84話
「とんでもない子だったわね、あの勇者ちゃん」
リーファが言うと、おれはうなずいた。
シルヴィは、勇者は強い冒険者と戦って倒すことを繰り返しているって言っていたから、どんな戦闘狂かと思ったら、単なる美少女冒険者って感じだった。
スキルには驚いたけど。
少なくとも、おれと戦う大きな理由があるようには思えなかった。
勇者だから、悪いことをしているおれを許せないってことなんだろうか。
「あのジェラールが言ってた、聖印って?」
「ああ。それは、勇者ザイードにもあった痣のことよ。勇者ちゃんの首にもあったし、あの強さでしょ? だから、周りから勇者って呼ばれてるんじゃないかしら」
「勇者は、魔神復活って言っていたらしいけど、リーファ、なんかわかる?」
これには首を振った。
「何を根拠にそう言ったのか、わたしにもわからない。もしそれが本当だとして、みんなと協力して倒せばいいのにね?」
「まったく、女神様の言う通りで」
リーファナビに従い、図書館へやってくる。
この国で一番大きなものらしく、調べ物をするには最適なんだとか。
中に入ると古書のつんとした埃っぽいにおいがする。
先に来ていたクイナたちがおれを見つけてやってきた。
「ジンタ様、ずいぶんと遅かったようですけれど、何かあったのでしょうか?」
「ああ、待たせて悪かった。……ちょっと、な」
他人に聞かせるような話でもないだろう。
人けのない奥まった場所へ行き、テーブル席につく。
おれはさっき起きた出来事を順番に話した。
「シルヴィさんの仰っていた例の勇者がジンタ様に……」
「ご主人様につっかかるなんて、許せないの……っ」
ひーちゃんはおれの膝の上でぷうっと膨れている。
勇者のことを無視出来なかったのか、むかいにいるシャハルが難しそうな顔をした。
「首に勇者と同じ聖印……ジン君、それはどのようなものだ?」
おれはアイボから紙とペンを出して、思い出しながら痣を描いた。
リーファも「そうそう、こんな感じの痣だったわ」と言う。
世間的に聖印と呼ばれるものが何なのか、念のためシャハルに説明した。
紙を手にして目をすがめながらシャハルは、
「うむ、確かにザイードにもこれと同様の痣が手の甲にあった。……もちろん当時は聖印なんて呼び方はしていなかったが……手の甲のそれについてザイードに訊いたことがあった……ただの軽い火傷の痕だと言っていたぞ?」
「ん? ってなると、その聖印があるからって、特別な力を宿すってわけじゃないのか」
「であろう。ただの火傷の痕を、後世の人間が聖印などと大層な呼び方をしているだけなのではないか?」
「そうだとすると、勇者ちゃんの『聖印』は一体なんなのでしょう……?」
クイナが誰にともなく尋ねるけど、みんな不思議そうに首をひねった。
ステータスには、HPを徐々に回復させるものってあった。
でも勇者ザイードの『聖印』が単なる火傷の痕なら、同じ効果を得ていたとは考えにくい。
「魔神復活というのも、気になるわよね……」
「会って訊くのが、一番かもしれないな」
「でも、勇者ちゃんは、ご主人様がやっつけたの。もう恐れをなして来ないかもしれないの」
「そうでもなさそうなんだよなあ、これが……」
「どういうことなの……?」
くるっとこっちを振りかえるひーちゃん。
おれはその理由を、いずれ復活する魔神と戦うための勇者が自分なのだから、最強である必要がある――。
そんなふうにざっくりと説明する。
「それに、おれのことを悪いやつだって思っているからかもしれない」
「ではジン君、またいずれ勇者ちゃんは姿を現す、というのか?」
たぶんな、とおれがうなずくと、クイナは曇り顔をする。
「何と言えばいいのでしょう、この釈然としない気分……」
それはおれも一緒だった。
きっと『勇者』っていう言葉のイメージと勇者クリスティのイメージが若干違うからかもしれない。
クイナは、勇者の物語をよく知っているから、それで違和感を覚えているんだろう。
「そうなのよ、もっと自己犠牲とか博愛精神に溢れた人っていうイメージがあったんだけど、意外と自分本位というか……」
