105話
魔法陣で最上層へ上がる。
荘厳な神殿の中に入ると、さっきまで感じていた気配がグッと強くなった。
室内であるはずなのに、見上げれば空があった。
見渡す限り何もなく、青い空が見えるだけだ。
エルピスがあたりを見回して言った。
「ギーラ、出てきなさい。いるのでしょう」
ギーラ? それが魔神の名前か。
言うのと同時に、人型の何かが現れた。
人間……に見えるけど、そうじゃないのがわかる。
人の皮を被ったナニかって言えばいいだろうか。
人に限りなく似せて作られた人形を見れば、こんな違和感を覚えるかもしれない。
見ていて気持ち悪いっていうのが正直な感想だ。
おれとは全然似てないけど、自分の分身……切り落とされた自分の髪の毛や、切った爪を見ているような気分になる。
「エルピスか久しいな」
男にも見えるし女にも見える。中世的な声と顔立ちをしていた。
てか、そもそも性別なんてないんだろう。
「うん。久しぶり。そして、おやすみなさい。あなたを倒しに来た」
「勇者の封印が解けたばかりだというのに、ずいぶんなことを言う。であるなら、余も抗わねばならぬ」
「余……。まだそんなふうに自分のことを言うの? 神の真似事はやめなさい、ギーラ」
ギーラと呼ばれたそいつは、何も言わなくなった。
むけられている重圧がさらに増していく。
黒い瘴気のような物がギーラの体を包み、二本だった足が増え、六本になった。
「真似事? 余が神なのだ。たとえ真似事だとしても他にいないのであれば、それが神の言葉。神の御業……」
ぼこん、と左右の肩から頭が生え、頭は三つになり、腕も気づけば増えて、全部で六本となった。
ぶるぶる、と震えたひーちゃんがおれの後ろに隠れた。
ビジュアルがキモいのである。
おまけに神々しさが一周して、禍々しさに変わっている。
「エルピスは、戦闘能力をもたない。あとをお願い」
こういうとき、勇者なら任せろって言うんだろう。
けど、おれはそんな心構えはこれっぽっちもない。
このキモい魔神をどうにかできたらいいなくらいに思っている。
「まあ……なんとかするよ」
これくらいのことしか言えなかった。
『余を再び討ち滅ぼさんとする輩は未来永劫、排除する――――』
三つの顔が同時にしゃべりだし、またさらに放たれる重圧が強く激しくなった。
ステータスが見えない。
リーファの元上司のときと同じパターンか。
「リーファ。剣に」
「うん!」
ぴかっと光り、目の前に浮かぶ神剣の柄を握りしめた。
『そんなにギュってしないでっ! 優しくしてっ』
頭の中で騒ぐなよ。
『手汗でぬちょぉってするんだけど!?』
うるせえな、おまえを手汗だらけにすんぞ。
『変態!』
なんでそうなるんだ。
きゃんきゃん、と喚くリーファを無視しておく。一気に緊張感が失せた。
それが狙いなら、ちょっとくらい感謝しないと。
「ひーちゃん、背中貸してくれるか?」
「任せるの……! ご主人様を乗せるのは、ボクの役目なの……!」
ふんす、と鼻息を荒くすると、幼女モードからドラゴンモードへ変化して、おれは背中に飛び乗った。
「【加速】。ジンタ様、支援はこのクイナにお任せください!」
おれとひーちゃんに【加速】スキルをかけてくれたクイナ。
空中に魔法陣が展開されると、シャハルが召喚した悪魔のバアルちゃんが現れた。
「あ……スロウはアカン。これ効かへんやん……!」
「バアル! 何をしている! これでは、妾が足手まといではないか!」
「シャハルちゃんは最初っからそうやん」
仲良いなー。
「その代わり、ジン君には――」
ちゅ、とバアルちゃんがおれの頬にキスをした。
「デビルキッス! 魔力与奪のスキルや!」
言われて、おれのステータスを見ると、MPの最大値がかなり上がっていた。
「ホンマは奪うためのスキルやけど、あげることも出来んねんで♪」
