48話
自警団のリーファさんに中へ通され、応接室に案内された。
「リーファ、こんなところで何してるんだよ?」
「私だって冒険者なんだから、クエストこなしてたっていいでしょ?」
「まあそうだけど……だから最近家を空けてたのか」
ん。待てよ。クエスト票の条件、冒険者ランクFってあったぞ?
てことは、リーファ、こっそりクエストをこなしてランクを上げてたのか。
「何でまたクエストを?」
「いっ、いいじゃない別に……」
何か怪しいな……。
お金に困ってる、とか? いや、だとしたらすぐに相談されそうなもんだ。
リーファも1週間に設定しているようで、今日で4日目らしい。
仕事内容は、町中の見回りが主な仕事で、報告書を自警団長に提出するそうだ。
「それで今は、みんな出払ってるから、書類整理をしながらお留守番してるの。わからないことがあったら、何でも私に聞いてね?」
と、リーファは先輩風をびゅうびゅうに吹かしてくる。
すぐに自警団の人たちが帰ってきた。
団長はひげ面の40絡みの人で、団員のみんなは、若い人で10代後半、年長者で50代くらいと様々な人がいた。
おれはすぐ団員みんなに紹介された。
「風見仁太って言います。少しの間ですがよろしくお願いします」
「アレ、あんた、この前酒場でゴーレムを召喚した人かい?」
「ああ、はい。召喚じゃないですけど、まあ、そんなところです」
「「「「おぉぉぉぉ……!」」」」
一同がどよめいた。それから――
「「「「ゴーレムわっしょい!!」」」」
あんたたちだったのかよ!?
そっか、ゴーレムを使えば多少警備効率も上がるはず。
しかも強いし、犯罪抑止につながる。
「みなさん、これから、ゴーレムを出します!」
「「「「うぉおおおおおおおおお!」」」」
大熱狂だった。ゴーレム人気過ぎだろ。
アイボを開きゴーレムを呼ぶと、のしのしと現れた。
「かっけえ……マジもんのゴーレム」「この岩感がたまんねえなあ……!」「ゴーレムがいりゃあ、百人力だぜえ!」「殴られてえ」
よじ登ったり、ぶら下がってみたり、ロボ的扱いを受けているゴーレム。
「じゃあしばらく、ゴーレムにも警備を手伝わせます」
団長がおれをビシッと指差す。
「活動評価5決定!」
「早っ!?」
半分冗談らしく、もちろん、ちゃんと1週間勤めないと評価はもらえない。
「――ゴーレムよりもジンタのほうがすごいんだからっっ!!」
ゴーレムに湧く詰所で、リーファが叫んだ。
しーん、としてみんなが目を点にしてリーファを見つめる。
「リーファ……? どした?」
「そのゴーレム倒したのだってジンタだし! 言うこと聞かせたのもジンタだし! ベヒモスだって、キングゴブリンだって、ジンタが倒したのっ! とにかく! ジンタのほうが強いんだから!」
「おーい、リーファ。落ち着け。みなさんがキョトンとしてらっしゃるぞ」
「あう」
ようやく我に返ったリーファはわたわた慌てはじめた。
「えっと、これはあの、その……っ」
「そういえば、リーファちゃんは酒場でジンタ君と一緒だったなぁ。……あぁ、なるほど。そういうことだったのか」
ニヤニヤ、と団長がおれとリーファを見てくる。
や、やめろ! その生温かい眼差しをすぐにやめろ!
「若いなぁ、ご両人」
ばしばし、とおれとリーファの肩を叩いてくる団長。
若い団員からは落胆の声が聞こえる。
「何だよ、リーファちゃん男いたのかよ……」
「嫉妬に狂って意識失くしそうなんだが」
「希望は潰えた。死のう、今すぐ死のう……」
「日中リーファちゃんを見かけないから、心配になったジンタ君は同じクエストを受けてしまった、と」
「え、えええええっ、じ、ジンタ、そそそそ、そうだったの――!? ……こ、困るけど……でも……ど、どうしよう……」
しぅぅぅぅぅぅぅぅ、とリーファが頭から湯気を出しはじめた。
「ち、違う! これはたまたまで――」
「ガハハ、誤魔化さなくてもいいだろう。こんな子が恋人なら心配になるのは男心ってもんよ。リーファちゃんもこの割の良いクエストを受けたのは……おっと少しからかい過ぎたか」
「こ。こ。こ。こい。こいび、と……」
ふにゃふにゃになったリーファは床の上で真っ赤な顔で目を回している。
鉄板の上のバターみたいに自分の熱で溶けていっている。
「そ、そういうんじゃないですから! おれたち、ちょっと見回り行ってきます! 細かいことはリーファから聞きますので!」
「うんうん、やはり一緒がいいと? 若いのお……」
くっそ、何言っても揚げ足とってきやがる!
