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婚約

 食器の音だけが無機質に響く食卓。

 カーティスの家で食べる和気あいあいとした温かみのある雰囲気など一切ない、ただ義務的に口に食べ物を入れるだけの殺伐とした食事風景。

 

 目の前では義理の母と母の違う妹が騒がしく話をして、時折話し掛けてくるが、それに一切答える事も表情を変える事も無く淡々と食べ進める、セシルとカルロ。



 一応魔法学園に入学するだけの魔力と頭はあるものの、セシルとカルロそしてユイと比べると、遙かに劣る異母妹。

 そのくせ、セシルやカルロが必死で積み上げてきた信頼と地位に胡坐をかき、二人の妹という立場を使い、クラスで好き放題しているそうだ。


 何度注意しても改めない、傲慢な妹。

 母が違うとは言え、どうしてここまで違うのか不思議でならない。

 血が半分でも繋がっていることが、二人は恥ずかしくて成らない。



 だが、それも後少しで終わる。


 準備は着々と進み、後は必要な書類を提出するだけ。

 王の協力を取り付けている現状で、いくら伯爵が異議を唱えようと無意味だ。

 この日々とはおさらば出来ると思えば、不快な義母や異母妹の声も気にならない。


 父親である伯爵は時折相槌はするものの、基本的に静かで自分から話し掛ける事は無い。

 だが、この日は珍しく伯爵から口を開いた。



「セシル、カルロ、明日は出掛けずに家にいろ」



 伯爵から話し掛けられた事に少し目を見張った二人は、すぐに訝しげな表情を浮かべる。



「何か用事でも?」


「バラン伯爵の令嬢と会って貰う」



 バラン伯爵の令嬢は二人もよく知る人物だった。

 それも悪い意味で。


 最近二人に執拗に近付いてくる令嬢で。

 二人に迷惑にならないよう、控え目に行動するファンクラブの女子達と違い、迷惑を考えず騒ぐわ馴れ馴れしいわで、ファンクラブとも諍いを起こしていた。

 そろそろ目に余るので行動しようかと相談していたところだったのだ。


 二人に嫌な予感が過ぎる。

 