「人の子は、人の子ぞ」
ごもっともな魔女様のお言葉だった。
勇者とは言え人間ってことだ。
そういうことにして、引っかかりを呑みこんだ。
「ジンタ様。悩むことはないのではないでしょうか。ちゃっちゃと勇者ちゃんをぶっ倒してしまえばよいと思います」
「がう。ぶっ飛ばすに一票なの」
「つってもなあ、殺さない限りたぶん挑んでくると思うぞ?」
決闘してひと芝居打ってもいいけど、手加減する余裕があるのかどうか……。
「であれば、力を永久に封ずればよいのではないか? そうなれば、勇者と名乗ることも出来なくなるであろう? 戦いを挑んできても脅威ではなくなる」
「うん? 出来るのか、そんなこと」
えっへん、とシャハルは胸を張った。
「召喚獣の中に確かそのようなことが出来る魔獣……いや、魔物であったか? あれ。悪魔であったか……? と、ともかく、いるのだ! そやつに術をかけてもらえば勇者ちゃんは弱体化し、ジン君につっかかることもなくなる」
おぉー、とおれたちは拍手する。
もし正義感か何かでおれにつっかかっているんなら、そのときは改めて誤解を解けばいい。
図書館の中で召喚獣を呼び寄せるわけにはいかないので、一旦王都を出ておれたちは平原にやってきた。
「シャハルが蛇さん以外を出すの、見るのはじめてなの」
そういえば、おれもはじめてだ。
みんなの視線を集めたシャハルが言葉を紡ぐ。
「幽界に住まう我が従僕よ――我が魔力を喰らい我が身を寄る辺とし現界に出でよ――悪魔令嬢」
空間に大きな門が現れ、ゴゴゴゴ、という音がして扉が開いた。
そこから、黒い翼を生やした女の子が出てくると、ふわりと地上におりたった。
側頭部からは二本の角が生え、肌色大目の服を着ている。
目のやり場に困る召喚獣だった。
「妾の召喚獣……もとい、契約している悪魔のバアルだ」
と、簡単にシャハルは紹介してくれた。
「おひさー。シャハルちゃん、どぉしたんー? こんなところに呼び出して」
すげーフレンドリーだな。
「うむ、久しいな、バアル。そなたに頼みごとがあったのだが、聞いてもらえるか」
「うん、ええよぉ。ウチとシャハルちゃんの仲やんかあ」
関西弁? これ、関西弁だよな。……それともこの世界の悪魔はみんな関西弁なのか?
「あの呪術があるであろう? あれを使って欲しい人間がいるのだ」
「えぇーっ。あれはアカンって。コッチの世界でそれやったんがバレたら、むっちゃ怒られんねん。人間相手はほんまにアカンねん」
「いや、だが以前一度……」
「あれはそういう小うるさい決まりごととか、そんなんなかった時代やからなあ……この前ゆーても、もう七〇〇年くらい前やん、あれ……ほんで人間相手ちゃうかったしさあ……」
「で、であったか」
なんだなんだ、なんだか雲行きが怪しいんだが。
「シャハル、大丈夫なのか?」
弱ったようにシャハルは頬をかく。
「バアルが使う『下降線』という呪術があるのだが……。どうやら使ってはいけなくなったらしい……」
「あ、それなら、誰かが覚えて使うっていうのならいいんじゃないの?」
リーファの提案にみんな賛成だった。
「ああ、それならええよぉー。ん~。けど、人間に覚えられるかどうかは知らんで?」
ここにいる人間はおれだけだった件。
「うむ、では、バアルにご教授賜ろうではないか」
「アカンアカン、シャハルちゃんはアカン。魔女のくせにセンスゼロやから。時間の無駄や」
「そ――そのようなことはないっ。妾も、ジン君のためにがんばれば……」
「ジン君のため、ねえ……ほうほう……魔女シャハルも結局はメスでしかなかったってわけやなあ」
「やかましい! からかうのであれば帰れ」
「わ、本気で照れてるー。おーけー。じゃあ帰るわぁー」
「帰んのかよ!?」
「おぉ……ジン君、ツッコミオブザイヤー金賞受賞やなぁ~」
よくわからんが褒められたらしい。
そんなこんなで、おれたちは悪魔のバアルちゃんから呪術指導を受けることになった。
「ガァーってやるやろ? 嵐みたいなイメージで。それをな、ぬあッ、ゆーて、外に出す。やってみ?」
があー、で、ぬあ?
