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どうせみんないなくなる……か?

 良いと思う。


「はい、私も――。これでどうしょうか……」


 素晴らしいな。


「ええ。では、そのように進めても?」


 悪くない。


「はい。今回は――」


 いいんじゃないか。


「かしこまりました。急ぎ手配を――」

『メル姐さん。話、まったく聞いてないでしょ』


 うむ。


 王都に向かう道すがら、初級ダンジョン――カルラ・ソ・ナメロ廻廊を攻略した。

 完全制覇済みと言われていたが、なんと新しい発見をしてしまい、ギルドに報告しているところである。

 報告だけのはずが応接室に通され、支店長の長話に付き合っている。


『話がつまらないのはわかるけど、鼻ほじるのはやめようよ……』


 おっと、いけない。

 鼻に手が行くほどつまらない話は久々だ。


「では、メル様。急な話で申し訳ありませんがよろしくお願いします」


 …………なにを?


 深々と下がった支店長の薄くなりつつ頭を見て、私はようやく現実に戻ってきた。




 そして、翌日のこと。

 町の外れにある広場に来ていた。

 広場には私以外にも多くの人が集まっていた。

 集まっている人間には些かならず偏りがあり、ガタイの良い人間が多い。


「みなさん、ご静粛に!」


 私の隣に立つ支店長が声を張り上げる。


「今回、皆さんの昇格試験監督をして頂く極限級冒険者のメル殿です!」


 どうしてこうなった……。


『ほらメル姐さん挨拶。昨日、宿屋で練習したとおりに。がんばれ』


 みなしゃ、みなさんの試験官を務めさせていだただくメル、です。よろしく。


『ちょっと噛んでるけど及第点でしょう。この人数を前に挨拶ができるようになるなんて、シュウ嬉しいよ……。成長、したんだね……』


 マジの涙声でしみじみ言われると、反応に困るからやめてもらえない?


「それでは皆さん。この後はメル殿の指示に従ってください。よろしくおねがいします」


 支店長は軽く会釈して場を離れ、数人のギルド員が残る。


『さあ、メル姐さん。張り切って監督しよう!』


 本当に、どうしてこうなった……。




 今さらのことだが、冒険者には階級がある。

 初心者クラスから始まり、初級、中級、上級、超上級、極限級と上がっていく。

 一番手っ取り早い上がり方は、私のようにダンジョンを次から次へとクリアすることだ。

 階級が上がれば、受けられる依頼の幅が広がるし報酬も増える。


 ただ、依頼といってもモンスターの討伐ばかりではない。

 運び屋やアイテムの回収、情報収集、暗殺をメインにしている冒険者もいる。

 もちろん危険性はあるため、ある程度戦えなければ論外だが主眼をモンスターとの戦いに置かない人種もいるのだ。

 彼らにまで昇級したいならダンジョンをクリアしろというのは酷というものある。


 あるいは、近くに昇級するためのダンジョンがないということも当然ありうる。

 仮にあっても、該当ダンジョンが同じ階級のダンジョンの中でもレベルが高いということはザラだ。

 そうしたものの救済策としてギルドの昇格試験がある……そうだ。

 私も昨日の夜、宿屋でシュウに教えてもらって知った。


 さて、今回は中級から上級への昇格試験だ。

 集まっているメンツもなかなかできそうな顔ぶれがそろっている。

 ――などと、わかったようなことを言ったが、正直言って中級以上はみんな同じに見える。

 初心者や初級者だと装備とメンバーのちぐはぐさ、ギルドでの動きやらでなんとなくわかるのだが……。

 どうしても知りたいときはシュウに聞くとだいたいわかる。

 装備や肉の付き方・付け方、声、目の動きを見れば推察できるものらしい。


 言ったように私には中級以上をどこで差を付ければいいのかわからない。

 そんなわけでシュウに昇格試験の内容を考えてもらうことにした。

 昇格の基準と採点、微妙な判断もほぼシュウ任せだ。

 ……つまり、いつも通りということである。


「みなさんには――」


 私の声に冒険者一同が耳をそばだてる。


 確かにシュウに任せるということにはした。


 ――だがしかし。


”冒険者たるものダンジョンへ行かずして何を為す?”


 私の理念を反映して、試験にはダンジョン攻略を織り込んでもらった。


「――ダンジョンを攻略してもらいます」


 冒険者一同がざわめき出す。


「ちょっと待ってくれよ!」


 前の方に立っていた男が声を上げる。

 腰に剣をぶら下げているあたり、剣士で違いない。

 あと、周囲にいるのは彼のパーティーメンバーだろうか。

 杖を持った奴は魔法使いだろう。このままダンジョンにでも行きそうなメンバーだ。


『違う』


 ん?


『対人の護衛専門でしょう。後ろにいる杖持ちの三人は、二人は魔法使いだけど一人はスカートの下と袖に武器仕込んでる。油断して近づいて来た奴を殺す役。いま吠えてる剣士も剣士じゃない。剣が綺麗すぎる。もう片方の腰に付けてるダガーが本命だろうね。毒でもぬってんのかな。あと、離れたところにもう二人パーティメンバーがいるね。連携は上手そうだけど、目配せがわかりやすすぎる。まあ、中級ならこんなもんか……』


 シュウが解説をしだす。

 採点はどうやらすでに始まっているらしい。


「――聞いてるか!」


 いや、聞いてない。

 それで、なんだって?


「どうして俺たちがダンジョンに行かなきゃならねぇんだ!」


 まあ、それもそうだ。

 ダンジョンがクリアできないからお前らここにいるんだもんな。


「――ッ! 極限級だからって調子のってんじゃねぇぞ! ソロで極限級なんてアリエネェ!」


 なんか勝手にキレ始めた。


 シュウみたい。

『メル姐さんみたい』


 …………。

『…………』


 で、どうしろと?


「俺たちは対人が専門なんだ! そこを評価してもらいたい!」


 おっ、細かい部分は違うがシュウの言うとおりになっている。


『メル姐さん。わかってるね?』


 ああ――、

 わかった。認めよう。

 お前らのパーティーと私の模擬戦だ。

 そこそこ戦えるんなら上級に即昇格としよう。

 他に同じ形式でやりたい奴はいるか?