「ありがとう、バアルちゃん!」
「えへへ……今度は口にしたげるわ」
ちゅちゅ、とおれに投げキッスをするバアルちゃんの首根っこをシャハルが掴んだ。
「バアル! 用が済んだら、早く帰るのだ!」
「無能魔女様の仰せのままに~」
シャハルを煽るだけ煽って、バアルちゃんは姿を消した。
「誰が……無能だ……!」
ワナワナと怒りで震えたシャハルが、次々に魔法陣を展開する。
「幽界に住まう我が従僕よ――我が魔力を喰らい我が身を寄る辺とし現界に出でよ――!」
次々に魔法陣が光り、大蛇や半獣半人の戦士、炎に包まれた鎧の騎士、全身に顔がついている巨大な蜥蜴――などなど、多種多様な軍勢を召喚した。
総勢で二〇〇くらいはいる。
「あらあら~」とクイナがのん気な感嘆をあげた。
クイナが軍勢の強そうなやつに【加速】を使っていく。
シャハルが何かを指示すると、召喚獣たちが一斉に魔神へと攻撃をしかける。
が、右の魔神が手をさっとかざすだけで、物理魔法問わず、すべての攻撃を反射した。
「あらあら……」
「あーあ、なの……」
『頼りないわね』
ぐふう、とシャハルは悔しげだった。
けど、反射のスキルがあるってわかっただけでも十分だ。
おれは【神光】を魔神へむけて放った。
やっぱりこれも右の魔神が手を動かし、おれへと反射させた。
「ガウガウッ!」
ひーちゃんが低い位置で空を飛び、反射された攻撃をかわすと一気に魔神へと迫る。
攻撃は反射されるだけなら、防御魔法同士で中和させれば……!
『発動は任せて』
おれの思考を読んだリーファが言うと、右の魔神が、また手を動かした。
「愚かな人間……」
キーン、と魔神の全身が赤らんだ。
これって、クイナと同じ【加速】じゃあ――!?
気づけば、真ん中の魔神が剣と盾を装備していた。
次の瞬間には、切っ先がおれへと襲いかかった。
『【神域】!』
バリリ、と前方にリーファのシールドスキルが展開され、剣をはじく。
左の魔神がおれを指差した。
直後に、指先から黒い針のようなものが飛んでくる。
攻撃魔法の一種ってことはわかった、けど――。
ブスン、と簡単にシールドに穴をあけられた。
世界最強の盾なんじゃねえのかよ。
『なんなのよ、これぇ~!』
「ガルァアアアアアアアア!」
口に溜めた炎をひーちゃんが吐き出す。
けど、こっちは右の魔神が展開した反射シールドでこっちに返ってきた。
ばさばさ、と翼をはためかし、魔神を中心に旋回する。
……あいつ、おれたちがこんなに攻撃したのに、まだ一歩も動いてない……。
「あんたが神でいいんだな!?」
『問う。……神とは何だ」
んなこと知るか。あいにく信仰心の薄い日本人なんでね!
左の魔神が、距離をとるおれたちへ手をかざすと、数十本の黒く細い光線が放たれた。
「ガ、ガルガル――ッ」
ばさばさ、と焦って速度を上げたひーちゃん。
かわせたけど、何本もあとを追いかけてきた。
「【黒焔】!」
持っているのが神剣でも、習得した【黒焔】は使えた。
剣を振って黒い炎を飛ばすと、敵の攻撃魔法のすべてを撃ち落とした。
「ニンゲンは、何度も何度も同じことを繰り返す。過ぎた力で己の存在すら滅ぼそうとする、愚かな種。どうして認められることができよう。過ぎた魔法技術は、ニンゲンを滅ぼす毒でしかない」
おれへの攻撃を防ぐため、クイナが【暴風】で攻撃魔法の照準をズラし、隙を作るためにシャハルが軍勢を指揮し攻撃をしかけている。
「愚かな種って……おまえが作った種だろうが! 勝手なこと言ってんじゃねえ!」
中央の魔神が吠えた。
「作った【人形】に知性を与えたのが間違いだったのだ! 余しか持ち得ない言葉を与え個性を与え思考できるようにした。やがて余を慕うようになった。――愛さないではいられないではないか。母であり父である余を、どうして認められなくなった!」
認められなくなった?
