101話
いいのかよ、と戸惑っていると『そんなこと言っている場合じゃないでしょー!?』と、おれの思考を読みとったリーファがしゃべる。
剣になっても小うるさいのは変わらないらしい。
『誰が小うるさいよっ』
おれは剣を構え、ジルエルと再び対峙する。
『な……な、何か言いなさいよーっ! 寂しいじゃない……』
集中出来ないから。ちょっと静かにしてて。
『そゆことなら、仕方ないわね……』
それから、リーファの小うるさい声は聞こえなくなった。
「まったく、愚かな女だ」
小馬鹿にするようにジルエルは鼻で笑った。
「おい、神サマ。おれの仲間バカにすんなよ!」
一直線にジルエルへと走る。
おれがイレギュラーな存在だから、ジルエルへのダメージが食らわせられるのなら、おれの攻撃を避けるはず。
鬱陶しそうに、ジルエルの眉がピクリと動く。
今のおれのMPじゃ、神剣リーファのスキルは使えない。
あとは、運否天賦のスキルで、運数値を力数値に上乗せして、その一撃に懸けるしかない。
ジルエルに指を差された。
その瞬間、一気に加速。ジルエルの懐へ潜り込む。眉間に皺が入るその表情もよくわかった。
「おぉッ!」
短い気合いを発する。ジルエルはおれが振り上げた神剣をのけぞるようにかわす。
「――おのれッ」
やっぱり、剣がどうとかは関係なく、ルールの外に出っぱなしのおれの攻撃は有効らしい。
ジルエルが瞬間移動で距離を取る。
『神光が来るわよ! 五、四、三――』
リーファがカウントをはじめる。元々使っていたスキルだから発動の気配がわかるんだろう。
おれは開いた距離を一気に埋める。
もともと中距離、遠距離で戦ってもおれに勝機はない。
「その剣とともに塵と化せ!!」
今は、前進の一択あるのみ。
『……二、一、――今ッ!』
ジルエルがかざした手の平から極太の神光が放たれる。
リーファが言った『今』のタイミングに合わせておれは直進運動をやめ、回り込むように横へ駆ける。
禍々しいくらいの神光は、リーファが撃っていたそれとは次元の違う攻撃力があった。
けど、当たらなければ意味がない。
おれはジルエルを再び剣の間合いに捉えた。
「小賢しいッ」
十字剣を再び出現させおれの斬撃に応じた。
鋭い金属音と同時に青白い粒子が飛び散る。
さっきまで片手で剣を扱っていたのに、今は両手でおれとつばぜり合いをしていた。
装備の差か、それともおれが成長しているのか――?
ジルエルの顔にらしくない汗が浮く。たぶんおれもそうだっただろう。
「キツそうだな、ニンゲン!」
「あんたもな!」
一合、二合、とジルエルと剣戟を交わす。
最初に戦ったときよりもジルエルの太刀筋が見やすいことに気づいた。
少し荒く息を吸ったり吐いたりしているのがわかった。
汗もかかない、息も荒げない完全無欠の神様かと思っていたけど、そうじゃない。
一歩だけ距離を取って、スキルを発動させる。
これはまだ見せてないスキルだ。
黒い焔が神剣を包んだ。バリバリ、と小さな雷が剣の周囲で爆ぜる。
おれの攻撃は、ジルエルの指差しよりも早かった。
「【黒焔】!」
残MPを放出し剣を振り抜くと、刀身にまとわりついた黒い焔は焔弾となって放たれた。
「この程度――」
指差しをやめ、事もなげにジルエルは【黒焔】を剣で両断する。
それくらいおれだって読んでいた。
いわば【黒焔】は陽動。
本命は――。
一刹那にも満たないジルエルの隙を突く。
【運否天賦】発動。運数値を力数値に上乗せする。
「これでぇええ――ッ!」
目を見開いたジルエルの顔が見え、ガードが間に合わないと悟り諦める表情すらおれにはスローモーションで見えた。
神剣を振りおろす。たったそれだけで、爆音が轟き衝撃波が平原を駆け抜けた。
ぺたり、と座り込んだジルエルが、うつむいたままクツクツと笑いはじめた。
「わざと、か……」
「うん。……なあ、あんたもう帰れよ。リーファ、女神じゃなんだしさ。リーファが剣に化けた時点で、あんたに戦う理由は少なくともなかったはずだ」
倒してしまえばいいとも思った。
けど、ジルエルはジルエルなりにきちんとした理由がありリーファを連れ戻そうとしていた。
おれたち仲間を人質にとったのはやり過ぎだったけど。
握っていた剣が発光する。
光がおさまると、いつものリーファがいた。
「よかった、人型に戻れるんだな」
ステータスには書いてあったけど、改めておれは胸をなでおろした。
「安心した?」
いたずらっぽく笑っておれの顔をのぞきこんでくるので、ビシっと頭にチョップした。
「最後のあれは、直撃だったろうな」
「おれが外さなかったら、消し飛んじゃないのか?」
「かもしれない」
苦笑しながら首を振るジルエルは遠い目をする。
「思わず漏らしてしまった」
リーファがさささささ、と凄い勢いで距離を取った。
そんなに引いてやるなよ、とおれは笑う。
神サマだって、汗もかけば息も荒げるし、漏らすことだってある。らしい。
リーファみたいなのが女神だったんだから、ジルエルみたいな神がいても不思議じゃない。
「これは、貸しだ」
「任せろ……おれだって大人だ。漏らしたことは誰にも言わない」
恥ずかしいもんな、とおれは激しくうなずきながら肩を叩く。
「違う」と手を払われた。
「直撃させれば消し飛んだかもしれない。そんな攻撃を私に当てなかったことだ」
立ちあがって、ジルエルはぱっぱと尻を払った。
