80話
事務室にいるライラ・フェレイラは窓から店内を一度見て、ため息をつく。
最近、とある冒険者の姿をめっきり見かけなくなった。
そのおかげか、アイテム賭場ログロ店の売上は上々。
特賞が出ることもなく、町の人々はお札を握りしめてガチャに興じる毎日だった。
しかしなぜか物足りない。
様子を心配した店員が店内でコソコソと話をする。
「おい、店長がため息をついているぞ……」
「『ガチャ荒らし』が最近現れないから、張り合いがないんだよ、きっと」
「町ではたまに見かけるんだけどな、『ガチャ荒らし』。ボンキュボンのエロい女と腕を組んでいたが」
カザミ・ジンタの共といえば、最弱のガチャ運を持つ『女神』と揶揄される貧乳神官と巨乳のエルフ、あとは翼の生えた幼女――この三人だったはず。
「新しい女がまた加わった……?」
ぷるぷる、とライラは首を振った。
仲間が増えるというのは当たり前のことだ。
彼は冒険者で、自分はアイテム賭場の店長という立場。
嫉妬して何になる。
「――ライラ・フェレイラ店長、続きをお願い出来るかしら」
バネッサの冷たい声にライラは我に返る。
今は奥の事務室で売り上げの詳細報告、今後の方針を説明しているところだった。
「申し訳ありません。次のページの説明をさせていただきます」
資料をめくって、バネッサはフレームのない眼鏡をついっと押しあげる。
彼女は本部からやってきた、この地区の統括部長でもあった。
「一時期、ずいぶんな損失を出しましたが、今は持ち直しているわね。その原因もガチャ荒らしが店に来なかったから、と簡単に言っているけれど――そもそも、貴女のやり方がぬるいから、つけあがらせているのでは?」
「いえ。そのようなことはありません。対ガチャ荒らし専用迎撃システムがあります――」
バネッサは小さく鼻で笑う。
「それで? 成果は出たのかしら」
「それは……」
「だから、ぬるいと言っているのよ。これ以上失態が続くようなら、配置換えもやむをえません」
「そんな――」
「だーかーら、当たんねえってば。やめとけって」
「いや、やる。妾がやると言ったらやるのだ。ジン君は、妾のいやらしい肢体を見ておっ立てていればよい」
「おまえがガチャする程度でおっ立てねえよ」
「当たらないと言われれば、余計にやってみたくなる。魔女を侮るでないぞ、ジン君」
店内を少しのぞくと、入口付近でジンタと見慣れない美女がしゃべっていた。
ばん、と扉が勢いよく開き店員が入ってきた。
「店長! ガチャ荒らしが、ガチャをするようです――至急店内にお戻りください」
ライラが席を立とうとする前に、バネッサが立ちあがった。
「貴女がどれだけあの男に甘かったか、証明する良い機会です。――私がいきます。各店員は準備なさい」
不遜に髪の毛を払い、バネッサは事務室を出ていく。
心配になってライラもあとを追う。
もちろん、バネッサの心配だった。
◆Side ジンタ◆
「お、おかしいっ、おかしいではないか! 当たらぬぞ、ジン君!」
シャハルは焦った顔でおれを振りかえる。
「だから、何回も言っただろう? 簡単に当たんねえって」
「魔女の妾の魔力をもってしても、最高が灰石……」
景品表一番下のアイテム。
灰色石:新しいタオル×3
リーファに比べるとずいぶんとマシに思えるけど、比較する対象がアレだから、いい結果とは言えなかった。
景品は要らないらしくシャハルは交換もせず石を握り込んだままムスッとしている。
「ぷんすこ怒るなよ、ほら、後ろがつっかえてるんだから――」
「もう一度だ、もう一度! 納得出来ぬ! 納得出来ぬ……っ!」
ムキになっている魔女は、店側からすると大変美味しいカモなんだろう。
お金がなくなったシャハルの次はおれの番だ。
カウンターの前に行くと、奥からライラさんと見慣れない女の人が出てきた。
「貴方がカザミ・ジンタですね?」
「はあ、そうですけど、何か。……誰、新人? パートのおばちゃん?」
おれが後ろに控えるライラさんに訊くと、ビキ、とパートのおばちゃんはこめかみに青筋を浮かべた。
ぷ、と隣でシャハルが堪え切れないように吹き出した。
「カザミ様、この方はいわば私の上司にあたる、バネッサ・バトレーさんです」
「へえ。見慣れない人だから、最近入ったパートのおばちゃんかと……」
ビキビキ、とさらにライラさんの上司バネッサさんは青筋を立てた。
「ジン君、年増に年増と言ってはいかんぞ?」
シャハルも十分失礼だった。
「ガチャ、するんですか、しないんですか」
高圧的な物腰がどことなく鼻につくバネッサさん。
自分を落ち着かせるように眼鏡を一度持ちあげた。
「しますけど。……担当は、ライラさんじゃないんですね」
「ええ。フェレイラ店長のやり方がぬるいので、私直々に貴方を撃退することになりました」
「そうでしたか。じゃあ、お手柔らかにお願いします」
ライラさんのあれって、ぬるいのか?
