67話
町長宅前で待っていたリーファたちと合流し、町に一軒だけの酒屋にむかう。
夜は酒屋だが、お昼は食堂となっている。
おれの新スキルについては、誰にも言わないでおいた。
食堂の中に入ると、客はおれたち以外にいなかった。
日中は仕事で忙しいのが普通だもんな。
「いらっしゃい、カザミさん。何にします?」
おれたちが席に着くと亭主がやってきた。
「ああ、ええっと――」
みんなの好きな物を注文して、あとは適当に何品か作ってもらった。
しばらくして、亭主はおれたちが注文した料理を運んできた。
「ご主人さん、今日おれたち領主に呼び出されて、ちょっと『挨拶』したんですけど、あの人って、ずっと前からああなんですか?」
「ああ、会ったんですか。いけすかない男だったでしょ?」
「本当にそう!」
「ええ。本当にそうです」
鼻息荒くリーファとクイナが答えるのを見て亭主は苦笑する。
「とんでもなく女好きらしく……そういう奴隷を飼っているって話を出入りしている商人にちらほら聞くことがあります。聞いたっていうだけで、見たこともないらしいんですが、もっぱらの噂になっているそうです」
領主なら、奴隷の一人や二人いても不思議じゃないけど、『ソレ専用』だから隠したいんだろう、と亭主は言う。
なるほど。
バレたら困る性癖なのか。理解した。
「奥さんはいないんですか?」
「バルケーロ家の当主になってしばらくして亡くなりました。子供もいません」
「あ、だから、子作りに必死だと……!」
「ええ……おそらく……!」
おれと亭主、男同士わかり合うものがあるらしく、二人して深くうなずき合った。
「ご主人様、いまえっちな顔してたの」
「してません、してないです」
こほん、とクイナが咳払いをする。
「ジンタ様、食卓に相応しくない話題です。……その手の話題は、わたくしも好きではあるのですけれど」
「クイナ、いまえっちな顔しているの」
「ええ。もちろんです。優しくジンタ様にしていただいているのを妄想しています」
「な、何考えてんのよ、ハレンチエルフ! ――お昼間なのに! ご飯食べてるのに! ジンタもクイナに何してんのよ!」
「おれは何もしてねえよ! してんのはクイナの脳内のおれだろ」
「リーファさんだって、とある殿方を想ってあんなことやそんなことを妄想しているでしょう?」
「してないもんっ」
「いま、リーファがえっちなこと考えた顔したの」
「してない、してないから!」
「わたくし、知っているのですから。カマトトぶっているリーファさんが、とある殿方の名前を出しつつ、『ぁっ、やぁ……はァ……』なんてえっちな声を出しながらベッドの中で何やらもぞもぞしているのを!」
「わーわーわー! わあああああ!」
「リーファさん意外とオトナ、と思いました。ええ、もちろん、わたくしもしています」
「なに堂々と言ってるのよっ」
毅然と胸を張るクイナと顔真っ赤でちょっと涙目のリーファ。
この反応からして……まさか。
「ご主人様、ふたりはなんの話をしているの?」
「ベッドの中でもぞもぞするって言ったら――アイス食う以外にねえだろっ!」
「!? それは、犯罪にもひってきする行為なの……!」
「隠れてそんなことしてたんだ、あいつら。今度見つけたら現行犯逮捕だな」
「がう」
亭主はおれを見てゆるく首を振っている。
え。何ですか?
