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魔王様のお守り

「やったね!さすがフィニー君」


「ユイとイヴォが気を逸らしてくれてたからね。

 想像以上に上手く行って良かったよ」



 試合を終え、自室へと帰ろうとしている途中、試合に勝ち明日行われる元帥と総帥の特別授業をもぎ取ったライルの気分は最高潮に上がっていた。


 フィニーは相変わらずにこにことした笑顔で内心は分からないが、イヴォとクロイスは平静を装ってはいるが口角が引きつっている。

 おそらく、溢れ出しそうな感情を必死で抑えているのだろう。

 本当は大笑いしながら踊り出したいほど嬉しいはずだ。



 そんなイヴォ達を他人事のように見ていたユイは、ふと前方に立っていた人物を目に留め、分かりやすいほど嫌そうに表情を歪めた。



 癖のある髪で、筋肉のついた体格の良い、野生の獣のような鋭い雰囲気を持つ男性は、ユイと目が合うと獲物を見つけかのように不敵な笑みを浮かべ、ユイに近付く。


 ただそこに立っているだけだというのに、まるで戦場のさなかに居るような錯覚を起こさせる圧倒的な威圧感に、イヴォ達は自然と冷や汗が浮かび背筋が伸びる。



「久しぶりだな、嬢ちゃん」


「何か用ですか」



 機嫌が悪そうに不遜な態度を取るユイに、ライルは声無き声を上げる。

 ユイを止めようにも、あまりに迫力ある男性を前にして、誰もが声を出す事が出来ない。

 不用意に声を出せば食い殺されそうな恐怖が先立ち、身が竦んだ。


「冷たいなぁ、俺は会いたくて仕方がなかったってのによぉ」


「迷惑です。とっとと要件だけ話して目の前から消えて下さい。

 パパにストーカーがいるって言って退治してもらいますよ」


「はいはい、分かったよ。

 じゃあ、ゆっくり話がしたいから付いて来てもらおうか、そっちの天才少年もな。

 理由は言わなくても分かるだろ。

 これは強制だ、拒否は認めない」


「………分かりました」



 有無を言わせない男性に、舌打ちしたくなるのを我慢して大人しく従う。

 逃げようと思えば出来たが、それでは一緒にいるイヴォにも迷惑が掛かる上、合宿中ずっと付きまとわれる可能性が高い。

 いや、確実に話を聞くまで付きまとわれる。



「イヴォ、行こう。皆は先に部屋に戻ってて」



 そう言ってサクサクと進めるユイをライルが慌てて止める。



「ちょっ、ちょっと待ってユイちゃん!」


「何?」


「あの人誰!?」


「ああ、あれはギルドの総帥よ」


「総帥ぃ!?」



 まさかの大物に驚きはしたが、全員納得してしまう。

 何度も死線をかいくぐって来たのだろうと思える迫力と威圧感はただ者であるはずがない。



「何で総帥がユイちゃんとイヴォ君を呼びに来たの?」


「多分進路の話よ。

 何度も勧誘に来てたけどパパが邪魔してたから、パパの居ない今だと思ったんじゃない?

 いい加減諦めたら良いのにね。

 イヴォ、早く終わらせて帰ろう」


「ああ………」



 まだ、動揺しているイヴォを連れ、総帥の後に付いて行く。



 ***



「全員お待ちだ。今日こそ、はいと言わせてやるからな」



 口角を上げ、やる気に満ち溢れた総帥に嫌気がさしながら案内された部屋へ入り、居並ぶ人々を見た瞬間、ユイは回れ右をして逃げ出したくなった。


 最初に目に入ったのは、キーレン元帥と、真っ白いローブを着て、聖職者らしく清潔感があり優しい面持ちをした教会の枢機卿。


 総帥が居るので二人は必ず居るだろう事は予想していたが、総帥以上にユイを取り込もうと燃えていた。


 そして予想外の王と王太子の存在に、ユイは頭が痛くなった。

 その後ろにはガイウスが立っている。


 いくらユイが拒否しようとも、王の命令という一言でどうにでもなってしまう。

 そうなれば、ユイに拒否権はない。

 もし出来たとしてもユイが拒否した事でレイスが宰相職を下ろされては大変だ。


 実際はそんな簡単にレイスをクビになど出来るはずはなく、レイスがありとあらゆる手段でもって無理強いさせはしないのでユイの心配は無用の事なのだが、ユイはそうなった場合どう言い逃れようかと必死で頭を働かせながら、イヴォと共に王へ礼を取る。