「お前達も、もうすぐ成人、婚約者がいても可笑しくはない。

 そして令嬢が決めた方をオブラインの跡取りとする」



 令嬢の家とは爵位は同格だが、オブラインの家と比べれば財力はあちらの方が上だった。

 かなりの持参金をちらつかせでもしたのだろう。



「分かりました」



 令嬢との婚約も、オブラインの跡取りの座にも全く興味はないが、今は従順な態度を取っておく。

 食事を終え、部屋に戻った二人は直ぐにレイスに連絡した。



***



 高官が揃う中、ベルナルトは各部署からの報告を受けていた。

 ザーシャとの戦争以後、大きな問題事は起こっていない為、淡々と会議は進んでいく。



「…………では、今日の会議は以上です。解散」


「こら待てっ、重要な事を忘れているだろ。

 勝手に終わらせるな」


「ちっ」



 終わらせようとしたのに、すかさずベルナルトに止められレイスは舌打ちする。


 今日の会議では、フィリエルの婚約を高官達に報告する事になっていたのだ。

 予め言っていたにも関わらず、さっさと終わらせようとするレイスは、どこまでも往生際が悪い。



「フィリエル、手袋を取って皆に手を見せなさい」


「はい」



 呼ばれたフィリエルは前に進み出て、左の手袋を取り、見えやすいように手を上げた。

 なんだなんだと、高官達はフィリエルの手を凝視する。


 左手の小指の赤い紋様は目立つので直ぐに確認は出来たが、そもそも何百年も使われていなかった魔法契約の証。

 その存在は知ってはいても、その紋様が婚約の証だと直ぐに分かる者はいなかった。

 だが、いち早く気付いた一人の言葉からじわじわとその意味が広がっていき、広間は大きなざわめきに満ちた。


 ベルナルトが手を上げ、高官達を静めると、口を開いた。



「皆に事後報告になってしまった事を先に詫びよう。

 この度、フィリエルの婚約者が決まった。相手はここにいるレイスの娘だ」



 婚約したとしても、相手は従妹であるエリザだと思っていた面々は驚愕した。

 そして、レイスの娘である事にもだ。


 レイスをよく知る者は、溺愛していると自他共に認める娘を手放す事に。

 そして中には、最近のフィリエルとレイスの追いかけっこにより広まった噂が勘違いであった事を知り、安堵している者もいた。


 だが、そんな誰もかれも、不機嫌を顕わにし手元の書類をぐしゃりと潰しているレイスを目にすれば、さっと視線を反らす。

 それと共に、この婚約はレイスの望んだものでは無かったという事を理解した。



 そんな大混乱の中、レイスが王族と繋がりを持つ事に危機感を抱く者の一人が声を上げた。



「恐れながら陛下、それはいくら何でも早計では御座いませんか。

 王族の結婚とは政治の一部。

 陛下は、フィリエル殿下には望んだ相手をと仰いましたが、最低限身分にあった方でなくては納得出来かねます」


「レイスの爵位は伯爵。王族の妃として身分に何ら問題は無かろう」


「ご息女と閣下に血の繋がりはありますまい。

 その上、母である夫人は、元は平民出身だとか。

 王族の妃として相応しいとは思えません。

 それに王族と縁故関係にある者が、政治を決める重要な役職にいるのは、問題では御座いませんか?」



 そのシェリナを貶していると取れる発言を聞き、レイスがキレた。



「私の妻を貶すとは良い度胸ですね。

 平民出身である事の何が悪いのです。国民の税金で贅沢三昧しておきながら平民を貶すのですか?

 それに血の繋がりがなんです。

 結婚相手と身分を合わせる為に、他家の養子となってから嫁ぐ事など、貴族の中では珍しい事ではないでしょう」



 さらにベルナルトが続く。



「ふむ、それはつまり、お前は孤児であった我が母と、その息子である私を愚弄しているという事か?」



 己の発言の危うさに気付いた高官は顔を青ざめさせた。



「いえ、決してそういう意味では……!

