49話
◆Side リーファ◆
――数時間前。
警備クエストが完了し、冒険者ギルドから報酬をもらった帰り。
お財布に入れた7万リンを私はもう一度確認した。
夕暮れのログロの大通りを歩き、目当てのお店へやってくる。
骨董屋のおじさんは私を見てにこりと笑った。
「やあ、リーファちゃん、こんばんは」
「こんばんはー。あのアイテムって、まだあります……?」
「あるよ。というよりも、絶対に買いにくるって言うから、取り置きしておいたんだ」
そう言って、カウンターの引き出しから小箱を取りだし、蓋をパカっと開く。
「これで間違いないかい?」
見た目はシンプルなシルバーリング。
けどリングの裏側には、異常状態防止の術式が掘り込まれている指輪だ。
値段:R69800-
「これで間違いないわ。お金、これで……」
「はい、まいど。……リーファちゃん、ちょっと、お金から手を離してもらえないかい?」
「ごめんなさい。手が勝手に……。私、これを買ってしまうと帰りの馬車代が払えなくなっちゃうの……」
「仕方ないな……わかった、6万8千にまけてあげるよ」
「ありがとう、おじさん!」
これでどうにか今日中に家に帰れそう。
ジンタ、よ、喜んでくれるかな……。
「プレゼントかい?」
「えっ、ええ、ち、ち、違う、違うから!」
なななな、な、何でバレたの!?
「その赤い顔見ればすぐわかるよ。ハハ。うらやましいねえ、リーファちゃんみたいな子からプレゼントだなんて」
「ち、違うって言ってるじゃないっ、これは、ぷぷ、プレゼントじゃなくって、お、お返しみたいなものだからっ」
「お幸せにぃー」
「だーかーらー! 違うってばー! まったくもう……」
おじさんにニヤニヤされたけど、どうにかミッションコンプリート。
これは、地下遺跡でもらった首飾りのお礼であって、プレゼントじゃないんだから。
クイナにこのことをちょこっと相談したところ、
『それで、一人でこそこそクエストをしていたのですか。ジンタ様の欲しい物は、わたくしもわからないのですけれど、リーファさんが真剣に選んだ物なら、それで良いのではないですか?』
と、そんなことを言われた。
ジンタには内緒って釘を刺しておいた。どうせならびっくりさせたいから。
店を出ていつものように、馬車乗り場がある町外れにむかう。
後ろからこっちに近づく複数の足音がバタバタと聞こえた。
「?」
振り返ろうとしたときには、口を手で覆われ、ドスン、とお腹に重い痛みが走った。
そこで、わたしの意識は途切れ――目が覚めると檻の中にいた。
「? どこ、ここ……?」
周囲は薄暗くてムッと獣のにおいがする。
よく見ると檻がいくつもあって、その中には魔獣や魔物が閉じ込められていた。
どう考えてもこれ、拉致監禁ってやつよね……。
杖が手元にない。たぶん捕まったときに取りあげられたんだろう。
「あ――指輪もない……」
へこむ……アレ買うためにクエストがんばってたのに……。
というか、何でわたし捕まったの?