「若いってのは、いいですなあ……」と生温かい視線をおれたちに送っている。
食事を終えて、館に出入りしているらしい商人を訪れて話を聞く。
奥さんの話も奴隷の話も、亭主の言っていることとほぼ同じだった。
また何か領主の館で変わったことがあれば、教えて欲しいと伝えておく。
それと、怪しまれない程度の館内の情報収集もお願いしておいた。
町長のラルドさんに話を聞いても、そう変わらない話を聞かせてくれた。
ふむ。明らかのあの領主は変だし、色々と裏がありそうだ。
今回の警備兵の話も、もしかするとそこに繋がってるんじゃ……。
借りているおれの部屋に集まって作戦会議。
おれが思っていることを伝えると、リーファもクイナも同感だったみたいだ。
「あの領主は不自然ですし……確かに、何か裏がありそうです」
「わたしもそう思う。奴隷の話にしたってそうでしょ。別に領主なんだからコソコソしなくたって良いと思うの。だって一番偉いのよ?」
世間的に隠しておきたいほどの性癖が存在するのを、リーファは知らないんじゃ……?
おれが目をやると、察したクイナはうなずいた。
「ええっと、リーファさん。一番偉いからこそ、隠したいのではないのでしょうか?」
「え? どうして? その……領主なんだから、とっかえひっかえは、よくある話でしょ?」
おれの膝に座るひーちゃんの耳を両手で塞いだ。
「がう? なに、どうしたの、ご主人様?」
「ええとな、リーファ。いじめられるのが好きな奴だったり、逆にいじめるのが好きな奴がいたりもするんだぞ?」
「え? んん? どういうこと?? イジめたりイジめられたりするの?? どうして??」
頭にいっぱいの「?」を浮かべるリーファ。
「ちなみにわたくしは、ジンタ様にイジめられるのが好きなのですけれど」
「さらりと告白すんな」
地下遺跡のときからそうだろうな、とは思っていたけど。
「この『癖』の話は置いておきましょう。いずれにせよ、裏を探る必要がありそうです。ジンタ様、どうでしょう。わたくしがあの館に行って調査してくるというのは」
「危険じゃないか? それだったらおれが行っても……」
「いいえ。ジンタ様。お気遣い嬉しく思います。けれど、適任はわたくしです。ジンタ様は啖呵を切ってしまっていますし、わたくしなら、あの領主に取り入りやすい」
「それなら、クイナじゃなくてわたしが行くわ」
「――『癖』がなんたるかも知らないお子ちゃまは口を挟まないでくださいッ」
「うぐ……っ、妙な迫力があるっ……」
あんなに啖呵を切ったんだ。おれが行ったんじゃ警戒されるだろう。
何でもソツなくこなせるクイナのほうが、リーファよりも適任か……。
ひーちゃんは当然問題外。
「がう? なんなの? どうしたの、ご主人様?」
「じゃあ、クイナ。今回は頼む」
「はいっ。お任せくださいっ! となれば、お近づきの印として手土産を持参したほうがいいでしょう」
言うなりクイナは立ち上がって部屋を出ていく。
不思議に思って後に続くとキッチンへ姿を消した。
「まさか……クイナ、料理する気なんじゃないかしら」
心配そうにリーファが言う。
手作りの何かを持っていくつもりなんだろう。
どうした、ひーちゃん。そんなガクブル震えて。
そういや、クイナは料理ダメだったな。
けど、領主は大喜びだろう。嫁にしたいって言っていたクイナの手料理が食べれるんだから。
しばらく、こっそり様子を見守っていると見つかってしまったおれたちは、作ったクッキーを試食させられるハメになった。
一口食って、逃げ出したリーファとひーちゃん。
「リーファさんたち、一体どうしたのでしょう。ジンタ様、お味はいかがですか?」
一瞬意識が遠のいたし、頭痛と目まいがする。……動悸もしてきた。
ナニコレ。兵器?
「うん……、う、美味い……」
死にそうなレベルの味だけど、どうにかおれは笑顔で言った。
クイナは「そうでしょう、そうでしょう」とドヤ顔でうなずく。
可愛らしい包装紙に兵器を……じゃなくてクッキーを包んだクイナは意気揚々と家を出ていった。
潜入ミッションがいつの間にか暗殺ミッションにすり替わったけど、まあいっか。
次回も3日後の4月8日更新予定ですー