 先の王妃様は孤児とは言え、公爵家に引き取られ幼い頃から上流階級の教育を受けておられた。

 ですから、付け焼き刃の教育で王族の妃となるのは、いささか荷が重いのではと申したかったのです」



 焦りながら弁明する高官を冷めた目で見つめていたベルナルトだが、内心はヒヤヒヤだった。

 何せ隣の席から凍えるような冷気が漂い、無言でいる事がさらに怖さに拍車をかけていた。



「それは私が娘にきちんとした教育を与えていないと言っているのでしょうか。

 あなたは娘の何を知ってそう仰るのか、ぜひ教えて頂きたいものです。

 それに、私に権力が集中する事が問題だと言うなら、今すぐ辞めても構わないのですよ」



 氷のように冷たい声が響く。


 今レイスが宰相を辞めれば、どれだけの混乱が起こるか分からない。

 それが分かる程度には利口な高官は押し黙る。


 レイスとテオドールは、この高官の顔をしっかりと頭に記録した。

 どう料理してやろうかと、あくどい事を考えていると、高官の中でも古参の官が口を開いた。



「確かに王族ではない者に権力が集中するのは問題だが、私は別の事で反対を申し上げます」



 ベルナルトとフィリエルは「やっぱり来た!」っと表情を引き締める。



「先王陛下の王位継承争い以後、多くの王家の血を引く者が亡くなり、現在継承権を持っておられるのはたったの五人。

 しかも、その内、次代を担う若き方は王太子殿下とフィリエル殿下のただ二人。

 このままでは国を継ぐエルフィン王の血族がいなくなってしまいます。

 国の為にも、フィリエル殿下には王家の血を濃く引くエリザ様とご結婚なされるべきではないでしょうか」



 多くの古参の官から同意する声が上がる。

 先程の自分の利益で動いた官と違い、真実国を思っての言葉な為、レイスも口を出す事はしない。


 彼らが王家の血を重んじるのには理由がある。



 初代国王エルフィンにより造られたこのガーラントには、エルフィン王の遺言である約定がいくつかあった。


 その一つが、継承権は必ず自分の血を継ぐ者であり、その者は王の孫の代までとする。というものだ。

 それを破った場合、精霊の守りが無くなってしまうと言うそれは、決してエルフィン王の夢物語ではなかった。


 過去に何度か、約定を信じずガーラントの豊かな領土を狙い、簒奪を企てた反逆者や他国の侵略者により、エルフィン王の血筋ではない者が王位に就いた事があった。

 だが、その者達が王位に就くと、穏やかな気候と肥沃で作物の多く取れる土地である筈のガーラントの国で、必ず自然災害や不作、疫病が流行り国が荒れた。


 それが正当な継承権を持つ者が王位に戻るとぴたりと止まり、隣国で干ばつや水害などの自然災害で国が大きな被害にあっても、ガーラントだけ被害がなかった。


 まるで何かに護られているように。



 それ故、王家の血が薄れる事を恐れ、血を継ぐ女子を適度に取り入れながら、血が薄くならないよう細心の注意を払ってきた。

 だが、王位継承争いにより、継承権を持つ者と、王族が降嫁したことで王族の血を引いてた貴族の多くが粛清され、血の濃い者が軒並み減少してしまったのだ。


 現在、王家の血が濃くフィリエルと年齢的に合うのはエリザ一人。


 アレクシスには既に同盟国との繋がりの強化の為、他国の王女との婚約が成立している。

 血の存続の為に、どうしてもフィリエルにはエリザと婚姻し、血の濃い子を設けてもらいたいのだ。


 精霊を信じているのか?と問われたら、精霊信仰の熱心な信者でないかぎり、ほとんどの者が分からないと答えるだろう。

 だが、人ならぬ力を感じるのもまた事実。

 国の安全の為に血が薄れる事を恐れるのは仕方がない事なのだ。


 そう分かっているから、フィリエルは反論の言葉が出て来ない。


 すると、それまで静観していたテオドールが口を開いた。



「安心せい、レイスの娘は王家の血を引いておるので何も問題は無い」



 は?っと目が点になったのはフィリエルだけではなかった。

 そして、これまで散々テオドールに振り回されてきた古参の官はやれやれとでもいうように深い溜息を吐いた。



「テオドール陛下、嘘を付くならもっとましな嘘を仰って下さい。

 私が何年国に仕えていると思っていらっしゃるのか。

 血を継いでおられる方々の事はきちんと頭に入っております、そんな見え透いた嘘を……」


「嘘ではないぞ。

 一人おるであろう。最も玉座に近い血筋でありながら、全てを捨て出て行った者が」



 その官は少し考え込んだ末、該当する人物を思い出したのか、かっと目を見開く。



「………ま、まさか………まさか……」



 死人が生き返ったかのような驚きと、興奮に体を振るわせる古参の官。

 他にも、古くから仕えている官は興奮状態に陥り、今にもぽっくりいきそうな者もいた。


 それとは逆に、ほとんどの官は訳が分からず周囲と視線を交わしながら首を捻っていた。



「オルソ様の血縁者であられるのですか………?」


「そうじゃ。

 わしの三代前の国王の孫であり、継承争いのおりにはわしの右腕として軍をまとめ、現在王位継承権四位であるオルソ。

 宰相の奥方はそのオルソの娘で、此度フィリエルの婚約者となった娘はオルソの孫にあたる。

 血筋として、これほど王族の妃として相応しい者はおらぬであろう」



 古参の官達から「おおおぉぉ!」と歓喜の声が上がる中、驚きのあまり呆然としていたフィリエル、ベルナルト、アレクシスは、仲良く揃って勢い良くレイスに顔を向けた。


 全く知らなかったレイスは、珍しく狼狽えながら、ぶんぶんと頭を横に振り否定する。



「父上、オルソ様って確かお祖母様の兄君の大伯父上の事ですよね!?」


「本当に何も知らないのかレイス!?」


「どうして、パン屋の主人なんてしてるんです!?」


「知りません。そんな話今初めて聞きましたから!」



 四人がこそこそと話していると、古参の官が鬼気迫る顔でフィリエルを振り返る。

 フィリエルはあまりの迫力に一歩後退った。



「殿下のご婚約者がかのオルソ様の血縁者であるというのなら、私は心よりご婚約をお喜び申し上げます!!」


「私もです」


「とうとう、オルソ様の血族がお戻りになられる」

 