ギィ、と音を立て扉があくと、ローブのフードを目深に被った人が入ってきた。
あ。あの人、この前ひーちゃんママ救出のときにいた……、メルデスって呼ばれてた人。
メルデスを見るなり、魔物たちが騒ぎはじめた。
どうやらエサをやりにきたらしい。
「ちょっと、あなた! ここどこよ! 私をどうして閉じ込るの!?」
「……」
こっちを見ると、すすす、と足音を立てずに部屋から出ていく。
すぐに別の男と共に戻ってきた。
「目ぇ覚めたみてえだなあ」
赤髪短髪の男が犬歯を見せて不敵に笑った。
真っ赤な手甲をつけている。
「自己紹介は要らねえだろ? 俺様くらいになりゃあよぉ!」
「は? 誰?」
「かはーっ、笑わせんよ! 俺様は誰だ、おいメルデス」
「…………」
「――そう、その通り。俺様はラウル・ハードハート」
「メルデス何もしゃべってないんですけど! ん? この名前って……」
「ユニオンランク13位【リベラル・リンケージ】のリーダーって言やぁわかるか?」
ガシンッガシンッ、とラウルは手甲同士をぶつける。
朱甲のラウル――天界の情報に名前があがるくらい有名な男だ。
ユニオンは、私が天界にいたころの総数は2千と少しと言われていた。
ランク付けされるのは上位500から。
「だから、何よ」
証拠のつもりなのか、ラウルは冒険証を取りだす。
ラウル個人のランクはSだった。
この世界の冒険者人口1千万と言われる中、最高ランクのSSSが片手で数えるほどの人数。SSが100人前後。Sは約500人。
確か、Aより上のSにランクアップするには超難関の認定試験があったはず。
冒険者ギルドが認めた上位の実力者――Sランク以上はそういう認識で違いない。
たぶん、クイナとひーちゃんが100人いても敵わない。
「……私に何の用なのよ? こんなところに押し込めて」
「あぁ、あぁ、今回の件はすまねえな、ちょっとした野暮用でよ。ウチの可愛い部下がちょっと手荒にやりすぎちまったのは謝る。だがなアイツらは良い奴なんだ。俺様の誕生日に好物のベリーケーキを山ほど買ってきやがる。許してやってくれ。にしてもずいぶんと眠ってたな。アンタをこの地下に連れてきてもう丸1日が経つ」
「ここ地下なんだ。道理で窓がないと思った……。それで……野暮用って何よ?」
「そう、野暮用。なあ、メルデス? 説明してやれ」
「…………」
「――そう、その通り。長ぇ長ぇ語るも涙、聞くも涙の話なんだ」
「メルデス何もしゃべってないんですけど!」
「カザミ・ジンタって奴がアル商の建物を吹っ飛ばしたあげく、メルデスが使役しようとしてた火竜をぶっ倒して逃がしたってぇ話じゃねえか。困るんだよ、ンなことされっとよ。それにアル商とは色々と仲良くしててな」
「それはそっちの都合でしょ。それが私に何か関係あるわけ?」
「神官さんにゃ、直接関係ねえ。……俺様は、てめえの目で見たことしか信じねぇ。商館本部を一瞬で吹っ飛ばした? 火竜を倒した? 低ランク冒険者が? ハッ、ありえねえ」
「けど、本当のことよ?」
私が言うと、メルデスがこくこく、とうなずいた。
そっか、あのときこの人、一緒に見てたんだ。
火竜使役に失敗した経緯をラウルに報告した――、そういうことね。
ということは……メルデスは部下ってことでいいのかしら。
「そういう見かけ倒しのペテン師、ほら吹き、噂だけのつまんねえ男――俺様はそういう輩を五万人と見てきた」
「『ごまん』じゃないの?」
「ごまんと見てきた」
あ。言い直した。
「アル商の奴らに訊いても、何も教えてくれねえ。ちょっと挨拶がてらその力を見てえんだ、カザミ・ジンタって男の。アル商の件で借りがあるってのも確かだが、こっちが本音だ」
「それで、どうして私を拉致するってことになるのよー? 直接会えばいいでしょー?」
「俺様が直接ケンカふっかけても逃げるだろ? だから逃げらんねえように人質として神官さんをちょっと借りたワケだ」
「ジンタが来るって保証はないでしょ?」
「嫌でも来る。助けに来なけりゃ、それまでの漢だ。神官さんとカザミ・ジンタは恋人なんだろう?」
「な、何よ急に……、えっ、ええっと…………そ、そうよ……っ!」
い、言っちゃった……。ホントは違うけど。
「なら来るに決まってる。余計に来る。来なけりゃ俺様が神官さんを嫁にするって手紙、昨日テメェらの家に送ったからな」
「それでも来なかったら……? あれ……私見捨てられちゃったってこと……??」
ジンタにはお淑やかで戦いにも役立つクイナがいるし、ドラゴンのひーちゃんもいる。
ジンタ、来てくれるのかな? 私、ポイされちゃうんじゃ……?
