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お手紙くばるよ

 南の世界から無事に帰ってきた私は王都へ向かうことにした。


 王都は北西にあるはずだ。

 だが、そっちに行くと実家もあるような気がするが、近くに王都などあっただろうか?


『こまけぇこたぁいいんだよ! 何回かダンジョン行ってりゃ着くっしょ!』


 そうだな!


 そういうことになった。




 滔々と流れるミルウス河、そのほとりにネロミロスの町はある。

 南はレミジニア山系、北はミルウス河に挟まれ、古くから山紫水明の地として栄えている。


 王都へ行くにはミルウス河を跨ぐパトゥサ大橋を渡らねばならないのだが……。


「現在、補修のため通行を制限しています!」


 橋の前で人の流れをせき止める兵士は大声を張っている。


 ちょうど二日ほど前に大きな嵐があった。

 私もその嵐に出くわし、足止めをくらってしまっていた。

 嵐が去ってからネロミロスにたどり着いたはいいものの、またしても足止めをくらった。


 上流から運ばれた木や石が橋の根元にぶつかり一部が損壊したらしい。

 ここらの領主が補修のために橋を急遽通行止めにした。

 流れはまだ速い上に複雑で距離もある、船は難しい。

 回り道もかなり長い行程となる。


 おかげで橋の入り口には私同様、多くの人が足止めを食らっている。

 ちょっと壊れたくらいなら、かまわず通してしまえばいいのに。


『リスク管理だよ。人を通して橋がさらに壊れたら、修理にかかるお金も時間も今以上にとられるし。もしも人が死んだら責任問題に発展しちゃうからね』


 なんだか大人な話だ。


 まあ、修理も二日ほどで終わる見通しだそうだからな。

 回り道をすればそれ以上かかるとも聞いている。

 そんな訳で修理を待つことにした。


 一日目は町をぐるっと回って過ごした。

 二日目は出発する準備をしたりして過ごした。

 準備といってもほとんどすることはない。


 そして、三日目の朝。

 私は橋に向かって歩を進ませる。


「大変申し訳ありません! 橋の損壊が想定以上に大きく、もうしばらくかかる見通しです!」


 橋の前には初日と同様に多くの人。

 彼らを遮る兵士に大きな声。


「修理には、あと三日かかる見通しです!」


 マジかよ……。

 これなら回り道を行った方が早かった。

 しかし、今から向かうなら、ここで三日待った方が早い。

 いや、でも、チートで走ればそんなものはあっという間か……。

 確かに歩幅五倍は速いのだが、道から逸れたり、木に激突したりするからな。

 あまりに作業的になってかえって疲れるし、変な噂が流れる。


『そんなこともあったね。メチャクチャな速さで走る女形のモンスターがいた、とか。石に奇妙な人型ができていた、とか。おもしろい格好のアブナイ女がいた、とか……』


 うむ。一度、ギルドや騎士が討伐に向かったくらいだったしな。


『やめた方が良い。けっこうな人が回り道を通ってる。うっかりぶつかったら、相手は間違いなく死ぬよ。今度は通り魔が出たって騒ぎになるだろうね』


 そうだよな……。

 せめてダンジョンがあれば、時間がつぶせるのに。




 あまりにも暇なのでギルドに来た。

 ダンジョンがないので、冒険者の数は少ない。

 しかも橋の修理によって、回り道輸送の護衛で多くの冒険者が出払っている。


 依頼の掲示板を見てみてもやはり輸送の護衛が多い。

 多いというよりも、輸送の護衛しかない。

 野良モンスターの駆除とかないのか。

 どうやら暇つぶしもなさそうだ。


 暇つぶしを諦めてギルドを出たときだ。


「ラスール君! 何でまだ配ってないの!」


 背後からおっさんの怒声が聞こえた。

 見てみると、椅子にかけた偉そうなおっさんが若者に指を向けている。


「しかし、配送は橋が直ってからでいいって局長が……」


 ラスールと言われた青年は弱々しく言い返す。


「人のせいにしない! 配送は誰の仕事なの!」


 その言葉を受けて、おっさんは怒鳴り散らす。

 おっさんの机には「局長」と仰々しく書かれたプレートが鎮座していた。


「……私ですが」

「そうでしょ! 君の仕事でしょ! わかってるなら早く配送に向かって!」


 局長は席をいきり立って、指を外に向けた。

 頭の薄い髪が、ふぁさーと揺れてなんとなく笑ってしまう。


「でも、橋がまだ……」

「沿道を行けばいいでしょ! 三日以内に頼むよ!」


 沈黙。


