良い思い出がない。
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「今日も、やるの……?」
「あぁ、頼む」
時は夜、既にあたりは暗闇に支配され始めている。
そんな中で、俺はトルエと共に二人で中庭にまでやって来ていた。
もちろん、俺の回復魔法の練習のためだ。
本来であればトルエには部屋で待っていてもらうのだが、今日に限っては何故かトルエがついて来たがったので、こうして一緒に連れてきている。
俺としてもそっちの方が皆に怪しまれずに済むので、好都合だ。
「……っ」
何時もと同じようにナイフで指をなぞる。
直ぐに自分の指先から赤い液体が流れ出し、止めどなく流れだす。
「……」
トルエもその様子をジッと見つめたまま、目をそらさない。
「…………ヒール」
そして唱え始めて一体何回目かわからない回復魔法を唱える。
「…………ヒール」
もう一度。
「……ヒール、ヒール」
もう一度、もう一度。
「…………はぁ」
やっぱり、無理か……。
思わずため息を吐く。
どうしてこんなにやっているのに、回復魔法が全く使えるようにならないのだろうか。
何か、やり方が間違っているのか?
いやしかし、俺が最初にやっていた頃はこうやって練習していたはずだし。
「……わからん」
「…………あ、あのご主人様」
「あ、あぁ。じゃあ頼む」
俺は怪我を治してもらうべく、トルエに手を向ける。
少しだけ、まだ痛い。
これは指先の怪我が痛いのか、それとも――。
「あ、ありがとう」
気がつけば、トルエによる治療は終わっていて、俺の指先の傷口は綺麗に治っている。
「じゃあ、今日はもう帰る?」
今日の回復魔法の特訓も終わったので、俺はトルエにそう提案する。
「……あ、はい」
俺はそう頷くトルエの頭を撫でながら、自分の部屋への廊下に歩みを進めた。
「……えっと?」
俺は、今歩いてきた廊下を振り返る。
俺から少し離れたところに、トルエがちょこんと立っている。
さっきからずっとこうだ。
中庭からずっとついて来ているらしい。
「……トルエ?」
「……っ」
俺の呼びかけに対し、小さく肩を震わすトルエ。
「……」
しかしそれ以上何か言うでもなく、ずっと顔を下に向けている。
これ以上特に何かできることもないので、俺は再び身体を前に向けて歩き出した。
「あのー……トルエ?」
結局トルエは、俺の部屋の中にまでやって来ていた。
今は俺の勧めでベッドにちょこんと座り込んでいる。
俺はそんなトルエの隣に腰掛けている。
トルエはリリィたちとは違って、俺の膝の上に座ったりするわけでもなく大人しい。
前に甘えてくれてもいいんだぞ? と言ったときは頷いていたが、ここ最近ではまたどこか遠慮されている気がする。
「……なにかしてほしいことでもあるのか?」
俺は出来るだけ優しい声になるように心がけてトルエに問いかける。
けれど、こうやって尋ねてみてもきっとトルエは首をふったりするのだろう。
そしてまた大人しく自分の部屋に戻るかどうにかするのだ。
「なら、お風呂がいい」
しかしそんな俺の予想とは裏腹に、トルエはそんなことを口にした。
「お、お風呂か……」
正直、嫌だ。
別にトルエの裸を見たくないとかそういう訳ではないのだが、トルエとお風呂に入るということに対して、あまり良い思い出がない。
だけど、ここで断ったら、もうトルエが二度とこういったことを言ってくれなくなりそうな気もする。
「……分かった。でも、ちゃんと身体に布はまいててくれよ?」
さすがに裸を見るのは恥ずかしいので、これが精一杯だ。
「……うん」
トルエはそう頷くと、ベッドから立ち上がり、ゆっくりと脱衣所の方へと向かっていった。
「ふぅ……」
俺は深呼吸をして息を整える。
「よし……!」
俺はベッドから立ち上がり、トルエの向かった脱衣所へと脚を運ぶ。
「……もう、いない、よな……?」
少し時間を遅らせたこともあって、トルエは既にお風呂へと入ってくれたようだ。
服を脱ぎ終えた俺は、ゆっくりとお風呂場への扉を開けた。
扉を開けた隙間から白い湯気が溢れ出てくる。
「…………」
湯気の先には、トルエがこちらに背中を向けながら、俺を振り返ってきている姿があった。
俺はゆっくりとトルエに近づく。
そして、以前にしてあげたように、優しく身体を洗い始めた。
「はぁ……! 終わった……!」
俺は脱衣所で一人、何とも言えない達成感を味わっていた。
トルエはまだ少しだけお風呂に入っているので、今のうちに着替えなければならない。
俺は急いで用意していた服を身にまとっていく。
「ネストー、ここにトルエ来てないー?」
その時、脱衣所の中に、何故か、アウラが入ってきた。
幸いにも俺は着替え終わっていたので何も無かったが、このタイミングはまずい。
「あ、ネストやっぱりお風呂入ってたの? まぁそれは良いんだけど、トルエが部屋にいないから探してるのよね。部屋に来たりしてない?」
「…………」
非常にまずい。
何がまずいかって―――――
「……ご主人様ぁ、僕もあがるね」
―――――これがまずいのだ。
「……は?」
案の定、お風呂から上がってきたトルエを見てアウラは固まってしまっている。
「……ト、トルエ、あなた今、何してたの?」
「……え、ご主人様とお風呂に入ってたけど……」
「……」
俺が覚えているのは、ここまでだ。
ただ、物凄い怖い思いをしたことだけは、少し覚えている。