「違いますから!」と一言告げて、溶け出しているリーファの腕をとり詰所を出る。
ババッと野次馬団員どもが窓や扉からおれたちを見てピューピューと指笛を鳴らす。
「……ゴーレム、みなさんに大人しくしてもらおう」
「――――」
ぐるりとゴーレムが詰所へ向き直る。
太い腕をふりあげた。ドガン、バゴンと物音がする。
「「「ぎゃぁあああああああああああああああああ!?」」」「きもちぃいいいっ」
…………一人ドMがいるらしい。
性癖は人それぞれなので、そっとしておくことにした。
これで、当分からかわれることもないだろう。
目を回しているリーファを起こして、巡回ルートを教えてもらいログロの町を歩く。
「こうして二人きりになるの、久しぶりね?」
「そういや、そうだな。最初は二人だったもんな」
ひーちゃんが増えて、すぐにクイナが増えて。それからはずっとみんなと一緒だった。
ちょっと前のことなのに、ずいぶん時間が経ったような気がする。
「このこと……ジンタと同じクエストしてるっていうのは、クイナにもひーちゃんにも絶対に内緒よ?」
「え、何で?」
「何でって……。むぅぅ……、どうしても! 内緒ったら内緒!」
「わかったって」
「……クイナもひーちゃんも絶対にここに来ちゃうだろうし……」
ぼそぼそとリーファは言った。
「そ、それで……ジンタ、私のこと心配してくれてたの……?」
「いや、心配はしてない」
「そうなんだ……」
ちょっと残念そうに言うと、唇を尖らせた。
「あ。でも、何してんだろうって気にはなったぞ? それを心配って言うのならそうかもしれない」
「それならそうと、最初っからそう言ってよ?」
嬉しそうな顔をするリーファは、おれをぽかぽかと叩いた。
クエストを受けて3日目のこと。
詰所にクイナがやってきた。
「おかしいと思ったのです――同じような時間に家を出て、同じような時間に帰ってくる……! こうしてリーファさんはジンタ様とイチャイチャしていたのですね? わたくしに隠れて!」
「い、イチャイチャなんてしてないわよっ。たまたまクエストが被っちゃったってだけで……ね?」
「うん。これはマジだぞ、クイナ」
「え、なに、修羅場ってんの?」「ジンタ君二股してんのかよ」「リーファちゃんに巨乳エルフ……」「リア充に極刑を……ッ!」「いっちょ殺っとくか?」「やめとけ、アイツすげー強ぇから」「持たざる者の意地を奴に見せてくれる……!」「それ死亡フラグ」
聞こえてんぞ、野次馬警備兵たち。
「クエストですか? うふふ……それではちょっと待っててくださいね、ジンタ様」
数時間後。
クイナが戻ってきた。クエスト票とともに。
「――クイナ・リヴォフと申します。1週間と短い間ではございますが、皆様、よろしくお願いいたします」
巨乳エルフの加入に、警備兵たちは拳を突きあげ大熱狂だった。
クイナがここのクエストをするのは別に構わないけど、たった数時間でランクひとつ上げてきたのか。……なんつーか、執念みたいなもんが垣間見えた気がする。
「クイナ、ひーちゃんどうしたんだ? 留守番?」
「ひーちゃんさんでしたら、そこに……」
クイナが窓の外を指差す。
ひーちゃんがゴーレムに乗って遊んでいた。
「ゴーレム、パンチ! パンチなのっ! ……がうぅ、言うことを聞くのーっ」
クイナの教育係はリーファがすることになった。
「どうしてリーファさんが……わたくしジンタ様が良かったのですけれど……」
「残念でした」
リーファは今日でクエストは終了するし、ちょうどいいのかもしれない。
そんなこんなで、クイナの登場でバタバタしたけど、つつがなく一日の仕事が終わる。
「ジンタ様、お疲れ様でした。さあ、家へ帰りましょう?」
「うん、お疲れ様。……リーファ、帰ろう?」
ビクりとリーファが肩をすくめる。
「ええっと、わ、私、寄るところあるから、ジンタとクイナは先に帰ってて?」
「そういえば今日が最終日でしたか。……ジンタ様、帰りましょう」
「え? ああ、うん」
リーファはここ数日、馬車で森と町を往復していたらしい。だから今日もそうして帰ってくるんだろう。
行きもわざわざ森の入口まで馬車に来てもらっていたんだとか。
馬車酔いはするらしく、それでも我慢していたそうだ。
今回の単独クエスト、そんなに内緒にすることだったのか……?
ひーちゃんの背中に乗せてもらい、ログロの町を離れ家へ帰ってきた。
リーファの帰りが遅そうなので、おれたちは夕食の準備をする。
リーファの料理スキルが10だとすると、クイナの料理スキルは存在しないことになる。
おれの料理スキルは、自己評価でレベル1くらいだ。
キッチンに立つおれとクイナの後ろをちょこちょこ動き回るひーちゃんがぽつりとこぼす。
「クイナはあぶなっかしいから、見てられないの……」
「そっ、そんなことありません……」
「ここはおれに任せて休んでていいぞ? 警備クエスト初日って結構疲れるだろ?」
「お気遣いありがとうございます、ジンタ様。ジンタ様にお料理を任せっぱなしというのは、妻の恥です。わたくしだってお料理くらいやれば出来るのです!」
「出来ない人はだいたいそういうセリフを言うの……リーファ、早く帰ってきてほしいの……」
「確かに、リーファさん遅いですね……少々時間がかかるかもしれませんが、それにしても遅いです……」
窓の外はもう真っ暗になっている。
確か、いつもはこれくらいの時間にはもう帰ってきていた。
「詰所で警備兵の連中に捉まって遅くなってるだけじゃないのか? 今日が最後だし」
「だといいのですけれど……」
……けどこの日、リーファは家に帰ってこなかった。