「…………はい。行って、参ります」


 ものすごーく渋々といった様子で青年は頷いた。

 すぐに近くの箱から多くの封筒をだし、鞄に入れる。

 そのまま鞄を担ぎ私の横を通ると、道なりに走り去ってしまった。


 緑の服に緑の鞄。

 それにあの地味な帽子。

 ときどき道でも見かけるな。


「ギルドの下請け郵便事業だね」


 ギルドには手紙の配達という仕事がある。

 町内でも送ることができるし、他の町にも送ることができる。値段も安い。

 正確にはギルドではなく違う団体らしいが、ほぼギルドみたいなものだと私は考えている。


 ギルドには特殊言報というサービスも存在する。

 ものすごく高いが、他の地域のギルド支部へ一日も経たずに文字を伝えることができる。

 私には送る相手がほとんどいないため、家族くらいにしか使うことがない。

 それでも情報漏洩を恐れてか、手紙を好むお偉いさんもいる。

 そういった手紙は名の有る冒険者が運ぶことが多い。




 宿に戻る途中で飯屋に寄った。

 そこには先ほどの若者がカウンター席に座って飯を食っていた。

 テーブルには飯の皿の他に酒瓶も置かれている。


 あれ、あいつ配達に向かったんじゃ……。

 私もちょっと気になったので、こそこそ一つ間隔を開けて座る。

 若者は私の方をちらりと見て、ふんっと鼻を鳴らした。


「いいよなー、冒険者は。上司とかいないし、気楽そうで」


 嫌みのつもりなんだろうが、指摘のとおりだ。


 うむ。実に気楽でいいぞ。

 媚びを売る必要もないし、依頼が面倒ならやめればいい。

 お前も冒険者になったらどうだ。


「……それもいいな。そうすりゃあのクソ禿の顔も見なくてすむ」


 ああ、さっきの局長か。

 確かに禿げ散らかしていたな。


『禿げ散らかしていたって……、あまりにもひどい表現だと思う』


 若者はさらに一杯ひっかけ、愚痴をこぼしていく。


「沿道をどうやって走れば、テスピアまで三日で着くと思ってるんだよ、あのハゲは!」


 どうやらご機嫌斜めのようだ。

 だが、たしかに三日は無理だろう。

 私がチートなしの全力で走っても三日でつくかどうか。


「やめてやる! 今度こそやめてやる! なぁにが『君の仕事でしょ』だ! 椅子に座ってるだけの給料泥棒が! お前が橋が直ってからでいいよって言ったんだろうが! ボケハゲめ!」


 かなり鬱憤が溜まってるようだ。

 次から次にハゲへの悪口が出てくる。


『俺も溜まりに溜まってるから抜いて!』


 黙っといて。


「だいたい! 今から向かうなら、橋が直るのを待つべきだろ! そんな計算もできないのかよ! あのバカハゲ! もうたくさんだ! あんなハゲの下で働けるか!」


 で、やめるとして、その手紙はどうするんだ?


 私は若者の足下に置かれた手紙を目線で示す。


「……これは、ハゲに持って行く――辞表と一緒に!」

『ちょっと躊躇ったね』


 うむ。

 どうやら後ろめたいという気持ちはあるらしい。


 まあ、続けるのもやめるのもお前の勝手だからな。

 やめたら冒険者でもすればいいさ。




 ついに若者――ラスールは席を立った。


 堂々と闊歩して店を出ていく。

 まるで自分自身を鼓舞しているようだ。

 向かう方向は町の出口ではなく、ギルドだった。

 本当にやめるつもりらしい。


「まだ若いからな」


 今まで静かに微笑んでいた主人がしゃべった。


「いくらでもやり直しがきく」


 そうだな。

 冒険者にでもなればいい。

 まあ、冒険者でも最低限の人付き合いはいるし、無理難題も押しつけられるがな。


「何をやってもそうだろう。けっきょく周りはそう簡単に変わらない。自分を変えるしかないんだ」


 そう……かもしれないな。


「まだ若いからそれに気づかない。きっとまた何をやってもすぐやめちまう」


 けっこう言うもんだな、この主人。

 さっき本人に向かって言ってやればよかったのに。


「実は何度も言ってる。なんだかんだ言ってるが、あいつはやめてない。でも、今回は本気かもな……」


 そうだな。

 制服で酒も飲んでるし。

 それに向かった方向もギルドのほうだったし。


「それよりも、だ。橋が壊れて冒険者は良い稼ぎじゃないか」


 話が変わった。


 そのようだな。護衛の仕事で冒険者は稼いでいるようだ。

 私はそんな小遣い稼ぎよりもさっさと橋を渡りたいんだが……。

 こうなったら無理矢理渡るか。


「おいおい、悪いことは言わねぇ。クラニオ隧道はやめておけ。命を落とすぞ」


 ……ん?

