言葉に力を
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私たちは、ルビソウルの街にやってきた。
『なにルビソウルって……、言霊宿す街でしょ』
いきなりの駄目出し。
やれやれと同じ言葉を繰り返す。
……だから、ルビソウルだろ。
あってるじゃん。
『全然違うでしょ。言霊宿す街』
ルビソウル。
『ノン。言霊宿す街』
発音が違うって話か?
『本気で言ってるの?』
ま?
まってなんだ。
さっぱりわからん。
何? 何がちがうの?
『これは、駄目かもしれん』
これまでもわからないことはあったが、おぼろげに何かが違うと認識できた。
今回は、今までのものとまるで違う。何がなんだか、さっぱりわからない。
とりあえず、ギルドにやってきた。
「ご用件を伺います」
にこやかに受付嬢に応対される。
そこで、しばらくお互いに見つめ合い何も交わさない。
「ご用件は何ですか」
ああ。
またしても、互いに見合って無言。
ご用件は、とかないのかな、ここは?
『今、用件聞かれてたでしょ』
はぁ?
ようこそとしか言ってなかっただろ。
『あぁ、やっぱりか』
シュウは溜息一つこぼすだけ。
受付嬢は哀れむような目で私を見て来る。
なんなの、どういうこと?
この街に来てから、なんだか異常だぞ。
「失礼ですが、冒険者カードを提示ください」
メルだ。
極限級の冒険者をしている。
『そうなるよなぁ』
「承知致しました」
やっと話が通じた。
とりあえず、アリスィアの情報をくれ。挑みたいんだ。
「今のメル様では、アリスィアに入場できませんよ」
えっ、なんで?
「言葉に込められた真実が聞き取れないようですから」
ルビソウル・アリスィアって、この街とダンジョンの名前だろ。
何を言ってるんだ?
「今のメル様にはわからないと思います。この街を二、三日ほど観光なさってください。そうすれば、私の言っていることがわかると思います。情報だけならお売りできますが、どうされますか」
は?
ほんと意味がわからん。
『大人しく受付ちゃんの言うとおりにした方がいい』
なんなんだ。
いったい何がどうなっている。
『わからないでしょ?』
いやいや、さっぱりわからん。
『だからだよ。意味を込められなくても、最低限聞き取れないと攻略できないダンジョンなんだろうね』
言うことができる? わからないと?
どういうことなんだ。
けっきょく意味がわからないまま、ギルドから出て行くことになった。
言われたとおり、観光をしてみることにした。
ダンジョンは初級で簡単。ドロップも微妙。そのため、冒険者は少ない。
しかし、近くの景観による観光と鉱山での採掘がさかんなので街は賑わっている。
「そこの冒険者さん。ちょいとあんただよ。冒険者さん」
『呼ばれてるよ』
えっ、私か。
おねーさんって他にもいるだろ。
『おねーさんは他にもいるけど、冒険者っぽいのはメル姐さんしかいない』
おねーさんでしょ。
冒険者とは言ってなかっただろ。
「あっ、冒険者さんは聞き取れない人だね」
呼びかけていたらしいおばさんはガハハと笑っている。
笑い事じゃねぇんだよ。そのせいでダンジョンに行けねぇんだ。死活問題だ。
「外から来る人だと、ごくごく稀、たまーに、天文学的な確率でいるんだよ。そういう人。なに、気にすることないよ。ここの街で二、三日ほど歩けば聞き取れるようになるさ」
受付嬢と同じようなことを言うものだ。
「そういう人には良い物があるんだよ」
おばさんは棚をごそごそと漁り出す。
「はいこれ」
壺だった。
両手で軽く持てるくらいのやや小ぶりな壺。
「ただの壺じゃない。極限級冒険者エニア・ロゥを知ってるね」
もちろん。
すでに死んでしまっているが、史上最高の冒険者に挙げられることが多い男だ。
ソロで極限級まで上がった冒険者は私を除いて二人だけ。
冒険者ギルドの創設者と彼だ。
創設者は形だけのようなものだと聞く。
もちろん私はチートありきなので、実質ソロでの極限級は彼だけだ。
『二度と出てこない設定の解説をご苦労様なことです』
それで、エニア・ロゥとその壺にどんな関係があるんだ。
「驚くなかれ。なんとこの壺。エニア・ロゥが愛用していたのさ。彼もこの街を訪れたときに、聞き取れなくて苦労されたようだ。それがこの壺を手になさってからはあら不思議」
わかるようになったと?
「いかにも。どうだい?」
いくらだ?
