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救世主

 主に呼び出され、久方ぶりに王宮へと訪れた彼は、目の前の年老いた主に礼を取る。



「久しいな。見ない間にお前も老いたようだ」


「お久しぶりでございます、主様。

 しかし、年老いたのは貴方様も同様でしょう」


「違いない」



 その日の食べ物にも困る荒れていた時代に孤児として生まれるも、運良く王宮に引き取られ、王族の専属護衛として育てられた。


 幼少期から共に過ごし、気心の知れた二人は互いの姿を見て笑みを交わした。



「ラスはお役に立てておりますか?」


「良くやってくれておるよ。

 流石お前の孫だ、良く気が利く」


「それはようございました」



 役を辞した今は彼の孫が身の回りの世話をしている。

 破天荒なこの主に孫が付いていけるか心配していたが、中々上手くやっているようで彼は安心した。



「それで、今日はいったいどのようなご用件でしょう?」


「実は頼みがあってのう。…………お前は今暇か?」


「確かに暇ではありますね」



 専属護衛の役を辞した後は、爵位と小さな領地を賜り暮らしていたが、後に息子へ後を引き継ぎ、苦楽を共にした妻と静かに暮らしていたが、その妻も数年前に亡くなった。



「先日新しい宰相に変わったのを知っておるか?」


「ええ、主様も手こずっていた宰相の不正を暴き、史上最年少で宰相に任命された鬼才だとか。

 一部から魔王と恐れられていると聞きましたが」


「そうじゃ、その宰相が任命と共に伯爵位を与えられ、今までいた王宮の寮から屋敷に移るのだが、家を取り仕切る者を探しておる。

 お前、暇のようじゃから行ってこい」



 ちょっとそこまでお使いに行って来いぐらいの軽さに、彼は頭痛を感じた。


 元々突拍子もない事を言う方ではあると身をもって分かっていたが、久々の事に、若い頃に主のせいで苦労した日々が走馬灯のように駆け巡り、懐かしいような悲しいような複雑な気持ちになる。



「……何故、私が宰相のところに?」


「理由は追って話す。

 これは重大な使命だ。信頼のおける者が必要でな」



 理由のはっきりしないまま、あれよあれよという間に宰相と引き合わされ、いつの間にか伯爵家の執事長として働き始めた。


 仕事としては、幼少期から主の元で似たような仕事をしていたので、苦も無く昔の感覚を取り戻し、楽しさすら感じていた。


 凶悪と噂だった宰相のレイスだが、一部の貴族にある傲慢な態度や無理難題な我が儘を言う事も無く、良好な関係を築いている。



 そして主が自分を送り込んだ意図は暫くして分かった。


 独身だったレイスが結婚をした直後、再び呼び出され………。



「時々で構わんから、宰相の屋敷での事を報告してくれ」


「それは諜報活動をしろという事でしょうか?

