69話
◆Side ジンタ◆
夕方頃。
館に品物を届けに行った商人が血相変えておれのところにやってきた。
『カザミ君とこのエルフちゃんが――』
おれが情報収集を頼んだこともあり、適当に理由をつけて館の中をコソコソうろついていたそうだ。
そのことを聞いたおれは、すぐ館の裏庭までひーちゃんに飛んでもらった。
加減した【黒焔】で庭ごと吹き飛ばし隠し階段を見つけ、一気にこの部屋までやってきた。
ぶっ飛ばした領主は、尻を突き出して泡吹いて痙攣している。
けど、まあ自業自得だろう。
ザ、ザザザザザ――、と頭の中で聞こえていたノイズが声となって聞こえた。
――護レ 護レ 護レ 我ハ 救国ノ 守護者ナリ
……ひーちゃんママ救出のときは、壊せとか踏み躙れとか物騒だったのに。
次第に声は遠ざかり聞こえなくなった。
何なんだ、この声。まあいい。
「クイナ、大丈夫か? おかしなことされなかったか?」
「はい……」
おれにきゅっとしがみついて離れないクイナ。
普段からしっかりしているとはいえ、クイナだって女の子だ。
乱暴されそうになれば、怖いし震えるし、涙だって出る。
おれはクイナの頭を撫でて落ち着くまで背をさすってやった。
今は出入り口をひーちゃんが守っているから、護衛が駆けつけてもここに通すことはないだろう。
落ち着いたのを見計らって、まずクイナの手錠を剣で切った。
「ここに来る途中、檻に捕まっていた女の子がいたけど、あれは……?」
「そのことですけれど、ジンタ様聞いてください。あの領主の裏の事情を掴みました」
そうして、クイナはおれに掴んだ情報を教えてくれた。
「盗賊と領主が繋がってて、自領の女の子をさらわせてここに運ばせていた、か」
この現場を見る限りそれで正しいんだろう。
ザガの町でさらわれたニーナもあの檻にいるそうだし。
わざわざ自領の女の子をさらわせなくてもいいだろうに。
そういう奴隷じゃダメなのか?
……『自領の娘だからこそ良い』っていうクソみたいな理由なのかもしれないけど。
「とんでもねえクズだな、この領主。後でブタ箱にちゃんと放り込まないと」
「それなら隣町に王国騎士団の屯所があります。彼らに引き渡しましょう」
余っている手錠を見つけ、領主の腕と足に手錠をかけた。
あ。目ぇ覚ました。
「おい、おっさん豚仮面。何でこんなことしたんだよ? 性癖のなせる業か? 町の子を盗賊にさらわせて、自分は裏でこっそりお楽しみってわけか。そりゃ、狙っている町に警備兵なんて配置しないよな」
「グフゥゥ……! き、貴様、私に――このアルバ・バルケーロにこのような真似をしてタダで済むと思うなよッッ!」
「うっせえ。こんがりキツネ色にローストすんぞ。だいたい、豚の名前には興味ねえんだ。お前こそ、おれの仲間に手ぇ出してタダで済むと思うなよ」
「ひっ――。ま、待て。こ、このエルフは、自らここにやってきて甘い声で私を誘い、腰を振ったのだぞ!」
「そうなのか? クイナ?」
「いえ。覚えがございません。事情を探るために『話がしたい』とは言いましたけれど。妄想なのでは? それに、わたくしが愛しているのは世界でただ一人、ジンタ様だけです。ジンタ様以外にそのようなことは致しません」
「こんのぉぉぉクソエルフぅぅぅぅうううう……ッ! 私をハメたな!」
「ハメたんじゃねえよ、勝手にハマったんだ。妄想と現実の区別くらいつけろよ。……というわけで、あんたは騎士団に引き渡すことになった」
「な、何が望みだ? 金ならくれてやる! ち、地位が欲しいと言うのなら、領地のどこかの長だってやらせてやる! どうだ?」
「金も地位も要らねえ――少なくとも、お前から差し出されるもんは何も要らねえ」
「そ、それなら、私のコレクションで気に入った女がいるのならくれてやってもいい! どうだ、な?」
「コレクション……?」
「ブフハハハ、ここに来る途中見ただろう? 気に入った娘がいたのか? ん? その娘を連れて行っても」
「あの子たちはテメェのもんじゃねぇ――ッ!!」
「ひ、ひぃいいいいいいいいいいいいいいいい。…………わ、わ、私のモノだ……! この町の物、人、全部全部! 私が領主なのだぞ! 私のモノだ!」
「ジンタ様、わたくし、この豚さんを見ていると気分が悪くなります」
「奇遇だな、おれもだ。ちょうど胸くそ悪いと思ってたところだ」
あ。そうだ。イイことを思いついた。
おれは部屋を出ていく。
外から物音は聞こえない。見張りのひーちゃんは戦ってないみたいだ。
檻の鍵をすべて壊していき、捕まっていた少女たちを解放した。
様子がわからなくて戸惑っている少女たちに事情を説明する。
そんで、元凶の豚領主が奥の部屋で両手足の自由を奪われて転がっていることを教えた。
犯人が領主だったことに驚いていたけど、自由になれたことを喜んでいた。
「ありがとうございます――」
「救世主様っ、ありがとうございます」
「ありがとう――」
「救世主様っ、愛していますっ――」
感極まって泣きながら、みんながおれに抱きついてくる。
何だ、救世主って。
いや。ちょ、あのっ、まだ話終わってないんですけど。
みんなボロを着ているから、色々と見えそうだったり当たったりする。
視線を感じて後ろを振りかえる。
「ジンタ様……わたくし、世界でただ一人、ジンタ様だけを愛しています。愛していますから」
