79話
「孤島の魔女」編のエピローグ兼日常回ですー
翌日。
天気は快晴。
気温は高く、太陽が燦々と照りつけている。
クエストに期限はないから今日一日は、島でゆっくりすることになった。
強い日差しを見上げながらおれは独りごとをこぼす。
「……海、マジで入んの……?」
ということにさっき決まった。
全然ゆっくり出来ないよな、海水浴って……。
みんなが町で買ってたのはどうやら水着だったらしい。
おれは、自分のを持ってないから遠慮するって言ったら、えらく準備のいいエルフさんが水着を渡してくれた。
ついでに買ってたのね……。
むかいの女子テントからひーちゃんが飛び出してきた。
着ているのは、紺色のスクール水着だった。
え。この世界に存在するの!?
「ご主人様ぁ~! げんせんにげんせんした、水着なのっ」
おれの前にやってきたスク水幼女は、楽しそうにくるくる回ってみせる。
誰だよ、よりにもよってスク水チョイスしたやつ。
ツルペタの胸にも名札があって、ちゃんと「ひかり」って書いてある。
芸が細けえ……。
「海、ボクはじめてなの。海の中を飛べるようにがんばるの。似合ってる?」
「うん、よく似合ってるぞ」
「こーふん、する? ねえ、こーふんしてるの?」
「してねえよ。誰だよ、余計なことひーちゃんに吹き込んだやつ」
だいたい想像つくけど。
「こーふんしたら、ズボンを見ればすぐにわかる……らしいの」
「クイナ、ちょっと来ぉぉおおい!」
もぞもぞ、とクイナがテントから出てくる。
「何でしょう、ジンタ様。わたくしの水着姿を見たくて仕方ないということでしょうか。うふふ、仕方ないですね、ジンタ様は」
クイナももちろん水着を着ている。
ところどころリボンが付いている黒の三角ビキニ。
エルフ特有の真っ白な肌に、黒い水着がよく映えていた。
たゆん……っ。
歩くたびに揺れて揺れて、揺れる巨乳。
……むしろ、見ないほうが失礼にあたるんじゃないだろうか。
それくらいの威力がある。
くす、とクイナは笑みをこぼす。
「ジンタ様、さすがに見過ぎです」
「あ、いや、悪い……」
ひーちゃんは、波打ち際で遊んでいる。
「それで、何かご用でしょうか?」
クイナがかがむと眼前に谷間が迫る。
「い、いや……ひーちゃんにだな、あんまり余計なことを……いや、何でもない……」
くすくす、と笑い声が聞こえる。
クイナのやつ、わかってやってるな。
「シャハルさんは、いらっしゃらないのですか?」
「後で来るって言ってたけど」
昨日、シャハルの家に帰り、改めてシャハルが一緒に行動することを伝えた。
リーファもクイナもひーちゃんも賛成で、むしろ安心していたようだった。
あのまま放っておいたら、本当に死ぬまで何もしなかっただろう。
おれはクエストで島の情報を教えないといけないし、それを元に国の部隊や何やらが島にやってきちまう。
この島が聞かされている通りなら、何かしらの拠点になって、シャハルの島は荒らされてしまう。
一緒に行くってことになって良かったと思う。
「にしても、リーファさん遅いですね……」
クイナがテントをのぞくと声をあげた。
「あー! ジンタ様、あのヘタレがいませんっ!」
「へ? リーファのこと?」
「ええ。『や、やっぱり恥ずかしいから無理よぅ……』などとカマトトぶってもじもじしていたのですが……」
どうやら、反対側の出入り口から逃走したらしい。
今度は森の奥で悲鳴が聞こえた。
「いやぁあああああ!? 離してっ離してよぉおっ」
「水着ひとつで何を騒ぐ」
「いいわよね、あんたたちは見せつけられる体があるんだからっ」
「んふ。よいだろう? うらやましいか?」
「ちょっとは否定しなさいよっ、うらやましいわよ!」
森からリーファの手を引いたシャハルがやってきた。
シャハルは藍色の髪を結いあげている。
パレオを腰に巻いていて、大人のバカンスって感じの水着だった。
リーファはというと、おれがいることに気づいてシャハルの後ろに隠れた。
……隠れても、見えるもんは見えるぞ?
くくった金髪をサイドテールのようにして横へ流している。
ひらひらの付いたビキニで、クイナがセクシーならリーファのは可愛い感じだ。
――ん!?