 続くようにあちらこちらから祝いの言葉が寄せられる。

 そのほとんどが年寄りばかりだったが、上位に位置する者達ばかりだった為、それを否定出来る強者はいなかった。


 至る所で年寄りが「バンザーイ、バンザーイ」と大騒ぎした結果、興奮のしすぎでばたばたと倒れ始め、広間は大混乱に陥り、会議はそのまま終了した。



 翌日、王都のとある小さなパン屋の前に貴族の馬車が続々と集結。

 そこの店主に、身なりの整った高齢の者達が滂沱の涙を流しながら縋り付くという奇妙な光景が目撃され、周りから遠巻きにされていたとか。




 会議終了後、王の執務室に移動した、レイス、ベルナルト、アレクシス、フィリエルは、テオドールに詰め寄った。



「どういう事ですか、お祖父様!」


「どうもこうも、先程話した通りじゃよ。

 妻リーシャの兄であるオルソは、爵位を捨てた後パン屋を初めたのじゃ」


「シェリナは知っていたのですか?」


「たまにパン屋には顔を出しておったから、わしが叔父に当たる事は知っておったが、王族であると知ったのは最近じゃな。

 ユイ達兄妹は全く知らん」



 レイス以外は、シェリナが王宮へやって来た時のテオドールとの会話を思い出し合点がいった。

 そして、フィリエルは気付いた。



「ならユイとは、はとこに当たるんですね?」


「リーシャとオルソは血の繋がりはないから、血の上では親戚というところだが、まあ、それも間違いではない」


「………伯父上と会うのはフィリエルとの婚約が決まってからだと父上が仰ったのはこれが理由ですか」


「そういう事じゃ。

 奴を呼ぶと王宮が大混乱に陥るからのう、先に存在を教えてガス抜きしておかねば 大変な事になる」



 当時のオルソがどれだけ心酔されていたか知らない面々は、いまいち意味が分からず首をひねった。

 すると、突然レイスが真剣な面持ちに変わる。



「…………シェリナのお父上が継承権を持っているという事は、セシルとカルロが王位に就く可能性もあるという事ですか?」



 オルソは現在、継承権第四位。

 何かの原因で上位の継承権を持つ者が亡くなり、オルソが王位を継げば、その孫であるセシルとカルロにも継承権が与えられる事になる。


 実際、近隣の国では、疫病で継承権から遠くにあった筈の順位の者が王位に就いた事もあった。

 第四位ぐらいなら可能性としてなくはない。


 しかし、問題はそこではない。

 フィリエル達もそれに気付き、表情を引き締める。



「そうじゃ、可能性は大いにある。

 じゃから、早くあの子達をあの家から離す必要がある」


「分かりました、どっちにしろ今から向かうところでしたから問題ありません」



 レイスは、養子縁組の書類を取り出し、ベルナルトへと渡す。



「随分突然だな」


「昨日連絡がありまして、どうやら今日、婚約させられるそうなんです。

 本当なら成人の祝いの時に、大観衆の前で息子に捨てられた哀れな父親を演出して差し上げようと思ったのに残念でなりません」



 貴族の成人を祝う誕生日パーティーには、多くの人を集め、盛大に祝うのものだ。

 レイスは、その場で伯爵に赤っ恥をかかせるつもりだったらしい。



「それは、残念じゃったのう」



 伯爵に対し色々腹に据えかねているテオドールは、至極残念そうに呟いた。


 この二人に敵としてロックオンされた事を哀れに思いながら、必要な箇所を記入し、レイスへ渡すと、直ぐにそれを持ってオブライン家へと向かった。




***




「いやいや、この子がね、どうしてもオブライン伯爵のご子息に嫁ぎたいとお願いされましてね。

 ご子息は社交界でも引く手あまたでしょうから、早めに手を打っておこうと思いましてね」


「とんでもない、まだまだ未熟で、息子には勿体ないご令嬢でいらっしゃる。

 とても光栄なお話です」



 目の前で繰り広げられている社交辞令の応酬と、頬を染めじっと見つめてくる一人の女。


 開始から三分。

 すでにセシルとカルロは嫌気がさしていた。


 話に夢中になっているのを見計らって、ひそひそと言葉を交わす。



「なあ、セシル、父さんまだなのか?」


「会議が長引いてるんじゃないかな?