 そして助けを求めるように、何故かいるフィリエルを見るが、返ってきたのは苦笑のみ。




「今日の試合を見させてもらった。二人共素晴らしい戦いぶりだった」



 元帥の賛辞に、イヴォは緊張の中に喜びを含んで、ユイは無表情で「ありがとうございます」と声を揃えた。



「急に呼び出して驚かせてしまっただろう。

 君達を呼び出したのは他でもない、君達の卒業後を聞きたくてな。

 まず、イヴォ・アルマン。まだ一年生で何年も先の事だが、私もここにいる枢機卿も総帥も君の所属を望んでおられる。

 君の希望を聞かせて貰いたい」


「若輩者の私を評価して頂き、とても光栄です。

 ですが、まだまだ経験してみたい事、挑戦してみたい事が沢山ありすぎて、今の段階では決めかねております。

 二年からは専門的な分野を学べる授業も始まりますので、それらを学んでみてから自分のしたい事を決めたいと思います」



 王族に各機関の大物が揃う中で、イヴォはガチガチに緊張し僅かに声が震えながらも、しっかりと自分の意志を伝えた。



「なるほど、少なくとも魔法に関わる仕事とは考えているのかね?」


「はい」


「そうか、ならばまた改めて話をしに行こう。

 お二人もそれで宜しいかな?」



 キーレンの問い掛けに枢機卿と総帥も反論はなく頷く。



「では君との話は終わったから先に帰っていてくれ」


「えっ……はい」



 イヴォはユイを一人残す事に一抹の不安が過ぎるが、反論など出来るはずもなく外へと向かう。

 そんなイヴォの後ろに気配を消してこっそり付いて出て行こうとするユイだったが………。



「おい、どこ行きやがる。話はこれからだぞ、嬢ちゃん」



 それに気付かれないはずもなく、後ろからどすの効いた声で呼び止められ、あえなく断念する。


 心配そうに部屋を出て行くイヴォを見送ると、振り返り、居並ぶ権力者達に気圧されないようお腹に力を入れる。



「さっそくだが……」


「嫌です」



 キーレンが何かを言う前に、ユイは素早く拒否を示す。

 キーレンは思わず苦虫を噛み潰したような顔になる。



「………まだ何も言っていない」


「言わなくとも分かります。

 これまでに何度も、何度も、言いましたが、軍にも教会にもギルドにも入りません。

 祖父のパン屋を継いで、平凡な旦那様をもらって平凡に生きていきます」



 平凡な旦那様という所でフィリエルが動揺したが、幸いにも気付いたのは側にいたベルナルトとアレクシスとガイウスだけだった。



「だから、パン屋は継いで良いから所属するだけでも良いって言ってるだろうが」


「ええ、普段はパン屋で働いて、週に一度ほど教会に顔を出してもらえれば構いません」



 ユイもだが、総帥と枢機卿も決して引かない。

 過去何度もしたやり取りに、早くもユイは嫌気がさしていた。



「それだけで給料ももらえるんだ、こんな好条件な話普通なら有り得ないぞ」



 諸手を上げて受け入れるような好条件だが、ユイは頑なに首を縦には振らない。



「他に何が望みだ。出来る限りの希望を聞こう」


「教会も同じです」



 ギルドと教会は出来る限りの要求は受け入れるつもりだが、法と規律のある軍では不用意な事は言えない為、キーレンは今の所傍観に徹している。