 俺も、俺たちもと次々に手が挙げる。

 おっと、想像以上にたくさんの手が挙がってるぞ。


『極限級って情報を与えた上に、こっちの力もまったくの未知数。これに戦いを挑むのは、あまりにもDQN。洗礼を受けて頂こう』


 いくつか手を挙げていない奴らがいる。

 やれやれ面倒な奴らだ。


『俺のいた国なら、これで全員釣れたのにな。じゃあ僕も僕もって』


 まあ、仕方ないか。

 手を挙げてないのは、広場から出ろ。


 言われたとおり、手を挙げていない連中が広場から出ていく。


「じゃあ、模擬戦の順番を決めようぜ」


 吠えていた剣士もどきが勝手に仕切り出す。

 順番が後の方が、私が弱って有利だと考えているらしい。


 いや、必要ない。

 どうせみんないなくなる。


「は?」


 今からここはダンジョンだ。

 舞台設定は洞窟だろうが荒野だろうがなんでもいい。

 私がモンスターとしてお前達を襲うから、どうにかして止めろ。

 手段や方法はいっさい問わない。止めることのできた者を昇格とする。


 では――、

『名前も個性もないモブのみなさんさようなら』


 冒険者の群れに向かって歩き出す。

 さすがにチートを出すわけにもいかないため今回は拳と蹴りのみだ。

 もしもシュウを抜くようなことがあればそいつは合格させるという話になっている。


 歩いていた足のテンポを速めていく。


『わかってると思うけど、力入れて蹴らないでよ。俺を蹴るのと同じように蹴ったら間違いなく死ぬよ。たぶん破裂する……』


 大丈夫だ。

 そこはさすがに加減する。


 こちらに向かってきた近接系を素通りして、杖を持った奴から潰していく。

 ちょっとどついてやれば、ばたばたと倒れる。

 先ほどシュウが言っていた魔法使いの振りをした奴が、スカートをめくりそこにあった獲物に手を伸ばした。


『見えたっ!』


 すぐさまナイフを私に投擲してくるが、手でパッパッと払いのける。

 信じられないものを見たような女の懐に入り腹パン一発。


「ぅぇっ……」


 声にならない音を吐き出し女は倒れた。


 魔法使いはあらかた倒すことができたので、次に中間、近接系を潰していく。

 果敢に挑むものもいれば、様子を見ているものもいる。

 どちらも一発頭を叩いて終わらせた。


 さて、あとは――

 気づけば残りは剣士もどきしかいない。


『うん。他は全員気を失ってるね』


 よし。

 私は残り一人に向かって歩き出す。


「ま、待ってくれ!」


 駄目だ。


「お、俺が、俺が悪かった!」


 私は悪くない。


 男は剣を放り投げる。

 戦う意志はないというアピールらしい。


「頼む! 許してくれ!」


 お前、モンスター相手でも同じこと言えるの?


 男は膝を折り頭を地に付けての完全謝罪モードだ。


『ちゃうちゃう。油断させてからの不意打ちモードだよ。こっちが近づくタイミングをはかってる。うーん、良い位置だね』


 ん?

 ……ああ、そうだな。


「許して、くれるのか」


 蹴るには、顔面の位置が実に良い。


 シュウにするように、しかし、殺さないように極めて丁寧に男の顔を蹴りつけた。




 掃討が終わったところで広場を出る。

 三組のパーティーとギルドの担当が待っていた。


 それじゃあ、残りの者はダンジョンに挑んでもらう。


 さきほどの一部始終を見ていたためか、誰も彼もが恐ろしく従順な面持ちで私を見る。


 攻略してもらうダンジョンは、カルラ・ソ・ナメロ廻廊だ。


 ダンジョンの名前を聞き、冒険者全員の顔から緊張がやわらいだのが見て取れた。

 それもそのはず、カルラ・ソ・ナメロ廻廊のモンスターはさほど強くない。

 初心者クラスにちょっと毛が生えた程度だ。


 トラップもない上に、道もシンプルでわかりやすい。

 ただしボスがちょっと強いため初級クラスだが、弱かったら初心者クラスだっただろう。


 攻略したことのないものはいるか?


 誰も手を挙げない。

 全員攻略済みのようだ。


 廻廊をクリアして中級になったものは?


 全ての組が声をあげる。

 どうやら全組、廻廊をクリアして中級になったらしい。


 じゃあ、表のボスは倒せるな。

 タイムリミットは明日の昼、太陽が一番高く昇るときまで。

 それまでに完全制覇の証拠を私のところまで持ってこい。

 私はギルド横の飲み屋に基本いるようにする。

 三組しかいないようだから、チャンスは三回としよう。


「試験官殿、質問があります」


 ひ弱そうなメガネ魔法使いが元気よく手のひらを挙げる。


『体細いけど胸でかいよ! ローブの上からでも揺れたのわかった!』


 はいはい。

 顎を上げて先を促す。


「カルラ・ソ・ナメロ廻廊をクリアすればいいのでしょうか?」


 有り体に言えば、そうだ。


「しかし、それでは中級昇格と変わりませんが……。それにチャンスは三回というのは?」

『なんだよ、胸だけか、このメルーピーは。そのメガネは飾りなのか? チャンス一回マイナス』


 なんか可愛らしい呼び名が聞こえたが、馬鹿にされたのはわかる。

 あと、今の馬鹿な質問でお前らの組はチャンスが二回になった。


 他に質問は?