む、胸が……。
リーファの胸の存在が……確認出来る、だと……?
「み、見ないでよ……恥ずかしい、じゃない……」
「リーファさん、よかったですね、パットいっぱい入れておいて」
「それバラしちゃダメぇええええっ」
あぁなるほど。
「納得した顔しないでっ!」
胸を腕で隠すリーファ。
くす、と笑ってシャハルは砂浜へ歩き出した。
ひーちゃんがクイナを呼びに来た。
砂遊びをするらしく、おれもあとですぐ来るように言われた。
「もう……クイナが余計なこと言わなかったら……意外と大きいって思われたのに……」
とか何とかぶつくさリーファはつぶやいている。
「おれたちも行こう?」
「……わたしは、その……遊びじゃないから、水着買って行くなんて、反対だったのよ……?」
「そんなこと言ってたのが聞こえたような。……けどまあ、いいじゃんか。似合ってるんだし」
「え? ほんと……?」
ぱあっとリーファの顔が明るくなった。
「うん、良いと思う」
「……よかった……」
顔がゆるむリーファを促しておれたちは砂浜で遊ぶひーちゃんたちに交じった。
定番の砂の城を作ったり、砂の中に埋められたり、埋められたり、埋められたり……。
主におれが埋められた。
何でだ……。新手のイジメか?
「このくらいでしょうか?」
「いやいや、ジン君はなかなかのモノを持っているはずぞ。もう少し大きく……」
「――おれの身動きが取れないからって、股間の上に塔を作るのをやめろ!」
ハレンチ女どもめ……!
ひーちゃんはもぞもぞとおれの胸元で何か作っている。
「何してんだ、ひーちゃん?」
「がう? 安心してほしいの、ご主人様。立派なおっぱいつくってあげるの」
い、要らねえ……。
ちっちゃな手でおれの胸に小山を作っていくひーちゃん。
リーファがこっちをちょっと見てぽつりとこぼす。
「ま、まあ、わたしと一緒くらいね?」
「それはないです、リーファさん」
「ボクの作ったおっぱいはリーファのより大きいの」
「リー。負けを認めよ」
くすん、とリーファは鼻を鳴らす。
「ちょっとくらいフォローしてくれたっていいじゃない……。――貧乳にも人権はあるんだからぁあああああああっばかぁああああああああああ」
涙をちょちょぎらせ海へと走っていった。
砂遊びに飽きたらしくクイナとひーちゃんが後を追いかけ、リーファと海で遊びはじめた。
相変わらず埋められたままのおれは、三人がきゃっきゃと遊ぶ様子を眺めていた。
シャハルがおれの隣に座ってぽつりと言った。
「今回の件、改めて礼を言いたい」
おれはあの海の魔物を倒しただけで、行くかどうかの決断をしたのはシャハル自身だ。
「いいって。目的が似てるんだし、それなら一緒に行動したほうがいいだろ?」
「であるな」
シャハルはくふっと笑って、スッキリしたような横顔を見せる。
真面目な話をしているところ悪いけど、砂に埋められている今のおれの股間には塔がそびえ、胸には推定Cカップくらいのおっぱいがついている。
砂浜に座るグラマラスな美女と、隣に寝そべる変態の図だった。
シャハルはそれから、勇者と出会ったときのことを話はじめた。
おれのビジュアルがこんな仕上がりなのに。
それには触れず、懐かしみながら真面目にしゃべるシャハル。
……何これ。一種のプレイか何かですか……。
「好いている男が、妾のことを守ってくれると言う。長生きはするものぞ」
「え? 好いている?」
「うむ」
自信満々にシャハルはうなずく。
おれは目を点にした。
あれ? 告られた……?
今こんなナリなのに?
「そう見つめてくれるな。恥ずかしいであろう?」
照れもせず、あははと楽しそうにシャハルは笑った。
見た目だけの話をするなら、おれのほうが十分恥ずかしいビジュアルに仕上がってるんですけどね。
もうあの諦めたような顔はしない。
それだけで、あの魔物を倒した甲斐もあったってもんだ。
「礼に、ほれ、見せてやる」
ビキニをちょっとだけ掴んで、横乳をちらちらと見せてくる。
ぶっ!?
