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戦いの始まり

 これから戦いに赴こうとしている敵軍の最高指揮官の来訪の知らせを聞き、急いで向かう。

 相手は敵の真っ只中に、数名の共を連れただけで武器も一切持たずに来たらしい。


 会議等に使っている、他より大きい天幕に入ると、既に知らせを聞いた主だった将校が集まっていた。


 身分で言えばフィリエルが最も高いが、この軍の総指揮は大元帥なので、天幕の正面奥の上座には大元帥が座り、その隣にフィリエルが座る。



 半円状に並べられた椅子の正面に、向かい合うように置かれた一つの椅子。

 そこに座る一人の男性。

 彼がザーシャ国の大将軍なのだろう。


 しかし、あまりにそう見えない格好に、大元帥は眉をひそめる。


 服の上からでも分かる筋肉質な体格は、彼が武人として日頃から鍛えているのだと分かるが、その服装は、とても一国の軍をまとめる地位の高い者とは思えない、質素でくたびれた服装。

 彼自身、疲労困憊といった様子で、髪も髭も手入れをされず伸びっぱなし。


 軍の最高位だと言われても、疑いたくなる姿の男性だが、大元帥を始め、一部の者と面識があったおかげで追い返されず、すんなりと大元帥との面会が叶った。



 男性はおもむろに立ち上がると、その場に跪き、頭を下げる。



「この度は我が王の残虐非道な行い、誠に申し訳なく思います。

 王を止められなかったのは、全て私の力不足故。

 私ごときの命で償うには軽すぎるのは、重々承知しております。

 しかし!わが国の民は一切知らぬ事、どうか民の命だけはお救い下さい!!」



 顔は地面に擦り付けるように伏せているので表情は分からないが、自責の念で歪んでいるのだろう。

 体を震わせ必死に許しを請う男性の姿は、今回の件が彼の望むものでは無かったのだと分かる。




「ザーシャ国で何があったのだ」



 大元帥の問いに、男性は顔を上げ、語り始めた。



 ***




 それは数年前に遡る。

 始まりはザーシャ国王妃の死だった。


 妻を愛していたザーシャ王は嘆き悲しんだ。

 政務も手に付かない程の落ち込みようで、毎日部屋に閉じ籠もり、妻の死を受け入れられずにいた。


 政務は王太子が代行していたおかげで滞りなく行われていたが、一週間、二週間、一ヶ月経ってもザーシャ王は閉じ籠もり続けた。


 さすがに周囲は王を諫めたが聞く耳を持たず、王に退位を促し王太子に後を引き継いでもらうべきではといった話が出始めた頃、彼等が現れた。

 顔まで深くローブをまとい、男か女かも判別が付かない怪しげな者達。


 彼等は言った。



「王妃は殺されたのです。ガーラント国の国王ベルナルトによって」


「どういう事だ!」


「ガーラント王は王妃に懸想していたのです。

 しかし、断った王妃にガーラント王は怒り、自分のものにならないのならと…………」


「そんな……っ!」



 確かに王妃の死は急ではあったが、すでに遺体は火葬され証拠はない。



 しかし、普通であれば即座に一笑して退けるような荒唐無稽な話だ。

 ガーラントの国王ベルナルトと王妃アリシアは、王族には珍しく恋愛結婚で、今でも仲むつまじいと聞く。

 ましてや、ザーシャ国の王妃は国外へ出たことは無く、ベルナルトとは顔を合わせた事すらないのだ。



 ザーシャ王も最初は疑っていた。

 そんな事あるはずがないと。

 だが、最もらしく何度も話す彼等の言葉は、まるで遅効性の毒のように染み込み、心身共に弱っていたザーシャ王を蝕んでいった。



 それからザーシャ王は変わった。



 穏やかで善政を敷いていた王は、ローブの者達を側に置くようになり、取り憑かれたようにガーラント国王への復讐のみを考えるようになった。


 しかし、ガーラント国とザーシャ国の力関係は明らか。

 今のままでは一矢すら報いる事は出来ないだろう。


 すると、ザーシャ王はローブを者達と城の地下で怪しげな研究をするようになった。


 そして、死刑の決まった罪人を実験として連れて行き、死刑の罪人がいなくなると、そうではない重罪人から次々と連れて行ったが、彼等が帰ってくる事は無かった。

 それと同時期に、研究費の為に税を一気に吊り上げもした。


 これには、さすがに黙って見ている事は出来ず周囲が諫めたが、王は聞く耳どころか、国の為王の為に進言した忠臣達を反逆者として死罪を言い渡し、研究の糧と変えてしまった。


