくれるかな!」
「うっ……、なんです、この妙な重圧は」
「ジンタ君、僕は嘆かわしいよ、どうしてこう女の子ばかり性の対象にするんだい?」
「――だいたいの男子はそうだよ」
「リーファさんから聞いてます。ジンタ様につきまとう変態眼鏡がいると。よもや男性だったとは……。ジンタ様の開けなくてもいい性の扉を開けようとするのはやめてください」
「フン、田舎エルフが言ってくれる。都会派のホモを舐めないでいただこうか――ッ!」
よくわからないバトルがはじまりそうだったので、おれは本を手にそっと席を立つ。
様々な文献や歴史書を探しても、これといった情報は見つからなかった。
「公表してないなら公表しないなりの理由があると思うの。だから、誰でも利用出来る図書館じゃあ、限界があるんじゃないかしら?」
帰り道、そう言ったリーファの言葉には一理あった。
クリスティ戦のあとということもあって、翌日は休みにすることにした。
バルムント家の食堂で朝食を食べていると、同席していたシルヴィがコホンと咳払いをする。
「私は、今日は非番で休みなのだが」
「え? そうなんだ。今日はゆっくり出来るんだ」
「カザミも休みにすると、リーファから聞いた。その……」
「お嬢様、がんばってください」
「お声をもう少し大きくしないとカザミ様に聞こえませんよ、お嬢様」
メイドが後ろでひそひそしゃべりかけているのは、シルヴィには聞こえないらしい。
「私が王都の案内をしても……いいのだが」
「ああ、それなら、もう頼んであるから大丈夫だ。ありがとう」
「そ――そうだったか、それならいいんだ……なんでもない……」
元気なさそうにパンをちびちび食べるシルヴィ。
「あぁ、お嬢様お可哀想……」
「カザミ様が休日にすると聞いて大慌てでお休みをとったというのに……」
今日はジェラールに町を案内してもらう予定だった。
もちろん、おれ一人だけじゃなくて全員だ。
つんつん、と隣のリーファにつつかれた。
「誘わないの、シルヴィ? しょんぼりしちゃってるけど」
「それもそうだな。……シルヴィも一緒に来る? 案内してもらうだけだから、シルヴィからすると楽しくないかもしれないけど」
「そんなことはない! 楽しいはずだ、きっと。では、同行させていただくことにしよう」
メイドたちはシルヴィにパチパチ、と拍手している。
朝食を食べ終えた頃にジェラールがやってきて、おれたちは屋敷を出た。
最初にむかう場所は決めていた。
「こっちだよ」
歩を進めるジェラールについていく。
「まったく。あのようなニセモノ放っておけばいいものを」
やれやれといった様子でシャハルがぼやく。
シャハルとしてはやっぱり認められないものがあるんだろう。
「まあ、そう言うなって。一人や二人増えても、大して変わらないだろ?」
「妾は心配ぞ。ジン君が悪い女にたらしこまれないか」
「余計なお世話だ」
肩をすくめて言い返すと、ジェラールが一軒の家の前で立ち止まる。
ノックをすると、奥からどたばたと足音がした。
「はい、すぐに――」
扉が勢いよく開くと同時に、玄関口でクリスティがぺこんと頭をさげた。
「あの、今日は、一日、よ、よろしくお願いしますっ」
真新しい私服はまだ着慣れていないのがよくわかるものだった。
「私、遊ぶというのが初めてなので、不手際などありましたらその都度ご指導賜りたく――」
「「「「――あいさつ固っ」」」」
おれ含め数人のツッコミが入ってクリスティは「え?」ときょとんとする。
「そんな細ぇこと気にしなくていいんだよ。行こうぜ? ジェラールが金の心配しなくていいって」
「がう。メガネはだてじゃないの」
「さすが、メガネをかけているだけあります」
「うん、違いのわかるホモは違うわ」
「――任せたまえ! 金を出せないホモなどただの豚だ」
「では、妾とジン君の王都の別宅を買おう」
「ふ、不動産はご遠慮願いたい!」
くすくす、とクリスティが控えめに笑う。
おれはクリスティの手を引いて歩き出した。
「難しいことを考えるのは今度にして、今日はぱーっと遊ぼうぜ?」
「はいっ」と、クリスティは明るい笑顔で応えた。




