パーティー1
会場である大広間では、すでにパーティーが始まり、あちらこちらで生徒と身なりの整った大人が談笑している姿があり、早速名刺を貰い勧誘を受けている者もあった。
やはり、模擬試合で良い戦いを見せていた生徒には多くの者が集まり、次々と声を掛けられている。
逆に思った結果を残せなかった生徒の所には誰も寄りつかず、分かり易いほど明暗が分かれていた。
声を掛けられず時間を持て余した生徒達は、同じように声を掛けられなかった生徒同士で慰め合っていたり、やけ食いをしていたり必死で売り込みをしたりと各々それぞれの方法で時間を潰していた。
そんな中に、フィリエルとセシルとカルロが会場へ入ると、一気に会場の雰囲気が変わる。
ほんの一瞬誰もが話すのを止めた。
直ぐに話を再開したが、意識は常にフィリエル達の方へと向いていた。
今回も他者を寄せ付けない力量を見せたセシルとカルロには、見学に来ていた者のほとんどが話をしたいと思っていた。
そしてあわよくば自分の所へ勧誘出来たらと、並々ならぬ気合を入れてこのパーティーに臨んでいた者も少なくない。
しかし、誰一人近付く者はいなかった。
王子であるフィリエルが居たからというのもあるのだが、美しい王子の後ろにぴったりと付き従う双子の姿は堂に入っていて、そこには深い信頼感が透けて見えた。
セシルとカルロが会場へ来るのを今か今かと待ち望んでいた者達は、がっくりと意気消沈した。
二人は既に主を決めており、そこに他者が入る隙はないのだと理解したから。
きっと勧誘をしたところで返ってくる答えは分かりきっている。
セシルとカルロの勧誘を断念した大人達は、次に目を付けていた生徒の元へと赴くのだった。
会場を突き進めば、自然と人はフィリエル達を避け、人が沢山いる中でも、目的の人物であるベルナルトの元へは容易に辿り着けた。
ベルナルトとの所にはアレクシスと、ガイウス。
いつもはフィリエルの側にいるルカとジークが共に居た。
「父上」
「おお、フィリエル。遅かったな」
ベルナルトは後ろに立つセシルとカルロに視線を移す。
「この者達がそうか」
「はい。こちらが兄のセシル、隣が弟のカルロです」
フィリエルに促され、セシルとカルロは胸に手を当て礼を取る。
「お目にかかれて光栄に存じます、陛下。
そして、お久しぶりでごさいます、王太子殿下。
私はセシル・オブラインと申します。そして弟の……」
「カルロ・オブラインと申します」
アレクシスは今年に限らず合宿に来ていたので、既にフィリエルから紹介されていただけでなく、他の社交場でも何度か顔を合わせていた。
ベルナルトは検分するように二人を上から下まで眺めた後、満足そうに頷いた。
「うむ、フィリエルが世話になっているようだな。
二人の優秀さは私の耳にも入っている。お前達のような者達がフィリエルについてくれるのは、王としても父としても心強い。これからもフィリエルを頼んだぞ」
「まだまだ若輩者の我々にはもったいなきお言葉です」
「殿下のお役に立てるようこれからも修練に励んでいきます」
「そんなに謙遜しなくても良いじゃないか。
社交界でも、若手貴族達の中で最大派閥を有する君達は有名人だ。
魔法技術や強さだけでなく、人脈も持つ君達がフィリエルの味方でいてくれるのは心強い」
セシルとカルロは積極的にパーティーなどの社交場に顔を出しては、その恵まれた容姿や頭の回転の速さ、人当たりの良さを最大限に利用して上手く立ち回り、今や社交界で若手貴族の最大派閥を作っていた。
そこから得られる情報や利益は王とて無視できないほどのものとなっているのだ。
因みに二人に処世術を仕込んだのはレイスだったりする。
元々セシルもカルロも世渡り上手で、それまでも上手く立ち回ってはいたのだが、それでは生温い!と人の弱みの握り方から効果的な脅し方、人の良さそうな笑い方から恐怖を与える笑い方などなど、他にも魔王の手下としての教育をみっちりと叩き込まれた。
魔王直々の教えは効果絶大で、実際にそれ以後急速に派閥が拡大していったのは流石魔王と言いたい。
なので、セシルが最近レイスに似てきたと感じるのも致し方ない事かもしれない。
「これほど優秀な息子が二人もいて、オブライン伯爵も鼻高々だろう」
その言葉を聞いて、微妙な表情を浮かべ話すべきか二人は迷ったが、ベルナルトにも関わってくる可能性が大いにあるので話しておくべきだろうと結論し、セシルは、会話をしながらもこちらを興味津々にちらちら窺っている者達に聞かれない程度に声を落とす。