 そうすると、同じ目に合うのを恐れ、諫める者は居なくなり、王の行いは激しく歯止めがなくなった。



 最初は罪人だけだったのが、何ら罪を犯していない国民を連れて来るように命じ、女子供老人関係なく地下に消える。

 国民は税に苦しみ、連れ去られる事を恐れ家から出なくなり、急速に国はさびれていった。





「王太子殿下と私も王を諫め反逆者として捕まったのですが、さすがに王妃との子である王太子殿下と軍のトップである私を殺すのは、はばかられたのでしょう。

 私と王太子殿下は幽閉されていたのですが、私は部下により逃げ出し、ガーラント軍が進軍しているという話を聞き、こうしてここに来る事が叶ったわけです」



 話を聞いた全員が、眉間に皺を寄せ各々何かを考えている。



「王太子殿下は一緒に逃げ出してはおられないのか?」


「王太子殿下とは別々の場所に幽閉されたので、今はどこにいて無事なのか分かりません」



 ザーシャ国の今後を考えると、王太子も無事と願いたいが、狂った王ならいつ我が子を手にかけてもおかしくはない。



「それにしても、顔も分からない怪しげな者が、よく王と謁見など出来ましたな。普通なら門前払いでしょう」



 将校の一人から最もな疑問が飛び出す。


 王と会うなら、身元確認と武器の有無の確認は絶対。

 だと言うのに、顔どころか男か女かも分からず、何処の誰かも分からない。

 普通ならば、そんな人間を王に会わせるなどしないだろう。

 いったい警備はどうなっているのか。



「それが、その者達は側妃様によって引き合わされたようでして」


「側妃?」


「はい。側妃様が王妃の死を不審に思い、ローブの者達に調べさせたのだと」



 側妃は元々ザーシャ国の侯爵令嬢だった。

 王妃として一番に名前が挙がっていたが、ザーシャ王が子爵令嬢を見初めてしまい彼女を王妃にと望んだ。


 しかし、周囲は反対した。

 子爵令嬢に王妃の責務は重すぎる、側妃とし、侯爵令嬢を王妃にすべきだと。

 しかし、最終的に王妃の仕事は侯爵令嬢にさせるという条件付きで、子爵令嬢が王妃となった。



 だが、王妃として教育を受けながら、自分よりも身分が下の者に自分が座るはずだった王妃の座を奪われ、しかも仕事は押し付けられたのでは、面白いはずがない。

 それ故、王妃と側妃の仲は誰もが知るほど険悪で、側妃は虎視眈々と王妃の座を狙っているともっぱらの噂だ。


 そんな側妃が、王妃の死を不審に感じたとして、王妃の為に動くだろうか。




「……………物凄く怪しくはないか?」


「はい、側近達もそう思い王にも進言致しましたが、良く口の回る者達のようで、上手い具合に側近達への不信感を植え付けられ、全く取り合ってはもらえませんでした」



 ザーシャ国の大将軍は悔しげに顔を歪める。

 長年尽くしてきた自分達より、突然現れた者達の方を信じたのだ。口惜しくてしかたがないのだろう。



「話は分かった。取りあえず、王宮に連絡を取り、この後の指示を仰ぐ。

 そなたの処遇が決まるまでは、こちらの監視下に置かせて貰うが、よろしいか」


「勿論でございます」



 大将軍は恭しく頭を下げ、指示を受けた兵と共に天幕から出て行った。



 大将軍がいなくなった天幕では重苦しい沈黙が落ち、どこからともなく深い溜息が聞こえ、将校の一人が悔しげに吐き捨てる。



「そんな濡れ衣のせいで、ラグッツの街や周辺の村の者達は、殺されたのか………」



 王妃の死による悲しみにつけ込まれたと同情はするが、だからと言って、真偽も確かめず思い込みでラグッツの街や周辺の村を襲わせた事は、許せる事ではない。



「恐らく、そのローブの者達がラグッツの街を襲った者達でしょうな」


「地下で怪しげな研究か………」


「側妃と繋がっているようにも思えるが、ローブの者達と仲間とは言い切れないものがありますな」



 諸外国の中でも、ガーラントほど魔法技術の進んだ国はそう無い。

 そのガーラントの研究者でも、ラグッツの街を襲った魔法がどんな魔法か分からない。


 ガーラントは歴史も長く、それだけ魔法書も古い物があるが、人を生け贄に発動する魔法など、どの書物を読み漁っても出てこないのだ。



