102話
ジルエルを追い払ってから三日目のことだった。
女騎士シルヴィのバルムント家でのんびりしていると、ゴゴゴゴゴゴゴ、と床が激しく揺れた。
「な、何!? 地震っ!?」
隣にいたリーファが強張った声をあげておれの袖をちょんとつまんだ。
「ジンタ様、地震です! わたくし、怖いです……」
反対側にクイナがやってきて俺に抱きついた。
ちょ……こら。おっぱいぶつけてくるのをヤメロ。
「がう? 床がゆれているの……」
怖がりも何ともしないひーちゃんは、ぱたぱた、と羽を動かしながら宙に浮いた。
「ちょっと、クイナ! 地震にかこつけてジンタにくっつくのはやめなさいよっ」
「それならリーファさんも同じでしょうに。リーファさんがよくて、どうしてわたくしが悪いのか、わからないのですけれど」
地震の最中になんでケンカしてんだよ。
「わたしはいいの!」
「でしたらわたくしもよいでしょう?」
相変わらず仲が良いのか悪いのかわからない二人だ。
地震が治まり、あたりを見回して一人いないことに気づいた。
シャハルはどこ行った?
「う……っ、うう……い、今のは……大地の怒り?」
声が聞こえてテーブルの下をのぞいてみると、頭を抱えて震えていた。
日本じゃさほど珍しくもない地震だけど、こっちの世界では珍しい現象らしい。
「おーい、シャハル。出てこいよ。もう治まったから」
おれがそういうと、疑いの目をむけつつ、下からようやく出てきた。
「大地の怒りを侮るでないぞ、ジン君……!」
昔なんかあったのかよ。
シャハルはよいしょ、とさりげなく俺の膝に座った。
「「っ!?」」
リーファとクイナが目を剥いた。
「そこは、ボクの特等席なの」
「では、妾の膝に座るといい」
「そういう意味じゃないのっ」
「あー。もう、わかった、わかったから。とにかく、今の地震で怪我人がいないか見て回ろう」
おれの提案には賛成らしく、おれたちは部屋を出ていった。
ひと通り見回って、大騒ぎだったけど怪我をした人はいないようだった。
「ご主人様。お空がくもっているの」
ひーちゃんが指さした窓の外を見ると、確かに曇っていた。
けど、これ雲じゃない……?
王都一帯を陰らすほどの何かが空に浮かんでいる。
「あれ、何かわかる人、挙手」
はい、とひーちゃんが手を挙げる。
「パインゴだったらいいと思うの……」
「願望は聞いてないよ、ひーちゃん」
リーファもクイナもシャハルも首をかしげているあたり、何かはわからないらしい。
メイドさんの一人が、おれを呼びにやってきた。
「カザミ様、ジギー様がお見えです」
「ジギーが?」
魔神対策機関のトップがおれに何の用だろう……。
「なんか、ヤな予感……」
「ですね……あの空に浮かぶ何かと兄さまの来訪……」
リーファとクイナの予感は当たることになった。
応接室まで案内されると、ジギーと光の精霊エルピスの二人がソファに座っていた。
「どうかした?」
単刀直入に尋ねると、ジギーではなくエルピスがうなずいた。
「空のアレ。蒼穹神殿」
「そーきゅーしんでん……?」
「あそこは神のおわす場所。……魔神を封印してから、崩れ去った場所でもある」
そのあとをジギーが継いだ。
「エルピスは、あそこに魔神がいると言うんだが……心当たりは何かあるか? 尋常な事態ではないというのはわかるが……」
魔神……心当たり……。
「ジンタ、もしかして、折れたときの……アレじゃない?」
隣のリーファがこそっと耳打ちした。
アレって、アレか! 魔焔剣が折れたとき、ばしゅ、って何かが飛んでいったアレ。
「機関の所長としての指名クエストだ。カザミ。蒼穹神殿を調査してほしい」
もし本当にエルピスの言った通り魔神がいるとしたら、やっぱり剣が折れた拍子に封印か何かが解かれてしまったんだろう。
だとしたら、おれがケリをつけないといけないだろう。
一応は勇者認定されて、その剣を託されたわけだし。
ていっても、その剣は折れてしまったけど。
「わかった。準備をととのえて調査にむかう」
「頼んだ」とジギーが言うと、エルピスがソファから下りた。
「エルピスも同行する。以前通りなら大精霊がいないと出入りはできない」
話を総合すると、蒼穹神殿には神――魔神がおそらくいるってことのようだ。
「調査任務は、シャハルさんのミズラフ島以来ですね」
「ん? そうなのか?」
クイナとシャハルの会話を聞きながら、おれはどうしようか考えていた。
もし魔神がいるのなら、おれも太刀打ちできるかどうかわからない。
クイナとシャハル、ひーちゃんはレベルがそれなりに高いけど、おれより低いのが現状だ。
リーファに目をやると考えていたことは同じだったようで、寂しそうにうなずいた。
クイナやリーファが勝手におれのそばから離れていこうとした気持ちがよくわかった。
「じゃあ、準備をして明日むかおう」
一旦解散し、おれとリーファはエルピスの手を引いて屋敷をあとにした。
「他の仲間は?」
エルピスの問いかけにおれは首を振った。
勘のいいシャハルあたりは、今晩おれとリーファの姿がないのを知って察するだろう。
出入りには大精霊が必要らしいから、エルピスがいなければあとを追うこともできないから、ちょうどよかった。
馬車で王都郊外までやってくると、エルピスが空を――蒼穹神殿を見上げながら何かを探すように歩く。
「ここらへんのはず」
何がどうなっているのか何も教えてくれないエルピス。
足を止めると、ひと言、言語として認識できない何かをつぶやいた。
すると、足元が光り魔法陣が浮き上がった。
「早く。この魔法陣の上に。これで神殿に行ける」
おれとリーファが魔法陣に乗ると、浮き上がってスムーズに空へと昇っていった。
うわっ……結構高い……。
足元を見ると怖いので、おれは上だけを見続けた。
リーファは怖くないのか……?
「…………」
ちらっと隣を見ると、愛しの元女神であり、現愛剣のリーファは立ったまま白目を剥いて失神していた。
うわ、ブッサイクだなぁ。携帯あったら写真とってるところだった。
ブサ顔を晒し続けるのもよくないと思ったので、死体にしてあげるように手で目蓋を閉じてあげる。
多少はまともになった。
神殿との距離がどんどん近くなっていく。
「これ、大丈夫? ぶつかんない?」
「大丈夫」
言ったのと同時に、魔法陣と同じ大きさの穴が神殿の底に空いた。
そこに吸い込まれる形になり、おれたちは蒼穹神殿に到着した。
神殿とはいえ、かなり広く、王都がまるごと入りそうなほどだ。
おれたちのいるところは最下層。
最上層はさらに高く、頂上に荘厳な神殿が見えた。
「あそこか」
「そう。あそこ。魔神の力を感じる。間違いない」
下は、今どうなってるんだろう。
世界の終末みたいなことになってなきゃいいんだけど。
「おい、リーファ。いつまでブサ顔を晒してるつもりだ。起きろ」
ゆさゆさ、とリーファの肩を揺らすと、ぱちっと目を開いた。
「べ、べつに高いところなんて、わたし、怖くないからっ」
「もうそのセリフ遅いから」
そんなことを言われても、立ったまま失神しているんだから説得力も何もないだろう。
「あ。あれ……? どこよ、ここ!?」
「神殿だよ。着いたんだよ、上に」
失神してたせいで、リーファだけ話がワンテンポ遅い。
「行こう。魔神のところへ」