 なんだそれ?


 私は無敵スキルで渡ってしまおうかと考えていたのが、なんだか興味深い言葉が釣れた。


「橋のこっちと向こう側を繋いでるほら穴だ。一時期は知る人ぞ知る隠れ道だったらしいが、水没しただかモンスターが出るだかで封鎖されちまったんだ」


 ……へぇ。

 そりゃ、いいことを聞いた。


 主人、お愛想だ。

 テーブルに硬貨を置く。

 情報量も込めて、飯代より多めに置いた。


「こりゃ、余計なことを言っちまったかな」


 そんなことはない。

 ようやく私の崇高な仕事の時間が来たというだけ。


 言うなれば――スーパーメルタイム!


『恥ずかしい……』




 そもそもクラニオ隧道の場所もわからないためギルドに戻ることにした。

 だいたい、そういった怪しい場所はギルドが管轄している。

 私も肩書きは超上級冒険者。顔は利くのだ。


 ギルドに行く途中。

 道ばたの長イスでラスールが座っていた。

 何か考え込むように、ぶつぶつと顔をうつむけ呟いている。


『あれは、まだ行ってないね。悩んでおりますなぁ』


 そっとしておこう。

 何を言って良いのかもわからないし。

 下手に口を出して拗れるのもわかりきっている。


 私だって学習しているのだ。


『えっ? なんだって?』


 私は学習している。


『え、なに? 聞こえない』


 学!

 習!


