38話
――踏ミ 躙レ 其ハ 破壊ヲ 司リシ 者ナリ
何だこの声。
るせえよ、とりあえず黙れ。厨二かおまえ。てか、『おまえ』って誰だ。まあ何でもいいや。
ベヒモスを倒したときとは比べ物にならないくらい、MPを込めた。
剣が黒く輝いて、真っ黒な炎が刀身で揺れる。
それが剣を中心にお馴染みの魔法陣に変わった。
巨木も岩石も何もかもが雪崩れてくるのが見える。
一歩を踏み出すと足元の地面が割れ、周囲に衝撃波が走った。
おれを中心に黒風の激しい波紋が広がる。風が逆巻き砂や石が舞った。
「【黒焔】――ッ!」
掲げた魔焔剣を振り抜く。
同時に黒い閃光が景色を塗り潰す。
おれが放った魔法は、轟音をあげて土砂に衝突する。
爆音とともに土煙が巻き起こった。
それが晴れていくと、山がごっそり消失していた。
中腹くらいにいたのに、おれたちのいる場所が頂上になっていた。
「や、山が……なくなってる……」
「わたくし、夢か何かを見ているのでしょうか……それともこれは何かの手品……?」
ぱちくりまばたきしながら、二人は顔を見合わせている。
おかしな声はもう聞こえない。
なんかの空耳か幻聴だったのか……?
しっかし疲れたなぁ。MP全部使うとこんなに体がダルいのか。
「山のことは、まあ、置いておいて。リーファ、浄化を頼む」
「あ、うん」
リーファが浄化スキルを発動させる。白い魔法が飛んでいき火竜全体を包んだ。
ステータスを確認すると、麻痺も混乱も衰弱もなくなっていた。
さらに治癒魔法でリーファは火竜のHPを回復させる。ついでにひーちゃんのも。
火竜が目覚めたら、そのときは――。
「ひーちゃん、空を飛べるようになったのね……」
「がうぅ」
ひーちゃんの頭をなでてリーファは背をむけた。目元をこすっているのがわかる。
…………。
おれがこれからどうするのかわかっているらしい。
だから、泣くなよ、とは言えなかった。
「よく頑張りましたね、ひーちゃんさん」
青い瞳の中にいっぱい涙を溜めてクイナは笑う。
「がう! ……?」
クイナの様子もおかしいことにひーちゃんは気づいたようだ。
むく、と火竜が頭をあげた。
おれたちのほうを見る目も、焦点がきちっと合っているし、とても穏やかだった。
「がるう! がるう!」
ひーちゃんが何かを言うと、じっと見て硬直する火竜。
「ガウ」
それから、頭を寄せひーちゃんを二度舐めた。
ひーちゃんはよくおれを舐めてきた。
あれが親愛の情か何かを表しているんなら、きっと、火竜も目の前の仔ドラゴンが誰なのかわかったんだろう。
ひーちゃんと火竜は、おれたちにわからない言葉を交わす。
ぐすぐす、とリーファが泣きだした。
「ひーちゃん、良かったわね?」
「ああ」
堪え切れなくなって、小さく声をあげてリーファはまたさらに泣く。
そっと抱き寄せると、涙声で訊いてきた。
「……言ったの? ひーちゃんに」
「いや。まだ。これから」
ピカリと火竜の体が光った。
光が収まるとそこには、火竜の巨体はなく、赤い長髪の美人がいた。
瞳はやっぱり赤くて、身につけているドレスは優雅だった。
立派な尻尾と翼、鋭い爪と牙がある。竜の国の女王様みたいだった。
ペコリ、と彼女はおれに頭をさげた。
「我が子の面倒を見ていただき、ありがとうございました。それに、今回のわたしの不始末も……なんとお礼を言ってよいものか……」
「頭をあげてください。おれたちも、この子に助けられてきました。面倒だなんて思ったことないですよ」
頭をあげてひーちゃんママは微笑んだ。
「冒険者だそうですね。あの子が、とても楽しそうに教えてくれました。人間なのに、子供とは言え竜族を従える器量、本当に素晴らしい方に面倒を見ていただけてよかったです」
がる、がる。とひーちゃんはうなずいている。
「そんなことないです。……おれたちのために、頑張ってくれる、良い子でした……」
あれ。声が震える……。
「……だから……、だからあとは、お願いします。――お母さんと一緒なのが一番ですから」
「がる……? がる? がるう」
ひーちゃんが、おれを見て何か言っている。
でもこれは、出会ったときから決めていた。
リーファもそれを覚えていた。
『せっかくだし、お母さん見つかるまで飼うか』
おれがどうするか察していたんだろう。クイナが小さく嗚咽する。
クイナまで、泣くなよ……。
おれまで涙、出てくるだろうが……。
「ひーちゃん、だから、おれたちとは、ここで――」
「がうっ、がううっ……」
ぷるぷるとひーちゃんが首を振る。
顎を地面につけて、ちょっとだけ大きくなった翼をぱたぱたと動かす。
心服の動きを見て、おれはゆっくり首を振った。
どんな母親かと思ったけど、ちゃんとした母竜だった。
おれたちはひーちゃんの仲間だけど、ひーちゃんの親にはなれないから。
この人なら、安心して任せられる。
だから、おれがここで甘い顔をしちゃいけないんだ。
リーファとクイナが別れの言葉を口にする。
「が……がう……」
しょんぼりした声を出すひーちゃんが、ぽろぽろと泣きはじめた。
お母さんと目があって、おれはうなずいた。
ピカリとまた体が光って、火竜に戻る。
ひーちゃんをくわえて背に乗せた。
「ひーちゃん、お母さんみたいな立派なドラゴンになるんだぞ?」
火竜の目を見て、おれはもう一度うなずく。
