58話
……とりあえず、縛っておくか。
人狼相手に紐で縛る効果がどれだけあるのかはわからない。
けど、何もしないよりはマシだろう。
毛色からして見た目は狐にしか見えないのに、狼でもあるんだな。
ふうーん、とおれがまじまじ見ていると、ピクンッと耳が動いた。
「にゃぅ……」
「……こいつは、狐なのか狼なのか、それとも猫なのか……?」
ステータスに人狼ってあったからそれで間違いないんだろうけど、色々とツッコミ所の多い物体だ。
起きるまで待つ義理もないだろう。
しゃがみこんでおれは肩を揺すった。
「おーい、起きろ。お前、何しにここに来たんだ?」
「にゃ……む? おはようございますにゃ」
「はい、おはようございます。ってそうじゃねえよ」
「…………。誰にゃ!?」
「おれは風見仁太ってもんだ。アステイル・ザガさん」
「エスパーにゃ!? ウチの名前、どうして知っているにゃ……?」
「内緒」
「それなら仕方ないにゃ……。って縛られているにゃ!?」
「気づくの遅っ! なあ、お前、人狼でいいんだよな……?」
「どっからどう見ても人狼にゃ」
見た目は狐。口調は猫風。で、ステータスは人狼。どうなってんだ。
「その人狼のアステイルさんはこの拠点に何の用があったんだ?」
「内緒にゃ」
「それなら仕方ない……。――とでも言うと思ったか」
「思ったにゃ!? どうしてバレたにゃ、やっぱりエスパー……?」
「話が進まねえ。おれは、ザガの森を中心に森林化が進んでいる現象を調査しに来た冒険者だ」
「縛るのが得意なお兄さんかと思ったにゃ」
「はっはっは、笑わしよるわ。……もしかしてこの森の住人?」
「そうにゃ! ザガ四天王の人狼とは、ウチのことにゃ!」
「四天王……!? あんなのがあと三人もいんのかよ……。まあとにかく、自己紹介さんきゅー」
「はっ、情報を引き出されてしまったにゃ!」
もしかしなくても、こいつ……頭が弱い子なんじゃ……?
「で、あと三人、どんな奴がいるんだ?」
「…………四天王は、ウチだけにゃ……」
そうか……他のユニオンもこの森に入ってるんだったな。
倒されちまって、もう四天王はこいつだけに――
「ウチだけにゃ――最初から」
「まさかの一人四天王!?」
「カッコイイから自分でそう名乗っているのにゃ!」
「まさかの自称!?」
「最弱でもあり最強の四天王でもあるにゃ!」
「こいつ……縛られているのに威張ってる……! てことは、ボスとか親分がいるんだ?」
「にゃ。捨てられたウチを育ててくれた親代わりでこの森のボスにゃ」
こいつ、何だかんだで結構しゃべるぞ……!
「それで、ボスに言われてこの拠点を潰しにきたのか?」
「ボスの指示じゃないにゃ。自己判断――はっ、また情報を引き出されてしまったにゃ!」
ゆるくて助かるわぁ……。
「なあ、ユル子。あ、間違えた」
「今のはわざとにゃ! さっきまでアステイルってちゃんと呼んでいたにゃ」
「なぜわかった! お前まさか……」
「そう、エスパーなのにゃ!」
「嘘をつけ!」
「バレたにゃ!? さ、さすが本物は違うにゃ……」
このノリを続けると話が進まなさそうなので、ノらないことにした。
「なあアステイル、ここを中心に森が広がってるんだ。何か知らないか?」
「森が広がる?? そんなことになっているにゃ?」
おれがうなずくと、難しそうな顔で唸るアステイル。
そうか、森の中にいるからそのことには気づきにくいのか。
「ボスとやらはこのことは知ってるのか?」
「ここ2週間ほどボスとは顔を合わせていないから、それはわからないにゃ」
唇をへの字に曲げて、おれから目をそらした。
「ボスんところに案内してもらうことって出来ないか?」
「どうしてウチが冒険者なんかの言うことを聞かないといけないにゃ。だいたい、ウチはたくさん入りこんできた冒険者を追っ払うために戦っているにゃ」
森の住人からすれば敵でしかない冒険者を手伝う理由なんてないもんな。
それに今冒険者たちは討伐クエストの真っ最中。敵対心を持って当然だ。
「言うことを聞かないと、お前の恥ずかしい過去を森中に広めるぞ。いいのか?」
こんなハッタリなんかに引っかかるとも思えな――
「そ、そそそ、それは困るにゃっ! おお、おねしょを最近までしてたなんてバラしちゃダメにゃ!」
見事に引っかかった!