 変な質問をするとチャンスが減ると悟ったようで皆黙る。


 それじゃ、試験開始。

 廻廊を廻れ。何度も何度も根気よく廻れば、見え――『喋りすぎ』


 こうして昇格試験が始まった。




 昼過ぎに一組目のパーティーがやってきた。


 三人組のパーティーだった。

 斧持ちに、剣二本持ちに、杖持ち……。

 あれ、普通のダンジョンパーティーに見える。


『だいたいあってる。装備もなかなか悪くない。鍛え方もいい。ダンジョン専門というより野良モンスター討伐寄りのメンバーだね』


 やっぱりあってたか。

 来るのが早かったのはダンジョンに慣れていたからだろう。


「試験官殿。チェックを」


 私に渡したのはボスのドロップアイテムだけだった。


 足りない。

 チャンス、あと二回な。


「足りない? ……わかりました」


 そう言って、三人組は飯屋から出て行った。

 飯でも食べていけば良いのに。


 「駄目」ではなく「足りない」という言い方はシュウに指示されている。

 そうすれば次のチャンスを一回ミスリードできると。


 続いて現れた四人組のパーティーもボスのドロップアイテムを持ってきた。

 同じように言い渡すと、彼らも頷いて出て行った。


 メガネ魔法使いのパーティーはまだ来ない。

 チャンスが一回少ない分、慎重になっているのかもしれない。




 夕方近くなり、やってきたのは四人組のパーティーだった。


 うーん、さっきも見たがこいつらは何をやっているパーティーなんだろうか。

 男二人に女二人、男二人はそこそこ屈強そうだが、女の方はそれほど鍛えているわけではない。

 むしろ女の方は酒場にでもいそうな雰囲気だ。

 それでも剣とか持ってるからやっぱ討伐してるのかな。


『賞金稼ぎでしょう。女の片方は見た目がいいから男から情報を取れるし、髪から靴の先まで全身に暗器仕込んでる。モンスター相手にはあんなおもちゃ効かないから人間専門。もう片方もそこそこ動けそうだけど、魔法がメインだね。戦闘魔法よりも補助魔法系が専門かな。杖も小さくておしゃれなやつで杖とわからないようにしてるし、どう見ても対人間用』


 あ、そうなんだ。


「これでお願いします」


 男の一人がテーブルにアイテムを並べる。

 私も一通り見ていき、最後に首を振る。


 足りないな。


 男は理不尽そうな顔を浮かべ、アイテムを回収していく。


 回収が終わったところで残り二組がほぼ同時にやってきた。


 お互いがどうぞどうぞと先手を譲り合っている。


『まあ、相手が自分たちと同じものを出して駄目なら、自分のチャンスを一回保存できるからね。両方一気にいきましょう』


 両パーティー同時に見せろ。


 不承不承といった様子で、机の左右にそれぞれアイテムを並べる。

 少し離れた席から賞金稼ぎの四人組が見ていた。


 両パーティーとも、順番こそ違えど並べたものは全て同じだ。

 雑魚モンスターのドロップアイテムからボスのドロップアイテムを並べた。

 数日前までならこれで完全クリアの証拠と言っても良かった。

 だが、今は――、


 足りないな。

 これで全パーティ、残りはチャンス一回だ。


 三人組は不満そうな顔で引き下がったが、メガネ魔法使いのパーティーがなかなか立ち去らない。

 パーティーというよりもメガネ魔法使いだけが残っている。


「……おかしい」


 ん?


「おかしいです!」


 叫ぶメガネ。

 かかるメガネがかたかた揺れる。

 おいおい落ちるぞ。


『いいぞ、もっとやれ! あぁ〜、胸がぶるんぶるんするんじゃ〜』


 で、なにがおかしいって?


「ドロップアイテムは今出したもので全てです」


 本当に?


「カルラ・ソ・ナメロ廻廊は完全制覇済みで、ドロップアイテムはここに並べた八種類で間違いありません。このうち一種類は複数同時撃破の特殊ドロップアイテム。もう一種類はボスの逆回り撃破の特殊ドロップでしょう」


 情報が古い。

 きちんと攻略前にギルドで確認したか?


「……いえ、だって完全制覇済みってギルドが」


 ギルドから完全制覇済みの認定を受けているダンジョンで新しい発見が見つかるのはよくある。


 本当によくあるのだ。

 私も何度かそういう発見をしている。

 実際に、昨日もカルラ・ソ・ナメロ廻廊で新しい発見をしたからな。

 だいたい刻一刻と変わり続けるダンジョンに、完全制覇済みなんて印を捺すこと自体が間違っているだろう。


「え?」


 完全制覇されているかどうかは自分たちの目で確認すべきことだ。

 それが難しいと思うならギルドから情報を手に入れればいい。

 常に最新の情報を手に入れておくべきではないか?


「……でも、そんな情報まだ公開されて――」


 ギルドの方にはあらかじめ話をつけておいた。

 昇格試験のパーティが情報を聴きに来たら、教えてやって欲しい、と。

 それで――お前達の中で、ギルドに情報を聴きに行った奴はいるのか?

 それとも、誰かが懇切丁寧に教えてくれるまで待ち続けるのか?


『情報を最新に更新しておくことはダンジョン攻略以前の問題。全パーティのチャンスを一回マイナス。はい、全員失格』


 ……馬鹿な解答をさせられた。

 全てのパーティのチャンスをマイナス一回。


 ――としたいところだが、聞いたところ全員ダンジョン攻略が専門ではないようだ。

 今回は特別に見逃そう。


『ギルドからの情報提供はなしって付け加えて』


 ただし、ギルドから聞くことは禁止する。

 自分達で見つけて、自分達で手に入れてこい。


 あまりにも自然にシュウが口出しをしてきた。

 私が見逃すこともこいつの予想範囲内だったのだろうか。




 翌日になった。

 ずっと酒場にいるためなにやらあらぬ誤解を受けている気がする。

 働けよ、ずっと酒飲んでるんじゃないよみたいな視線が刺さってくるのだ。


 今のところ、まだアイテムを持ってくる気配はない。


 どうなんだ?

 あいつらはクリアできそうか?


『有るってことさえわかれば、あとは模索して気づくんじゃない? でも、手に入れるなら上級以上の力がいる。だから、無理』


 たしかにけっこう理不尽な面があった。

 私は余裕だが、何も知らない初級者が出現方法だけを元に挑んだら間違いなく死ぬ。


 私なりの中級と上級の階級判断は理不尽かどうかだ。

 中級までは対策をしっかり練れば、なんとかなると思ってる。

 しかし、上級からは対策を組むだけではどうにもならない要素が関わってくる。

 カルラ・ソ・ナメロ廻廊の真の完全制覇には理不尽さが確かに存在した。

 ダンジョンからの殺意とでも言い換えるべきだろうか。


『まあ、出現はさせられるんじゃないかな。あのメガネ魔法使いはバカだけど、お勉強はできそうだったし』


 ……そもそも、あのメガネ魔法使いパーティーはなんなんだ?