ばさり、ばさりと翼をはばたかせ、火竜が地上を離れていく。
「じゃあなぁあ! ひーちゃん!」
「がる。がるぁあああああぁああああっ、がうああああああああ――っ」
幼い火竜の声が空に響いた。
「……なに、言ってるのか、わかんねえよ……」
やっぱり、ドラゴン語は理解できなかった。
涙をぬぐったクイナがおれをそっと抱きしめる。
「……よく、我慢なさいましたね」
これ以上は、もう堪えきれなかった。
決めていたことなのに、やっぱり別れは悲しい。
おれが泣くとリーファもまた泣いた。つられて、クイナもまた泣いた。
おれたち三人は、そうやってしばらく子供みたいに泣いていた。
それから、おれたちは家に帰り一週間ほどぼんやりと過ごした。
リーファやクイナは掃除をしたり料理をしたり、家事にいそしんでいる。
おれはというと、町で買い揃えた釣具を使って毎日湖で釣りをしていた。
「釣れねえな……」
魚影は見えるから魚はいるのはいるんだろうけど、釣果はさっぱりだ。
おれが帰ろうとすると、ビュウウンと強風が突然吹き荒れた。
「?」
おれがゆっくり振り返ると、熊のふた回りは大きなトカゲがいた。
でも、背中には翼が生えていたいた。
真っ赤な瞳に、朱色の鱗。
バサバサ、と少しだけ立派になった翼を動かしてゆっくりと着地する。
「がうっ!」
トカゲじゃなくて、ドラゴンだった。
おれがよく知っている、ドラゴンだった。
「がぁあ」
ちょっと得意そうに鳴くと、ドラゴンの体がピカリと光った。
次の瞬間には、大きな体は、小さな小さな女の子のものへと変わる。
――――――――――
種族:竜族(幼少)
Lv:41
HP:6310/6310
MP:760/760
力 :480
知力:390
耐久:450
素早さ:280
運 :35
スキル
咆哮
ブレス
飛行
人化
――――――――――
「人化――」
「おかーさんが、一緒にいたいのなら、おぼえないと、ダメだって。だからボク、がんばっておぼえたの」
「何で――、どうしてここに……?」
声が詰まって先が続かない。そのかわり、視界が涙で滲んだ。
「ご主人……様が、っ、ボクの家でも、あるって……」
ひーちゃんはのどをしゃくらせ、ぽろぽろと大粒の涙を流した。
『ボクも? ボクの家でもあるの?』
『うん、ひーちゃんの家でもあるぞ』
「だから――――帰って、きたの」
「……だ、ダメだろ、お、お母さんと一緒に、いなきゃ……」
「がう」
「おれやリーファやクイナは、ひーちゃんの親には、なれないから」
でも、仲間だ――。
一緒にご飯を食べて、一緒に眠って、一緒に戦った、仲間だ。
もっと厳しく言わないとダメなのかもしれない。
ここで甘い顔をしちゃいけないのかもしれない。
「わかってるの……それでも、帰ってきたかったの」
今回は堪え切れそうになかった。
「…………っ」
ひーちゃんは鼻をすすって、ごしごしと小さな手で涙をぬぐう。
それは、おれも一緒だった。
「ボ、は、ド、っ、ゴン、だけど――」
途切れ途切れになりながら、また、ぽろぽろと泣きながら、ひーちゃんは叫んだ。
「ボクは、ドラゴンだけど、ご主人様と一緒に、いても、いいですか――――?」
「――うん……」
「ふ、う、ああ、――ふわぁああああああああああん、ごしゅじんさまぁああああ――」
ててててて、と駆けてくる小さな体を抱きとめる。
帰りが遅いから、リーファが様子を見に家からでてきた。
おれたちを見て、クイナを呼んだ。
クイナが出てくると、二人は泣きながら駆け寄ってきて、おれたちを抱きしめた。
「ひーちゃんさん、お帰りなさい」
「がう」
「ひーぢぁん、がえっできだぁぁ……あぁあ、ふああん……」
「リーファがいちばん泣いてるの……」
「もう……放っておいてよ……」
その言葉に、おれたちはくすりと笑った。
話を聞くと、どうやらひーちゃんママは相当スパルタにひーちゃんをレベリングしたらしい。
そのお陰で、一週間くらいで人化を覚えられたのだとか。
「おかーさん、たまに顔を見せてくれればそれでいいって、言っていたの。それと、ご主人様のこと褒めていたの。たった一人で立ちむかったニンゲンはご主人様がはじめてだって」
「そいつは、どうも」
「だ、だから……可愛がってもらって、卵を、う、産めるようになりなさいって」
「タマゴ?」
「がう……」
恥ずかしそうにうつむくひーちゃん。おれの後ろに回って飛びついた。
クイナとリーファがじろーとこっちを見てくる。
「リーファさん、今一瞬、ひーちゃんさんがメスの顔をしました」
「はい、私もそう思います、実況のクイナさん。ロリコン疑惑のあるジンタ選手です、これは、あまり良くない状況と言えますね」
「なにバカなこと言ってんだ。てか、おれはロリコンじゃねえ」
おれたちは家へと歩きだす。
背中にくっつくひーちゃんがぺろぺろとおれのほっぺを舐める。
「だから、くすぐったいからやめろってば」
「ずぅっと一緒なの」
「わたくしもですからね、ジンタ様」
笑顔で言って、クイナが腕をからめた。
チラッとこっちを見たリーファもおれの手をそっと握った。
こうして、おれたちは、また4人に戻った。
最終回みたいな感じになっていますがちゃんと続きますw
次回からはまた軽めのノリでやっていくのでよろしくお願いしますー




