33話
ズシィイン――。
突然聞こえてきた隣からの物音に、おれたちは部屋を出て寝室をのぞいた。
「ひーちゃん、どうかしたか?」
そこにいたのは、ドラゴンひーちゃんだった。人化剤が切れたのか?
「がる? が!? が、がうう!?」
ひーちゃんは自分を見て驚いている。
眠っていたベッドはドラゴンの体重を支えきれず、ぺしゃんこになっていた。
「あらあらぁ。ひーちゃんさんがドラゴンに戻ってしまいました」
ベッドをお尻でぶっ潰したひーちゃんはがるぅぅ、と悲しそうに鳴いた。
移動するんだし、ちょうどよかった。
……あれ? 翼がちょっと大きくなってるような……?
「……ひーちゃん、今からロマにむかうんだけど、乗せてもらっていい?」
「がう!」
うなずいてくれたひーちゃんを外へ連れていく。
一日くらい家でゆっくり出来るかと思ったけど、そうはいかないみたいだ。
「定員が二人でのんびり歩くにしても時間がかかる……。リーファ、アイボって人間入れるの?」
「入れるけど……え――もしかして……?」
「そのもしかしてだ。おれは二人のうちのどちらかを――収納しようと思う」
「そのぅ、ジンタ様……あいぼ、というのは一体……?」
おれがアイテムボックスのことを説明する。
「便利なものをお持ちなんですねえ」とクイナはのんびり言った。
「そういうことでしたら、わたくし、ジンタ様と二人きりが良いです。ですのでここは、ご褒美をもらったリーファさんに我慢していただくということで」
「わ、私だって二人きりが、その……。――と、とにかく収納されるなんて嫌だから」
話し合いじゃらちが明かないから、ジャンケンで決めることになった。
この世界にもジャンケンはあるらしく、クイナは緊張の面持ちでうなずいた。
「恨みっこなしだからね」
「それはこっちのセリフです。……いきます、ジャン、ケン――」
ポン、と二人がそれぞれ手を出す。
次の瞬間、リーファが両手で顔を覆って、膝から崩れた。
「ふぇ……やだよぅ……」
涙目になるリーファと、満面の笑みを浮かべるクイナ。
見ればすぐにわかるほど、見事な敗者と勝者の図だった。
運が絡むとリーファは弱いなあ……。
「うふふ、それではリーファさんしばらくお別れです」
「リーファ、準備いいか?」
「うぅ……私女神なのに何で収納されないといけないの……?」
鼻をぐずらせながら、うるうるとリーファは涙を浮かべ体育座りで丸くなる。
全然立ちあがらないリーファの肩を抱いて、両膝の裏に腕を通して持ち上げた。
「よいしょっと」
「わっ――」
ちょうどお姫様抱っこのようになって、リーファの顔が肩口に来た。
「あっ、あの……ちょっと……えと…………」
顔をじわじわと赤くするリーファは、ぐるぐると目を回しはじめた。
……今のうちだ。ふわっと浮かんだブラックホールにリーファを入れる。
何か文句を言われるかと思ったけど、失神してたらしく何も言わなかった。
よし――女神収納。
おれとクイナはひーちゃんに乗り、エルム湖を発つ。
クイナが風魔法で追い風を起こしてくれたおかげか、予定よりも早く港町に到着した。
ひーちゃんから降りてアイボを出す。
黒い穴の中に手を突っ込んでリーファを思い浮かべると、むに、と何かに触れた。
「ひゃん!?」
あ。これだなリーファ。手らしきものを掴んだので一気に引っ張って外にだす。
べちゃ。
「あいたっ!? ……いきなり乱暴しないでよ……」
ぱっぱと砂を払ってリーファは立ちあがる。
「中はどうだった? 気分悪くならなかったか?」
「ならなかったけど……。ジンタ、さっき私のおっぱい触った……」
そう言って、むうとおれを半目でにらむ。
「リーファさんにさわれるほどのおっぱいなんてないのですから、怒るのは筋違いというものです」
「あるわよっ! 失礼ね! ……あるわよっ!」
「何で二回言ったんだよ」
ひーちゃんには、ラインさんの人化剤を飲んでもらおう。
一滴だけ飲ませると体が光り、目をあけると、幼女ひーちゃんがいた。
ちゃんと買った服も着ていた。人化って不思議だな。物理的に伸び縮みするわけじゃないのか。
それから、町に入り冒険者ギルドでクエスト破棄を伝えた。
注意事項をいくつか説明されたけど、今後すごく不利になるってわけでもなかった。
移動の疲れをとるため、明日に備え今日は宿で休むことにした。
翌日、おれたちが起床したのは、まだ日の出前の暗い早朝。
作戦の都合上、人目につかないほうがいいし、商館に人がいない時間のほうがいい。
おれたちは宿を出て、アル商本拠地の商館を目指す。
ふぁぁ……、あくびが止まんねえ。
今4時くらいか?