 戦闘向きじゃないことは私でもわかるが、何のパーティーなのかがわからない。


『探究専門でしょう。虫眼鏡のバッジつけてたでしょ』


 記憶にない。


『ダンジョンでもいるでしょ。なんか壁を刷毛でパタパタしたり、壁や床に魔法をかけたりしてる人たち』


 ああ……、あぁ、ああ。たまにいるな。

 新しいアイテムの発見やダンジョンの歴史とかを調べてるへんてこなやつらが。

 上級になれば新しいダンジョンにも潜れるようになるだろうからそれでか。


『いんや、お目当てはダンジョン探索というよりも上級証そのものかな。図書館の一定以上の秘蔵図書に触れられるようになるし、探索の申請や研究費も下りやすくなる。外部からの信頼性も高まる』


 なるほどな。

 まあ、それぞれ理由があるってことだ。


『そうだね。それよりどうする?』


 どうする、とは?


『ダンジョン情報なしのあのメンバーじゃ、どうやってもボスを倒すことができない。初級者向けって話で、あのトラップとボスモンスターは理不尽設計だよ。中級でも与えた情報だけじゃ手に入らないでしょう。扉を開けて、なお進まずに帰る選択ができたなら、別のチャンスを与えても良い。じゃないと死ぬしかなくなる』


 それは……そうなのかもしれないな。


『まともにモンスターと戦えるのが、討伐専門だけだからね』


 あまりの理不尽に自分たちだけではどうしようもないときどうするか?

 例えば、ソロなのに二人以上じゃないと先に進めないギミックがあったときだ。

 あの仕組みには殺意を覚えた。


『それはちょっと違う……。理不尽を前に、どうやって生き残るか?』


 さっさと逃げて、対策を練りまた挑めば良い。

 だが――、


『そう、それは中級まで。圧倒的な理不尽を前に逃げることさえできない。切り抜けるための道は後ろにはない』


 それが上級だ。


『彼らがまだ中級なら救済策があってもいいでしょう。さあ、どうする?』


 私の持つべき解答は一つだけ。

 圧倒的な理不尽が相手なら、より無慈悲で理不尽なチートで圧倒するに尽きる。


 では――彼らは?




 カルラ・ソ・ナメロ廻廊へと二日ぶりにやってきた。

 相変わらずカビ臭く、空気が埃っぽい。


 構造は非常にシンプルである。

 入ってすぐ目の前に扉、そして左右に延びる通路。

 目の前の扉はボス部屋なのだが、こちらは出口側で開かない。

 四角いボス部屋を囲むように、左右の通路が反対側まで延びている。


 脇道は一切なく、出てくる敵も弱い。

 トラップこそないが、石畳がぼろぼろになっており足下は良くない。


 始めに右の通路からボス部屋に行き、ボスを倒して部屋を出て、左の通路を行きまたボスへ。

 そうするとボスの種類が変わりドロップアイテムも変わる。

 ここまでが一昨日までの常識だった。


『雰囲気からするとまだ反転してないみたいね』


 そのようだな。

 敵がまだ白いし、魔法も使ってこない。

 通路の先には白い綿みたいなのがふよふよ浮いているだけだ。

 上に開いた岩の隙間から光が差し込んでいる。

 表側で間違いないだろう。


『裏側に入ったら表側とは別の空間に飛ばされるんじゃないかな』


 どういうこと?


『表と裏では見た目がほぼ同じだけの別世界じゃないかな。誰かが裏に行っても表の世界には出てこない。今まで目撃例がないわけだからね』


 たしかに有り得る。

 雰囲気がガラッと変わるからな。

 あの変化に他の人間が気づかないとは考えられない。

 表と裏で別の空間だか世界だかになってるというのは正しそうだ。


『お、まだいた』


 ボス部屋の前にそこそこの人が集まっている。

 挑戦待ちかと思ったが、三組全てがここに固まっているようだ。


『解読中かな』


 そうだな。がんばってるな。

 これ何週目だ?


『まだ一週目みたいだね』


 ボス部屋前とその周囲には壁画がたくさん描かれている。

 ちなみにこの壁画はボスを一回倒すと変わる。

 ボスを倒した者が一定時間内にまた扉を開けるとボスが第二段階に変化する。

 問題は第二段階を倒した後なのだ。果たしてそれに気づくのか。


「カルラ・ソ・ナメロ廻廊は、カルラン・ソ・ナメナキエデ寺院の中心にありました」


 メガネ魔法使いが他の冒険者に語っている。

 他の冒険者も黙ってそれを聞いている。


「カルラン教の教戒は世界の二面性です」


 メガネはさらに話を進める。


 物事には必ず裏と表があり、裏も表もあるのならその真理はどちらなのか。

 カルラン教では、どちらも真理ではないと言っている。

 真理はその境界面にある――と。


 では、我々人間が境界面たどり着くにはどうすればいいのか?

 寺院を一つの世界と見立て、その中心に二つの面を作り上げればいい。

 二つの世界を一カ所に集めれば、世界の歪み――境界面が顕れる。


『ちょっと、メル姐さん! 話がつまらないからって、屁こかないでよ!』


 待って! 今のは私もびっくりした!

 人はどうやらつまらなすぎる話を聞くとおならがでるものらしいぞ!


『一般論にするのやめて! 普通は出てもせいぜいあくびくらいだよ!』


 私たちが盛り上がっている間に、他のパーティーは静かになっていた。

 うむ。どうやら話は終わったようだな。


「いえ、終わってません。つまりです。この廻廊には裏側がまだあるんです」


 どうですか、と私は見てくる。

 私はてきとーに頷き返しておく。


「裏だか表があるのはわかったんだが、どうやって行くんだ?」


 ここで討伐専門のパーティーリーダーが声を出す。

 その通り。そこが一番重要だ。あることがわかっても行き方がわからなければそれはないことと同じ。


「少し欠けていますが、壁画に描かれていました」


 魔法使いはまたまた語る。

 堂々と胸を張り、声高々に――。


『やっぱ巨乳の人は背筋がピンとしていると気持ちいいよね。胸が強調されてさ』


 気持ち悪いほど清々しい声。

 猫背気味の私に言ってるのかな?


