64話
今回からまた新しい中編に入ります。
個人的に好きなあの人が家にやってきます。
前回の大規模クエストから、ひと月ほど経とうとしている。
おれがいつものようにリビングでごろごろしていると、ノックの音がした。
「ごめんくださいませ――」
「ご主人様、誰かきたの」
リーファとクイナは町で買い物してるから、今はおれとひーちゃんの二人だけだ。
けど、来客なんてはじめてだ。誰だろう。
扉をあけると、
「カザミ様、お久しぶりです。最近、【アイテム賭場】にお顔を見せていただけないので、私、ついにご自宅に来てしまいました」
ガチャ屋の店長、ライラさんがいた。
――バタン。
思わず扉を閉めた。
「ご主人様、誰がいたの?」
「ううん。誰もいなかったよ」
「カザミ様……照れなくてもいいのに……」
照れてねえよ。扉越しに聞こえてんだぞ。
……用件だけ軽く訊こうか。
ちょっとだけ扉をあけると、隙間にガツッ――とつま先がねじ込まれる。
そのまま扉を掴まれ強引に開けさせられた。
ひ。ひぃいいい!?
「カザミ様に折入って相談があり、今回参りました」
「…………そ、相談ですか?」
「はい。ベッドの中でお話させていただきますね? 寝室はどちらでしょう」
「ベッドはこっちなの」
「出来ればシャワーをお借りしたいのですが」
「それはあっちなの」
「案内すんな」
ライラさんを丁寧に案内するひーちゃんには、外で遊んでもらうことに。
仕方ないからライラさんをリビングに案内し、ソファに掛けてもらった。
「女のにおいがします……長い髪の毛が落ちていますね……これは一体何なのでしょう。それに子供もいる……。まさか、カザミ様の――!? しかし問題はありません。カザミ様の子供というのであればあんなクソガキでも、ライラは愛することができます」
「もう、何しに来たんだよ。大した用がないなら帰れよ」
「カザミ様、私、紅茶がいいです」
「厚かましいな、おい。てか出さねえよ? 長居させねえし」
「本題です。……ご相談というのは、ザガの町のことです」
「ザガの町? あぁ、この前クエストのとき行った町か」
「私、そこの出身でして、父が町の長をしているのですが――」
ライラさんの相談内容は、町長である父のとある相談だった。
なんでも、町の警備が手薄で盗賊に近頃いいように荒されてしまうのだとか。
「それって、自警団の人や領主の兵が守ってくれるもんなんじゃないんです?」
「ええ。そうなのですけれど。自警団と言っても、皆、普段自分の仕事と兼ねて自警団の活動をする者が大半なのです。領主のクソは、襲撃に遭う事実を知りながらも警備兵を一向に送らないと、父が教えてくれまして……」
そりゃ、クソ領主だ。自分の町の一つだろうに。
町長からの要請を一旦は了承するそうなのだが、それから音沙汰がないらしい。
そんな話を、先日里帰りしたときに聞いたそうだ。
「それは、冒険者ギルドに依頼すればいいんじゃないです?」
「そうなのですけれど、それも禁止されているそうなのです。バルケーロ家の沽券に関わるだのなんだの、と……」
「冒険者ギルドに警備依頼すると、自分の手に負えないから助けて、って言っているようなもんだもんな……。くだらないメンツの話か」
冒険者って言ってもピンからキリまでいるのが現状だ。
スゲー人だっているし、ゴロツキみたいな奴が冒険証を持っていたりもする。
指名クエストがあることを説明しても「冒険者は気に食わん」の一点張りで拒否。
「クソ領主だな。領民が困っているってのに」
「ええ。本当に。元々、大した兵力がないのも一因になっているようです」
「田舎町に兵力を割く余裕はないってことか。普通、町の税収とかでやっていくもんじゃないんですか?」
「領主アルバ・バルケーロの父が相当貯め込んでいたようで、田舎町ひとつの税が多少減っても痛くもないのでしょう。領内の町や村は他にいくつかありますし」
「なるほど……だから、冒険者としてじゃなくて、おれ個人に町の警備をして欲しいってことですか?」
「はい。さすがカザミ様です。察しが良くて助かります。凄まじく強く有能な、あの【ガチャ荒らし】が町にいることがわかれば、盗賊も手を出さなくなると思うのです」
「【ガチャ荒らし】の名前って、そんなに有名なんですか?」
「ベージャ地下遺跡の最深部に到達したことや、【朱甲】を倒したこと、先日の森林化を解決した凄腕冒険者として、巷では有名になっています」
言われてみれば、以前にも増して町の人たちにジロジロ見られることが多くなった。
あれは、リーファやクイナに見惚れていたってわけじゃくて、おれを見てたのか。
「報酬につきましては……あまり大した物は出せないのですが……」
立ちあがったライラさんは、バサッと服を脱ぎ捨てた。
ちょ――、何で脱いでんのこの人!?