「緊張感ないのね……。起きてからあくびばっかりしてる」
「いつもこんなに早起きしないからな……」
おれの手をきゅっと握っているひーちゃんも、目をしょぼしょぼさせている。
意外にもしっかりしているのがリーファで、朝に一番弱いのはクイナだった。
長旅と早起きは、森育ちのお嬢様には少々キツかったのかもしれない。
ゾンビみたいにゆらゆら歩いている。目も全然開いてない。
「ジンタしゃま……そこを吸うなんて……いけません……」
「歩きながら寝てる!?」
「ちょっと、クイナ起きて。うちのメンバーは何でこんなにユルいのよ……」
リーファが肩を揺すると、右に左にクイナの頭が揺れる。
「ぁぁ……ペチャパイが押し寄せてきます……」
ハチャメチャが押し寄せてくるみたいに言うなよ。
「誰がペチャパイよどんな夢見てるのよ!」
「リーファ、しー」
「しずかにするの」
「え? 何で? 何で私が非難されてるの!?」
いつの間にかぱちっと目を開いているクイナ。ちゃんと起きたらしい。
「そうですよ、リーファさん。大きな声を出して」
「何で私を責めるときだけちゃんと起きるのよっ」
夜は活気溢れた港町も今は寝静まっていていた。
大通りを進み、ひと際大きなレンガ造りの建物の前で足を止める。
「ここよ。商会の本部」
アル商本部はどこか真新しい5階建てだった。
今、商館に明かりはない。
うん、誰もいなさそうだな。
まあこんな時間に仕事をしてる人なんていないだろう。
リーファいわく、現代の日本みたいに夜遅くまで仕事をするなんてあり得ないらしい。
そりゃあ、ずいぶんとホワイトなお仕事だな……。
……片付かない仕事、なくなる終電、片付かない仕事、気づけば明け方……会社で一泊……、う……前世のトラウマが……。
「ジンタ、どうかした?」
「悲しくてツラかった記憶がフラッシュバックしてな……」
おれは押さえたこめかみから手を離す。
あたりに誰もいないんだけど、念のためおれたちは人目につきにくい裏手に回った。
さっさと済ませよう。
「来たのはいいけど、これからどうするの?」
「忍び込むのでしょうか?」
リーファとクイナが小首をかしげる。
「まあ、見とけって」
商館に研究資料がある。それで、今は誰もいない――。
これが、単純明快で面倒がない、一番楽な力技だ。
スキル発動させ、この建物だけを吹き飛ばせるくらいの威力にセーブ。
剣に巻きつく黒い炎が、赤黒い魔法陣に変わる。
「『黒焔』」
放った魔撃が唸りとともに飛んでいく。
ドガァアアアン!
爆音がすると同時に商館が吹き飛んだ。
「「……………………はい??」」
「みんな大丈夫か?」
リーファとクイナが唖然と商館のあった場所を見つめている。
「た、建物ごと、ふ、吹き飛ばしちゃった……」
「む、無茶苦茶です……。けれど、ジンタ様にしか出来ないというかなんと言いましょうか……」
「そうね……確かに、ジンタにしかこんな真似出来ない……。こんな様子じゃ、研究資料どころか色んなものが焼失するでしょうし……相変わらずとんでもないスキルね」
「ええ……ジンタ様だけ次元が違います……」
うんうん、とひーちゃんがうなずいている。
「さすがご主人様なの」
ゴウゴウ、と燃え盛る黒い炎が瞬く間にレンガの破片を塵に変えていく。
商館があった場所は、今はもう塵の山になっている。
これで、ラインさんの研究成果は消去した。
む。まずい。野次馬がちらほらと現れはじめた。
そそくさと立ち去り、町を出るため門を目指す。
「ジンタ様、門が閉まっています」
「ああ。大丈夫大丈夫。ぶっ壊すから」
「――いいえ、ジンタ様。それでしたら、ここはわたくしに」
クイナが風魔法を発動させる。エメラルドグリーンの長い長い風の矢が数本出来た。
あれ? 前見たときより力強いというか……。
「スカイランス!」
キィィィイイン。
静かに空気を切り裂く矢が走る。
鉄の扉にガガガガガ、と切り取り線みたいな小さな穴があく。
門兵が「君たち、何者だ! 何をしている!」と言うけど、商館をふっ飛ばしたなんてバレたら絶対に面倒なことになる。
もうここは、強行突破だ。
「――リーファ、突き破れ」
「でぇええいっ!」
少し助走をつけてリーファが門に飛び蹴りをする。
ドゴン、と重い音がして門に大きな穴があいた。
おれたちはそこから外へ抜け出して、町を離れる。
その間、みんなのレベルを確認すると、全員それぞれレベルがあがっていた。
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種族:エルフ
名前:クイナ・リヴォフ
Lv:24
HP:3100/3100
MP:1185/1200
力 :177
知力:321
耐久:120
素早さ:90
運 :22
スキル
風魔法
鷹の目
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種族:竜族(幼少)
Lv:24
HP:4150/4150
MP:430/430
力 :390
知力:285
耐久:390
素早さ:210
運 :34
スキル
咆哮
ブレス
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種族:神族
名前:リーファ
Lv:19
HP:4200/4200
MP:7230/7230
力 :99
知力:555
耐久:68
素早さ:50
運 :11
スキル
浄化魔法 2/10
治癒魔法 7/10
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ゴブリン討伐のクエストを通して成長したみたいだ。
最初からレベルが低かったってのもあって、中でも成長著しいのがリーファだった。
女神様の名前はダテじゃないらしい。
種族によって、各ステータスの伸び幅はそれぞれ違うようだ。
みんな、頼もしくなってる。




