表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
圧倒的ガチャ運で異世界を成り上がる!  作者: ケンノジ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/114

77話



 魔女の家だからと言って、別におかしな大釜があったり、変な生き物の死骸があったり、黒猫が棲んでいるなんてことはなかった。


 リビングには暖炉とイスがいくつか。小さめのキッチンとダイニングがあり、奥にある部屋が寝室のようだった。


 思った以上に質素な家だ。


 寝室に入って、おぶったシャハルをベッドへ寝かした。


「リーファ、念のため治癒魔法を頼む」

「うん」


 水とタオルの準備をするため、クイナとひーちゃんはキッチンのほうに行っている。


 治癒魔法を受けてもシャハルに変化は見られない。


「……魔女だけが使える固有魔法ってのが、ステータスにあったんだ。召喚魔法の一種だと思う。召喚魔法ってのは、普通の人間にも使うことって出来るの?」


「ううん。隷属させたり、無理やり言うことを聞かせたりする魔法はあるけど、あんなふうに魔物を呼び出して使役する召喚魔法はないわ。おまじないとか儀式やオカルトめいた召喚ならなくもないけど、魔法としては確立されてないの。出来たとしても、あんな巨大な魔物を呼び出すなんて無理よ」


「そっか」

「わたしも、シャハルが意識不明になったのは、ジンタが予想した反動のせいだと思う。……何にしても本人が目を覚まさないことには、確かめようがないんだけどね」


 クイナとひーちゃんが桶に水を汲んで来た。

 おれは水に浸かっているタオルを絞り、シャハルのおでこに乗せる。

 聞きたいこともあるから、おれたちは目が覚めるまでシャハルの家にいることにした。


「……ザイード……」


 ぼそぼそとシャハルがうわ言をつぶやく。

 目尻からは涙が流れていた。



◆Side シャハル◆



 育ての親であり魔法の師である彼女もまた魔女だった。

 シャハルという名をつけてもらい、自分が魔女であることを教わり、人間とは別種の存在であることを知った。


『いいかい、シャハル。魔女は一人で死んでゆかねばならないんだよ』

『どおして?』


 間延びした幼い自分の声。

 ああ、とシャハルは無意識の中気づく。

 昔の夢だ。


『人間とは違う、魔力と魔法の塊が妾たち魔女だというのは説明したね? 妾たち魔女は、無尽蔵の魔力を溜め込んだ塊でもある。死ねば肉の体は腐ることがない。もしこれを魔法知識のある人間が見つければ、きっと肉の体は利用されてしまう。有り得ない魔法を創造することも、もちろん世界を滅ぼす魔法だって創り出すことが出来る』