「いえ、残念ながら、オブラインの名を名乗るのは後数か月の間の事ですので」
「どういう事だ?」
「来年成人した際に、二人共名をオブラインからカーティスに変える予定です」
名を変えるという事はオブラインの家を出て、養子縁組をするという事だ。
他に男児のいないオブライン家で二人共揃って家を出る事は驚くべき内容だったが、ベルナルトはそれよりも、カーティスという名前の方に強く反応した。
「………まさかとは思うが、私のよく知るカーティスではないだろうな」
ベルナルトは嫌な予感がしてならない。
そこへフィリエルが決定打を与える。
「そのまさかです、父上」
やはり予想通りだった。
「…………そう言えば、オブライン伯爵の元夫人はレイスと再婚したのだったな」
ベルナルトはセシルとカルロ二人の経歴を記した報告書の内容を思い出した。
二人を調べた際、ユイの情報はテオドールが故意に隠していたので無難な情報しか記載されていなかったが、二人の生母が離婚ののちにレイスと再婚した事はベルナルトも知る事であった。
「という事は、あの娘とは………」
「はい、ユイとは血の繋がった兄になります」
「そうか……」
ベルナルトは再び二人の顔をじっくりと見る。
確かに改めて見ると、兄妹だけあって顔の作りが似ているように感じた。
目の前にいる双子に、国の研究者も顔負けの知識と能力を有するユイ。
この非凡すぎる優秀な三人を産み、魔王とまで呼ばれているレイスを愛妻家に変貌させてしまう夫人と話をしてみたいものだとベルナルトは思った。
宰相の妻ともなればパーティーなどで会う機会は多いだろうと思うが、シェリナを社交場に連れて行く事を嫌うレイスによって、シェリナはめったにパーティーなどには姿を見せないので、ベルナルトも一度も会った事は無かった。
それにしても………。
レイスは若手貴族や子息の間で最も影響力があると言って良い双子を手中にし、これでもしユイがフィリエルと結婚すれば王族とも縁故関係となり、ガーラント国内で多大な影響力を持つ事なる。
レイスの興味は妻子のみ。
権力には微塵も執着が無い事はベルナルトも知っているので、権力を振るって国政を好き放題操るなどの心配はしていないが、ユイを伴侶とする時に、力を付けすぎるからと国内の貴族が反対する可能性も出てきた。
その辺りの事は父のテオドールに丸投げしようとベルナルトは密かに決め、それとは別で、時々とんでもない事をしでかすレイスにこれ以上暴れられる手段を与えて良いものかとベルナルトは頭が痛くなってきた。
なにせ、大概その後始末で頭を悩ませるのはその周りに居る者達なのだ。
「(まあ、レイスなら権力などなかったとしても色々しでかしそうだが。
宰相の権力を使わずに、あの総帥に半泣きで土下座させるぐらいだしな)」
その時ベルナルトはふと思った。
「しかし、優秀な跡継ぎの息子を手放すなど、オブライン伯爵が許すとは思えぬが?」
そのベルナルトの問い掛けに、セシルとカルロは揃って何とも言えない微妙な顔をして、言いにくそうにセシルが口を開いた。
「あー、その………。
恐らく、いや確実に陛下にご迷惑をお掛けするかもしれません………」
「何故だ?」
ベルナルトは聞きたくないと強く思ったが、心の準備は必要だと思い直す。
「あの人が巻き込む気満々ですので、問答無用で関わらされるかと思います…………」
「一貴族の養子問題に王を巻き込むつもりか………」
確かに先に王から了承を得ていれば、オブライン伯爵も王の決定に文句は言えなくなるだろうが、国政に関わるほどの問題にでもならない限り、貴族の養子縁組の問題に王が関わるなど一般的には有り得ない。
だが、そこにレイスが加わると一般常識は無意味になる。
ベルナルトは諦めた。
「申し訳ございません」
二人は揃って頭を下げる。
「いや、私でもレイスを止めるのは無理なのだから、お前達が止めても聞きはしないだろ。
……………お前達は自分の意思で本当にレイスの息子になりたいのだな」
あれが父親で本当に後悔は無いのだな、という言葉を暗に含んで確認を取る。
ベルナルトは自分ならあれが父親になるなど絶対嫌だという思いがあるので念を押して問う。
「はい、心から望んでおります」
「お恥ずかしながら、実父よりも遙かに父親として接してくれています、本当の子供のように」