 宰相閣下に不穏な動きがありましたか?」



 やっと長らく不正を働いていた宰相を追い落としたと言うのに、新しい宰相も似たような人間だったのか?と嫌な予想を立てたが、あっさりと否定される。



「違う違う。わしが報告して欲しいのは宰相ではなく、宰相の娘になったユイの事じゃ」


「お嬢様の?」


「そうじゃ」



 最近レイスと結婚した奥方シェリナの連れ子。

 だが、目の前に居る主との関係が分からなかった。



「お知り合いでしたか」


「ああ、フィリエルの妃候補と言ったところかのう。

 今は継承問題でごたごたしておるから会いに行けん。

 じゃから、どんな暮らしをしておるか、問題なく過ごせておるか日々の様子を知らせてくれ。

 後、ユイを狙う輩は子供だろうが容赦なく妨害するのじゃぞ。

 これは最重要じゃからな!」


「はぁ………分かりました………」



 主が血縁者の中で一番気に掛けている王子。


 王子の妃としてやっていけるのかという心配を持ちながら、今までより観察するようになったユイは、一言で言うと天才だった。



 今も、ユイ専用の部屋と言っても過言ではない図書室で、レイスが娘のために特別に集めた専門書を読みふけっている。


 王宮で幼い頃から英才教育を施された自分でも、全く意味の分からない文字の羅列を、苦も無く読んでいる。

 しかし、それ以上に驚くべき事は、目の前で何度となく呼んでいるのに、気付く様子も無く本から目を離さない集中力だ。



「お嬢様」



 やはり返答は無し。

 誰かが止めに入らないと、このまま何時間でも没頭し、食事も睡眠も取らないのだ。


 どうしたものかと立ち尽くしていると、最近ユイが連れて帰った真っ白な毛玉が本の上に跳び乗り、ユイの視界を遮った事で漸く集中が途切れた。



「わっ、シュリどうしたの。

 ……………ジョルジュさん?」



 漸く存在に気が付いユイに、ジョルジュは苦笑交じりの笑みを浮かべる。



「何度もお呼び致したのですが、随分集中されていたようですね」


「ごめんなさい」


「あまり根を詰め過ぎると体に良くありませんから、ほどほどになさって下さい」


「気を付けます……………シュリが」



 名指しされたシュリが、えっ!?っと言っているかのように目を大きくした。


 自分では止める気は無いのか。

 没頭してしまうと、どこかへ飛んでいってしまうが正しいのかもしれない。




「そうです、お嬢様。

 もし宜しければ、気分転換にお使いを頼まれては頂けませんか?

 私は手が離せませんので」



 先程、救援要請が来ていた事を思い出したジョルジュは、名案を思いついた。



「お使いですか?」




 ***




 ジョルジュから頼まれたのは、暫く王宮から戻る暇も無く王宮で寝泊まりしているレイスの着替えを届ける事。


 レイスとは、合宿の出発時に見送られてから会っていない。

 戦争の準備で忙しいのだ。


 戦争が始まると発表された直後は、ラグッツの街が破壊された事もあり、王都でも不安がる声が後を絶たなかったが、それも最初の事。



 相手が軍事力的に明らかに劣る小国のザーシャだと冷静になって考えるようになると、自国の軍が負けるはずはないと安心する者がほとんどで、目立った騒動は起きず、多くが日常の生活へと戻った。


 しかし、王宮で働く者達は日々の職務に加え、ラグッツの街の復興と戦争の準備に忙しく、レイスのように寝る間を惜しんで働いている。


 その忙しさが分かるように、ユイが馬車で王宮の正門に着くと、同じように王宮で寝泊まりしている者の家族や使用人が荷物を届けに面会の手続きをするため列をなしていた。



 これに並ぶのかとユイはげんなりとしたが、伯爵家の紋章が描かれた馬車に乗っていたユイは、その列をあっさり通過し、その列とは別の場所へ回された。


 貴族の馬車を待たせるわけにはいかないという事だろう。



 御者は、手続きをする門番の兵と会話している。


 最初は普通だった門番だが、この馬車がカーティスのものだと分かると目に見えて怯え始めた。

 書面に何かを書き込むその手は震え、もう何を書いているのかすら分からない。



 書類として成立するのか疑問になる紙を書いている門番に向かって、御者が落ち着かせようと「ここにあの方は居ませんから大丈夫です、落ち着いて」と言っているのが聞こえる。



「もっ申し訳ございましぇん。

 警備の強化中の為、失礼ながらお顔とお名前を確認させて頂いてもよろしいでしょうかぁ!」



 可哀想なほど恐縮し声を裏返らせながら、馬車の中に居るユイに確認のため外に顔を出すよう頼む門番に従い、ユイは窓から顔を見せる。



「ユイ・カーティスです」



 ユイの顔が予想外だったのか、ぽかんと呆けた顔になったが、直ぐに我に返り頭を下げる。



「ご協力感謝いたします。どうぞお通り下さい。」



 深々と頭を下げる門番を後にし、馬車が出発。

 馬車の中でユイは複雑な表情を浮かべていた。



「本人じゃないのに、あんなに怖がられるって、パパはいったい何をやらかしたのやら。

 ねぇ、シュリ」



 一緒に付いて来たシュリに向かって話し掛ける。


 まだ、シュリを飼い始めて数日。

 しかし、長年共にいたかのように違和感は感じない。



 シュリを連れて帰った当初は、しきりにシュリに話し掛けるユイに、ペットの飼い主特有の親バカかと周囲は微笑ましく観察していたが、シュリがユイの質問に対して的確な返事をすると気付き、周りを驚かせた。