「じゃ、その貸し、今返してくれよ。リーファはもう女神じゃないんだし、今後一切、天界の神サマたちはおれたちに干渉しないってことでどうだ? もう関わる理由もないだろう?」
「わかった、そうしよう。私の権限をもってして署内にそのように通達しよう」
「よし、交渉成立」
おれたちは握手を交わす。
「リーファよ、後悔はないな?」
ふんす、とリーファは薄い胸を張った。
「当ったり前です! 恋する乙女の本気、舐めないでください。世界だって神サマだって敵に回せるんですから」
「正にその通りになったわけか」
クツクツ、と肩を揺らしながらジルエルは笑う。
「二度と会うこともないだろう」
ではな。
別れの挨拶を告げて、ジルエルはふっと姿を消した。
夜がようやく明けはじめ、山の稜線がどんどん燃えるように輝き出した。
改めておれはリーファに向き直る。
「もう勝手に出ていくなよ?」
「うん。心配かけて、ごめんね?」
小走りで駆けよってきたリーファを抱きしめる。
「心配してない、なんて、言わせないんだから。何よ、あの無茶苦茶。ジルエル様だって追い返しちゃうし」
ちょっと照れて赤くなった顔も、可憐なまつ毛も、うるんだ青い瞳も、柔肌から伝わる温かい体温も、甘い香りも。
細い肩を抱いているとリーファの存在がきちんと感じられる。
「無茶苦茶はおまえもだろ。急に女神やめて剣になって。なんじゃあれ」
「【創造力】上手くいったじゃない。ジルエル様も戦う理由を失うし、一石二鳥ってやつよ」
まあそうか、とおれは首筋をかいた。すっともう片方の手をリーファが握る。
「ジンタが、女神とか地位がどうこうじゃなくてリーファだから一緒にいたいって言ってくれたこと、嬉しかった。だから、勇気出たの」
ぼそぼそ、と胸の中に顔を埋めるリーファがつぶやく。
「ええとそれで、剣になっちゃったけど、わたし、これからもジンタと一緒にいるから」
目の前にいる彼女が愛おしくて、そっとキスをした。
「――あ、今不意打ちだったから、変な顔してた……、も、もう一回……ちゃんと準備して……じゃないと変な顔だから!」
「ハハ。そんなことねえよ、変わんないって」
「あるの! あと……もちょっと長くてもですね、わたしは、構わないといいますか……んっ……」
ご要望に応えて、少し長く唇を重ねる。
顔を離すと、リーファははにかむようにうつむいた。
「結局不意打ち……」
「やっぱ変わんないって」
帰り道を歩き出すと、リーファが隣に並んだ。
むに、と頬をつままれた。
「な、なんだよ?」
「ジンタ、慣れてるでしょ?」
「慣れてねえよ。何か勘違いしてないか」
おれの言葉なんて全然信じてくれないらしく、むう、と疑わしそうに眉を寄せている。
「く、クイナとは何回したのよ……。わ、わたし、見ちゃったんだからっ! バルムント家の客室で、ぎゅっと抱き合って……なんか、イイ感じだったの!」
「ああ、そういやそんなことあったな。何もなかったけど? エリートなジギーお兄様のことをちょっと聞かされて、ジンタ成分を補給とかどうのって言われてぎゅっとされてたな」
「それだけ……? ほんとに?」
「ほんと、ほんと」
覚えている限りじゃ、まともにキスしたのはリーファだけだ。
「でもね! わたし、知ってるんだから!」
取っておきのカードを切るような強気な態度だった。
「何をだよ」
「ひーちゃんとシャハルも、キスしたって」
「なんだそれ。シャハルはまあ、何かの間違いでそうなりそうな気もしなくもないけど、ひーちゃんって…………おれ、ロリコンじゃねえか」
「……」
「な、なんだよその目! 違うからな!? ていうか、キスも何もしてないって」
「本人たちはそう証言してたもん」
まるっきり覚えていない……。
おれ、何したんだ? 意識がない状態でキスしちゃうような悪質な変態なのか……?
不機嫌そうになってしまったものの、リーファは握った手を全然離さない。
見慣れたドラゴンが翼をはためかせてこちらへ飛んできた。
「ジンタ様~! リーファさーん!」
その背に、クイナが乗っていた。
ひーちゃんがゆっくり着地すると、ぴかりと体が光って元に戻った。
「どこ行っていたんですか、リーファさん。今すぐ自殺しそうな思いつめたような顔をして……」
クイナがリーファをぎゅっと抱きしめた
「ごめんね、クイナ。心配させちゃって」
「じゃ、ボクは、ご主人様抱きしめてあげるの」
ひょいと、おれの顔の前でジャンプしたひーちゃんがひしっとしがみついた。
がうがう~、と鳴き声をあげておれの頬をぺろぺろと舐める。
くすぐったいからやめなさい。
「……抱きしめるっていうか、抱っこだな、これ」
「がう!? いつの間にかボク抱っこされてるの! でも、これはこれでおーけーなの」
「突然いなくなって……もう。帰って、みなさん揃ってご飯を食べましょう」
はーい、とひーちゃんが返事する。
おれは一人足りないことに気がついた。
「あれ、シャハルは?」
「シャハルさんは、どうせすぐ帰ってくると言って、二度寝してしまいました」
らしいな、とおれは笑った。
いつもダラダラ過ごしているおれが起きるには、まだずいぶん早い朝の時間。
さて、みんなにはリーファのことをなんて報告しよう。
朝日を受けながら、おれたち四人はのんびり王都までを歩いた。
次回102話は、9月30日に更新します。
よろしくお願いします。