「じゃあ、二度と目の前に現れないで下さい」


「却下だ」


「今出来る限りと言ったじゃありませんか。

 言った言葉には責任を持って下さい」


「もっとあるだろう!金とか地位とか貴重な魔具とか。」


「興味ありません。

 だいたい、生活に不自由ないほどに父が身の回りの物を揃えてくれますし、高い地位は責任が生まれて面倒臭いし。

 魔具は授業で習えば自分で作れる自信があります」



 ばっさりと切り捨てるユイに、誰も何も言えなかった。



 確かにユイの父親のレイスは宰相で財力も当然あり、お金には困っていないだろう。

 しかも学生時代に小遣い稼ぎで友人と始めた共同経営の貿易会社が大当たりし、かなり稼いでいたりする。

 そして、ユイの才能は疑いようもなく、ユイの言う通り魔具も簡単に作ってしまうだろう。


 つまり、ユイを釣る為の餌を用意出来ないと言う事だ。

 全くもってとりつく島がない。



「それに、週に一度顔を出せば良いだけと言いますが、所属した以上は何かしら働く義務が生まれるでしょう。

 上手い事言って、いたいけな少女を騙そうなんて酷いと思わないんですか」



 これには、身に覚えがある枢機卿と総帥の目が泳ぐ。



 所属して給料をもらう以上、働く義務が発生する。

 ただ顔を出すだけで済むはずがないのだ。


 最初は顔を出すだけと言っておいて、後になってから、所属しているのだから最低限の仕事はしてもらわないと困るとでも言ってユイを働かせるつもりでいたのだろう。



「ちっ、普通の十六歳の子供なら簡単に飛びつくのに」



 企みがバレて不機嫌そうに舌打ちする総帥に、怒りたいのはこちらの方だと、ユイは非難する視線をぶつけると、それに気付いた総帥はばつが悪そうにする。



「いや……騙そうとしたのは悪いとは思う。まあ、少しだけ……。

 それでも、どんな方法を取っても手に入れたい。

 それだけの価値がお前にはあるんだ。

 それを何故生かそうとしない。何故自らその他大勢に埋もれようとする?」



 ギルドは実力至上主義。

 総帥は己の実力だけで総帥に上り詰めた。

 力は示してこそ意味があるという意識を持っている。

 それ故に、ユイの才能を純粋に評価しているからこそ、それを隠そうとするユイの考えが理解出来ないのだ。



 いつものどこか軽さを含んだ話し方とは違い、いつになく真剣に話す総帥にユイも真剣に答える。



「総帥には感謝しています、元帥にも枢機卿にも。私をそれほど評価して頂いて。

 そして………私の事を公に騒がないでいてくれて。

 でも、だからこそ私が拒否する理由も分かるはずです」



 本来ならば、総帥に元帥に枢機卿自らが足を運び勧誘したとなれば、瞬く間に噂になりそうな事態だが、それを知っているのはごくごく身近な者達だけ。

 学園でも一切話に出た事はない。

 それは彼等が大事にならないように配慮して、ユイの存在を漏れないようにしてくれているからだ。


 ユイを横からかっ攫われない為でもあるが、何より危険性を十分理解しているから。



 勧誘に来る者は、総帥達のようにユイの意志を尊重し、我慢強く交渉してくれる者ばかりではない。


