言葉に力を Ⅱ
『馬鹿野郎! なんでこのサブタイを続けた! 言え! 何でだ!』
うおっ!
馬鹿がいきなり叫んだ。
びっくりするからそういうのはやめろよ。
『続かないって言ってただろ!』
こいつは頻繁によくわからないことを叫ぶ。
ほっとくのが一番だ。こいつに都合の悪いことは、私には良いことが多い。
『思えば、街の名前からして不穏だったんだよな……』
私たちはアポの街にやって来たところだ。
本当はもっと長い名前なのだが、読みづらいのでみんなアポの街と呼んでいる。
正式名称はたしか……。
『アポ・メーカネース・テオス』
そうそう、なんかそんな名前だったな。
『意味知ってんの?』
私が知ってると思うか?
『威張ってどうすんの。ラテン語にすると「機械から登場する神」』
はぁ、それで?
『ご都合主義だよ』
……よくわからんのだが。
『まぁ、俺の存在がすでにご都合主義だからね』
そうだよな。
この私ですら極限級なんだし。
『もっと言うと、俺よりもひどいご都合主義が起こりうる街だ。有り体に言おう――高次元を内包する街だ』
ますますよくわからなくなった。
『ここでは何でも起こり得る。油断しないことだね』
はいはい。
またそうやって脅す。
とりあえず、ギルドに行ってみよう。
第一幕
受付嬢「ようこそ、当ギルドへ。ご用件は何でしょうか」
シュウ『や、やりやがった……。あの野郎! いきなり禁忌に手をつけやがった!』
メル「なんだタブーって。特に変化ないだろ」
シュウ『一番影響受けちゃってますねぇ』
メル「影響? 何の影響だ? そもそもタブーって何よ?」
シュウ『絶対にやっちゃいけない形式――Web小説部門、堂々の第一位。台本形式だよ』
メル「台本形式? 何だそれ?」
シュウ『奴は、今までの約五年間で築き上げてきた物を全て壊すつもりか? 台本形式ってのはね。見た瞬間にブラバ。出た瞬間にお気に入り解除が当然の形式さ。なにより作者と登場人物の会話が多分に出てくるから、見てる側からすると寒くて仕方がない。そうだろ?』
メル「そうだろと言われても……、ますますよくわからなくなったんだが」
シュウ『もはやこれは小説ですらない。いつからここは「脚本家になろう」になったのか』
受付嬢「あのぅ、ご用件は何でしょうか?」
(受付嬢がカウンターから出てくる)
メル「あぁ、すまないな。ダンジョンの情報……、なんでカウンターから出てくるの?」
受付嬢「ここではいつものことですよ」
メル「どこを向いて喋ってるんだ? 私はこっちだぞ。そっちには誰もいないよな」
受付嬢「何を言ってるんです?」
シュウ『無駄だよ。ここは既に舞台の上、役者が観客を意識して喋るのは当然だ』
メル「舞台? 観客?」
シュウ『そっちじゃない。観客を向いて喋って』
メル「あっち、ってどっち?」
シュウ『視線を感じないの? 見られてるでしょ?』
メル「視線? 見られてる? 私と受付嬢以外は見えないぞ」
シュウ『大根め。もういいから受付嬢と同じ方を向いて話して』
メル「本当に意味がわからん。……って、なんだこれ? 笑い声が聞こえてこないか」
シュウ『そりゃ、観客がいるんだから。笑い声だってするよ。フルハ○ス見たことないの?』
メル「何これ? ほんと意味わからん。どういうことなの?」
受付嬢「失礼ですが、冒険者証を提示ください」
メル「あ、ああ、ちょっと待ってくれ……。はい」
受付嬢「……えっ! 極限級! うそ、ほんとに!」
メル「あぁ、これはよく見る光景――」
受付嬢「まさか貴方が、あのメル様だなんて!(台詞と同時に曲#1が開始)」
メル「じゃないぞ。なんだこの音!? 急に演奏が始まったんだけど?!」
シュウ『そりゃ、舞台だもん。曲だって流れる』