 官達の了承無く婚約しちゃったから、きっと説得に時間が掛かってるんだろ」



 まさか遅れている原因が、説得の難航ではなく、興奮のし過ぎで倒れた年寄り達への対応だとは思ってもみない二人は、今か今かとレイスの訪れを待っていた。



「それで、お前はどちらの方と結婚したいんだい?」



 二人の意識が別の所にいっていた内に話は進んでおり、どちらと結婚するかという最終判断に入っていた。


 令嬢はセシルの方を向き恥ずかしそうにもじもじとする。

 令嬢の父親にはそれで全て通じたようで、満面の笑顔で喜ぶ。



「おお、彼が良いのかい?」


「だってよ、モテモテだな」



 セシルにしか聞こえない声でカルロが呟く。

 あからさまに自分ではなくて良かったと安堵する声色に、ぎろりとセシルは睨む。


 その時、部屋の外がやけに騒がしくなる。

 それまで機嫌良く話していたアーサーは訪れていた伯爵親子に断りを入れると、確認するため部屋を出た。

 二人も、やっとかといった表情でその後を追う。



 玄関では、執事と、二人が待ち望んだレイスが何やら揉めていた。



「何の騒ぎだ!」



 アーサーが近付くと、執事が顔色を変え頭を下げる。



「申し訳ございません。

 旦那様はお忙しいので改めて頂きたいと申したのですが、どうしてもと仰られて………」



 アーサーはレイスに向き直る。



「………宰相閣下、どんなご用事かは存じませんが、ただ今手が離せませんので、日を改めて頂きたい」


「すぐにお暇しますのでお気になさらないで下さい。

 私はただ、息子達を迎えに来ただけですから」



 そう言いながら、アーサーの後に居るセシルとカルロへと視線を向ける。



「息子だと?」



 眉間に皺を寄せるアーサーの横からセシルが飛び出す。



「遅いからさ、父さん!」


「年寄りが年甲斐もなくはしゃいだせいで遅くなってしまったのですよ。

 準備は出来ましたから、あなた達も必要最小限の物だけ持ってきなさい」


「はーい」



 アーサーをちらりとも目にする事も無く、二人は荷物を取りにその場を去った。



「どういう事ですかな、宰相閣下」



 目をつり上げ、凄むように睨み付けるが、その程度でレイスが怯むはずがない。


 レイスは書類を取り出しアーサーへ渡す。

 内容を読んだアーサーはこれでもかと目を見開いた。



「ただ今をもってセシルとカルロの二人は正式に私の息子となりました。

 ですので、私の家へ連れて帰ります。

 当然、婚約も無かったことになりますね。先方へはあなたから説明して差し上げて下さい」


「こんな……こんな事が認められるか!!」



 アーサーの怒号が玄関に響き渡る。

 怒り心頭のアーサーとは逆に涼しげな表情のレイスとの温度差が激しい……。



「別にあなたに認められる必要はありません。

 あの子達も成人です。

 成人となれば保護者の同意無く家名の移動が可能なのですから。

 それに、書類をよくご覧になって下さい。

 王印が押されているでしょう。その意味は教えずとも分かるはずです」



 セシルとカルロがカーティスの姓になることを王が許可したという事だ。



「何故、一貴族の問題に王が関わるのだ!

 貴様が自分の都合の良いように話して王を巻き込んだのであろう。

 それは職権の濫用ではないのか!?」


「人聞きの悪い事を仰らないで下さい。私は捕まるような後ろ暗い事はしませんよ」


 