『おい馬鹿やめろ』
シュウに呼び止められた。
なんか今、すごい呼び止め方しなかった。
『お、さっそくわかるようになったの?』
名前を呼ばれただけなのに悪意を感じた。
「安くは売れないよ。二万だ」
おばはんは指を二本立てていた。
二百か安いな。買った。
「この能なし冒険者が。二万だよ、二万」
なんだろう、すごい罵詈雑言を浴びせられた気がする。
二万はないな。さっさと行くことにしよう。
「金をもってくるんだね」
なんとなく……、わかってきた気がする。
『いやぁ、俺も好きじゃないからあんまりルビは使わなかったんだけど……、まさかメル姐さんがここまで世界から浮いてるとは思わなかった』
なんだ?
これってみんなわかって当然なのか。
『そりゃまあ、暗黙の了解だから』
そういうの嫌いだ。
はっきりと言ってくれればいいのに。
『メル姐さんは、普段から思ったことを口から垂れ流してるでしょ』
そうかな?
そうかもしれないな。
『そうだよ。普通、思うのと口にするのは別だもん。思った後に口にするからかっこがつく』
……格好つけて言うってことか。
『違う。括弧をつける』
かっこをつける?
『できてない。「」をつける』
確固をつける?
『遠くなった。メル姐さんは、世界の常識からハブられてる。世界法則からもぼっちしてるんだ』
すごいひどいこと言ってないか?
もっとわかりやすく教えてくれないものだろうか。
『難しいんだよね。わかって当然なことだから。どうやって息するのか教えるようなもんだ。括弧つかないと喋ることはできない。でも、聞き取るだけならいけるでしょう』
よくわからんなぁ。
『出会った頃はまだ出来てたはずなんだけど、どんどん悪化していってる気がするんだよね』
それ、お前のせいじゃないの?
『否定はできない』
うぅむ、それもそうだ。
果たして世界の法則とやらを二、三日でわかるものだろうか。
『日暮れて道遠し』
四日が経ち、私は再びギルドへやってきた。
あの日と同じ受付嬢が私に気づき、にこやかな笑みで応対する。
「ご用件を伺います」
あぁ、わかる。
今なら確かにわかるぞ。
彼女は用件を聞いているんだ。
『……うん、そだね』
アリスィアの情報をくれ。
「失礼ですが、冒険者カードを提示ください。左手でお渡し願います」
そうか。
そう言っていたのか。
あのとき私は名前とクラスを答えてしまった。
今なら正しい答えを示すことができる。
『……示してあげて』
冒険者証を首から外し、左手で受付嬢に渡す。
受付嬢は、私を真剣な顔で見つめた後に、にこりと笑った。
「お疲れ様でした」
受付嬢のねぎらいの言葉を聞き、アリスィアの説明を受ける。
なんとかここまで来た。長い道のりだった。
『もう……、二度とやりたくない』
私はほぼ三日三晩かけて世界の法則をこなし続けた。
そうしてついに聞くことができたのである。
『はは、良かったね』
シュウは疲れた様子だ。
次は喋れるようにしたいな。
『絶対に付き合わないよ』
照れるなって。
『照れてない』
三日前、街を見て回ったが、やはりなんとなくしかわからなかった。
私の危機を救ったのはやはりダンジョンだった。
『初心者の森』
シュウがふと呟いた「ダンジョン」という言葉に私は初心者の森を感じた。
スライムとゴブリンが一体になったところを後ろから突き刺してきた日々を確かに感じたのだ。
私もシュウも大喜びで、次から次へとやっていった。
『ウラキラ洞穴、シルマ神殿』
わかる、わかるぞと把握し、徐々に聞き取れるようになっていった。
『まさか、今までの全ダンジョンを言わされるとは思わなかった』
その節は大変お世話になった。
おかげで次のステップに進むことができた。
ダンジョンの後は悪口であった。
『体が臭ぇんだよ。足も臭いし。水浴びろよ』
このような悪口をひたすら受け続けて、何を言っているのかはっきりと理解できてきた。
『途中からもう悪口と本音が一体化してたからね。もういい加減にしろって感じだ』
ごめんねー、ごめんねぇー。
そして、昨日街に出て、飛び交う言葉の裏側を知った。
世界には、こんなにも真の意味が含まれているのだと感動したものだ。
例の壺売りおばさんとも話をし、私の成長に感動したおばさんは壺を二千に負けてくれた。
『ほんと馬鹿だよなぁ』
そして、ついに私は初級ダンジョン――アリスィアの情報を得た。
『ありがとうございました』
さあ、攻略だ。
ダンジョンの入口で、監視員から簡単なテストを受ける。
「右の馬を見ろ」
きちんと右の馬を見る。
「うん、オッケー。適度にがんばれよ」
監視員から許可を得て、ダンジョンに入場する。
『……俺はね。今、とても後悔してるんだ』
なんで?