 だから、誰にも知られず一人で死ななければならないのだと言う。


 実を言うと、自分がもうどれだけ生きているのかわからないのだと、皺を深く刻みながら彼女は笑った。


『人間のいる世界では、妾たち魔女は異質で、困った存在なのさ』

『こまったそんざい……じゃあ、わらわたちはどおしていきているの?』


 素朴で率直なシャハルの質問に、お師匠は、にっこり笑って言った。


『それを見つけるために生きているんだよ』


 幼い自分には難しい答えだった。

 やがてお師匠は自分の前から姿を消した。


 一人で死を迎えるために、森か沼か谷かどこかへ行ってしまったのだろう。

 それとも、自分のことを一人前として認めてくれたからだろうか。


 家を継ぎ、島で孤独な時間を過ごした。

 来客と言えば魔物か妖精が大半だったが、その日は違った。


『おまえ、魔女なんだって?』


 やってきた人間の少年は、会うなり不躾に言った。

 話を聞くと、世界を支配しようとする邪神と人間は戦っているそうだ。


 だから力を貸してほしいのだと、ザイードと名乗る少年は言った。


『面倒ぞ。どうして妾がそなたのようなガキに付き合わねばならぬ』

『ガキって、シャハルだっておれと似たような歳だろ?』


 そう見えるらしい。

 歳を訊かれた。

 ……が、答えることができなかった。

 わからなかったのだ。

 ――自分が、今どれほどの時間を生きてきたのか。


 その日からザイードは付きまとった。

 勝手に家事を手伝った。

 島の外の話を聞かせてくれた。

 次第に打ち解け互いの話をした。

 ザイードは剣のことを自慢げに話した。


『いやぁー、あんなおっかねえ邪神倒せる自信なんてねえけど、この剣もあるし、おれには仲間もいるから、案外、なんとかなるんじゃねえの?』


 しししと笑う、屈託のない笑顔に心惹かれた。

 ザイードと過ごしたのは一週間ほどだった。


 その時間は、魔女にすればまばたき一度にも等しい時間だ。

 だが、過ごしたどの時間よりも色鮮やかに記憶している。


 ……それでも、ザイードの誘いは断った。

 自分は魔女なのだ、と。一人で死なねばならない、と。


『妾とそなたでは、住んでいる世界が違うのだ……外でもし死んでしまえば、そなたに迷惑がかかってしまう……妾は、それが怖い……』


 長命であることは知っている。

 が、何歳まで生きられるのかは知らない。

 知っていたとしても、意味はないだろう。


 ――自分の歳がわからなくなるのだから。


 きっと、どの魔女も同じだったのだろう。


 そっか、と少し寂しげに笑った彼の顔は、今でもまだ憶えている。


『わかった。あんまりしつこくすると嫌われる……らしいからな。何年かかるかわかんねえけど、邪神を倒したとき、またここに来るから』

『え?』


『島があったけえから、バカンスに来るんだよ。別にシャハルに会いに来るわけじゃねえから。……え、何? 何か期待した? ぷぷ』

『~~ッ』

『――おっ、怒るなよ、冗談だ、冗談』


 ザイードはシャハルの小指に自分の小指を絡めた。


『約束。邪神倒して、ここに戻ってくる』

『うん。……ま、待っている』


 わしゃわしゃと頭を撫でたザイードは背をむけ、『じゃあ、またな』と言い残し去っていった。


 一人になって酷く後悔をした。

 不意に涙が出る夜がたくさんあった。

 独りはこんなにも寂しかったのだと、はじめて知った。


 ザイードが戻ってくるのを待つこと――それが自分の生きる意味だと理解した。


 つ、と涙の流れる感触がする。

 シャハルは薄く目を開いた。


「お。気づいた。大丈夫か、シャハル? いや、焦った焦った。急にぶっ倒れるんだもんなぁ」


 からりとした笑顔が重なった。


「ザイード……」

「おれはジンタだ。まだ寝ぼけてんのかな……? 何にせよ、目が覚めて良かったよ」


 わしゃわしゃ、と頭を撫でられた。

 いつの間にか出ていた涙を指でぬぐってくれた。


 きゅ、と胸の奥で音が鳴った。



◆Side ジンタ◆



「見るでない」


 目が覚めたと思ったらシャハルが毛布の中に隠れた。


 泣いているところを見たのがマズかったのか?

 それとも寝顔のほうか?


 つっても、それなりにおれも責任感じてるんだよな……。


「なあ、どうして気絶したんだ? 痛かった?」

「そなたが、妾の使い魔をギタギタにするからぞ。契約主の妾にも精神的な被害はある」


 予想した通りってことか。

 落ち着きを取り戻しているので、おれは丁寧に魔焔剣のことをシャハルに教えた。


 毛布の中でシャハルは静かに聞いていた。


「であったか……取り乱してずいぶんと迷惑をかけてしまったようだ」

「いや、混乱しても仕方ないと思う」


 急に現れた奴に、もう千年経ちましたよって言われても信じられないだろう。


「戦っているとき、魔焔剣のことで何か言ったよな? どういうことなんだ?」


 そっと毛布から顔を出して、シャハルは一度魔焔剣を見る。


「ザイードが持っていた当時、一度だけ使っているのを見たが、あのような恐ろしい炎ではなかった。黒ではなく真っ赤な炎だった」


「……それ、もうちょい詳しく」

「それ以上は妾もわからぬ」


「そっか……」

「しょ、しょんぼりするのをやめよ……。わ、妾とて情報があれば教えてやりたいのは山々なのだ」


「妙に協力的だな。どうかしたのか?」

「どうもしておらぬ」


 さっとまた毛布を被ったシャハル。

 いいにおいが漂ってくる。

 リーファが食事を作ってくれているんだろう。


「シャハル、立てるか? おれの仲間がご飯を作ってくれているみたいだ」


 毛布からシャハルが出てくると、ゆっくり体を起こしベッドから降りる。

 ふら、と倒れそうだったので、肩を掴んで支えた。

 そのままシャハルは頭をおれの胸に預けた。


「二人はあったかい」

「……なあ、ほんとに大丈夫か?」


「フフ、久しく嗅いでいなかったオスのにおいがする……」

「お酢……? おれ酸っぱい??」


 何で酢のにおいがしているのかはさておいて、シャハルからはすごくいいにおいがする。


「はァ……嗅いでいるだけでおかしくなってしまいそうぞ」


 艶っぽい眼差しでシャハルはおれを見つめてくる。

 目をそらしたら、何されるかわからないからそらせない……。


 誰かに見られたら、確実に勘違いされそうだ。


 ギイ、と扉から音がして振り返ると、ひーちゃんが隙間からじいっとこっちを見ていた。


「がう……ご主人様が『オトナ』しているの……」


 ば、ばっちり見られとるぅうううううううううう!?


「ひーちゃん、違うんだ、これは」

「ご飯が出来たから呼びに来ただけなの。……ボク、何も見ていないの」

「そ、そう。それでいい。ひーちゃんは何も見ていない」


 ぱたり、と扉を閉めた後、


「リーファ、クイナ、たいへんなのぉ――っ」

「報告するのやめぇええええええええい!」


 シャハルの手を引っ張って、ひーちゃんの後を追いかけ捕まえる。

 パインゴ一個で買収し、口封じに成功した。


「賑やかだな、そなたらは」


 くふふ、とシャハルは小さく笑った。


 おれは別に賑やかにしてるつもりはない。たぶん、ひーちゃんたちもそうだろう。

 でも、シャハルにはそう見えるらしかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