 法に触れない後ろ暗い事はしているが、とは口にしない。



「きっと、数少ない王家の血筋をあなたのような者に任せてはおけないと、王が判断なされたのでしょう」


「王家の血、だと!?」



 オブライン家には王家の血は一切入っていない。

 意味の分からないアーサーは次に続く言葉に絶句した。



「シェリナの父上は、現在継承権第四位の方であらせられるのですよ。

 ですから、王家の血を受け継ぐセシルとカルロの二人も、王家の血を持つシェリナの元で生活するべきだと判断なされたのでしょう」



 それは今日分かった事なので後付けもいいとこなのだが、理由としては通っている。

 だが、それよりも、アーサーはシェリナが王家の血筋であった事の方で頭がいっぱいのようだ。



「シェリナが王家の………」



 呆然と呟くアーサーを、レイスはぴしゃりと嗜める。



「私の妻を呼び捨てにするのは止めて頂きましょう。

 例えあなたが元夫だとしても、所詮は過去の事。今は私の妻であり、あなたとは微塵も関係は無いのですからね」



 私の、をあからさまに強調するレイスに、アーサーが憎々しげな目で睨み付けると、レイスもそれに応じる。

 そんな二人の後ろでは、血の雨が降りそうな一触即発の事態に遭遇し、声をかけられず立ち尽くすセシルとカルロ。



「あれどうする?」


「どうしようか」



 二人の手には、これから家を出るとは思えない、小旅行に行くような手荷物を一つずつ持っているだけ。

 他は全てレイスが用意するという事で、本当に必要な物だけを持った。

 お互いどっちが声を掛けるかを無言で押し付け合っていると、レイスと視線が合う。



「準備は出来たようですね、行きますよ二人共」


「待て!」


「不服があるのなら許可を出した陛下に仰って下さい。では……」



 もう用は無いと、レイスは背を向け外へ出て行ったが、さすがに成人するまで一応育てては貰ったのだからと、セシルとカルロの二人は今までの父親に向かって頭を下げる。



「お世話になりました」


「漸く家を出られて清々してるけど、ここまで育ててもらった事には礼を言っておくよ」



 そうして、二人は長年過ごしたオブラインの家から飛び出した。



***



 カーティス家へ向かう馬車の中では、レイスはセシルとカルロから質問攻めにあっていた。

 


「ねぇ、父さん。さっき王族の血がどうたら言ってたけど、どういうこと?」


「オブラインに王族の血縁者はいなかったよな?」



 レイスは溜め息を吐き、説明する。



「婚約を発表した会議の中で先王陛下が、シェリナの父上であり、あなた達の祖父が、前王妃の兄で王家の直系の血を引く方であると発言したのですよ」



 双子らしく、揃って同じように目を見開いた。



「まじ?」


「大まじです」


「俺達の祖父って、小さなパン屋でパン生地捏ねてる、あのお祖父ちゃんの事?」


「ええ、どこからどう見ても普通でしかない、あのシェリナの父上ですよ。

 つまり、シェリナと現国王はいとこ。

 あなた方兄妹と殿下方とは、はとこの関係になります」


「おお、まじ!?フィリエルと親戚だったのかよ」



 自分達が王家の血を引く事より、フィリエルと血の繋がりがあった事の方を喜ぶカルロ。

 それとは逆に、セシルは真剣な顔つきとなった。



「はしゃいでいる場合ではありませんよ。

 もし、流行病や戦争で今の王族一家と王弟であるフェイバス公爵が亡くなりでもしたら、継承権四位であるあなた達の祖父が王となり、必然的にあなた達のどちらかが王位に就く事になるのですよ。

 それはつまり………」



 話す事を一瞬躊躇ったレイスの言葉をセシルが続ける。



「つまり、その方々が亡くなりさえすれば、別に病気じゃなくても良い……。

 そして、それを避ける為に、俺達も同じ危険性が出てくるって事だね」


「………その通りです」



 会議の時で分かったように、未だオルソに心酔している者達は多い。

 その中には、オルソを王にと望んでいる者がいないとも限らない。

 また、セシルやカルロを擁立し、権力を得ようとする企てる者が出ても可笑しくは無い。


 そうなると、当然阻止しようとする者も出てくるわけで……。

 過激な考えの者なら、原因となり得るセシルやカルロを排除しようとするかもしれない。

 そうでなかったとしても、二人共血筋も実力も人脈も飛び抜けてある為に、二人が思っていなくとも噂が一人歩きして不必要な憶測を呼び、混乱が起こるかもしれない。


 二人が凡人であったなら、冗談で済まされるのだろうが、今からでも王族としてそつなくこなせそうなのが問題だ。


 漸くのんびりとした生活が送れるだろうと思っていたのに、とんだ爆弾を放ってくれたものだと、レイスは決して口には出来ないテオドールへの数々の罵詈雑言を心の中で言い放っていた。