一緒に出掛け、学園などであった日々の事を話しながら食事をし、困った事があれば助言をし全力を尽くして助けてくれる。
それに対し、話をする事はほとんど無く、有っても一言二言で終わり、共に食事を取る事も滅多に無く、子供に無関心な本当の父親。
これではどちらが本当の父親か分かったものではない。
二人からレイスに対する尊敬の念を感じて、普段魔王なレイスしか見る機会の無いベルナルトには理解しがたい思いだったが、それが本心から言っていると分かったので納得するしかない。
「分かった。レイスから何かしらの話があれば、出来る限りは協力しよう」
「御迷惑お掛け致しまして申し訳ございません、陛下」
「なに、フィリエルの義兄になる者の為だと思えば、大した事は無い」
口角を上げるベルナルトのその言葉に、一同は面食らった。
直ぐに意味を理解したカルロはフィリエルに向かって両手を広げ、茶化すように話す。
「お兄様と呼んでくれて構わないぞ、弟よ」
「誰が言うか!」
「あの人を父上と呼ぶよりはハードルは低いと思うけど?」
「ぐっ……確かにそうだが………」
言ったが最後、烈火の如く怒り狂うレイスの姿が目に浮かんだ。
「まあ、魔王の説得は俺達も協力するよ。宰相になるように言った手前、責任を感じるし」
「権力与えちゃいけない人に余計な事言ったって、ちょっと後悔したしな」
もし、レイスが宰相では無かったら王もフィリエルも、もう少し強気に出られていたはずだと思うと、ほんの少し後悔していた。
その思ってもみなかったセシルとカルロの言葉にベルナルトが反応する。
「宰相になるように言ったとはどういう事だ?」
「実は母と再婚前、あの人に交換条件を出したのです。
宰相になるのなら、母との仲を取り持つ協力をしても良いと」
「何故そのような条件を出した」
「ユイを守る為です。
陛下もご存知かと思いますが、ユイの能力は突出しています」
ベルナルトは頷く。
「ユイの能力に気付き、取り込もうとする者が絶対に現れると常々思っておりました。
現に、元帥、総帥、枢機卿のお三方は気付き、ユイを取り込もうと躍起になっております。
幸い、お三方は誠意を尽くして対応して下さる誠実な方々でしたので、力尽くの行動をされる事はありませんでしたが、他もそうとは限りません。
もし、暴力や権力で来たときに、ユイを守れる人が側にいる必要がありました」
確かに何の力も持たぬパン屋の娘では、権利者の前では無力だろう。
「そう思っていた時に目に付いたのが、魔王です。
その時から魔王の名は有名でしたからね。その能力もさる事ながら、逆らう者には容赦の無い非道っぷりが」
思い当たる節が大いにある、王族三人とガイウスとルカとジークが揃って何とも言えない表情をつくる。
「その魔王が母に異常なまでの好意を持っていると知って、彼なら母を悲しませない為にユイを守れるのではと………。
権力への興味は一切無かった人ですが、母と結婚する一心で約束通り宰相まで登り詰めました。
正直、条件を提示してから実際に宰相位に就くまでの早さに、言いだした自分達が一番驚きましたが………」
ユイが成人するまでには宰相になってくれれば僥倖だと思っていたセシルとカルロだったが、予想を裏切り数年で宰相の位に就いてしまい、その優秀さに言い出した本人達が驚いていた。
しかも、宰相になる為に仕事に勤しんでいる合間には、きっちりシェリナに好意を持って貰う為にも動いていたのだから、さらに驚く。
「そ、そうか。何故権力に執着の無いレイスが宰相になったのか疑問に思っていたが、漸く分かった」
ベルナルトが、さして野心を持っているように見えないレイスに宰相職を打診した時には、断られる事も考慮していたが、予想外にも即答で受け入れたので拍子抜けした記憶がある。
さらに、仕事より妻子との時間の方が大事だと言いながらも、文句を言いつつ、妻子との時間が削られる忙しい宰相職を離れず仕事に勤しんでいるのは何故なのかと常々疑問に思っていた。
その理由が溺愛してやまない妻子の為だと言われれば合点がいく。
「あの人の母への執着は尋常ではありませんでしたから。
こんな人に母を任せて良いのかと思ったかしれません」
それでも、オブライン家にいた時と違い、幸せに満ち足りたシェリナの表情を見れば、間違いではなかったと思えるのだ。
「益々、夫人に会ってレイスの手綱の取り方を聞いてみたいが…………」