思わずおれは目をそらした。
「こ、このハレンチ魔女が!」
「ジン君も好きよなあ、もう大きくなっているぞ?」
「おめーらがおっ立てた塔だろうが!」
「乳首も立っているが」
「ちょっとひーちゃん!? ディティールに凝り過ぎぃい!」
ちなみに、乳輪はかなり大きかった。
何でだろう……おれの体ってわけじゃないのに、なんとなく悲しかった……。
シャハルがおれをからかっていると、リーファが海に肩まで浸かったままでいた。
さっきからずっとだ。
クイナとシャハルは何が起きたか気づいたらしく、わけ知り顔をしている。
「がう?」
おれと同じで不思議に思ったらしいひーちゃん捜査官が、リーファのところへすーっと近づいていく。
「ちょっとひーちゃん、お願いがあるんだけど……」
「がう……? はっ、たいへんなのっ!」
「ちょ、ちょ、言わなくていいからっ」
リーファがひーちゃんの口を塞ごうとしたけど、遅かった。
「リーファのおっぱいがなくなってるのっ! たいへんなのっ」
「しぃーっ! しぃーっ!」
シャハルがあははは、と声をあげて笑った。
おっぱいは消えたりしないだろう。
ああ、ビキニがなくなった? のか? 流された、とか。
砂から脱出し、上着を一枚持っていきリーファに渡した。
「ほら、これ着とけ。探すから」
「あ、うん……ありがと」
そんな遠くに行ってなかったようで、ひーちゃんがすぐに見つけた。
「見つけたの、リーファのおっぱい!」
手に掴んで掲げたのは、パットだった。
「それをおっぱいって認識するのやめてぇえええっ。わたしのは今もちゃんとついてるから!」
近くで水着が流されていたのをおれが見つけ、「おっぱい消失事件」は解決した。
波際でリーファとひーちゃん、クイナが遊ぶ中、離れた場所に腰かけて、おれはクエスト用の報告書をまとめていた。
「一人何をしている?」
シャハルが隣に座っておれの手元をのぞく。
「ああ、冒険者ギルドに報告するんだ、この島のこと」
「では、妾が詳細に語って聞かせてやろう」
「あ、じゃあお願いしてもいいか?」
うむ、と大きくシャハルはうなずいた。
おれはシャハルから島の情報を聞きながらペンを走らせていく。
島の地形、潮の流れや気候、森に棲む魔物などなど。
「冒険者というのは、まことであったのだな。妾は、ジン君は妖精の類だとばかり……」
「誤解が解けたようで何よりだ。おれが島のことを報告すると、たぶん、軍が島にやってくることになると思う」
「だとすればどうした? 少々口惜しいが、この島に未練はない」
「そう言ってくれると助かる」
ふと手を止めた。
敵勢の調査もそういや含まれてたっけ。
シャハルは楽しそうに肩を揺らす。
「妾のことも記すのか? ジン君は何と報告するのだろうな。絶世美女? それとも悪い魔女?」
「悪いけど、そんなふうには報告しないぞ?」
あらかじめ考えていた文章をさらさらと書くと、シャハルはくふふと笑った。
孤島での夕方も過ぎていき、翌日、おれたちはクエスト報告をするべく冒険者ギルドへ戻った。
受付嬢のアナヤさんがおれを見るなり小首をかしげる。
「どうされました? 調査のことで何か訊きたいことが?」
「いえ、終わったのでその報告に」
「……もっ、もう驚かないと、き、決めたのです。カザミ様が何を仕出かしてきても、私はもう驚かないと……!」
びっくりした顔でそんなこと言われても説得力ないんですけど。
「ドラゴンに乗って島まで往復したのでしょう。だから行き帰りの時間がわずかで済むというのは納得です。で、す、が、島の調査や、いると思われる魔女や魔物たちの敵勢調査に、さすがのカザミ様と言えど時間はかかるはずです。物理的に。だって、クエストを受領されてからまだ四日です、あり得ません」
ところがどっこい、あり得るんだなー。
住人から事細かに情報を聞いているし。
その後、簡単にだけど裏づけの調査もした。
数枚あるうちの報告書を一枚アナヤさんに渡す。
「これが、島の地図と地形を描いたものです。島近海の潮流や満干の時間もこれに」
「っ……! ほ、本当に細かく描いてあります……。で、ですが、私は、この程度では驚かないんですからねっ、フン」
「何で急にツンデレになったんだ。……じゃあ次の一枚を」
島に棲む魔物について書き記した紙を渡す。