「ですから、あなた達もこれから身辺には気を付けなさい…………と言おうと思ったのですが………必要無かったようですね」



 一応忠告をと、レイスは思ったのだが、向かいに座るセシルの顔を見て、一瞬でそんな気が無くなった。



「うん。むしろ俺には好都合だよ」



 とても嬉しそうにセシルは呟いた。

 思わず「良かったね」と同意してあげたくなるような邪気のない喜色満面の顔だが、これはセシルが悪巧みが成功した時の顔だとカルロとレイスは知っていた。


 カルロはひっそりとレイスへ話しかける。



「やっぱりセシルって父さんに似てきたよな」


「何を言っているのです。

 人の良さそうな人畜無害な顔を装って、我を通す様は私より先王陛下ではありませんか。

 セシルが王家の血を引いていると分かって、むしろ納得です」


「……言われてみればそうかも」



 妙な所で血の繋がりを実感した二人だった。


 

 そして、三人がカーティス家へと帰り馬車から下りると、いつから待っていたのかユイとシェリナが心配そうな顔で駆け寄ってきた。



「大丈夫だったの?二人共」


「問題無いよ、なんてったって父さんがいるんだし」


「そうそう、だからそんな心配そうな顔をしなくて良いよ」



 そう言いながら、カルロはわしゃわしゃとユイの頭を乱暴になでた。



「そんな所で立ち話などしないで、中に入りましょう」



 レイスの一言で、中に入り、お茶をゆっくりと飲みながら先程までの事を説明する。



「………という事ですので、書類を叩き付けてきました」


「納得したのかしら」


「しようがしまいが関係はありませんよ、書類は正式に受理されたのですから。

 …………それよりシェリナ、あなたは知っていたのですか?」



 不思議そうにするシェリナに、今日あった会議での事を話した。

 すると、ユイは兄達同様驚きを顕わにしたが、シェリナはにこにこと笑うだけだった。



「その様子だと知っていたのですね」


「ええ、テオ様とは前々から叔父として知っていたわ。

 でも先王陛下だと知ったのはこの前に王宮へ行った時よ。

 その後お父さんに話を聞いて、継承権を持っている事とか教えてもらったの」


「どうして俺達にも言ってくれなかったの?」


「だって、テオ様から驚かせたいから内緒にしておいてくれって言われたんですもの」



 ユイ達はテオドールらしいと思った。

 それと同時に、以前二人が一緒に居る時、とても主従関係があったとは思えなかった二人のやり取りにユイは納得した。


 そんな話をしていると、レイスの視線は給仕をしていたジョルジュへと向かった。



「ジョルジュは知っていたのですか?」


「勿論です。私はテオドール様の元専属護衛。

 オルソ様やリーシャ様にお会いしに行かれていた時も同行しておりましたから。

 奥様がオルソ様のご息女であられる事も知っておりましたよ」


「何故教えないのですか!」


「聞かれませんでしたので」



 にっこりと柔らかな笑顔でしれっと答えるジョルジュに、レイスもそれ以上は無駄だと口をつぐむ。


 そして、次はユイへと向ける。



「取りあえず、今日の会議でユイと殿下の婚約が正式に決まりました。

 今後、公式の場では王族と同等の扱いを受ける事になりますから、そのつもりで」

 

「うん、分かった」



 魔法契約での婚約は普通の婚約とは大きく違う所がある。


 普通の婚約では、王族の婚約者であろうと伯爵の娘としての対応を受けるが、魔法契約での婚約の場合、ユイはフィリエルの伴侶として王族の扱いを受ける事になる。


 破棄させられる事もある通常の婚約では伯爵の娘でしかないが、契約魔法での婚約で破棄された事は無く、契約の拘束力の強さと特殊性から結婚していなくとも王族の伴侶と同然に扱われるのだ。



「よりによって何故魔法契約など………」


「そんなの普通の婚約だったら、父さんが破棄させようと裏で画策するからだろ」


「テオ爺がそんな危険な問題、放置するわけないじゃん」



 言い当てられたからなのか、手を出せなくなったからなのか、悔しげに顔を歪める。



「くっ………今日はやけ酒です!あなた達も付き合いなさい!」


「えー、やだよ」


「酒癖悪そうだし」


「息子になって初めての家長命令です!」


「横暴だー」



 その日セシルとカルロは夜遅くまでくだを巻くレイスに付き合わされた。

 因みにユイとシェリナは絡まれる前にさっさと退散した。






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