他の店舗で最近ほとんどガチャしなくなったから、おれ対策をどうしているのかわからないけど。
ていうか、ぬるいとかぬるくないとか、関係あるのか?
前回のように店内アナウンスが入る。
『当店はただいまより【ガチャ荒らし】迎撃のためガチャシステムを変更いたします。一般のお客様はお下がりくださいませ。繰り返します――』
「な、何だ!? ジン君何がはじまる!?」
きょろきょろあたりを見回したシャハルが、店の奥から現れた特製のガチャボを指差す。
「おっきいの! おっきいのが出てきたぞ、ジン君!」
「わかってる、わかってるから落ち着け」
何でもわかっています、みたいな涼しい顔をいつもするから、シャハルのこの反応はどことなく新鮮だった。
見たところシステムに何か変わった様子はない。
ライラさんのやり方をぬるいって言ったバネッサさん、何かしらの秘策のようなものがあるのかと思ったけど、そうは見えない。
おれは念のため景品表を確認する。
これもさっきと一緒で、前みたいに景品表の内容が変わったわけじゃない。
何だ? 何をしたんだ、この人……?
ライラさんが指揮するときより、どことなく店員の動きも鈍いし士気も低いような気がする。
なるほど。
この人は、口うるさいお偉いさんってところか。
おれのことは知っているようだけど、にしては妙に自信満々だな。
「一回だけ、お願いします」
「よろしいですか、一度で?」
「ええ」
満足気にうなずいたバネッサさんは、簡単に言った。
「一から一〇〇万まで、好きな数字をお選びください。――その番号が書かれたカプセルを中から取り出す――それを抽選とさせていただきます」
違うパターンの抽選!?
「裏で選んだ数字をハズレに変える、なんてセコい真似しないでしょうね?」
「そんな真似、するわけないでしょう?」
おれが怪しんでいると、チチチ、と青い小鳥がおれの肩に止まった。
『通常のガチャとは違う抽選――フフ、戸惑っている戸惑っている――』
耳元でささやく小鳥の声は、まぎれもなくバネッサさんの声だった。
シャハルを見ると小さくウィンクした。
シャハルが出した召喚獣ってことか。
単純に考えて、一〇〇万分の一。
通常のガチャは用意されているものをおれが引く、というスタイルだ。
けどこれは、抽選器に一切おれが触れない。
もし限界突破した運が、接触しないと発動しないのであれば――。
『――もし何かイカサマのようなものをしているのであれば――』
「おれは何もしてねえけどな」
口に出して言ってやると、不審そうに目を細めた。
『――今、私の考えていることに答えた? そんなバカな――』
「どうしてわかった――って思ったろ?」
バネッサさんは驚愕に目を見開いた。
「どんな細工しても無駄だぜ? わかるんだよ、考えていること。だって、どの番号が当たりなのか、あんた自身が教えてくれたんだから!」
『う、ウソ――お、教えてくれた!? 私が!? で、ではもう当たりのことを知って――いや、は、ハッタリ、ハッタリに決まっているわ』
動揺を顔には絶対に出さないバネッサさんだけど、疑心暗鬼になっている様子がよくわかる。
『そ、そうよ――わざわざ口に出して言う必要はないはず――知っていればさっさと番号を伝えるだけでいい――ということは、ブラフ。完全なブラフ――。そう、考え読んだんじゃなく、予想して、それっぽく言ってみせただけ――無難な回答をしてみせただけ――。
じゃあわからない、やっぱり考えが読めるなんてただのブラフ。完全に読めているのなら、「どの番号が当たり」かなんて口に出せない。そうよ……当たりの有無なんてわからない――わかるわけがないのよ』
けど、まあ上手い具合にハマったな。
頭の中じゃよくしゃべるな、このおばさん。
引き出した言葉が『有無』。
当たりの有無――。
何だよ、そんなことか。一気に白けた。
「おい、おばさん――ガチャはちゃんと当たり入れておくもんだろう? ミスならわかるけど、意図的にってのは……それこそ『無し』だろ」
「――っ!?」
「今回は、当たりの番号を当てる抽選だ。なのにあんたは、当たりの『有無』をおれが読んだかどうかを気にした。数字じゃなくてな?」
きっとバネッサさんの指示でやっていたんだろう。
店員もおれの言葉に少しうつむきがちで誰も反論しなかった。
