63話 閑話
ある日の昼下がり。
兼ねてから考えていたことを行うべく、おれは三人をリビングに集めた。
「どうしたの、ジンタ? 改まって」
「ああ。みんなに集まってもらったのは他でもない……ひーちゃんのことだ」
「がう? ボクのこと?」
「うん。お母さんが見つかれば引き取ってもらう予定だったから、『ひーちゃん』って簡単に名前を付けたけど、改めて、ひーちゃんにちゃんとした名前をつけてあげたいと思う」
「今さらですか」
「クイナ、それを言うな」
「ボクは『ひーちゃん』がいいの」
「つっても、火竜の『ひ』だからなぁ。名前に基づく愛称じゃないんだよ」
「それもそうね……定着してるから違和感なかったけど。ひーちゃんは、お母さんから名前をつけてもらわなかったの? しばらく一緒にいたんでしょ?」
「おかーさんに、名前をつけてもらったけど…………それはきかないでほしいの」
「え、何で? お母さんがつけた名前があるんなら、おれたちもそう呼ぶぞ?」
「嫌ー! それは嫌なのーっ!」
「ひーちゃんさん、えらく嫌がりますね……気に入らなかったのですか?」
「がう……」
「ちなみに、どんな名前だったんだ?」
「がう…………。――お静」
「日本風っ!? お、お静!? …………よぉ、お静」
「嫌ぁああああああああ! ボクはひーちゃんなのっ! お静じゃないのっ」
「不思議な響きの名前です、竜種ならではの名づけ方、といったところでしょうか」
「全然変じゃないわよ、お静でも。可愛いと思うし……何が嫌なの?」
「お静がどうというワケじゃないの……『ひーちゃん』はご主人様がつけてくれた名前だから、それが一番なの。他はないの」
「けど『ひーちゃん』は愛称だからなあ。ファミリーネームはお母さんから聞かなかった?」
「がう。……オルデンリート」
「じゃあさっきのと合わせると――お静・オルデンリート」
「「ぷふっ」」
「がぅぅぅぅ! だから嫌だったのっっ! リーファもクイナも吹き出して大爆笑してるのっ!!」
「ちょ、ごめん、だってぇ……アンバランス過ぎて……」
「うふふ、少しおかしくて。すみません、お静さん」
「だからお静じゃないって言っているのっ! クイナからは悪意を感じたのっ、今度言ったら噛みついてやるの……! ドラゴン体のほうで」
「物騒なこと言わないの。名字はまあまあカッコイイんだ。ちなみに、お母さんの名前は?」
「イングリッドなの」
「イングリッドか。……自分はそんな名前なのになぜ『お静』が出てきた!? ドラゴンの感性すげーな……。でもひーちゃん、ひーちゃん・オルデンリートってのは少し違和感あるだろ?」
「がう……」
「『ひーちゃん』が愛称になるように、おれたちで名前をつけよう。『お静』は却下な。本人凄まじく嫌がってるし」
「こんなのどうかしら……ヒロコ」
「和名から離れろ」
「では、わたくしが考えたとっておきはいかがでしょう。――ヒオウギ」
「確かに『とっておき』だけど!?」
「がう……ヒオウギに惹かれるものがあるの……!」
「やめときなさい。名字と合わせると『オルデンリート』が技名みたいになるから」
「ダメねー、クイナは。全然可愛くないもの」
「そういうリーファさんこそ、おっぱいと一緒で考えも小さいですよ?」
「うぎぎ……っ。はい! 今度はもっとワイドで高貴でスマートな名前よ。――ヒラリー」
「ワールドワイドにはなったけどな! 良い名前だけど却下だ。色々とマズそう」
「ボクも考えていいの? それなら、これがいいの――日干し五年」
「何それ!?」
「深みのある良い名前だと思うの。……日干し五年・オルデンリート」
「オルデンに何があったんだよ!? 御苦労されたようですねえ!?」
「通常は九年かかるの」
「知らねえよっ!」
「ちょっと長くなったけど、こんな名前どうかしら? ――人は独りじゃ生きていけないっていうけどお前はそんなことないよな?・オルデンリート」
「オルデンに話しかけてるじゃねえか!! 名前じゃなくて会話文だろそれ!!」
「まったく、リーファさんはそんなだからおっぱいが小さいのです。わたくしの第二案は、少しエロスを感じさせます――人妻・オルデンリート」
「誰の嫁さんだよッ! これ、ひーちゃんの名前なんだぞ? もうちょっと真剣に……」
「リーファとクイナのあとは、ボクがボケる番なの」
「大喜利感覚をやめい! 座布団なんてやらねえからな。それに、趣旨変わってるだろ」
「もうー、さっきからツッコンでばっかりね、ジンタは」
「お前らが悪ノリしてボケるからだ」
「はぁ……ジンタ様は、わたくしお嫁さんなのに全然ツッコンでくれません……」
「下ネタかよ」
「え? クイナにだって、さっきからずっと……」
「え? ずっと? そんなにされては、正気を保てなくなってしまいます……っ」
「「…………」」
「「……え?」」
「ご主人様、二人はどうして噛みあってないの?」
「知らんでよろしい」
「ジンタは何かないの? 元々、ひーちゃんは主人のジンタがつけた名前だから『ひーちゃん』を気に入っているんだし」
「一応あるにはあるぞ? 名前って、特徴を捉えていたりこうなって欲しいっていう願いみたいなものが込められたりするものだろ? そんで、考えたのが――ヒカリ」
「あぁっ、良いじゃないそれ!」
「はい。ひーちゃんさんにピッタリだと思います。未来を予感させる明るい名前です」
「さすがご主人様なの。しっくり、ばっちり、ドン。なの」
こうして、ひーちゃんの名前は「ヒカリ・オルデンリート」になった。
結局おれも思いついたのは和名だった。
褒められ過ぎて、もう言い出せない……。
由来が、人化するとき体が光るから、だなんて。