ていうかチョロ過ぎだった。
しかも過去じゃなくて割と最近の話だったらしい。
「困るにゃ……困るにゃ……」
アステイルはうるうると涙目でおれを見つめる。
そんなふうに言われると、もうちょっといじめたくなる。
「貴様の尻尾の枝毛は、一体何本だろうなぁ?」
「だだだだ、だめにゃあああっ! 最近手入れをサボってるからいっぱい見つかってしまうにゃっ。女子力の低さがすぐにバレてしまうにゃあ……」
人狼(♀)の女子力って、そこに出るんだ……。
おれが一歩近づくと、うねうね動いてどうにか尻尾を遠ざけようとする。
「非道にゃ……わ、わかった、案内するから、おねしょと尻尾は勘弁して欲しいにゃ……」
あっさりボスを売りやがった。
おれたちがボスを攻撃するって考えはないのか?
それとも、そんなこと考えなくてもいいくらい凄まじく強いとか。
なんか、後者っぽいなあ……。
「ようし、良い子だ」
おれが頭をなでてあげると、にゃあ、と可愛い声を出した。
興味本位で耳をちょいちょいと触った。
「にゃぁぁん……っ、そこをそんなえっちなさわりかたしちゃダメにゃぁぁん……」
「そんなつもりはなかったんだけど」
さらに続けると、顔を紅潮させながらプルプルと震えはじめたアステイル。
「はっ……はァ……、っ……」
「ほれほれ」
「やっ、ダメにゃぁぁ~」
「これがいいのか? ん? んん?」
「はにゃ~ぁぁん――っ」
おれの中で変なスイッチが入った瞬間だった。
「ハハハハ、良いならもっと鳴いてみろ、フハハハハハハ」
後ろのほうから冷気のようなものを感じて振り返る。
リーファ、クイナ、ひーちゃん、シルヴィ、みんな勢ぞろいだった。
例外なく、ゴミを見るような目をしている。
「「「「…………」」」」
……。
「よ、よお…………みんなお帰り。は、早かったな?」
「……ジンタ、何してんの……?」
「こいつが拠点で暴れてた侵入者だ。そこをこうして捕まえて事情聴取をしていた。それ以上でも以下でもない」
「はぁ……よかったです。わたくしジンタ様が、女の子を縛って性的いやがらせを楽しんでいるゲス野郎になってしまったのかと思いました」
「そ、そんなワケないだろ?」
「そうだな。カザミがそのような暗い性欲を普段飼い慣らしているとなれば、私も接し方を改めなければならないところだった」
「……は、はは……」
「がう。そういうこともあるの」
ひーちゃんは、知ったふうな顔でうんうん、とうなずいている。
話が理解できないから何となく相槌打ってるっぽい。
アステイルはというと、ニヤけ面で気を失っている。
というわけで、おれはアステイルが何者なのかと、森のボスの居場所まで案内する約束を取りつけたことを教えた。
「うむ。さすがにカザミは手際がいいな。まことに恐れ入る」
「確かに森林化の件は、この森のリーダーに訊けば何かわかるかもしれませんね」
「ザガの森……で、ボス……となると、大精樹のことかしら」
「大精樹?」
「うん。1500年前の魔神戦争のころから存在している樹魔のこと。寿命通りならとっくに朽ち果てているはずなんだけど」
それが、アステイルの言うボスかもしれないそうだ。
元は魔物だったが、長い時間生きてきたことで、今では精霊に近い存在になっているらしい。
日が暮れて夜に近い時間になっている。
行動は明日にすることにして今日は体を休めることにした。