メル「えぇ? えぇぇ?」
受付嬢「メル様と言えば、異例の速さでの極限級到達! 神々の天蓋にも挑戦済み! さらには王様との親交も厚いという! あぁ、なんということでしょう! 天の上にいる人物! まさか彼女がこのような小さなギルドに足をお運びになるなんて!」
シュウ『はいはい。説明乙』
メル「ほんとだな。彼女が向いてる方向から『おぉー!』と声が返ってきているのが、不気味で仕方がない」
受付嬢「メル様! どうか聞いてください!」
メル「ずっと聞いてるよ……」
受付嬢「初級ダンジョン――ディオニューシアのことなのです」
メル「私は、最初からそれだけが知りたかった。他のことなんてどうでもよかったんだ」
受付嬢「あぁ! さすがはメル様! 偉大なる冒険者が紡ぐ――」
メル「早く情報を言って」
受付嬢「あれは昨晩のことでした(曲#2が開始)」
シュウ『曲が変わったね』
受付嬢「ディオニューシアからボスが出てきたと報告があったのです」
メル「……冗談言ってる場合じゃないくらいの状況じゃないか、それ」
受付嬢「そのとおりです。ボスを討伐しなければなりません。一刻を争います。冒険者を手配しようにも近くにいる冒険者はおらず」
メル「私が来たと?」
受付嬢「はい。なんという! なんという巡り合わせでしょう! (合唱#1開始)
モンスターが来た。彼らは街を襲い、人々は逃げ惑う。困惑が街を覆い――」
メル「おいおい、なんか歌い出したぞ。しかもどこかからコーラスまで入ってる」
シュウ『舞台だからね。合唱隊はつきものだよ』
受付嬢「――それではメル様! 偉大なる冒険者様! 討伐をよろしくお願い致します!」
メル「やっと終わった。……で、ダンジョンの場所は、おぃっ! 何だこれ! 急に暗く――」
第二幕
メル「…………ここは? 私たちはギルドにいたはずだが?」
シュウ『何言ってるの? ここはダンジョンだよ』
メル「いや、さっきまでギルドにいたよね? 受付嬢は?」
シュウ『幕が下りて、また上がったでしょ。受付嬢ならもう脇に行ったよ』
メル「脇? 暗くなって、すぐに明るくなったと思ったらなんかいろいろ違うんだけど」
シュウ『そりゃあ、第二幕に移ってるからね』
メル「意味がわからん。ほんとわからん。なんだこれ。攻略前から出たいと思ったダンジョンは初めてだ」
シュウ『ほらほら、モンスターが出てきたよ』
雑魚Ⅰ「人間だな」
メル「おいおい喋ったぞ」
雑魚Ⅱ「ほんとだ。人間だ」
メル「また一体出てきた」
シュウ『珍しいダンジョンだね』
メル「ああ、たまに喋るのはあるけど、上級以上が多いよな。初級でこれはレアだ」
雑魚Ⅰ「親分に報告しないと」
雑魚Ⅱ「そうだな。急いで報告だ」
メル「なんか話して逃げていってしまったな。斬ってしまえば良かった」
(ボス登場。曲#3開始)
ボス「おお。ようやく来たか。冒険者よ!」
メル「また流れてきた。何なんだよ、この曲は……」
ボス「俺様を知ってるか?」
メル「いや、知らんな。聞く前に場所が変わってしまった」
ボス「知らない! いいだろう! 教えてやろう! (合唱#2開始)
長い爪はライオンの如く、その翼は鷲の如く――」
メル「また歌い出した……。周囲の雑魚達も一緒になって踊ってるし、隙だらけだから殺っちまおう」
シュウ『そう上手くいくかな?』
ボス「俺様の手が街を引き裂く!」
メル「おいおい、歌って踊りながら防いだぞこいつ」
雑魚Ⅰ「さっすが親分! かっこいい!」
メル「雑魚も歌いながら攻撃を躱すんだけど……」
シュウ『仕様だね』
メル「私用?」
シュウ『仕様というか。歌ってる間は倒せない。大人しく待ってあげて』
ボス「そうさ。俺様の名前は――」
ボス、雑魚Ⅰ、雑魚Ⅱ、観客「ソポクレス!」