あれ……涙が出てきた。
「ぉ、ぉおお、な、泣くんじゃねえっ! 来る! きっと奴は来るから元気出せ!」
「誘拐犯に励まされた……」
「元気のないアンタに、俺様から超爆笑の小話をひとつプレゼントしよう」
「うわ、絶対つまんなさそう……」
「高級レストランに行ったときのことだ。ウェイターがスープを運んできた。だがそのスープの中にゃ奴の指が入ってやがった。俺様はすかさず注意した『おいてめえ、親指がスープの中に入ってるじゃねえか』。奴ぁ、こう言ってきやがった『大丈夫です、火傷はしてませんから』……」
わー。史上最高のドヤ顔してる――全然面白くないのに。
メルデスもそれは一緒みたいで、相変わらずノーリアクション。
「………………」
「見てみろ、メルデスの奴は腹ぁ抱えて大爆笑だ」
「微動だにしてないんですけど! うんともすんとも言ってないんですけど!」
「この小話はお気に召さなかったらしいな? フフン――まだある」
「もうやめて!」
ガシン、と手甲をぶつけ合ってラウルは「早く来ねえかなあ」とつぶやく。
淡い魔力の光が体から溢れた。右腕を引き、無造作に繰り出す。
赤い残光が視界内を走った次の瞬間。
ドゴォオ――ンッ!
爆音と同時に、私の隣の檻が魔物ごと消し飛んだ。
それどころか壁に穴があいて、掘削したような洞窟がその奥に続いていた。
な、な、何よこのパンチ……何かのスキルだってのはわかるけど……。
無詠唱で放たれた極大魔法レベル……。
女神ぱんちと同じくらいの威力ね。
すると、今度は上から轟音が響いた。
ゴォオン……、ゴォオン――、
どたばたと足音がして、扉が開く。
「リーダー! き、来やがりましたっ――! あの野郎、アジトを滅茶苦茶に――」
「来たか」
ガシン、と手甲をぶつけて、ラウルは唇の端をつりあげる。
地響きがするとパラパラと天井の欠片が落ちてきた。
直後、凄まじい衝撃音が耳の中で鳴り響いた。
見あげると、黒い炎が天井を燃え焦がしていて、その奥には青い空が見える。
ここって地下よね……?
ジンタとクイナが空いた穴から降りてくると、ドラゴンひーちゃんがパタパタと降りてきた。
「おまえか、リーファさらった奴は」
ジンタの雰囲気がいつもと違う。
声も低いし、何かを抑え込んでいるような口調だった。
……もしかしてジンタ、怒ってる?
次第に空気がひりつき、重量が増していくかのような息苦しさを覚えた。
空からの光が、ジンタの無表情を冴え冴えと浮かび上がらせた。
ジンタの冷たい殺気が肌をなで、心臓が凍ったかのような錯覚に陥り、胸が詰まる。
自分にむけられているわけじゃないのに、ゾゾゾゾと背筋が震えた。
ラウルの汗が、こめかみから喉へと流れる。一度息を呑んだのがわかった。
「……厳密に言うと違うが、まあ、そんなもんだ。結構な短時間でここに来るってこたぁ、アンタにとって相当大事らしいな、この神官さんは。カハハ、好都合! 実は……どうしたらアンタが俺様に実力以上のモンを出してくれんのか、ずっと考えてた」
ラウルの瞳が獰猛に鈍く光る。
「アンタは俺様から逃げねえと思うんだ、全力以上で立ちむかってきてくれると思うんだ、俺様がここでこの神官さんを殺せば」
目を見て、すぐに本気なんだと思った。
本当に、ジンタの全力を見たいっていうことにだけ興味があって、それ以外のことは眼中になさそうだ。
そのためなら、誰を殺そうが誰が死のうが、関係ないって顔。
ラウルの体から魔力が出る。あのスキルを出す気だ――。
構えるでもなく簡単に右拳をこちらにむけて撃ってくる。
もう駄目かも――、
諦めて目をつむったその瞬間。
ガギンッッッ
物音に目を開くと、いつの間にかジンタが檻の前にいて剣を振り上げたところだった。
繰り出された手甲は、宙に跳ね上がっている。
「やってみろよ」
もう一度まばたきした次には、ジンタの拳がラウルの顔面を捉えていた。
ドガァンという爆音とともに、ラウルを反対側の壁に叩きつけた。