『あ、ああ、学習……がくしゅーねぇ。ふーん、へー、要介護冒険者のメル姐さんが?』


 ……そう、この私が学んでいるのだ。


『メル姐さんがそう思うんならそうなんでしょう、メル姐さんの中ではね。応援してるよ、ハハ。あ、そうだ。なんかわかんないことあるかな?』


 お前を消す方法。




 半ば無理矢理にギルドの受付から情報を引き出した。

 隧道の一部が崩落し水没。モンスターの報告も本当のようだ。

 調査の結果、ダンジョンになりかけの状態らしく静観しているらしい。


 情報も手に入ったのでさっそくクラニオ隧道へ赴くとしよう。

 攻略したらそのまま河を越えて向こう側に行ってしまえばいい。


 ギルドを出て、歩いているとラスールを見つけた。

 まだ悩んでいるようで、長椅子に座って下を向いている。


 やれやれ、しょうがない。

 ここは私が――

 『待った』


 ラスールに近づこうとした出鼻をくじかれた。

 なんだよ? 目的地は同じだから別に組んでもいいじゃないか。

 どうせあれだろ? 男と組むのが嫌だって話だろ。


『もちろんそれもある。あと、パーティー組んで行ったとしても、しょせん一時しのぎにしかならない。どうせすぐにまたやめたくなる。本人の意志が大切』


 じゃあ、ほっとくか。

 本人の意志は私じゃどうにもならない。


『そうだね。――だから待ってって言ったの。ほら、あれ』


 意識をラスールに戻すと、一人の老婆が彼の前で立ち止まっていた。


「ごきげんよう。郵便屋さん」


 ラスールは力なく顔を上げる。


「テスピアまで手紙をお願いしたいんだけど、あなたでいいのかしら?」

「……はい。いや、でも、もう俺は――」


 頭を横に振る。

 老婆はラスールの横にゆるゆると座る。


「今度ね。テスピアにいる孫が結婚するの」


 老婆はいきなり孫の話を始めた。

 いるいる。たまによくいるんだ。ああいう年寄り。

 私も一人でぼんやりしていると話しかけられたことがある。

 老人は得てして話したがりなのだ、そう私は考えている。

 聞いてなくても勝手に話す。シュウみたいだ。

 おかげで聞いている振りが上手くなった。


『あれは……、そういうのとちょっと違うんじゃないかな』


 私も聞き流しモードを解除して、耳を傾ける。


 無駄な部分をカットしていくと、


 数日前にテスピアの孫から手紙が届いた。

 今度、結婚式をするから参加してくれないかという内容だったらしい。

 老婆は「参加する」と手紙に書いた。


 内容はそれだけだ。

 それだけの内容をひたすら誇張して修飾して脇道に逸れつつ話している。


「孫もあなたと同じくらいかしら。あの子の方が、もうちょっと上かしらね」


 まだまだ話は続く。


「あの子ね。この前に帰ってきたとき。仕事がとても大変だって話してた」

「俺だって、そうですよ」


 ラスールはぼそりと呟いた。


「そう。本当に貴方と同じ」

「えっ……」

「今の貴方と同じ顔をしてたわ」


 老婆は余裕の笑みを浮かべている。


「手紙の中でも仕事が相変わらず大変だって書いてた」

「お孫さん、もう……仕事やめるんじゃないですか?」


 老婆は「そうかもしれないわね」ところころ笑っている。


「だからね。私、本当につらいならやめなさいって書いたの」


 ラスールは、無言で老婆を向く。


「つらくて仕方がないのなら、やめてしまえばいいの。簡単でしょう」

「……はい、簡単ですね」

「でもね。条件があるわ。もう一日だけ。もう一日だけがんばってみなさい。そして、その一日は全力で働くの。『明日から自分は自由なんだ』って思いを込めてね。その一日が終わって、それでもやっぱり辛いと感じたなら――」

「やめてしまえばいい」


 そうよ、と老婆は頷いた。


「郵便屋さん。この手紙、お願いできるかしら? 貴方の手から、あの子に直接渡して欲しいの」


 ラスールはふらふらと手を伸ばす。

 老婆は相変わらずの微笑みで、彼と彼の手の行く先を眺めていた。


 長い時間が経って、手はとうとう手紙の一端を掴んだ。


「ありがとう郵便屋さん。よろしくお願いね」


 若い配達員は小さく頷き、その重い腰を上げた。




 ラスールは町を出て沿道を走る。

 私はこそこそ後ろをついていっている。

 配達員というだけあって、さすがに足は速い。


『上手いこと風魔法を使ってる。でも……三日は無理かな』


 確かに速いが、これでは三日に間に合わない。

 徹夜で行ったとしても着かないだろう。

 橋の修理を待ったほうが早い。

 それでも彼は走り続けた。


 やがて、一つの分岐点で足を止めた。


『知ってたみたいね』


 そのようだな。


 意識しなければ気づかないほどの細道が本道から伸びている。

 何も知らなければ、立ち止まることはない。

 草に覆われ、もはや獣道。


 ラスールは草を分け入って進んでいく。


 沿道を道なりに進むなら放っておくつもりだったがどうやら目的地は同じらしい。

 さて、どうしたものか。


『試してみればいい』


 試す?


『そう。本気でこの道を進む気があるかどうか。そして、それが――』


 いったい何のためなのか?




 獣のごとく、ラスールの後を付かず離れずつける。


『こんな技術ばかり学習してる……』


 ようやく彼は目的地にたどり着いた。


 隠し通路というだけあって入り口は人一人分と狭い。

 さらに、その穴は木の板でふさがれている。


『板に魔方式も書かれてるね。ありゃあ、触ると痛いじぇー』


 よくわからんけどそうらしい。

 ……じぇーって、お前。


 ラスールは恐る恐る入り口の板に手を伸ばした。


「やめとけ。触ると痛いらしいぞ」


 いきなりの私の声にビクッと体を震わせ振り向いた。


「あんた、さっきの」


 どうも。


「どうして、こんなところに?」


 そりゃ私は冒険者だからな。

 モンスターにダンジョンと聞いたら、行かないわけにはいかんだろう。


 で、そっちはなんでこんなところに?


「俺は……」


 配達員はやめるんだろ。

 さっそく冒険者としてダンジョンに挑むのか。


「…………違う」


 それがいい。

 危険だから、沿道に戻れ。

 私はそろそろダンジョンに挑みたい。


 そう言って、ラスールの横を通り入り口の板をシュウで切り捨てる。

 ポシュと気の抜ける音がして板は地面に落ちた。


『器物損壊』


 ダンジョンの入り口に蓋をする方が悪い。

 ダンジョンってのは誰にも邪魔されず、自由で解放されてなきゃあ駄目なんだ。


「待て……。待ってくれ」


 入り口にまで達した私をラスールが止める。

 軽く振りむくものの若者は無言で立っている。


 なんか用か?