『ほら、そんなことより話聞こう……』


 表には世界が三層あり、裏側には世界が三種類ある。

 これはダンジョンで言うと、ボスの一回目と二回目がそれぞれの層に相当する。

 三層目では境界面に近づきボスがいなくなる。

 実際に二周したあと、ボスがいなくなることは知られている。

 そこで境界面に触れることで裏に到達できるのだ――と。


「違いますか?」


 背中をぽりぽり掻いていた私に問うてくる。

 否定はしない。その通りだからだ。


「ボスを二回倒して、またボス部屋に入るってことはわかった。だが、最後の境界面に触れるっていうのはどういうことだ?」


 賞金稼ぎのリーダーが魔法使いに尋ねる。


「それは三回目のボス部屋でお話し致します。おそらく大丈夫。ボスはいないでしょうから、みなさん同時に入れるはずです」


 魔法使いはそう締めくくった。


 魔法使いの提言に従い、三組プラス私はそれぞれ二周して空っぽのボス部屋に集まる。


「さて皆さんそろいましたね。それでは裏面に行きましょう」

「どうやって?」


 当然の疑問があがる。


「先ほど境界面に近づいたと言いましたが、おそらくもうすでに境界面に接しているんです」

『そうだね』


 そんな話もしたな。

 ここが境界面であり、境界面には何もない。

 すなわち真理は無だったか、あるいは論理が最初から間違っていたか。

 シュウは後者じゃないかと言っていた。


 間違った論理を元に築いた思念の建造物にダンジョンという意志が乗りかかっただけだ、と。


 まあ、そんなことはどうでもいいんだ。


「ここはすでに線の上、上下も左右もあってないような世界です。ただ、そちらから出ると皆さん知ってのとおり表の世界に出ます。なら、こっちから出ると――」

『正解。でも――』


 言いつつ、メガネは入り口の扉に手を掛けた。

 他の人間は固唾を飲んで見守る。


 その中で私は一人、シュウに手をかけ臨戦態勢に入る。


『このデカ胸メガネ……知識はあるけど、実践と予見がまるで駄目だ。なによりも思慮が浅い』


 問題はこの後だ。

 魔法使いが得意げに語ったことは、言われてみればとても単純なことだろう。


『どうしてそんな単純なことが今まで伝わっていなかったのか? そこを考えないと』


 それはつまり――、

 わずかに開かれた扉の間からは白く光る目玉。


「離れろっ!」


 メガネのパーティーメンバーも気づいたようで慌てて叫ぶ。


「……え?」


 メガネが気づいたときにはモンスターはすでに眼前。

 細かい波状に並んだ歯を得意げに見せて、メガネを食べようとしていた。


 よっと。

 そんな口にシュウを一刺し。

 あっけなくモンスターは光に消えた。


 来るとわかっていれば対応することは容易い。


『そうだよね。一回目は注意したのにメルアタママルカジリされたもんね』


 ほんとに来るなんて思ってなかったんだよ。

 なんかまーた冗談言ってるよ、としか考えてなかった。

 攻撃は全然痛くなかったが、涎でべとべとになった。


 メガネは魚みたいに口をぱくぱくさせている。

 放っておいてもよかったが、目の前でパックンチョされると良い気分ではないため切り捨てておいた。


『三十話にもなってモブがマミったところで、誰も喜ばないだろうし……』


 ん……?

 ほっとこう。


 さて、扉をくぐり出たところにモンスターがいないかどうか確認する。

 先ほどまでは昼だったのに、通路は暗く月明かりが差し込んでいる。

 通路の先に薄黒いモンスターがひたひたと歩いていた。

 この距離なら大丈夫そうだな。


 さて、おめでとう。

 ここからが完全なカルラ・ソ・ナメロ廻廊だ。

 安心して良いぞ。こっちはたった一周しかないからな。

 がんばってクリアしてくれ。


 扉を開いて導いてやると、パーティーは次々と裏側へ入ってきた。

 全員が裏側に入ったところで、扉は閉まり完全に消え去った。


『あらら残念。これで全員失格……いや、待てよ――』


 もう逃げられない。進む方向は反対方向に二つ延びるが、どちらも到達点は同じだ。


 先頭に討伐メンバー、二番目に賞金稼ぎ、三番目に探究隊、最後に私がついていく。

 基本的に私は手を出さない。ぼんやり眺めているだけだ。


 賞金稼ぎリーダーの提案で彼らはパーティーを組んでいる。

 もちろん私は入っていない。なんというか大所帯だ。

 こうすればアイテムも一気に稼げるし、内部の争いも起こらない。


 ……シュウの言ったとおりに事が進んでいる。

 探究メンバーが扉を開け、賞金稼ぎメンバーが全体を一つにする。


 そして――入口の反対側でボスとの戦いになった。

 表ボス二週目が黒くなって出てくる。表よりも若干強い程度だ。

 ちなみに、この変なボスは象とかいう動物をモチーフにしているらしい。

 鼻が異常に長く、鼻の生え際から角が伸び、二本足で立ち、四本の手にそれぞれ武器を持って襲いかかる。

 この世界にはあんな怖い動物がいるんだな。


『いや、あくまでモチーフだから。本物とはだいぶ違う。それにもっと別のモチーフがいる』


 通路での戦いということもあり、入り乱れての戦いだったが、討伐組が良い働きをした。

 それに他のメンバーも魔法で補助していたため、表のボスよりも楽に倒せたのではないだろうか。

 反対側でボスを倒してもアイテムしか出てこない。

 扉は出てこないのだ。


 道はまたしても両方に延びる。

 到達点はどちらでも同じだ。ただし――、


「モンスターが、強くなってないか?」


 討伐隊のリーダーが疑問を呈する。


「やはりそうか」


 賞金稼ぎメンバーも口に出す。


「そう?」


 探究メンバーはよくわかっていない模様。

 実は私もよくわかっていない。

 弱い敵がちょっと強くなったところで私には変化がない。

 探求者メンバーにとってはその反対なんだろう。


 なんとか反対側に来たところでまたまたボスだ。


 表の一週目ボスの黒い版である。

 四つの顔と四つの腕を持ったへんてこな姿となっている。

 そういえば、ここのボスはどれも腕が四本あるな。


 ただし、雑魚の召喚速度は表よりも数段早い。

 雑魚も強くなっている上に、魔法も強くなっているというおまけつきだ。


 ここでも活躍したのは討伐隊だ。

 こういった複数パーティ入り乱れての戦いにも慣れている。

 リーダーがそれぞれのパーティーに指示を出し、上手く立ち回っている。

 雑魚を少しずつ倒していき、ボス本体の魔法詠唱も上手く妨害して立ち回る。


『おしいなぁ……』


 なにがだ?