罪悪感を覚えながら仕事してちゃ、そりゃ士気もあがらない。
青い顔でバネッサさんはガクガク震えはじめた。
「てぇことは、だ。……ないんだろ? 当たり」
「そ――そそそそ、そんな、証拠は、証拠は――ないわっ」
おれはバネッサさんの胸倉を掴み、グッと引き寄せた。
「――じゃあ何番か言ってみろよッ!! 一から一〇〇万までの数字で、どの番号が当たりなんだよ! きちんとその番号が当たりなんだろうなぁあ――ッ!」
「ひっ――ひぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいやぁあああああああああああ――」
涙も鼻水も汗も流す年増のおばちゃんの顔はちょっと正視に堪えない……。
若干引いたおれは、すぐに手を離した。
どちゃ、とバネッサさんは失神して床に倒れた。
「ぬりぃんだよ、あんた。おれを倒してぇんなら、もっとまともなシステム用意することだな」
「――申し訳ありません、カザミ様」
ずっと後ろで様子を見ていたライラさんが頭をさげた。
「カザミ様が例外とは言え、当たりをガチャボに入れていないなど、言語道断です。ましてや番号を選ばせるなど……そんなのは、ガチャなんかではありません。当店店長として、深くお詫び申し上げます」
「ライラさんが謝ることじゃないでしょ? それで……ライラさんは『ガチャ』させてくれるんですよね?」
「――もちろんです」
キリッとした表情になると、「おぉ……!」と店員たちからも声があがた。
「しょんぼり可愛かった店長が、クール美人な店長に戻った!」
「――総員第一種戦闘配置!」
「「「「おぉぉぉ――!」」」」
掛け声が店内に響くと店員たちがテキパキ動きはじめた。
といっても、ガチャボにカプセルをひとつ放り込んで、混ぜるだけだったけど。
当たりを入れたんだろう。
おれは小声でシャハルにお礼を言っておいた。
「さっきはありがとう」
「なに、気にするでない。決定的な思考を引き出させたのはジン君の手腕によるものぞ」
「――いい? フェレイラ店長! 今回特賞を奪われるようなことがあれば――辺境の店舗に左遷よっ平店員に降格させるわよッ」
目を覚ましたバネッサさんが偉そうに言う。
ざわざわ、と店員たちに動揺が走る。
「え? 左遷? そうなんですか、ライラさん」
「カザミ様が気にすることではありません。……なぜなら、当たりは引けないでしょうから」
「言ってくれますね」
「おしゃべりしに来たわけではないのでしょう? 私はとても嬉しいのですけれど。ガチャをしないのであれば、とっととお帰りいただけますか?」
「やります」
退屈そうに隣に立っているシャハルの左手をカウンターの下で握る。
一瞬、きょとんとしたシャハルだったけど、おれの意図を汲んだらしくニヤリと笑った。
おれは千リンを渡して、ハンドルを握り、ぐりぐりと回す。
ぽとん、と落ちてきたカプセルを開け右手で石を摘まみだした。
「カザミ様――さようなら――」
小声で言うとライラさんの目からポロリと涙がこぼれた。
「まだそれはちょっと早いみたいですよ?」
カウンターの上に石を置く。
「え――灰色――?」
何度もおれと石を見比べるライラさん。
店内がどよめいて、それから店長コールが巻き起こった。
うん、他にもお客さん一応いるからね?
テンションあがるのはわかるけど。
おれは踵を返し店外に出ると、握り込んでいたカラフルな石を川へ投げ捨てた。
「んふ。まったく、ジン君は損なことばかりする」
「そんなことねえよ」
嬉しそうな顔をして、シャハルは腕を絡めた。
慌てた様子でライラさんが店から飛び出してきた。
「カザミ様――」
先を遮ったのはシャハルだった。
「小娘。野暮を申すでないぞ? …………妾もこの男に参ってしまっていてな。……んふ、よい男であろう?」
「はい」
何て言っていいのかわからなくて、おれは頬をかいた。
「ふふ、照れておるわ」
わしわし、と頭を撫でるシャハルの手をぺしんと払った。
「やめろ、照れてねえから」
「そう強がる反応も可愛くて仕方ない」
「だから、やめろって」
またおれの頭をぐりぐり撫でまわすシャハルにおれが困っていると、ライラさんがくすりと品よく笑う。
それから、きれいなお辞儀をした。
「またのご来店を、心からお待ちしております」




