60話
樹魔たちは減るどころか、どんどん増えていっている。
森ごとふっ飛ばすか――?
いや、森の中には他にたくさんの冒険者がいる。
誰かを巻き添えにするのは避けたい。
「がう、がるう!」
何言ってるのかさっぱりわからんぞ、ひーちゃん?
「えーと。空を飛んでボスのところに行くってことか」
「がるぅ♪」
あ、当たった。
確かに少しの時間なら、空にいる魔物にも補足されにくい。
良い手だけど、離陸するまでに四方から攻撃される。
30秒くらいでいいから、時間を稼げれば――。
「「「「ぐらぁアぁあ――ッ」」」」
ギュンと飛んでくる樹魔の枝、枝、枝、枝、枝、枝――の先に引っかかったパンツ。
何でパンツ!? ていうか誰の!?
クソ、反射的にパンツを回収しちまった! 言いわけじゃないからな!
どこかの冒険者の落し物か……? 女モノっぽいけど――
「そ、それは――」
シルヴィが持ち場を離れておれのほうへ走ってくる。
ばっとおれが手にしていたパンツをひったくった。
「わ、私のだっ」
「……え。脱いだんですか。戦闘中に? ド変態じゃないですかやだー」
「ち、違う、ハレンチな樹魔に奪われたのだっ」
どうやって!? 狂暴化中なのに器用なんだな、樹魔って。
「じゃあシルヴィ、今は、はいて……?」
「~~~っ」
恥辱で顔を真っ赤にしているシルヴィ。
その腕や体に何本もツルや枝がぐるぐる、と巻き付いた。
「あ――っ、しまっ――」
「っと、余所見厳禁!」
シルヴィを持ちあげたツルを切る。
宙に投げだされたノーパンのシルヴィをキャッチした。
「ふあぁっ!? す……すまない……」
「うん。安心してくれ。ノーパンってことは誰にも言わないから」
「うぐぐぐ……そうやって私の恥じらう反応を楽しんでいるのだろう……っ。変態め」
「ノーパン騎士に言われたかねえよ」
「あぁっ」
涙目のシルヴィがおれから離れて敵に突っ込んでいく。
その先にはパンツ。敵中に落ちている――。
持ち上げられた拍子に落としたらしい。
「シ、シルヴィぃいいいいッ! パンツよりも命を大事に!!」
「騎士は名誉のためなら死ねるのだ!」
気をつけろ、カッコイイこと言ってるけどやつはノーパンだ!
おれとひーちゃんがフォローに入ってノーパンを援護――じゃなくて、シルヴィを援護する。
けど、マジできりがないな。
ひーちゃんに乗るのがおれ一人なら、離陸もすぐなんだけどな……。
アイボにみんなを詰め込むにしても少し時間が要る。
「がるっ!?」
ひーちゃんが何かに反応する。
そこには、家一軒分ほどあるパインゴがいた。
でかぁ……。なんだこれ。
――――――――――
種族:実魔
状態:狂暴化
名前:パイン・ゴゥ
Lv:54
HP:7800/7800
MP:8900/8900
力 :510
知力:770
耐久:600
素早さ:80
運 :10
スキル
甘蜜(魅惑の密。甘い匂い、果汁で対象を魅了する)
――――――――――
って魔物かよ。
「ががががっがるぅ――っ♪」
テンションMAXのひーちゃん。だだだだだ、と駆け寄っていく。
「あ、こら! それ魔物だぞ!」
ひーちゃんが食べようとがぱっと口を広げる。
同時にパインゴの表面に顔が浮かび、こっちもがぱっと口を広げた。
「がるぅ~っ♡」
かぶりついて幸せそうなひーちゃんを――パクン、とパインゴが食べる。
「がる!?」
ごくん。
…………ちゃんひーが食われた!?
おれは即座に【灰燼】を発動させパインゴの口に剣を突き入れる。
「ガジュウゥウ――!?」
ぶしゃ、と果汁が飛び出る。
剣をそのまま横に薙ぎ、顔半分を切り飛ばした。
しくしく泣いているひーちゃんが、ぴかりと人化しておれに飛びついてくる。
「がうがう……怖かったの……」
「よしよし、大丈夫大丈夫」
――この件がトラウマになってしばらくパインゴが食べられなくなるひーちゃんであった。
っと、今度は他のみんながピンチっぽい。
【黒焔】を放ち、剣で一気に敵中に切りこんでいく。
「「「グラァアァア――ッ!?」」」
断末魔を響かせ倒れていく樹魔たち。
けど、次から次に押し寄せてくる。
獣化したアステも打撃技で樹魔たちを攻撃していっている。
――ピィィイイイイイイ。
突然笛の音のような鳴き声が空から聞こえた。
ばさりばさり、と翼をはためかせながら、怪鳥が頭上を通る。
ちらっとその上に乗っている人影が見えた。
全身ローブのあのメルデスってやつともう一人いる。
ふわっと、人影が空中に見えた。どんどん落ちてくる。
「カハハハハハハハハ――ッ! ずいぶん苦戦してるみてえじゃねえかっ!」
見覚えのある赤髪の男は、拳を作ってスキルを発動させる。
「【穿孔】ォォオオオオオッラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ガァァァァァンッ!!
爆音と同時に数十の樹魔が消し飛んだ。
「俺様参上ッッ!」
うげ。この前のうるさ迷惑な、なんとかってヤツだ。
「何か困ってそうな奴を見かけて誰かと思ったらカザミじゃねえかよ、ってことで! このラウル様が借りを返しに来たぜェ!」
借り? 何か貸してたっけ?
そんなことより、おれと戦うつもりじゃないんなら何でもいいや。
ガァアン、ガァアン、と赤い手甲が樹魔を文字通り根こそぎぶっ飛ばしていく。
一発一発が砲撃級の威力を持っている拳だ。
えげつねえな、このパンチ。
「ライバル同士こうして一緒に戦うっつーのはよぉ! アツいじゃねえか! なぁッ?」
「ああ! そいつら全部お前に任せた!」
「オウよ! って、え、全部?」
ラウルがきょとんとしている隙に、おれはとっとと離陸の準備に入る。
ひーちゃん以外をアイボに詰め込み、ひーちゃんの背に飛び乗る。
「じゃあな! ひーちゃん、行こう」
「がるう!」
バサバサとひーちゃんが離陸。伸びてきた枝を剣で斬り払って空に上がる。
「ておい、待てぇええ! 俺様を一人にすんじゃねぇえええええ! 一緒に戦えやコラァアアアアアア!」
ラウル。お前の犠牲は忘れない。