 シュリの賢さはそれだけに留まらず、パン屋で間違ってお釣りを渡そうとすると止めに入り、足りない金額を渡したり。


 全身を覆う毛を器用に絡ませペンを持つと、本を開き、持ったペンで活字を指し示して、簡単な会話が可能だった。

 それにより蜂蜜の他にミルクも食べられると分かった。


 人の言葉を理解しているだけでなく、計算や言語まで習得していたのだ。



 しかし、どれだけシュリが賢いかより重要視されているのは、その可愛さだ。


 店に連れて行けば、シュリの可愛さに悩殺された道行く人々が店の前で足を止め、売り上げに大いに貢献。

 その日はいつもの半分の時間でパンが売り切れ、早々に店を閉めた。



 直後に、信者となった近所や客達が『シュリちゃんを愛でる会』なるものを発足。

 シュリの食事となる蜂蜜は、何年分だとつっこみたくなる量が提供され、腐りやすいミルクは毎日信者が届けに来るようになった。



 カーティスの屋敷でも、ユイが出掛けている時に誰がシュリの面倒を見るかで熾烈な争いが勃発し、見かねたジョルジュの仲裁により、くじ引きという決まりが作られた。




 馬車が入れる所まで進んで馬車を降りると、そこにはロイクが待っていた。



「ロイクさん?」


「よう、久しぶり」


「どうしてロイクさんがここに?」


「ジョルジュさんからユイを送ったって聞いて、仕事放りだして迎えに来たんだよ」



 ロイクが居るのなら、この場で荷物を渡せば良いのではないかと言ったが、ロイクが顔色を変えて否定する。



「いや、それは困る!

 王宮の安寧の為にも一緒に来てくれ、頼む!」


「はぁ…………」



 あまりに必死さをにじませ引き留めようとするロイクに、首を捻る。



「では、私めはこちらでお待ちしております」


「じゃあ、その間シュリをお願いします」


「ピュイ」



 レイスに紹介したかったが、王宮内に連れて行っても良いのか分からなかったのでシュリは置いていくことにした。


 ユイの姿が見えなくなると、御者の男性は、手の平の上に乗ったシュリを見つめた後、撫でたり頬ずりしながら最上質の羽毛も遠く及ばない、ふわふわで滑らかなシュリの毛を堪能した。



「ぐふっ……」



 ***



 王宮内は、戦争の準備に忙しいのか、暇を持て余している者は一人もおらず、走るように廊下を歩く者達と何度も擦れ違う。

 殺気立つように走り抜けて行く者も少なくない。



「ところで、ロイクさんは王宮でどんなお仕事をされているんですか?」


「言ってなかったか。

 俺は軍の所属で、宰相の専属護衛官だ」


「パパのですか?」


「本当は、俺の希望は花形の近衛志望だったんだよ。

 なのに、他にやる奴が居ないからってさ」


「でも宰相の専属護衛官なら地位は高いでしょうから、したい人はそれなりにいるでしょう?」


「いや、よく考えてみろ。宰相って事は、レイスの専属護衛官だ。

 つまり、レイスと四六時中一緒に居なきゃいけないんだぞ。

 魔王の側にずっと居るのは無理だって、泣きながら拒否したり解任を望む奴が続出してな。

 上もそれ以上無理強い出来なくて、学園時代からの友人の俺が指名されたんだ。

 宰相の補佐官も同じ理由で、リューイがやってる」



 記憶を辿れば、その片鱗をユイも目の当たりにしている。


 先程の門番や、王宮へ来た時にレイスを前に怯えていたフィリエルやベルナルト。

 しかし、何をやらかしたらそこまで怖がられるのだ。 



 娘として何とも言えない気持ちになっていると、前から悪人顔のバーグと張れるぐらいの厳つい顔の三人の兵士が向かってきた。

 顔もそうだが、体も顔に負けないほど、ごつい。



「何だ、ロイク。このくそ忙しいってのに仕事サボって、可愛い女の子とデートか?」


「いつから少女に走るようになったんだ」


「俺は悲しいぞ」



 言いたい放題の彼等に、ロイクはムカッと目尻を吊り上げる。



「馬鹿野郎、俺の好みは年上だ。

 この子は、魔王の圧政から俺達を救いに来てくれた救世主だぞ!