そういやずっと静かだったな。
ギルドで受付嬢と喋ってから初めて口をきいた気がする。
『情報だけは先に買っておくべきだった』
はぁ、どうして?
『そうすれば、無駄な時間を過ごすことはなかったんだ』
無駄な時間って?
おっと、敵が出てくるな。
「ふはは。よく来たな冒険者よ!」
聞いていたとおり、姿は見えないがボスの声がどこからか聞こえてくる。
なんでもボスが道案内をしてくるダンジョンらしい。
「儂は右の通路にいるぞ」
ボスの台詞の真意を聞き取り、分かれ道を右の通路に進む。
『これなら俺が聞き取るだけで十分だ』
いやいや、自分で攻略してる感じがしてとても楽しいぞ。
たぶんお前に任せてたら、意味がまったくわからないダンジョンだった。
「ほらほらどうした冒険者。足が止まっているぞ。トラップを踏め!」
言葉の裏を読み、トラップを避け遠回りしていく。
ここまでシュウに頼らず進めているダンジョンは今までにない。
楽しい。とても楽しい。まるで賢くなって、自分の力で攻略している気がする。
『これ、遊園地のアトラクションじゃん……』
ゆーえんちが何か知らんが、このダンジョンはおもしろいな。
こんなタイプのダンジョンは初めてだ。
『精神年齢が子供から進歩していない』
失礼な。
ほらほら、もうちょっとでボスだぞ。
「どうした。正面がボス部屋だ。右の部屋で休めるぞ。左は入口に繋がる。儂は優しいからな。体調を考えて。無理のない挑戦を」
『優しすぎる世界だ。吐き気がする』
体調は万全で、きちんと真の意味も聞き取れている。
いざ、ボスに挑むとしようか。
ボスの出で立ちはまるで竜のようだった。
その体の大きさは、ここが岩山の中とは感じさせないほど大きい。
「愚かなる冒険者よ。儂に挑むなど千年早いわ!」
『張りぼてくさいなぁ』
その声は、まるで空間全体から出ているように私を圧迫する。
『これ、ほんとに声が壁から出てない?』
うるさいなぁ。
ちょっと黙ってろよ。
「体調が悪いのか?。今なら来た扉から帰れるぞ」
『帰ろっか』
帰らないよ。
「良く言った! 儂の渇きを満たしてみせよ!」
戦闘が始まった。
火の玉や竜の爪を躱しつつ攻撃をしかける。
その腕を斬ったのだが、攻撃が弾かれてしまった。
「弱点は腕の先にある、胴体の赤い玉だぞ」
『だってさ。ほら早く斬って終わらせて』
竜の猛攻を躱し、その懐に入る。
隠れていた赤い玉にシュウを突き刺した。
「馬鹿な! この儂が! やられるだと!」
竜が吠えた。
「討伐完了! 挑戦ありがとう またのお越しをお待ちしております! お出口は 入口と反対側の扉になっております」
そう残して竜は消えた。
すばらしいダンジョン攻略だった。
私は、ドロップアイテムを拾って外に出た。
『やっと茶番が終わった』
いやぁ楽しかった。
よし、もう一回挑むとしよう。
『!』
子供の冒険者らが列を作る中に、もう一度混じって並ぶ。
そうして攻略を堪能して宿に戻った。
本当にすばらしいダンジョン攻略だった。
けっきょく四回も挑戦してしまった。
シュウは二度目の攻略から何一つ言葉を発しない。
そのため邪魔をされることなくひたすら楽しむことができた。
私も言葉の意味を聞き取れるようになった。
今後の冒険でも役に立つだろう。
『立たない、絶対に』
ようやく喋ったと思ったら、私の言を否定した。
それも断言する形で。
『二度とこんなのはやらんぞ!』
こんなのって何だ?
『これがどれだけめんどくさいかわかるか! 十文字の制限を知らなくてな。|と《》がそのまま残って、ルビにならなかった! 読み専の人にもわかるように書くと|こんな感じだ。《俺は「こんな感じだ」にルビを振りたかった。だが、なぜかルビにならないわかるか? これは文字数制限を超えているんだ》。しかも、振られる側にも十文字の制限がある。マニュアルにルビにならない例もきちんと載せとけよ! 何回マニュアル見たかわからんぞ! そもそもマニュアルの位置がわかりづらいだよ! 同じ所を何回もぐるぐるリンク踏んで回った! しかも、書いてたら最後はどっちが台詞でルビなのかもわからなくなった! 何回プレビューを見直したと思ってる! 正直、えん☆たるよりも精神的に疲れた! 絶対にもうこんなのはしないからな! 覚えとけ!』
まぁ、なんだ。
一言だけ労ってやろう。
「ざまぁ」
続く。
続かない。