 中には権力や力に物を言わせ、非道な方法を使い、力ずくで従わせようとする者や、プライドばかり高く、断った事で逆恨みをする者達も少なくない。

 ユイのように才能のある者なら尚の事、面倒事に巻き込まれる可能性が大いにある。


 ユイに危害が及ばないように三人は、ユイの存在と自分達が交渉しているという情報を外に漏れないよう隠してくれていた。


 しかしそれは、隠す必要があるほどユイの才能が面倒事に巻き込まれやすいという証でもある。



「私は面倒事が嫌いなので、静かに暮らしたいんです」


「だからこそ、軍か教会かギルドのどれかに所属するべきではないか?」


「ええ、この実力も権力もある三つの機関相手に下手な事をする者はいないでしょう。

 面倒事を避けたいあなたにとって、自身を守る盾になりますよ」



 元帥達は利点を話してユイを引き込もうと必死だが、それだけではない事を理解しているユイは、それに惑わされたりはしない。



「確かに、手は出しづらいでしょう。………ですが、絶対ではない。

 所属する事で私の力を知る者が増えれば、危険を侵してでも強硬手段に出ようとする者は必ずいます。

 そうなった場合どうするのですか。

 小娘一人を守る為に、その都度組織は動いてくれないでしょう?」



 凄い自信だが、誰一人訂正する者はいない。

 危険を侵すだけの価値がユイにはあると全員が思っていた。

 そして、ユイの言う通り、四六時中何の地位もない、ただの職員の一人を守る事など出来るはずもない。

 入ったばかりの新人一人を優遇していると分かれば、必ず内部から不満が出てくる。



「危険を侵すよりひっそりと生きる方がずっと安全です」


「年寄りみたいな事言ってんなよ。

 情報は出来る限り外に出さないようにするから、取りあえずどこかに入っとけよ。

 問題が起きたらそん時だ、ガキらしくもっと気楽に考えてみろよ」



 これだけ完全拒否してもへこたれない総帥。

 元帥と枢機卿もどうにか岩のように固いユイの考えを変えさせる手はないかと頭を働かせていた。


 これ以上は押し問答を繰り返すだけだと、だんだん面倒臭くなってきたユイは、レイスから預かっていた御守りをポケットから取り出した。



 それは御守りと言う名の三通の手紙。

 どうしようもなくなったら彼等に渡すようにとレイスから渡されていた物だ。



「これをどうぞ」



 ユイは元帥と枢機卿と総帥それぞれに手紙を一通ずつ渡していく。



「何だ、これは」


「父が皆様に宛てた手紙です」



 魔王からの手紙…………。

 手元にある手紙を見て、三人は顔を引きつらせた。


 本当はベルナルト宛ての手紙もあったのだが、ベルナルトはレイスの忠告を守って傍観に徹していたので渡さなかった。

 それを知らないベルナルトは自分の分が無かった事にほっとしていた。



 恐る恐る手紙を開いた瞬間、三人は絶句した。


 そこには毒々しい赤色で書かれた文字の羅列。


 内容は至って普通のしつこい勧誘への抗議の言葉なのだが、地獄の亡者から届いたのではと疑いたくなる、呪うと言わんばかりのおどろおどろしい書体で書かれた赤い文字に目が奪われ、全く内容が頭に入って来ない。



