85話
◆Side Another◆
王都の繁華街から遠く離れたあたりに、拠点としている家があった。
ジェラールは戻ってくると、ミカエルを中へ促しクリスティを部屋へと運ばせた。
ミカエルは部屋を出ていき、クリスティと二人きりになった。
「しかし、ジンタ君は凄まじかったねえ……」
ベッド脇のイスに座って、ぶるりと身を震わせるジェラール。
気絶してからまだ目を覚まさないクリスティは応えない。
クリスティが横になる様は、眠れる森の美女のようだ。
彼女がどうして『最強』にこだわるのか、自分にはわからない。
勇者なら、もっと堂々としていればいいのに、と思うことがある。
ぽろりとこぼした魔神復活の話も、彼女が勇者だというのも実は半信半疑だった。
ただ、クリスティの実力は本物なので、仲間にしてもらい一緒にいるのだ。
仲間になったのも半年ほど前だ。
深い事情はまだ訊けずにいた。
「君はどうするんだい? 剣も折られて……それでもまた戦いにいくのかい?」
彼女以上に強い人間を見たことがなかったので、今日の出来事は衝撃的だった。
『ガチャ荒らしを倒す』
それが今回のクエストらしい。
こういう個人を指名するクエストは、王国から依頼されることがほとんどだった。
国がどうしてわざわざそんなことをするのか、さっぱりわからない。
勇者と王国の間に何かしら事情があるのだろう、とジェラールは納得している。
それはミカエルもそうだろう。
今回のようなことは今までに何度かあった。
どれもクリスティが圧勝して、巷に話題が一斉に広まった。
まるで勇者が存在していると喧伝しているような……。
クリスティが寝返りを打つと、枕元にあった冊子が床に落ちた。
「?」
ページが開けていて、手にとるとそこには文章が書いてあった。
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新世暦1025年3月22日
今回の最強狩りも成功した
どんな敵かと思ったけど、そんなに強くなかった
負けなくてよかった
魔神復活とは聞いたけれど
いつまでこんなことを続けるんだろう
勇者でなくなった自分を想像してみるけど上手くいかない
何も考えず、今はみんなの希望となれるように努力しよう
私は勇者なんだから
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「……これは、日記?」
悪いとは思いつつ、ページをめくった。
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新世暦1025年2月17日
勇者じゃなくて、普通の女の子みたいに普通の生活をしてみたい
自由に生きてみたい
孤児だった自分には贅沢な悩みなのかもしれない
勇者であること 世界最強でいること
それが私の今、生きていられる理由なんだから
ジェラールやミカエルに打ち明ける勇気はまだない
ズルをして強くなってなんて
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「ズル……? クリスティ、君は一体……」
孤児と書いてあるから、産みの親と育ての親が違うのだろう。
世界最強であることが生きていられる理由だなんて、ずいぶんと悲しいことを言う。
目を覚ましたら踏み込んだ話を訊いてみようか。
しかし、無理にそうすれば、何かが壊れてふっと彼女はいなくなってしまいそうだった。
勇者であることに重圧を感じている、というふうではなかった。
むしろ普段は誇らしげにしている節がある。
ミカエルは何か知っているだろうか。
日記を静かに閉じて、元の位置に返す。
クリスティの部屋から出ると、ミカエルが彫像のように扉の脇に立っていた。
「君は、僕よりもクリスティと長いだろう? 何か彼女のことを知っているかい?」
無言のままの彼女は、これといった反応を示さない。
しゃべらないミカエル相手ならクリスティが何かを語ることがあるかもしれないと思ったがアテが外れたようだ。
部屋を離れリビングへやってくる。
これは内緒だよ、と前置きしたジェラールは、ミカエルにクリスティが勇者になるまでは孤児でどこかで育ったのだろうと教えた。
「孤児院かどこかで育ったのかもしれないね。レディの過去を詮索するなんてよくないとは思うが……苦しそうだとは思わないかい、ミカエルは。クリスティは、自分の言葉で自分を縛っているようにも見える」
そうだ、とジェラールは思い出した。
仲間になろうと思ったきっかけは、触れれば折れてしまいそうな、ガラス細工のような危なっかしさがあったからだった。
見ていられなくなって、自分に出来ることがあれば支えたい、力になりたいと思った。
「十分強いんだから、そうガッツかなくてもいいと思うんだよ、僕はね。魔神が復活したんならそのとき頑張ればいいんじゃないかなって」
ミカエルを見あげても無言のままで表情も特にない。
ただ聞いているという状態だが、だからこそ色々としゃべれる相手だった。
「そうはいきません」
声に目をやると、クリスティがこちらにやってきた。
「起きたのかい。気分はどうだい?」
「よくはありませんが、悪くもないです。すみません、聞き耳を立てるつもりはなかったのです。真剣そうに何かを相談されていたので、つい。私は勇者なのですから『ガチャ荒らし』のような悪人を倒す必要があります」
「それは、君の信念や信条による願望なのかい?」
「どういう意味です?」
「いや、僕は『勇者』という肩書きの裏にある君の気持ちみたいなものに触れたことがないから、ついそう思ってしまったんだ。勇者としてはそうあるべきなんだろうけれどね?」
「私の、気持ち……」
口の中でつぶやいて、クリスティは目を伏せた。
そんなものが存在していることをはじめて知ったような反応だった。
どこまで話を聞いていたのかと思ったが、最後の部分だけだったらしい。
罪悪感に駆られてジェラールは日記を見てしまったことを白状した。
「すまない、悪気はなかったんだ」
「そうでしたか」
ぽつりと言って、覚悟を決めたようにクリスティは顔をあげた。
「もう貴方たちに隠すのにも疲れました。……非難されるのを覚悟して言います。……私はズルをして力を得た人工勇者なのです――」