赤いブラジャーとパンツの半裸姿のライラさんは、顔と一緒でかなり綺麗だった。
ちょうどいい大きさの胸と胸の間に「粗品」って書いた紙があった。
……あらかじめ準備してたんすね。
「このライラの純潔をカザミ様に捧げます……」
「大丈夫です要らないんで」
顔をそむけて全力で遠慮しておく。
「とりあえず服を早く着てください。こんなところ誰かに見られていたら……」
じぃ、と扉の隙間からこっちを見つめる赤い目があった。
「――ひーちゃん!?」
「がう……オトナはむずかしいの。だいじょうぶなの。ボク、誰にも言わないの」
「違う! ひーちゃん、それ誤解だから!」
「あ。リーファたち帰ってきたの。――リーファ、クイナ、たいへんなのぉ――っ」
「待てぇえええええええええええええええええええ! 早速かよぉおおお!?」
「では、私はシャワーを先に――」
「コトを進めようとすんな!」
ん。待てよ。今はどうしたって鉢合わせしちまう。となれば――
「ライラさん、浴室はこっちです。早く」
「えっ、えっ――、その、そ、そんな急に積極的にされると、こ、困ってしまいます……」
なんか照れているライラさんの手を引いて浴室の扉をあける。
「じ、実は、まだ、私、こ、心の準備というものが。そ、それをするためのシャ、シャワーなのですけれど」
「大丈夫です、ちょっと痛いのを我慢するだけですから。すぐに良くなります」
「そ、そんなあ、浴室でなんて私、まだ――」
「せいッ」
トスッ、とライラさんのお腹に当て身をすると、ライラさんは気絶した。
そんな彼女を空の浴槽に沈め、蓋をする。
よし。これでひとまずは大丈夫だ。
「なになに、どうしたのよ、ひーちゃん」
「ご主人様は、オトナなの」
「どういうことです、ひーちゃんさん」
この隙にライラさんの服も浴槽に入れて、おれはソファに戻ってくる。
ガチャ、とリビングの扉を開けて三人が入ってくる。
「お帰り」
「ただいま。ジンタ……何でそんなに汗だくなの?」
「今日、暑いからな」
「そうでしたか。それでは、ジンタ様。お風呂の準備をいたしますね。浴槽にお湯を――」
「やめろぅッ!! きょ、今日は……大丈夫だから」
ブラックボックスと化した浴槽に誰も近づけてはならない……!
不思議そうなひーちゃんは、あれこれリビングを探している。
「がう……いなくなってるの。ちょっとえっちな妖精さん……いないの……」
「そ、そういえば……、ザガの町が今大変らしいぞ?」
ここぞとばかりにおれは話題を変える。
きょとんとした三人に、おれはライラさんから聞いた話をする。
「ふうん、酷い話。そんなことが起きてるんだ」
「領主の風上にも置けません」
おれがあの話を引き受けない限り、ライラさん、毎日ここに通いそう。
それに、良心が痛む話だ。
ライラさんの純潔には欠片も興味ないけど、おれなんかが役に立つんなら協力してあげたい。
「というわけで、ザガの町にむかおうと思う。準備するから、みんなは外で待ってて欲しい」
三人を家から出して、おれは浴槽に沈んでいる半裸のライラさんを裏口から放り出す。
魔物も危ない獣もいないし、放置しても大丈夫だろう。
「粗品」って書いてある紙に引き受けることを書き置きして、表に回る。
「慌ただしいけど、どうかした?」
「なあ、リーファ。特定の人物を敷地に入れないようにする結界魔法ってある?」
「あるにはあるけど、そういうスキルは覚えてないし持ってないわよ」
「そうか……帰ってきたら、鍵つけよう」
「変なジンタ」
というわけで、おれたちは再びザガの町にむかうことになった。