「(手紙事態に呪いは掛かっていないようですが…………。念の為、解呪の魔法を使っておきましょうか)」


「(この赤い文字は何で書いているんだ………)」


「(インクかと思ったがインクの匂いはしないし、変なものではないだろうな!?)」



 文字の赤色の正体を知りたかったが誰もが怖くて口を開けなかった。

 やばいものでない事を心から祈る。



「それで、まだ話し合いを続けますか?」



 そうユイの問い掛けに誰一人声を発する者はいなかった。

 いや、呪われそうな手紙を渡された直後で勢いを潰され、手紙への怯えと混乱で行動に移すなど出来なかった、が正しい。


 キーレンは何とか現状を打開しようと、懇願の眼差しを最高権力者に向けたが………。



「残念だが、レイスに辞職されては困るからな、すまん」



 ここも既に魔王の手が回っていたようで呆気なく撃沈された。



 ***



 レイスの邪魔で意気消沈して三人が退席し、部屋にはユイとベルナルト、アレクシス、フィリエル、ガイウスのみとなった。



「先程、お前はただの小娘は守れないと言ったな」


「はい」


「確かに国に仕えた場合、伯爵の娘であろうと特別待遇をする事は出来ないが、王族と結婚すれば王族に名を連ねる事になる。

 王族には護衛が付くから四六時中、国が守ってやれるぞ。

 王族に手を出そうとする馬鹿も少ないだろうしな」



 人の悪い笑みを浮かべるベルナルトにテオドールの面影を感じつつ、総帥達の前でも無表情で冷静な態度を貫いていたユイが激しく動揺する。



「そっ……その件は、ちゃんと本人にお断りしていますので……」


「俺は諦めたなんて言ってないぞ」



 しれっとしながらフィリエルが追い討ちをかける。

 大声で抗議したかったが、王の前で不敬になるような行動は出来ず、恨みがましい視線をフィリエルに投げかける。黙っててくれという思いを込めて。



「まあ、それはフィリエルに頑張ってもらうか」


「はい、任せて下さい」



 ユイへ向けられる周囲からの生暖かい視線に居たたまれなくなる。


 フィリエルから求婚されていながら断っているという複雑な間柄が、王にまで伝わっている。

 王子の相手となれば政治的にも関係があり、親としても王としても承認が必要なので、フィリエルが話しているのは当然なのかもしれないが、恥ずかしさが込み上げる。



「あのっ!………私を残したという事は何か御用がおありになったからでは?」



 この話題から逃れたかったユイは少し頬を紅潮させながら声を上げた。


 先程まで、ガーラント国内でも上位の権力者相手に堂々と話していた時とは打って変わって、うろたえるユイの様子にベルナルトだけでなく、アレクシスやガイウスも吹き出しそうになるのを噛み殺す。



「ああ、そうだったな。

 実は先日教えて貰った構築式の事で問題があって、聞きたい事があるのだ」


「お渡しした資料に間違いでもありましたか?きちんと直せていたと思いますが」



 ユイのように独学で学んだ者は構築式にクセがあったり、研究者は紙に書いて残すさいに、もし他者に研究内容を盗作されない為に一部を暗号のようにして、自分にしか分からないように残す事が多い。

 しかし、ユイは研究資料を渡す時には、分かるようきちんと直して渡したので問題はないはずだ。

 どこかに取りこぼしがあっただろうかと記憶を手繰り寄せる。



「いや、渡された資料事態は何も問題はなかった。

 問題だったのは、それを使う人材だ」


「人材ですか?」



 ユイは言っている意味が分からず首を傾げる。



「軍で魔力操作の能力が高い者に、この魔法を使用してもらったのだが、上手くいかなくてな。

 一応出来なくはないが、効果を持続出来なくて、数秒……良くて数十秒程度しか保たなかったのだ」



 魔法を使ったのは王宮でも魔力操作に定評がある青の部隊長だった。


 王宮でユイがアレクシスを治した際に、他者の魔力を制御した魔法を知りユイに会おうとしたが、レイスが許さなかった。

 それでも機会を窺っていたのだが、王からユイの事を口外しないよう言明されてしまう。

 知識欲の塊のような彼は納得出来ず大騒ぎ。


 元々、魔法を使えるだけの魔力操作能力の高い者を探していたので、ユイから開示された魔法を代わりに教える事で納得させたのだ。


 しかし、王宮でも一二を争う魔力操作を持った青の部隊長でも、中々上手く使えなかった。


 仕事そっちのけで特訓し、何とか他者に魔法の効果を付与出来るまでに至ったが、直ぐに効果が切れてしまう上、持続時間にばらつきがある。

 これでは危険過ぎて使えない。



 ユイは簡単にこの魔法を使っていた為、青の部隊長がこれほど苦戦するとは思わなかったので、ベルナルトとアリシアはがっくりと肩を落とした。

 特に、前回は体調により仲間に入れなかった、アレクシスの落胆ぶりはひとしおだった。



「お前はどうやって、そこまでの魔力操作を覚えたのだ?

 可能ならコツを教えてもらいたいのだが」



 どう、と言われてもユイには上手く説明出来ない。



「私の場合リーフェという事もあり、小さい頃から魔力制御を集中的に特訓したおかげではないでしょうか?」



 ユイが魔法を勉強し使い始めたのは本当に幼い頃だった。

 普通魔法を学ぶのは初等学校に入るぐらいからだが、ユイはそれよりもずっと前から、魔力制御の難しい無属性魔法を使う為に制御の特訓を始めていたので、学習能力の高い子供の時に早めに始めたのが良かったのではないかと思った。