ツンデレ化したアナヤさんは、横目で報告書にこっそり目を通していった。
「害の有無や危険度まで……! 食べられる魔物かどうかまで……っ、やん、こっちにはそのレシピまでのってるぅうううう――っ!?」
「ね? ちゃんと調べてるでしょ?」
「か、勘違いしないでくださいねっ! こ、この程度、驚いたうちに入らないんですからっ」
「顔がまだ驚いてる顔してるんですけど! 何でそんなに頑ななんですか」
「私はもう成長したんです。カザミ様の報告に素直に驚くような素人娘だと思ったら大間違いなんですからねっ、フン」
「……。これが最後の報告書です」
日誌に近い形の、おれたちの島に着くまでと着いてからの活動報告書だ。
近海に潜んでいた超大型の魔物を倒したこと。
魔神が自分の力の一部を与えて作った魔物だとかそういう情報は伏せた。
だから、島に船で近づいても脅威となる魔物は存在しないこと。
また、島の中心部に、古い家屋が存在しており何者かが生活していた痕跡を発見。
――だが、痕跡はずいぶんと古く生活していただろう何者かは見つからず。
よって、現在島には魔物以外に脅威となり得る敵勢は存在しない。
多少の嘘を混ぜたのは申し訳ないと思うけど、クエスト内容は島にいる敵勢の調査だ。
クエスト依頼の動機が、おれたちが聞いた通り島を拠点とするためであれば、今はもういないし戻りもしない魔女の報告をしても無意味だろう。
ふむふむ、とアナヤさんはおれの報告書を読んでいく。
「結局、魔女の噂は噂でしかなかったということでしょうか」
リーファが『魔女がいる島』ってこの前断言しちゃったけど、リーファが女神だなんて誰も知らないし、アナヤさんもその発言については憶えてなさそうだ。
おれの情報の真偽を確認した後、報酬は冒険者ギルドを通して支払われるそうだ。
場合によっては、予定以上の額になる可能性もあるらしい。
冒険者ギルドの外でみんなを待たせていたんだけど、痺れを切らしたらしくシャハルがやってきた。
「ジン君ー? まだかかりそうか?」
「ああ、悪い。もう終わるから」
シャヤルはするりと腕を絡ませてくる。
「妾はもうお腹と背中がくっついてしまいそうぞ……。昼食はどこへ連れて行ってくれるのだ? 楽しみにしているのだが」
「い、いつの間にか、またカザミ様の嫁候補が増えている……」
これに関しては素直に驚くアナヤさんであった。
書類手続きをしていると、冒険者ギルドにいる人たちの視線全部がシャハルに集まっていく。
「不埒な輩が妾を見てくるぞ?」
「まあ、そりゃ見られるような外見してるからな。仕方ないだろ」
「んふ。見られるような外見とは、どういう外見のことを指しているのだ?」
シャハルは悪そうな笑顔でおれを見てくる。
あのぅ、胸をゆっくりなぞるのをやめてもらえませんかね?
「だから、その……、綺麗な顔してたり、えろい体つきしてたりするから……」
「ほうほう、ジン君は妾のことをそのように見ていたのか。ほうほう。ふうん、そうかそうか」
「あのな! そんなふうに男をからかって、エライ目にあっても知らねえからな?」
「だとすればどうした? そのようなときは、ジン君が守ってくれるのであろう。ん? 違ったか?」
シャハルだって十分強いんだけどな。
けど、約束は約束だ。
「ッ……違わない……」
それを聞くや否や、ずいっとおれの耳元にシャハルは口を寄せる。
「んふ。それとも、ジン君がその『エライ目』に妾をあわせるのか? であれば、期待して待たしてもらうが?」
「参った、おれの負けだ。もう好きにしてくれ」
くつくつ笑って、シャハルがおれの頭を撫でた。
「すまぬ、反応が可愛いからついイジめてしまった。そう拗ねるな。ふふ」
くそ、子供扱いしやがって。
……いや、千年以上も生きていたら、おれなんか子供と大差ないのか。
「は~楽しみぞ。妾をどのようにエスコートしてくれるのか」
「この町はおれの庭みたいなもんだからな。ひっくり返るくらい美味い飯屋に連れて行ってやる」
「今一瞬、女のために散財して破滅する未来が見えた……ジン君、悪い女に捉まるでないぞ?」
「何言ってんだ。もう捉まってる」
「あははは。であったな」
であった、であった、と楽しげにシャハルは言った。
何にせよ、笑顔が戻って良かったとおれはぼんやりと思った。