 私の方に襲いかかってきた雑魚を足で蹴って倒しながら聞き返す。


『あの討伐パーティーは中級ダンジョンに挑んだ方が早い』


 ああ。けっこう強いよな。


『けっこうどころじゃない。かなり強い。戦い慣れしてるし、指示もすごい的確。もしも試験が完全に俺の考えたとおりなら合格にしてるよ』


 もしかしなくても私のせい?


『そうだね。相手の力をちゃんと測ることができてる。だから――』


 お前の予想通り、次でリタイアか……。


『うん。たしかに強いけど、次のボスはこのメンバーじゃ挑めない、無理だってことがわかってしまう』


 それもそうだ。

 まだ言ってないけど、ここは上級ダンジョンなんだよな。


『そう、最後のボスが強いからね。あと、脱出できないし』


 そう言えば、賞金稼ぎの方はどうなんだ?


『あれも上級にしていい。リーダーの勘がずば抜けてる。最初の掃討作戦でも、リーダーが他のメンバーを抑えてた、対人戦が得意ならその方が手っ取り早いはずなのに。それに、さっきの扉を開けるとき距離を取ってた』


 そうだったっけ?

 みんな扉が開くのをぼんやり見てなかったか?


『いや、ちゃんとリーダーが他のメンバーに下がれって手で指示出してた。それに、ここに入ってからのワンパーティ化も理想的だし、さっきと今のボス戦でも上手くサブリーダーになって討伐隊を補佐してる。慣れない対モンスター戦だろうに……。だから――』


 討伐隊と同じように次でリタイアか。


『そうだね。勘がいいのと、討伐隊のリタイアで一緒に消える』


 探究メンバーは……聞くまでもないな。

 あれはもうダメダメだろう。

 私でもわかる。


『ギルドからの情報をなしにした時点で、このメンバーだけでの攻略は無理になったんだ。せめて、扉が開いたところで退くことができたなら別の選択肢を与えても良かったんだけど、どこかの馬鹿が誘導しちゃったし……』


 なんか攻められている気がするが聞こえない振りをする。

 じゃあ、これで昇級試験は終わりか。

 次は私が戦うわけだ。


 まあ、これで最後というわけじゃない。

 別の機会にまた受けてもらうとしよう。


『ただ――』


 ただ、なんだ?


『……どうだろうなぁ』


 煮え切らない回答だ。

 こういうときは聞いてもはぐらかされる。

 何も言わないと勝手にしゃべり出すから少し黙るに限る。


『…………一発大逆転の目がまだ残ってるんだよね』


 それってどういうことだ?


『全組が昇級するってこと』


 えっ、そんなのあるの?


『その前に、ダンジョン攻略において使っちゃいけない方法ってあると思う?』


 お得意の質問返しだ。

 どうせ答えないと先に進まないだろうから返しておく。


 使っちゃいけない方法ね……あるだろう――なんて私が言えるはずがない。

 チートをばりばり使っている私が今さらインチキだのどうのこうの言うのは間違いってもんだろう。

 倒す作戦が、攻略する手法があるのならどんな手段でも用いて挑む。

 それが私の考えるダンジョン攻略スタイルだ。


『だろうね。それならやっぱり大逆転はある。救済策は失敗だった。最初は死んでもいいかと思ってたけど、死なせるにはちょっとだけ惜しいメンバーだったからね。……胸もでかいし』


 最後のが本音だな。


 まあ、いいや。

 私も死なれると目覚めが悪いからここにいるわけだし。

 リタイアするって言うなら、死なないように私がぽこぽこ敵を蹴散らせばいい。


『甘すぎる。試験官に向いてないね』


 そんなこたぁ最初からわかってる。

 それよりも大逆転の目とやらを教えてくれ。


『教えるとペラペラ勝手に一人で喋りそうだから言わない。でも、正解を引けばすぐにわかる。可能性は低いだろうけどね……』


 そんなことを言ってる間にパーティー達がボスを倒してしまっていた。




 ボスを倒せば暗闇の壁に白い通路が現れた。

 ちょうど最初のボス部屋の扉と同じ位置になる。


「やりましたね! これで上級ですよ!」


 どうしたらそうなるのか。

 メガネが無邪気にはしゃいでいる。


『メル姐さんが一周で終わりとか言うからでしょう』


 そんなこと言ったっけ?


『言った。でも、このメガネもアホだね。自分で言ったのに。「裏側には世界が三種類ある」って』


 言ったっけ?


『……言ったよ。三種類の世界がそれぞれボスを表してることくらいわかると思うんだけどなぁ。やっぱり、いろいろ足りてない』


 真っ暗闇の壁に囲まれた真っ白な廊下を歩いて行く。

 完全に白と黒。二色の世界だ。


 廻廊の廊下よりもずっと長い廊下をどこまでも歩いて行く。

 地図上では廻廊の入口に延びているはずなのだが、どこまで歩いてもたどり着かない。


 そして――突如、世界がひらけた。

 壁になっていた暗黒が遠くへ広がり、真っ白な広場ができた。


 浮かんでいると錯覚するほど、どこまでも無垢な白が広がる。


 他のパーティーが進んでいく中で、私は足を止めて成り行きを見守る。


「下がれッ!」


 討伐隊のリーダーが吠えた。

 すぐさま、他のメンバーも後ろに下がる。

 理解が遅いメガネ魔法使いもパーティーに引っ張られて下がった。


 パーティが見つめる白の世界に、一点の黒球が浮かんでいる。


 さあ、今度こそ最終試験だ。


 黒球は大きく膨らみ、球から徐々に形を変えていった。

 ただの真っ暗闇が、ある生物の形をとる。


「さか、な?」


 誰かがそう呟いた。

 目も口も皺もない真っ黒の魚が一匹、白の世界に浮いている。

 魚といっても大きさは人間の二倍以上ある。


 どこまで保つと思う?


『五番目』


 五番目ってなんだっけ?


『少年。白黒が反転するとこ。そこで瓦解。六でリタイア……のはず』


 ああ、あそこか。

 印象的だから覚えてる。

 六は?