「しかし、それならばフィリエルでも出来るはずだ。

 物心ついた頃には、父上が厳しく魔力制御を教えておられたからな。

 だが、フィリエルでも無理だった」



 確かにベルナルトの言う通りだ。

 早ければ良いのであれば、フィリエル程早い者は居ないだろという程、フィリエルが魔力制御の訓練を始めたのは早い。

 泣いたり怒ったり感情を爆発させるだけで周囲の物が壊れていくのだから、早急に制御を覚える必要があったからだ。


 そんなフィリエルがユイの作った魔法を使っても、結果は青の部隊長と似たり寄ったりだった。


 しかし、それ以上ユイには何も言えない。

 何となくこうするものだという感覚があるが、それを口頭で説明しろと言われると非常に難しい。



「お力になりたいのですが、感覚的なものですので、口では説明しづらくて………。

 お力になれず申し訳ございません」


「むぅ、そうか………。

 では、代わりにその魔法効果を付与した魔具を作っては貰えぬか?

 青の部隊長が特訓しておるが、魔法を使えるようになるまで暫く掛かりそうだしな」



 ベルナルトの注文に、ユイは申し訳なさそうに眉を下げる。



「申し訳ございません、陛下。私では魔具をお作りする事は出来ません」


「何故だ!?」



 断られると思っていなかったベルナルトの語気が少々強くなる。

 王宮に呼ばれた時、始終ユイはフィリエルの事を気に掛け、最後には貴重な構築式まで開示したので、今回もフィリエルの為なら協力をしてくれると思っていたのだ。



「そうか、金か?勿論、相応の金額を用意するぞ」



 フィリエルを思いやってくれるユイに、父親としてベルナルトは嬉しさを感じていたが、結局は金欲しさだったのかと失望感が襲う。

 そんなベルナルトの早とちりをユイは慌てて断る。



「いいえ、違います。私はまだ学園の一年生ですので……」


「それがどうしたと言うのだ」



 意味の分かっていないベルナルトに、横からアレクシスが苦笑しつつ助け船を出す。



「父上。

 魔具の作成には二年生以上に選択授業を選んで作成許可を得なければ、作成は出来ません。

 まだ一年生の彼女は作りたくとも出来ないのですよ」


「おお……そうか、そう言えばそうであったな。

 どうやら早合点をしてしまったようだ、すまぬな」


「いいえ、とんでもございません!」



 自身の不備を素直に詫びるベルナルトは好感が持てるが、王に謝られた庶民意識の高いユイには恐れ多くて胃痛を起こしそうだ。




 魔具の作成には、魔法の暴発などの危険が伴う為、ある一定の知識と魔法制御があると認める試験に合格して、魔具を作成しても良いという許可が必要になる。


 許可を得る方法は二つ。


 魔具作成専門の養成学校で学ぶ方法。

 もう一つは、魔法学園で二年生以上から受けられる選択授業で魔具の授業を選び必要な知識を学ぶ方法。


 ユイは二年生にならなければその授業を受けられない。

 しかも、最初は魔具の知識を勉強するだけで、作成出来るようになるまでは数年掛かってしまう。


 許可も得ず作成してしまえば、罰則として学園を退学になる。

 少し厳しい罰かと思えるが、魔法が暴発した場合の危険性を考えると、絶対にさせない為に厳しいぐらいでちょうどいいのだ。



「そうか、まだ一年生だったな……」



 しみじみ感じ入るように、ベルナルトはユイを眺める。


 あまりにユイの知識と自分や総帥達を前にしても臆する事無い堂々としていた態度のおかげで、すっかり忘れていたが、息子のアレクシスとフィリエルよりずっと年下なのだ。



「ならば仕方がないな。

 では、魔具が作れるようになったあかつきには魔具を制作してもらえるか?」


「はい、お任せ下さい」



 迷わず受けたユイの答えにベルナルトは満足し、話し合いは終了となった。



 部屋を退出したユイは深く息を吐き出した。



「疲れた…………」




 ***




「父上、いかがでしたか?」



 ユイが去った部屋で、フィリエルは緊張を滲ませた顔でベルナルトに問い掛ける。


 今回ベルナルトが合宿に見学に来たのはユイに魔具を頼む為でもあるが、一番の目的はユイがフィリエルの妃として相応しいか見極める為だった。



 フィリエルは現在、王位継承権第二位。

 もしアレクシスに万が一の事があった場合や、子を授からなかった場合などには国王として立つ可能性がある。

 それだけでなく、アレクシスに女児しか産まれずフィリエルとの間には男児が生まれた場合、ガーラント国の法では男児にしか継承権がないので、その母は国母となる可能性もあるのだ。