メル「今……モンスター以外からも声がしなかったか」
ボス「聞こえねぇな。おびえが足りねぇぞ! もう一度だ! 俺様の名は?!」
雑魚Ⅰ、雑魚Ⅱ、観客「ソポクレェェス!」
シュウ『遊園地のキャラクターショーかよ……』
ボス「聞こえねぇ! もっとだ!」
観客「ソポクレェェェス!」
メル「もう帰りたい」
ボス「よっしゃ! この冒険者を片付けたら、次はテメェらのばんだ! 怯えて待ってろ!」
メル「もう倒していいの?」
シュウ『いいよ。やっちゃって』
ボス「かかってこ――ぐぁぁぁあああ! この俺様を一撃だと!」
メル「よっわ。初級だとこんなもんか」
ボス「……名も知らぬ強き冒険者よ。頼む。部下達にはどうか寛大な処置を、ぐぁぁぁあああ!」
観客「ソポクレスー!」
メル「なんか子供の泣き声が聞こえるんだけど……」
シュウ『どっちが悪役かわからないね』
雑魚Ⅰ「ボスのかたき! くら――あぁぁぁあ!」
雑魚Ⅱ「せめて一矢報いねば! ぎゃああああ!」
メル「こんな後味の悪い攻略は久々だぞ……。うぉ! また暗く――」
最終幕
受付嬢「さすがメル様! 見事な討伐でした!」
メル「ほんとなんなのこれ? 今の今までダンジョンにいたのに」
受付嬢「本当にお疲れ様でした。みんなメル様に感謝しています!」
メル「ほんと大変だったよ。意味がわからなかった。何がなんだかさっぱりだ」
受付嬢「こちらが報酬になります」
メル「なんだこれ? メダル?」
受付嬢「このようにして冒険者メルの活躍により、アポの街に平穏が戻ったのです」
メル「なんだこれ。拍手が始まったぞ。ちょ、また暗――」
カーテンコール
メル「また明るく……なんだこりゃ」
シュウ『いやぁ、これはすごいね』
受付嬢「みなさん、たくさんのご声援。ありがとうございます!」
メル「なんだ? こいつらはどこから出てきた。ここはどこだ?」
シュウ『本当に舞台の上だとはね。すごい観客だ』
メル「なんでボスやモンスターもここにいる?」
シュウ『そりゃカーテンコールだし。富○アニメだとよくあるでしょ。みんなで仲良くダンスって』
受付嬢「お陰様で、今日の舞台も無事に終わりました。飛び入り参加のメルさんに、どうか熱い拍手を今一度お願い致します!」
役者一同「ありがとうございました!」
シュウ『カーテンが閉まる前に降りた方がいい。ここにいたら取り込まれる』
メル「だな」
(メルが舞台から飛び降りる)
メル「これをやろう。明日の主役はお前だ」
「そう言って、舞台のすぐ側に立っていた少年に、メルはメダルを渡した」
「そして、彼女はそのまま劇場から出て行った」
もう、大丈夫か?
『うん、大丈夫みたいだね』
振り返って街を見る。
街は遠く、そして小さくなっていた。
恐ろしい街だった。
あ……ありのままに起こったことを話す。
ギルドに入ったと思ったら、ダンジョンに入ってて、ギルドにまた戻された。
しかも、ギルドの次は大勢の人たちの前で挨拶をしていた。
な、何を言ってるわからないと思うが、私も何をされたのかわからなかった。
頭がどうにかなりそうだった。
『催眠術とかメタとか、そんなチャチなもんじゃ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったね』
特に最後の声とかどこから聞こえたのかもさっぱりわからなかったからな。
なんか今までにない恐怖が私を駆け抜けていた。
もし、あれ以上あそこにいたら……。
『言ったでしょ。何でも起こり得るって』
まさかあそこまでとは思ってなかったんだ。
『もうあそこには近づかない方がいいね』
メル「そうだな」
シュウ『あっ……』
「こうしてメルたちはアポの街を去った」