『斧持ってるやつ』


 いたっけ?

 数多く見たなかでもここまで形態が変化するボスは珍しい。

 なかなかおもしろいボスだったから三回挑んだが、途中が曖昧だ。


『斧、弓、暗闇人間、完全回避、お花畑』


 最後の二つはおまけみたいなもんだろ。

 戦いにならないし。


『そうだね。おっ、魚は倒したっぽい』


 ほんとだ。

 倒したようだが、すでに二人ほど倒れている。


 光の床に倒れた暗闇の魚はまたしてもぐにゃりと形を変える。


「亀?」

「亀だな」


 図体は魚よりもずっと大きい。

 魚の二倍はある。つまり人間の四倍以上。

 大きさだけならたしかにでかいが動きは鈍い。

 床を踏んで真っ黒な瓦礫を落として来たりするだけだ。


 ここはたぶんいけるだろう。


『そうだね。次の猪が鬼門かな。半人半獅子も討伐隊と賞金稼ぎのリーダーと補助魔法女が残っていればいける。ま、どっちにしろその次でほぼ全滅……、あれは初見殺しだからなぁ』


 ここでもシュウの言ったとおりになった。

 亀を倒し、猪で四人が倒れたもののなんとか倒した。

 ライオン人間も討伐隊のリーダーと賞金稼ぎの補助魔法でなんとか打ち倒した。


 しかし、ここにきて疲労がピークに達している。

 いつまで続くのかわからないという精神的な追い込みも彼らを襲う。


 ライオン人間が倒れ、暗闇が白い床に黒の水たまりを作る。

 水たまりはパーティーから離れるように移動していく。

 やがて遠く離れた位置に黒い少年が現れた。

 背はここにいる誰よりも低く見える。


 言ってしまうと低く見えるだけだ。

 遠近法というやつらしい。


 私も最初は油断してもろにくらった。

 同様に他のパーティーも何が起こるのかよくわかっていない。


『来るよ』


 ああ、そのようだな。

 少年が私たちに向かって手を振ってきた。


 そして一歩踏み出す。

 その小さく見える一歩で地面が大きく揺れた。


 次に二歩目。

 少年の姿が異常に大きく映る。

 他のパーティーも少年を見上げている。

 勘が良いと評された賞金稼ぎのリーダーが逃げ始めた。

 だがもう遅い。どこに逃げても意味はない。

 私ですら逃げ切ることができなかった。

 というよりも、ダメージはないのだ。


 最後に三歩目。

 少年の足は私たちの真上に迫り、完全に潰されたと錯覚する。

 だが、しょせん暗闇。ダメージなどまったくない。

 問題はこの浮遊感だ。


『着地に気をつけてね』


 ああ。

 浮遊感だけは錯覚だけではない。

 本当に体が浮いている。


 どこかに落ちていっているのだが、一面は暗闇で地上がわからない。

 この段階から辺り一面が暗闇になる。


 火魔法か光魔法、それに相当するアイテムがないとパーティの確認もできない。

 私の場合はソロだからまったく問題なかったが……。


 さすがに四回目になると着地も上手くなるものだ。

 今回は見事に着地を決めた。


 チートの効果で周囲の様子は見えている。


 シュウの言ったとおりほぼ全滅だ。

 まともに立っているのは各パーティーのリーダーだけである。

 それぞれのリーダーがメンバーの名前を呼ぶが誰も返事はしない。

 みんな仲良く倒れ伏している。


 ……メガネ魔法使いが残っているのは意外だな。


『お供のおっさんが身を挺してかばってた』


 だが、これでもう終わりだろう。

 シュウの言っていた一発大逆転とやらもこれではどうしようもない。

 そろそろリタイアを勧告すべきだな。

 次のボスも現れたようだし。


 暗闇の中に白の球が浮かぶ。

 白球はぐにゃぐにゃと形を変えていく。

 そして、斧を持った人の形が暗闇に現れた。


「おいおい嘘だろ……」

「まだ……、まだあるというのか?」


 これを含めてあと五段階ある。

 戦闘は三か四だがな。


 真実を告げると三人とも絶句した。


「試験官殿は……、これに勝てるのか?」


 討伐隊リーダーが尋ねてくる。


 楽しかったから一昨日、三回倒した。

 今ならたぶん無傷で倒せる。


『余計なことを……』


 またしても三人絶句。


「棄権したら、あとは任せてもいいんだな。まったく優しいもんだ。そのために、来てくれてるんだろ」


 賞金稼ぎのリーダーはやはり勘が良い。

 あまり好きになれそうにない。


 任せてもらっていいぞ。

 パーティーメンバーも気を失っているだけだ。

 生きて帰って別のダンジョンなり昇格試験に挑めばいい。


「――そんなことできない!」


 一人の女が叫ぶ!

 メガネ魔法使いが、あ、メガネが外れてどっかいってる。


『メガネはない方が可愛いね』


 ちょっと場違いな発言が出てきたので無視。


 ふむ、リタイアはしないと?


「そうよ!」


 ここでリタイアしないと――死ぬぞ。


「それは困る! ここで死ぬわけにはいかない!」


 はぁ? 何いってんだ?


『うぅむ……』


 他のパーティーもリタイアするって流れだ。

 そうすると残るのはお前だけ。

 戦闘はできないだろ。


「そうよ!」


 堂々と言い切った。

 ここまで堂々と言われるとなんだか、いいな。

 いや、良くはないんだが。


「私たちに中級ダンジョンは攻略できない!」


 そうだろうな。

 強さが足りてない。

 私でもわかるほどだ。

 じゃあ、次の昇格試験で――


「そんなの待てない!」


 ……はぁ?