バアルちゃんの呪術指導はさっぱりわからん。
「はぁぁああ、はぁーっ! いでよ、魔法っなのぉぉっ」
ひーちゃん? そんなざっくりした呪文じゃ出るもんも出ないと思うぞ?
「そんなことよりもバアルさん、対象の身も心もわたくしのモノになる呪術はないのでしょうか?」
「あんでー? それ教えて欲しいん?」
「ええっ! お願いしますっ」
「おい、クイナ。主旨違ってんぞ? で、なに恐ろしげな呪術覚えようとしてんだ。誰に使うつもりなんだよ……」
おれと目を合わせたクイナは、にっこり笑った。
怖ぇよ、その笑顔が。
「で、シャハルちゃん。何万回もゆーてるやん。魔力をバッてやんねん!」
「そのバッ、がわからぬと言っているだろう!」
「もお、ほんまセンスゼロやなあ……」
はあ、とため息をつくバアルちゃんとぐぬぬぬ、と悔しそうに歯ぎしりするシャハル。
「リーファ。ちなみに、下降線ってどういうスキルなんだ?」
「簡単に言うと徐々にレベルがさがっていくスキルよ。ステータスの能力や覚えたスキルも最終的に初期状態になっちゃう呪い。最強の勇者がどんどん衰えて、能力では最終的に村人と同じになっちゃうって思ったらいいわ」
封じるとはちょっと違うけど、最終的に初期状態になるなら弱体化するスキルって言ってもいいのか。
即効性はないらしく、時間をかける必要があるのだとか。
かけた呪者でも解呪出来ないくらい強いスキルだそうだ。
ジャイアントキリングとかいう物騒なスキルがある勇者ちゃん。
あれは、自分のほうが弱ければ弱いほど相手よりも強くなるスキルだ。
レベルがさがることでスキルを忘れるんなら、勇者ちゃん対策にはぴったりの呪術だ。
「そういえば、ジンタ、一発であの勇者ちゃんが勇者ってわかったじゃない? どうしてわかったの?」
「どうしてって、ステータス見たときに、スキル欄に書いてあったんだ、勇者って」
「ウソ。書いてあるわけないじゃない。勇者って、スキルじゃなくて他人が呼ぶ称号のことだし……」
「じゃあ、レベルがあがっていくうちに覚えたスキルってこと?」
「それはわからないけど……先天的なものであれば、スキル欄にはのらないわよ? わたしが女神だったり、シャハルが魔女だったり、ひーちゃんが竜族だったり……スキル欄にのってないでしょ?」
あ。言われてみれば、確かにそうだ。
普通の女の子だったけど、素質があることがわかって勇者に……?
「――今度ジン君の番。ガッてやってバッてやんねんで? よおし、やってみよかー」
内心不思議に思いながら、おれたちはバアルちゃんの呪術指導を受け続けた。
――結果。
何度か平原にいる魔物に使ったところ、上手いこと出来た。
感心したようにバアルちゃんは言った。
「ジン君は、ホンモンやなあ……センス○(まる)ついてるわぁ……」
「ん、そうか?」
おれだけがスキルを習得出来て、他の面々はダメだったみたいだ。
「わたし女神だから、そういう邪悪なスキルは覚えられないのよ、きっと」
うんうん、とリーファは言いわけみたいなことを言ってうなずいた。
「もういいやろー? ウチ帰るわー」
と、軽いノリで挨拶してバアルちゃんは帰っていった。