「あの、もしもし、クイナさん? 目が虚ろなんですけど……」
「…………わたくしジンタ様だけを愛しています。ずっとずっと愛していますから……愛しています愛しています愛しています愛していますジンタ様、殺したいくらい愛しています」
こ、こんなとき、リーファが女神ぱんちでぽかりとやれば、正気に戻るんだろうか。
「み、みんな。クイナも含めて聞いて欲しい。あの領主、今何も出来ないから――去勢してやろうぜ?」
みんな、目線を交わしうなずきあった。
ダークサイドに落ちていたクイナは、おれが肩を揺すると正気に戻った。
少女ご一行を豚部屋にご案内。
「な、何だ貴様ら! カザミ・ジンタ! 連れて行っていいのは一人だ! 全員を連れて行っていいなど――、な、何をするつもり――ぶぎゃぁあああああああああ!?」
少女たちは、代わる代わる領主の股を思いっっっきり蹴り上げていく。
ひええ……。
自分で提案しといてアレだけど、自分がやられたことを想像すると震えが止まらない。
……せっかくなので。
領主が気絶したら無理やり起こして、気絶したら無理やり起こしてを繰り返した。
「も、もうやめ、ちぇ……、ほぉぅっ――!?」
「ぶははっ。――くそ、笑っちまった。だから、『ほぉぅっ』はやめろって、ハハハ」
クイナもまたツボったらしく、顔を両手で覆ってプスススと爆笑を押し殺していた。
「く、クイナ……、け、蹴らないのか……?」
「プス、ススス、わ、わたくし、も、もう、ち、力が、は、入りません。プスス」
おれとクイナは涙が出るくらい笑っていた。
少女たちの復讐が終わると、領主は泡を吹いてガクガク体を痙攣させていた。
結構蹴られていたし、今後もう二度と勃たないだろうな……。
若年性勃起不全……ご愁傷様です。
チーン、とおれは拝んでおく。
けど、少女たちにしたことを考えれば、まだまだ軽いと思える罰だ。
もっと大きな罰を受けることになるだろうし、それ以上はしないでおいた。
気絶している領主を縛りあげて連行する。
外に出ると、ひーちゃんがおれに気づいて人化した。
周囲には、衛兵らしき十数人が倒れていた。
「ご主人様がこの中に入ったあと、すぐに館から出てきたの。思いきり吼えるとみんな驚いて気絶してしまったの」
「ああ。どうりで静かだと思った。レベルが上がったから【咆哮】が強化されたんだな」
「クイナ、無事でよかったの。……ご主人様、リーファがゆうかいされたときくらい、怖い顔をして、心配していたの……」
「リーファさんのときと同じくらいですか……。うふふ。それは良かったです。わたくし、リーファさんには負けていると思っていたので。今回の件、本当にありがとうございます、ジンタ様」
ちゅ、とクイナがおれの頬にキスをした。
「ちょ、わ。こら! いきなり……」
「いいではないですか……今夜くらい甘えさせてください」
おれの腕を抱いて密着するクイナは、肩に頭を預けてきた。
あわわわわわ、とひーちゃんが口を大きく開いている。
「い――今、クイナが、ち、ちっすしたのっ、ちっす! ちっす、したの!! り、リーファに言わなきゃなの――」
「い、言わんでいい!」
領主の館を後にして町に帰り、少女たちを家に帰した。
町長のラルドさんに領主の件を伝えると、驚いたけど納得したようだった。
「あの領主ならやりかねん……。カザミ君、捕まっていた子たちや領主の件、本当にありがとう……!」
両手で固くがっちり握手され、何度も頭をさげられた。
すぐ後に、捕まっていた少女たちの親たちがやってきて、涙ながらにお礼を言われた。
おれはそんな大したことをしてないから、恐縮するばかりだ。
場所を酒屋に移して、謝礼会ならぬ飲み会が開かれることになった。
捕まっていた少女たちも来ていた。
「我らの町、救世主カザミ君に、乾杯――っ!!」
「救世主って言うな! 恥ずかしいから!」
町のオヤジさんたちやお母さん、身綺麗になった少女たちがどんどん酒を注ぎにきた。
「救世主様、救世主様」と呼ばれ、おれの切なる願いは聞き届けらなかった。
あの領主は自警団の檻に放り込んである。
「すごい人気ね、ジンタ」
「原因である領主を排除して、さらわれた少女たちを救出したんです。これくらい、当り前です」
おれの両隣にいりリーファとクイナがちびちび酒を呑んだり料理を食べたりしながら話している。
呑み過ぎたせいで、ちょっと音が遠く聞こえる……。
「あら。ジンタ様、お顔が真っ赤です。少し横になりますか?」
少し離れてクイナが自分の膝を叩く。
「うん……悪い、ちょっと貸して……」
「な。――ジ、ジンタ! こっち、横になる?」
ぐい、とリーファがおれを引っ張る。
「リーファさん。先日ジンタ様と二人きりにしてあげたでしょう? その借り、今返していただきます」
「うぐう……」
「リーファ、聞くの。さっきクイナがご主人様に、ち、ちっす、したの……っ!」
「え? 何それ。ちっす? クイナ、何したの?」
「さあ。何のことなのでしょう」
「がぅぅぅぅ――伝わっていないのっなぜなのっ!? あれは、『ちっす』じゃないの!?」
クイナに膝枕してもらいながら聞いていると、おれを見たクイナは舌を出していたずらっぽく笑う。
ひーちゃん、クイナには伝わっているぞ。んで、伝わった上でとぼけてるぞ。
こうして、宴会の夜は過ぎていった。