 お前らの厳つい顔で怯えて帰ったらどうすんだ」


「えっ、もしや宰相閣下のご令嬢か!?」


「そうだ」



 それを聞いた兵士達は、厳つい顔を更に厳つくし、体を震わせたかと思うと歓喜の雄叫びを響かせた。



「っ……やったぞー!!

 救世主……いや、女神様が魔王を鎮める為にご降臨下さった!」


「天は我らを見放さなかった-!」


「これで、俺達は救われるんだな」


「そうだ、全部署に報告しなければ。魔王に書類を持っていくなら後にしろと!」



 突然叫びだし、あっという間に走り去った兵士達の言葉を聞き、忙しそうに廊下を小走りしていた誰もが動きを止めた。


 兵士達のように喜んでいる者がほとんどだったが、中には………。



「何ぃ!?今行って来たところだったのに!」


「俺もだ。もう少し待つんだった………」



 と、落ち込んでいる者もいたりした。



「ロイクさん、これっていったい……」



 ユイを希望の光を見出したかのごとく、瞳を輝かせて見てくる道行く人々に、訳が分からず困惑するユイ。

 中には拝んでいく者まで居る始末で、どう反応を返していいのか分からないユイは顔を引き攣らせる。



「……ああ、魔王の圧政から解放されるのが嬉しいんだ。少し我慢してくれ」


「魔王の圧政って、またパパがしでかしました?」


「………そういう事だ。

 宰相だから普段の仕事量もそれなりにあるのに、ラグッツの街の復興や戦争の準備で寝る暇も無いぐらい忙しい。

 まあ、それはいい。一番の問題はその忙しさのせいで帰れなくてシェリナやユイに会えない事だ。

 その苛立ちを周りで発散してやがるんだよ」



 レイスが王宮に寝泊まりするようになって暫く経つ。

 結婚してからこれほどシェリナに会わないのは初めてかもしれない。


 普段のシェリナにべったりなレイスを知っているので、絶えきれなくなって当たり散らす光景がユイにも容易に想像できた。



「八つ当たりされるのが分かってはいても、色々と許可をもらう為に宰相の所に行かないわけにはいかなくて、誰が行くかで壮絶な押し付け合いが始まってな。

 このままじゃ仕事に差し障りが出るから、シェリナを王宮に呼んで魔王の怒りを鎮めてもらったらどうかって上層部から話が出て、ジョルジュさんに連絡を入れたんだよ」


「えっ、じゃあ、私よりママの方が良かったんじゃないですか?」


「いや、レイスとは合宿に出掛けた時から会ってないんだろ?

 むしろ適任だ。

 喜び過ぎて発狂しないか心配だがな」



 冗談のつもりだが、冗談とならないかも知れない事に気付いたロイク共々、ユイは沈黙する。



「パパにお土産持って来たんですけど、大丈夫ですか?」



 忙しいレイスの為にと思って甘いお菓子と、癒やしにとシュリに似たプリュムのぬいぐるみを持ってきたのだが、ユイからのプレゼントを喜ばないはずがない。


 その上、総帥達を牽制してくれたお守りのお礼に、写真立てと、それに祖父母の家に屋根裏から発掘してきた幼少期のシェリナの写真を入れてきたのだが……。


 今までより余計仕事に支障が出るかもしれない。



「喜び過ぎてやばかったら逃げるんだぞ。

 只でさえ睡眠とシェリナ不足で、少しおかしくなってるから。

 後、写真は止めとけ、絶対におかしくなる」


「……………はい」



 ユイはレイスに渡すお土産の中から写真立てを抜き取った。




小話集も更新致しました。

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