 あぁ、そうか。手紙だな。

 いいぞ。私がテスピアのギルドまで持って行こう。


 なに、ついでだから気にする必要はない。

 ギルドの奴らには私が行ったと言えば伝わる。

 これでも冒険者としてはそこそこ高名だからな。


『高名っちゃ高名だよね。良い悪いを抜きにすれば……』


 シュウの言葉を無視して私は手を差し出す。

 早く手紙の入った鞄をよこせと言わんばかりに。


 ラスールは鞄に手をかけて、悩んでいる。


 大丈夫だ。

 お前はゆっくり歩いて帰れば良い。

 後で私からもギルドにきちんと連絡しておこう。

 お前は何も悪くない、と。


 そう言って、私はラスールの鞄に手を伸ばす。

 鞄を掴む直前、ラスールは鞄を持ち上げて私の手を躱した。


「これは……」


 これは?


「これは、手紙だ」


 知ってるぞ。

 だから、それは私が――、


「違う。これは俺が頼まれた手紙なんだ」


 伏せていた目が上がり、しっかりと私を見据える。


「だから――これは俺が配らないといけない。俺じゃなきゃ駄目なんだ。それが、俺の……」


 その先は声が小さくて聞こえなかった。


 そうか。

 お前が配るか。

 それが道理だろうな。


『道理なんて言葉、どこで覚えたの?』


 茶化すなカス。

 だいたいお前が書いた筋書きだろ。


 ふん。まあいい、ともかく私はダンジョンに行く。

 ついてくるなら勝手にしろ。

 だが死なれたら迷惑だ。

 それをつけておけ。


 手に握っていたパーティーリングを軽く放る。


『うーん、ちょっぴり残念。使わないと思ってたんだけどな』


 …………私もだよ。




 結論から言うと、クラニオ隧道はダンジョンというのもおこがましいものだった。


 たしかに一部は水没していたし、通り道でしょぼいモンスターは出てきた。

 だが、ボスモンスターもいないし、道もほぼ一本道。

 あっという間に対岸だ。


 水中でも呼吸したり、手紙がぬれなかったりしたが魔法で通した。

 ラスールも無理に聞いてはこなかった。


 そんな彼は、ダンジョンから出るとすぐに走りだした。

 ついて行っても良かったが、ダンジョンはないし興味も薄れたのでそのまま別れた。


 翌日、テスニアの飯屋でラスールに出会った。

 手紙は無事に配り終わったらしい。


 憑きものが落ちたような気の抜けた顔をしている。

 俺は仕事をやりきった、後は野となれ山となれといった具合だった。


 そうか、配り終わったか。


 で、どうするんだ?

 昨日一日がんばったようだが、配達員の仕事は続けるのか?


「昨日の――、聞いてたのか?」


 まあな。

 歩いてたらたまたま目に入った。


『えっ? めっちゃ立ち聞きしてましたよね』


 まあ、そんなことはどうでもいいじゃないか。


「お孫さんの結婚式は来月だそうだ」


 へぇ、話したのか。


「気さくな奴だったよ。この後も会う予定をしてる」


 ほー、ずいぶんと仲良くなったものだ。


『羨ましいなら羨ましいって言えばいいでしょ!』


 そんなことないし。

 全然うらやましくなんてないし。

 どうせ会ってご飯食べるだけでしょ。


「違う」


 ん、違う?

 ……ああ、酒も飲むのか。


『ちゃうちゃう。受け取りに行くんでしょ』


 受け取り?


「婆さんへの返事を書きたいって言ったから、今日回収しに行くってことになった」


 ……そうか。

 仕事、続けるのか。


「もうちょっとだけ……、もう一日だけがんばってみようかなって」


 ラスールは椅子から立ち上がり地味な帽子をかぶる。


「俺は郵便の配達員で、これが――」


 俺の仕事だから。


 青年は吹っ切れた顔で颯爽と店を出ていった。


『今は良くても、ネロミロスに戻ったらまた嫌になる』


 ……きっとそうだろう。

 この先も理不尽が目白押しで、上司もむかつく禿のままだ。

 ギルドの前で立ち止まり、そのまま背を向けて逃げ出したいと思うこともある。


『やめてやるって思うことも一度や二度じゃ済まないだろうね』


 寝たら朝になるから寝たくない。ずっと布団にくるまって寝ていたい。

 いっそやめてしまえば、全て放り投げてしまえば、と思うこともあるに違いない。


 だが、それでも――。きっと、あいつは手紙を配り続ける。




 そんな気がするんだ。

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