 つまり、街一つ吹き飛ばすだけの魔法技術を作り出した。

 もしくは、ガーラント建国よりずっと古い魔法が存在していたかだが………。


 それだけの魔法を生み出すにしても、ガーラント建国より古い書物を読み解くにしても、それだけの技術や知識がある優秀な人材が必要だ。

 どちらにしろ、そんな魔法を持つ者達が、小国の側妃の手の者とは考えづらい。



「そうなると、ローブの者達は何らかの目的があり、側妃と手を組んだと考えるのが妥当でしょう」



 他の者も同じ意見なのか、肯き、肯定を示す。



「これからどうなさいますか?」



 将校の一人がそう言うと、指示を仰ごうと大元帥に視線が集まる。

 目を瞑り、将校達の話に耳を傾けていた大元帥はゆっくりと目を開けた。



「陛下からも、犠牲者は最小限に抑えるようにと命じられている。

 大将軍の話では王一人の暴走で、王のやり方に不満のある者が多いようだ。

 大将軍に同行してもらい、兵達の説得をしてもらえば、戦闘は最小限に抑えられるだろう。

 後は王とローブの者達、事情を知っていそうな側妃を捕縛。

 それと、幽閉された王太子の救助といったところか………」



 ガーラントとしては、ザーシャに侵攻するのは、ラグッツの街及び周辺の村といったガーラントの領土と国民にこれ以上の被害を出さない為。


 なので、原因である王やローブの者達を捕らえ、ガーラントに連れ帰り罰する。

 国として、混乱を引き起こした補償はしてもらうが、それさえ出来れば、特に領土を広げるつもりは一切ない。


 そうなると、戦後のザーシャを取りまとめるには、王を諫めて幽閉された王太子という旗頭の存在は必要だ。



 大元帥の言葉に誰も異論はなく、無言により同意を示す。



「では、直ぐに王宮へ連絡だ。通信用魔具の用意をしてくれ」


「はっ!」



 控えていた兵に魔具の用意させると、その場で王宮にいる王と連絡を取る。



 王宮に大将軍からの話を報告し、今後の行動を大元帥の意見も交え審議した結果。


 全てはザーシャ王の乱心による行い。

 ザーシャ王及びローブの者達と側妃を引き渡し、被害者の補償を行うのであれば、それ以上の責任は問わない。

 そして、王達の捕縛と同時に、その交渉相手となる王太子の救助も行うようにとの事。



 被害者の事を思えば軽すぎると感じる。

 王族全てに責任を取らせ首を跳ねる事も、ガーラントの国力ならば経済制裁などで国を追い詰める事も容易いだろう。


 だが、そうしてしまうと、荒れた国から逃れる難民や、職を失い盗賊へと墜ちたザーシャの国民が、隣国で豊かなガーラントへとやって来てしまう。

 今後の事を考えても王太子を救出し、彼に国をまとめてもらうのが望ましいと判断された。


 それに、破壊された街の報復というより、乱心した王により幽閉された王太子の救出とした方が、周辺諸国への聞こえも良いという思惑もあった。



 王の決定は、監視の下大人しく待っていたザーシャの大将軍にも知らされた。



 大将軍は、あまりに軽すぎる処置に耳を疑い、本当かと何度も問い返していてが、本当だと分かると声を上げ泣き崩れた。

 王の処罰は変えようがないが、それが国民の命までは及ばない事に安堵したのだろう。

 国ごと処罰されてもおかしくない、それだけの行いをザーシャの王がしてしまったのだから。



 しかし、無関係な国民には手は出さないが、もしザーシャの兵が王に命じられガーラントに攻撃を仕掛けて来たのならば、迎え撃つ事になる。

 そう話すと、大将軍は自分が戦わないよう兵達を説得すると買って出た。



 ガーラント側としても断る理由はなく、翌日大将軍を伴いザーシャ国の王都へと進軍を始めた。



 王都までの間には幾つもの関所や砦があり、その度に戦闘に備えたが、自国の大将軍が説得に当たり、降伏するなら危害を与えられる事は無いと説得されると、最初から大軍相手に勝てると思っていなかった者達はあっさりと武器を捨てた。



 こうして、一切戦う事はなく順調に王都へ進軍を果たした。





続きは明日更新します。

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