何言ってんだ。
「リーファ、意味わかる?」
『わかんない。けど、信仰心が薄くなったことを言っているのかも!』
少なからず、魔神は……神様は人間に対して不満があったんだろう。
「すべてすべて過ぎた魔法技術のせい。わずかながらの魔力を使い、余だけしか使えなかった魔法を使い、余を不要なものと位置づけた……!
やがて対等な目をむけるようになった。――どうして創造主と一緒であると勘違いできるのか!」
中央のやつがしゃべっているときは、左右は沈黙している。
……なんでだろう。
同時にしゃべるときもあるのに。
シャハルが召喚した軍勢の攻撃と、それに対応する魔神の発動する魔法や防御を見ていると、なんとなくわかった。
右の魔神が補助と防御系を担当、左の魔神が攻撃魔法担当。中央は、物理の攻防担当ってところか?
「人間は日々進歩していく。間違いもいっぱいする。でも、進化しないではいられねえんだ」
神は、自分を認めないニンゲンは、認められないらしい。
それが、神がニンゲンの神である所以だからだろう。
「あんたはエゴをおれたち人間に押しつけてるだけなんだ」
「黙れッ!」
やっぱりしゃべるのは中央の魔神。
メインが中央ってことか?
「つまるところ、平行線をたどる主張と主義。所詮相容れぬもの。貴様が次の勇者であったな。潰してくれる」
「やってみろよ――!」
ひーちゃんがさらに加速し、魔神との距離を詰める。
放たれる攻撃魔法は【神域】でリーファが防御をしてくれた。
もう、オートシールドって思っていいくらいに、ちょうどいいタイミングでリーファが魔法を発動してくれる。
また左の魔神がおれたちを指差した。
黒い針を撃ってくるつもりだ。
「【暴風】!」
クイナが唱えた魔法で、おれと魔神の間に竜巻ができあがる。
「行くでぇー! 【暗幕】!」
いつの間にかまた召喚されていたバアルちゃんが、ふうーっと息を吐くと、真っ黒な吐息が竜巻に巻き込まれ、半透明だった気流が黒く色づいた。
魔法の照準をズラしてくれて、暗くて先が見えない。
ってことは。
「突っ込むぞ!」
「ガルウ!」
シールドの発動はリーファに任せる。
たぶん、あの黒い針は、攻撃スキルっていうよりは、アンチシールドブレイカーなんだろう。
さっき、接近したときにあれを撃ったってことは、【神域】で反射を中和されると困るんだ。
ぼふん、と音を立てておれとひーちゃんは、黒い竜巻の中に突っ込んだ。
魔神を視界にとらえた瞬間だった。
リーファが【神域】を展開。
それよりも少し遅く、魔神が反射シールドを発動させた。
衝撃音はなかった。防御魔法と反射シールドがジリジリジリ、と細かな音を出しせめぎ合う。
反射中は、敵も攻撃はできないらしい。
「いつの時代も相争うような愚かな種。余が管理しなければとうに死滅していたのだぞ」
中央の魔神がしゃべる。理解に苦しむとでも言いたげだ。
「これが失敗作でなくてなんだというのか!」
「勝手に人間を失敗作扱いしてんじゃねえ!」
中和しきった。
盾同士、ぶつかった部分が丸ごと空いた。
「意志があるんだ! アンタの人形なんかじゃないし家畜でもない。おれたちは人間だ」
「余からすれば同じモノだ!」
【灰塵】を発動させ、神剣に黒い炎を巻き付けた。
エルピスは、灰塵の炎は黒くないと言っていた意味がわかった。
こいつの――魔神の力が剣に封じられていたから、本来赤い炎も黒くなったんだろう。
「人間ディスんのも、たいがいにしろよ!」
おれと同じように【灰塵】を発動させた魔神が剣を振り下ろす。
ギイイン、と重い音を立ててぶつかり合った。
「余の真似事で――ッ」
「ブランク明けの『オリジナル』よりなぁ――――!」
鍔迫り合いを押し切った。
ふらり、と一歩だけ魔神がたたらを踏んだ。
「使いまくった『コピー』のほうが上なんだよ!」
構えた盾ごと、おれは魔神を両断した。