 ちょっといい加減にしろよ、お前。

 自分の実力不足だろ。諦めろよ。


「自分の実力が足りてないことはわかってる! そんなこと言われるまでもない!」


 いや、でもね。

 パーティーメンバーに――、


「迷惑をかけてることなんて言うまでもない。いつも助けてもらってる。いつも救ってもらってる! たぶん、絶対間違いなくこれからも迷惑をかけ続ける! それでも――それだからこそ! 私は探究を止める訳にはいかない! 今も、これからも! だから――」


 魔法使いは叫ぶ。

 たぶん私の方を向いているつもりなんだろうが、だいぶ方向がずれている。


「私はここで諦めるわけにはいかない! 私は知りたい! もっともっと知りたい! こんなところで立ち止まるわけにはいかない! 次の試験、それはいつ? 半年後、一年後? 貴方には短い時間かもしれない。それでも私にとってはとても長い時間。その間、ずっと立ち止まれ? そんなこと私にはできない!」


 こいつは――、

『似てるね。どっかの誰かさんに。馬鹿で、思慮が浅くて、胸がでかい――それに頑なにまっすぐなところが……』


 お前の思いは伝わった。

 その思いを叶えてやりたいという気持ちは、確かにある。


 しかし、だが、でも、今回のダンジョン攻略はシュウに無理を言って決めてもらったもの。

 ダンジョンに関わることで、決めたことは曲げたくない。

 それは――私の存在意義に関わる。


『ほんと面倒な人たち……。でも、そろそろ決着をつけたほうがいいよ。時間を稼いでる二人が保たない。むしろ、視界が悪い中で良く保たせてる。やっぱ上級でいいな、こいつら』


 そんなことを私に言われても困る。

 こんなときこそお前の出番だろ。

 なんかないのか?


 こいつらを上級にし――

 ここのダンジョンをみんなでクリアし――

 私のダンジョンに対する想いを曲げない方法が――

 なにかないのか?


『ある――けど、それはメル姐さんが言っちゃダメなんだよね』


 どういうことだ?


『それはあっちに言わせないといけない。こんなときだからこそ基本に立ち返って、上級のスタンスを復唱してみよう』


 圧倒的な理不尽を前に逃げることさえできない。

 切り抜けるための道は後ろにはない。

 お前の友も倒れてもう戦えない。

 仲間も力尽きようとしている。

 敵はまだ倒れる様子はない。

 お前には戦う力がない。

 さあ――、


「どうする?」


 メガネは考える。

 彼女にはそれしかできない。


 考えている間に、賞金稼ぎのリーダーは倒れた。


 それでもメガネは考える。

 戦えない彼女が唯一できることだ。

 だれかに守ってもらい、あとは任せたと頼る。


 だが、最後の一枚も崩れた。

 討伐隊のリーダーもいよいよ力尽きた。


 ボスは私を狙わず、メガネを狙っている。


 メガネは暗闇の中、確かにこちらを見た。

 そして、腕を差し出す。


「パーティーを組みましょう」


 彼女は戦えない。

 だから、最後まで人頼みだ。

 私が、チートを――シュウを頼みとするように。


『その言葉が聞きたかった!』


 私はボスよりも遙かに早くメガネに近づく。

 近づいたときに何か踏んだ。


『メガネが! 割れたッ!』


 そんな叫びとともに私はメガネパーティの一員となった。


 まあ、そこから先は圧勝だ。

 斧使いをぶった斬り、弓使いも変身後すぐに一振り。

 その次の真っ暗闇が面倒だったが、割れメガネが火魔法を使い辺りを照らして姿がわかり一刀両断。

 残りは消化試合だった。


 九段階目はただの人型。

 三回攻撃すると威力の高い反撃をしてくる。


『威力が高いってもんじゃない。普通の人間なら即死だよ』


 最初こそどうしたらいいのかわからなかったが、要するに何もしなければいい。


 しばらくすると、勝手に消え去った。

 なんなんなんだ、あのボスは。


 そして、最後。

 私はここが気に入っている。

 質量を持った暗闇とやらに周囲を囲まれる。

 そんなことを言われても私にはよくわからない。

 言われてみれば、たしかに重いかもってくらいだ。でもやっぱわからん。

 ただ、他のパーティーを見ると呻き声をあげてるからやっぱり重いのかもしれない。


 重さが頂点に達したときに、火花とも思える光が生じる。

 その小さな光がどこまでも広がっていき暗闇をかき消していく。

 かき消した後は、ただの白空間ではなく花畑が残り、穏やかな風が私たちを労う。


 ボスのドロップアイテムがパーティーの人数分、花畑に残る。


 そして、出口の扉が現れてカルラ・ソ・ナメロ廻廊は完全クリアと相成った。




 またしても翌日だ。


 ギルドの一室に私と、例のパーティメンバーは集められた。

 彼らは全てのドロップアイテムを無事手に入れたので上級に昇格である。


 私は試験官として彼らに上級証を手渡す。

 たったの二日だが、なかなか感慨深いものだ。


 あっという間に認定式が終わり、それぞれあちらこちらに散らばる。

 私もいつも通りギルド横の酒場でご飯を食べていた。


 テーブルの前に割れメガネがやってきた。

 目がよく見えていないのか細い目つきで私を見て来る。

 なにか用だろうか? 前みたいにメガネ代を請求されるのか?


「私はセルン。セルン・マクレイ、ありとあらゆる知識を刻み、全ての謎を解明する人間よ」


 今さら自己紹介された。


 私はメル。ただのメル。全てのダンジョンを攻略する人間だ。


 彼女は得意げに笑い、手を差し出してくる。

 無言でお互い手を握る。


『訳のわからん友情だ……』


 満足したようにセルンは席を立つ。


「じゃあね、メル」


 ああ、セルン。

 お前のことは次のダンジョンを攻略する直前まで忘れない。


「私も次の本の表紙をめくるまで忘れないわ。どんな困難が待ち受けていようとも、私は学び続ける。知ることをやめられない。それが私の生き方だから」


 そうか。そうだな。

 お互いそういう生き方しかできないんだろう。

 私もどんな苦難があろうと、ダンジョン攻略をし続ける。


 まあ、あれだ――、


『方向性は違うけど二人ともよく似てる』


 シュウが割って入る。

 私が言うのも何だから言わせてやろう。


『馬鹿で、間抜けで、分別が足りてない』


 おい、誰がそこまで言えと言った。


『でも――お互いそれがわかった上で、なお生き方を変えず突き進もうとしてる』


 生き方を変えるなんて器用なまねができるはずもない。


 それに、突き進もうなんて格好いいモノじゃない。

 さっきも言ったように、私たちにはこういう生き方しかできない。それだけなんだ。


『そうだね。そこまでわかってるんなら、俺が二人に言えるのは、これだけさ――』




『その胸を良しとする』




 ……なんか違ってない?

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