 その結婚相手を好きという理由だけで認める訳にはいかないのだ。



「そうだな、あれだけの権力者を前にして物怖じせず話せる者は少ない。

 特にあの総帥相手に呑まれる事なく意志を貫けるのは賞賛に値するな。

 見目も頭も良いし、そして幼少期は伯爵家で育っただけあって、立ち居振る舞いも綺麗だ。

 多少目に付く所もあるが、基礎は出来ているから今後の教育次第で良くなるだろう」



 フィリエルは固唾を呑んで答えを待つ。



「いいだろう。もし彼女から良い返事が貰えたなら、婚約者として認めよう」


「ありがとうございます」



 ベルナルトに認められ、フィリエルはほっと安堵の表情を浮かべる。



「後一つ問題があるのは、あの標準装備の無表情だが……。

 まあ、アリシアが何とかするだろう。ずっと娘が欲しいと言っていたからな」



 その時全員の脳裏に、嬉々としたアリシアと、おもちゃにされげっそりとしたユイが浮かび上がり、暫し沈黙が落ちた。



「つきましては、以前に話が出ていたエリザとチェンバレイ侯爵令嬢との婚約の件は正式に断って下さい」


「まだ良い返事を貰ったわけではないだろう」


「必ずユイを納得させますので必要はありません」



 こうもはっきりと言われたら、ベルナルトもそれ以上言う事はない。



「……そうか、分かった。

 まあ、エリザに関しては、アリシアとイライザが反対していたからな、元々話を進めるのは無理だっただろうな」



 イライザはフェイバス公爵夫人でエリザの母親、アリシアとは従姉妹の関係にある。

 二人は昔から、まるで姉妹のように仲が良く息ぴったりで、今回の婚約話に二人共猛反対していた。



「そうなのですか、一体何故?

 エリザは王族の妃としてなんら不足はないと思いますが」



 アレクシスの疑問に、ベルナルトは何かを思い出したのか、どこかげんなりとしている。



「さあな。

 私が聞いてもあの二人は揃って、これだから男は鈍感で女性の機微に疎い、と怒られただけで詳しい理由を話さんのだ。

 お前達は何か知っているか?」


「私は何も………。フィリエルは知ってるかい?」


「いえ」



 アレクシスがフィリエルに視線を向けるが、フィリエルにも分からず首を横に振る。



「全て片が付いたら、改めて聞いてみるか。

 …………最後に一つ聞いておきたい事がある」



 急に真剣みを帯びたベルナルトの雰囲気に、何か重大な事だろうとフィリエルは姿勢を正す。



「彼女の好きな物は何だ?」


「……………は?」



 身構えていたというのに、出てきた言葉があまりに予想外で、一瞬ベルナルトの言っている意味が理解出来なかった。



「今の所、彼女が私の娘になる可能性が高いだろう?」


「はあ……まあ、そうですね」


「私だってアリシアと同じで娘が欲しかったのだ!

 ぜひ彼女にお父様と呼んでもらいたい!!」



 ベルナルトは普段では見せない熱意で力説する。



「だが、彼女は私の前では始終緊張しているようだ。

 しかし、フィリエルや父上にはそれは可愛い笑顔を向けていた。

 要は慣れだ!

 好意を持ってもらう為には贈り物が一番だろう!!」



 レイスの方が好みを良く知っているかもしれないが、レイスに「未来の娘に気に入られる為の贈り物は何が良い」と聞いて答える訳がない。

 そんな事言ったが最後、仕事を放棄した挙げ句、フィリエルの身が危険になる。



 フィリエルとガイウスが呆れた視線を向ける中、アレクシスは「妹か………」とどこか嬉しそうにしていた。











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