35話
傭兵たちの奥には、口ひげが似合うダンディなおっさんがいた。
その隣にはフードを目深にかぶった全身ローブのやつがいる。手には鞭があった。
あくびをしながら口ひげのおっさんが言う。
「帰るのが面倒だから泊まってみれば。なんですこの騒ぎは。大方火竜を奪いにやってきた他商会のネズミといったところでしょうか。……メルデス殿、この火竜にまだ従属魔法は効かないので? いい加減このアッチェロも、痺れが切れてきましたぞ?」
アッチェロ――。
ラインさんを閉じ込めて薬を作らせていたっていうあいつか。
「ナニ余所見してんだオラァアッ!」
繰り出された傭兵の剣。
おっと――! …………あれ、遅っっっ!?!?!?
なにこれ、あくび出る!!
「へっ、くしょん!」
くしゃみが出た! 唾が兵士に全部かかった! ごめんなさい!
シュ、と鼻先を剣が通り過ぎる。
一歩踏み込み顔面を手で掴み、地面に叩きつけた。
あまり離れ過ぎると、二人が囲まれちまう。
クイナは風の矢を放ち続け、ほんの隙を突いて迫った男は「でいっ!」とリーファが杖で殴り倒している。
あの二人、コンビとして動くと結構良いのかもしれない。
おれは迫ってきた傭兵をまた叩き伏せた。
従属魔法ってさっきアッチェロは言った。
てことは、火竜を使役するためにずっとここに閉じ込めていたのか。
「雇った白狼団が多大な犠牲を出しながら、どうにか捕獲したのですよメルデス殿。麻酔剤のお陰半分、私の苦労半分のお陰です。聞いています、私の話? とっととこのドラゴンを使役してもらいたいもんですがねえ。一体いつまで時間をかけるのやら」
隣の全身ローブはアッチェロの嫌味をガン無視している。
横からの雄たけびに、突進してくる傭兵をかわす。
リーファもクイナも肩で息をしながら戦っている。
「アッチェロさん――」
正面方向からゴロツキのような武装した男が、息を切らしながらやってきた。
「テイラダじゃないですか、何です何です、ドタバタと……」
「商館が凄まじい魔法で吹っ飛ばされてその報告に来たんです。一番近くにいる上司って、アッチェロさんくらいで」
「はあ? 吹っ飛ばされた? 商館が?」
「あっ。あいつです――あの男が、本部を吹っ飛ばしたんです! オレ見てたんす」
「見ていたかどうかは別にいいのです。言っている意味がわからないのですが」
「だから、あいつがおかしな魔法を使いやがって、それで、商館が吹き飛んだんです。もう今は塵も残ってなくて――」
「嘘おっしゃいなさい」
「いやいやいやいやいやいやいやいや、これマジなんですってば!」
なんか、おれのことが話題になっているっぽい。
戦闘の合間を見つけて、スキルを発動させる。
「『黒焔』」
ぽい、と適当に遠く離れた山めがけて魔法を撃つ。
バゴォオオオオオオオオン!
山が三分の一くらい削れた。
「「「「――ぎゃぁあああああああああああああああああああ!?」」」」
おれの仲間以外の全員が、悲鳴をあげて腰を抜かした。
ざざざざ、と敵さんたちはおれから距離をとり、アッチェロの後ろに逃げる。
「あ――。あなた!」
腰抜かし&チビって股間を濡らしたアッチェロが立ち上がる。
カクカクカク。ガクガクガク――。
膝笑いすぎだろ!? 産まれたての小鹿か。
「『ガチャ荒らしのジンタ』じゃないですか! 良い景品ばかり当てて、挙句に店員をいいようにビクンビクンさせてるという――」
「どういう伝わり方してんだ」
「捜索クエストを受けた冒険者がいたと先日――その名前も確かジンタと……。フフ、あなた、クエストを放棄してさらにその依頼主のところにやってきて、そのおかしな魔法で商館を吹き飛ばすだなんて――」
「情報早いな」
「冒険者ギルドにこのことを報告すれば、もう冒険者としては生きていくことは出来ませんねえ――フフ」
「……なあ。それが、おまえの遺言でいいか?」
「…………はい??」
「間違えた。おまえらの遺言、それでいいか?」
おれは切っ先をアッチェロたちにむけ、スキルを発動させる。
「「「――はひぃっ!?」」」
全員が一斉に泣き出しそうな顔をする。
アッチェロの隣にいたテイラダという男が立ちあがってきれいに頭をさげた。
「ア、アッチェロさんが、し、失礼しましたっ!!」
「ちょっとあなた、何を勝手に謝って――」
「謝ってください、てか謝れ! あの人の気分害すと、オレら塵になるんすよ、わかります!? マジでピンチなんすよ今!」
他の男たちがアッチェロの頭を強引にさげさせた。
「「「「アッチェロが、マジすんませんした!」」」」
そのまま速やかに土下座へ移行。
撃つ気なんてさらさらなかったんだけど、効果絶大だな。
「まあ、そこまで頭下げるんなら、おれだって別に鬼じゃねえから見逃してやってもいいぞ?」
「「「「あざますッッ!!」」」」
「けどまあ、今回の件が冒険者ギルドに伝わったときは……わかるな?」
「「「「わかりました! オレらは今日、何も見てません聞いてません!」」」」
傭兵たちはずっとこんな調子だ。よし、こっちはこれで片付いた。
リーファとクイナは大きく息をついて背中合わせで座り込んだ。
「がるう……」
ひーちゃんが駆けよってくる。
お母さんの様子がアレだからか、元気がない。首を抱いて頭を撫でてあげる。
「よしよし。大丈夫。お母さん、今から助けるから」
スキルを発動させ檻に近寄ると、火竜がおれを警戒するように吠えた。
……確かに、赤い目は焦点が合ってないような気がする。
おれのほうを見ているのに、違う場所を見ているような。
「『灰燼』――!」
火竜に当たらないように注意して剣を振る。
特別製らしき鉄檻はあっさり斬り飛ばせた。
火竜が檻からゆっくり出てくる。
口からは時どき炎を吐きだしていた。
それを見て、リーファが浄化スキルの準備をはじめた。
そのとき。太く長い尻尾が振られるのがわかった。
「まずい――リーファとクイナが」
呼ぶ前にひーちゃんが駆けつけおれはその背に乗った。低い姿勢で疾駆する。
「リーファ、クイナ!」
「ジンタ!」「ジンタ様!」
両手を伸ばすと、それぞれリーファとクイナの腕を掴み、そのまま引きあげた。
ゴオ、と振り抜かれた尻尾の凄まじい風圧が背中に当たる。
リーファとクイナのいたところは、ちょうど尻尾が通り過ぎたところだった。
「グルァアアアアアアア――ッ!」
火竜が吠える。
今度はブレスか。震えあがっているアッチェロや傭兵たちに吹きつけるつもりらしい。
「おい! 死にたくないならここから離れろ!」
おれの声に我に返った傭兵団の面々が悲鳴をあげる。
同時にブレスが放射された。
おれはひーちゃんから飛び降り【黒焔】を放ち、ブレスにぶつける。
爆音と同時に熱風が吹きつけた。
今回も上手く相殺できたようだ。
「「「「ジンタさぁああああん、あざますぅっ!」」」」
人生終わった、と思っていたのか、傭兵たちはボロ泣きでお礼を言っている。
「そんなことはいいから、さっさと逃げろ!」
それはいいんだけど――。
「ガルァアア、グラァアアアアア!!」
火竜が怒りをにじませながら、こっちを睨みつけていた。