「難しいかもしれませんね。
ですが、私達がカーティスの名を名乗るようになれば機会もあるかと存じます」
「そうか、楽しみにするとしよう」
レイスは、ただシェリナをオブライン伯爵に会わせたくないという理由もあるのだが、何よりレイスは敵が多い。
同時に恐れられてもいるおかげで、目に見えて敵対してくる者は殆どいないが、代わりにその敵意がシェリナへと矛先が向く恐れがあった。
レイスがずっと側にいられるとは限らず、普段からパーティーなどに出席していないシェリナには助けてくれる知り合いもいない為、連れて行けないのだ。
しかし、最大派閥を持つセシルとカルロが後ろにいるとなれば、派閥を取り仕切っている二人を敵に回すのは、返ってくる不利益の方が大きく、その者達も不用意な行動は慎むはずだ。
これまでパーティーへは、シェリナに代わりリューイを伴っていたが、二人の正式な手続きが終われば、レイスもシェリナを連れて行くようになるだろう。
しばらく話をし、顔合わせには充分な時間を取る事が出来て満足したが、パーティーはまだまだ終わる気配は無く周囲は賑やかに歓談していた。
「父上、兄上、俺はそろそろ戻ります」
「もう帰るのか?」
「はい、人が多い場所は疲れてしまうので」
魔力の強いフィリエルは、人が多い場所ではいつも以上に神経を集中させ、魔力を抑えている。
しかし、気を張り続けていれば疲れるのは当然の事。
学園で時折、護衛であるルカとジークを伴わず一人でいるのも、人が多い学園内でずっと気を張っているのは疲れる為、周りを気にせずにいられる時間を設けているからだ。
それを理解しているので、本来なら手本と成るべき王族のフィリエルが授業をサボっていても、教師達も何も言わず、見て見ぬふりをしている。
これが王家主催ならば残っている必要があるが、今は学生が主役のパーティー。
就職先を決める必要の無いフィリエルがここにずっと居なくとも何ら問題は無い。
一応顔は出したので、何かを言う者もいないだろう。
「それならば、仕方が無いね。ゆっくり休むといい」
「はい、先に失礼致します」
去ろうとするフィリエルを見て、ルカとジークが付いていこうとするが、フィリエルはそれを手で制する。
「二人は父上と兄上に付いててくれ。
他の護衛は会場内まで入って来られないからな」
主にそう命じられてしまえば、二人は従う他ない。
連れて来た護衛は会場の外に配備され、今ベルナルトとアレクシスの側にいるのはガイウスだけ。
要塞内に居るのは身元の確かな者達なので、万が一は起こらないだろうが、フィリエルとしては念の為に自分よりも弱い二人の護衛をしてくれていた方が気が楽だからだ。
ならばと、セシルとカルロが付いていこうとするが、それもフィリエルは拒否する。
「大丈夫だ。この要塞に不審者が入れるとは思わないし、自分の身を守るぐらいの力はあるからな」
「とか言って、邪魔されたくないだけじゃないのか?」
ニヤリと笑んだカルロの言葉で、王達はフィリエルが自身に宛がわれた部屋に戻るのではないと気付き、生暖かい視線を送った。
「よし、それでこそ男というものだ。奴の居ぬ間に頑張ってものにするのだ!」
「宰相閣下にはバレないようにしておくから、頑張るんだよ」
父と兄の応援を受けながら見送られる。
ユイが家族に認められているのはフィリエルとしても嬉しいはずなのだが、やりづらくて仕方が無い。
このまま進展が無ければ、その内応援だけに止まらず、女性の口説き方などと言った講義を受けさせられかねないほど協力的だ。
フィリエルが会場の外に出て、ユイの元へ行こうとした時。
「お待ち下さい、殿下」
フィリエルは足を止め、呼び止めた相手を振り返る。
そこには、以前婚約者候補として会った、シャーロット・チェンバレイ侯爵令嬢がいた。
「申し訳ございません。
突然後ろから呼び止めるなど、ご無礼を致しまして」
「いいえ、構いませんよ。
それよりも、慌ててどうされましたか?何か用があるのでしょう」
親しい者の前での砕けた口調とは違い、外面用の王子らしい笑みと口調でシャーロットと向き合いながら、内心では早くユイの所へ行きたいのにと、表情と全く違う事を思っていた。
「あ……その、ここでは話辛いので場所を変えても宜しいでしょうか」
ユイの所へ直ぐにでも行きたかったが、侯爵令嬢相手に無下に断ることも出来ず場所を移す。




