異母姉妹
漸く解放されたユイが戻って来ると、既に服を着替え正装したレイスにセシルとカルロが待っていた。
元々学園でファンクラブすらある二人の正装姿は、普段の二割り増しで格好良く見える。
それに性格は難ありだが、物腰柔らで整った容姿のレイスと並んでいると、それだけで人目を引き、令嬢や夫人方の熱い視線を一心に受けていた。
「お待…たせ……」
「……………大丈夫?」
「何とか」
あまりに疲れ切った様子に、セシルは綺麗に着飾った姿を褒めるより心配する言葉が先に出る。
「やり過ぎですよ、リディア」
「うふふ、ごめんなさいね。
ユイちゃんがあまりに可愛いから店の子達もちょっと張り切り過ぎちゃって」
満足そうな笑みを浮かべるリディアに、レイスは「だからあなたに会わせるのは嫌だったのですよ」と呟く。
「さあ、後はレイスから頼まれていた物だけど、今付けていく?
一応それに合う服にしているけれど」
「そうですね、それで良いですか?」
「うん」
リディアは店員を数人呼び、展示している品を持ってくるよう告げると、店員達は何故かとても感激に涙しそうなほど嬉しそうな顔で取りに向かった。
展示されてからというもの、王に献上されてもおかしくない希少な宝石を使ったラロックの作品という、普通に販売すれば目の玉が飛び出るほど貴重で高価な品の取扱いに店員は嬉しさよりも戦々恐々だった。
そんな品にもし傷でも付けられたらと堪らないと、展示しているそれを見ている客達に冷や冷やしつつ、しつこいほど売ってくれと言い募る地位の高い客を怒らせないようにあしらう日々。
そんな気を張る毎日から漸く解放される嬉しさ故に心から喜んでいたのだった。
店員数人が展示されていた品の周りにいた人達に離れるよう促す。
不満そうな顔をしながらも、礼節を知る上流階級の者達なだけに指示に従う者が殆どだ。
中には店員に不満をぶつける者もいたが、人目がある中でそれ以上の事は出来ず、渋々ながら従っていた。
そうして店員の一人がガラスのケースを開け、中に入っていた宝飾品数点を持ってリディアの元に戻ろうとした時、ユイと同じ年ぐらいの娘を連れた女性が店員に近付いた。
「少し宜しいかしら」
「はい、どうかなさいましたか?」
「その品なのだけど、娘がとても気に入ったようだから、売って頂きたいのだけど」
「申し訳御座いません。こちらは既に売約済みとなっておりますので」
「ええ!私はこれがいいわ、お母様」
そのやり取りを遠目に見ていたセシルとカルロは眉間に皺を寄せ、険しい顔になる。
ユイは兄達のいつにないその様子に、どうしたのかと声を掛けようとした。
しかし、それより先にその母子の視線がセシルとカルロに向かい驚きの表情を浮かべ声を上げた。
「あら、お兄様!お兄様達もいらしていたの」
一瞬ユイは、彼女は何を言っているんだと、どこか他人事のように事の成り行きを見ていたのだが、その少女がセシルとカルロに向かって告げているのだと気付き、顔が強張った。
「(お兄様って………もしかして………)」
母子が近付いて来ると、まるでユイをその母子の目に触れさせない盾になるように、カルロがユイの前に立ちユイの姿を遮った。
その少女はセシルに近付き腕に手を絡ませくっつく。
その行動にさらに顔を険しくしたセシルは、ごく自然に自分の腕に絡まった手を解き少女から距離を取った。
セシルのその表情から、明らかに嫌悪の感情が見えるのだが、少女は気付いていないのか気付いていても関係ないと思っているのか、全く気にした様子はなかった。
「もう、お兄様ったら恥ずかしがりやなんだから」
敵意すら感じる眼差しを向けるセシルとカルロを前にして、これだけ意に介さない姿は天晴れと言うほか無い。
「駄目ですよ、アデル。淑女が人前でそんな軽々しく男性にくっつくものではありませんよ」
そう言って少女をたしなめる母親は、華やかで艶のあるリディアとは正反対の清楚でいて儚げな印象を受ける大人しそうな女性だった。
「別に兄なんだから良いじゃない」
「良くないわよ、ごめんなさいねセシルさん。
…………ところで、そちらのお嬢さんはどなたかしら?」
母親と違い、目鼻立ちのしっかりしたアデルと言う少女に良く知る人物の面影を感じ、確信を持ったユイは、不意に掛けられた声にびくりと体を震わせた。
カルロがユイが見えないよう遮っていたにも関わらず目ざとく見つけたその母親に、カルロは側にいたユイにしか聞こえない小さな舌打ちをした。
「あなた達には関係ありませんよ」
「そ…そうね、ごめんなさい」
冷たく突き放すセシルの言葉にその母親は悲しそうな表情を浮かべ俯いた。
一見するとセシルが女性を苛めているように見える光景だが、実際はそうでない事をセシルとカルロは嫌というほど分かっていたので、目の前にいる女性を見る目はどこまでも冷ややかだ。
「ユイ、準備が出来たようですから、こちらに来て下さい」
それまで傍観していたレイスがユイを呼ぶ。
その場に居づらかったユイは言われるままにレイスの元に行くと、先程まで展示されていた宝飾品がテーブルの上に並べられている。
「付けていくから少しじっとしていてね」
リディアに言われるまま大人しくしているユイに、イヤリング・ネックレス・髪飾りが付けられていく。
着替える前まで付けていた魔具とフィリエルからのペンダントはあらかじめ外してある。
「凄い、綺麗……」
オルティリア国からの宝石は虹色にキラキラと輝き、見る方向によって色々な色に見える不思議な石だった。
その宝石を使いラロックによって作られたその宝飾品は小振りで控えめな可愛らしいデザイン。
ユイの為に作られただけありユイの雰囲気にぴったりと合っていた。
鏡の前に立ち、宝飾品を合わせているユイを店内にいたほとんどの客が注目していた。
「あの展示されていた品はあの子のだったのね」
「一体どこのご令嬢かしら」
「どうやってあれほどの物手に入れたんだ?」
他にも「羨ましい」、「私も一度でいいから付けてみたい」などといった羨望の声が店内の至る所からひそひそと聞こえる。
今までにどんな貴族や資産家が欲しいと頼み込み大金を出すと言っても頑なに断られ、噂を聞いてわざわざ見るためだけに足を運んだ者もいた。
そんな品を付けているユイに視線が集まるのは仕方がないことだった。
「さすがラロック。変人ですが、腕は素晴らしいですね、ユイにぴったりです」
「でも、パパ。こんなに沢山は……」
一つだけと思っていたユイは、嬉しさより申し訳無さの気持ちの方が上回って素直に喜べないでいた。
リディアに見立ててもらった服や靴。
そして耳と首と頭に付けられた宝飾品。
いったい今の自分は総額いくらなのだろうか……。怖くて考えられない。
「これは私の気持ちです。
ユイが私の娘になって初めての誕生日ですからね、私に取っての記念日でもあるのです。
受け取って下さい。」
娘になった記念。
そこまで言われては受け取らないわけにはいかない。
「うん、ありがとうパパ、大事にするね」
親しい者にしか向けないユイの柔らかな笑みにレイスが満足した時、横から不快な声が掛けられた。
「ねえ、それって今まで展示されていた物よね。
ちょっとでいいから付けさせてくれない?」
アデルの不躾なその言動にレイスの機嫌が一気に下がる。
触れてはいけないものに触れてしまった事に親子だけが気付いていない。
「まあ、だめよアデル、失礼でしょう。申し訳御座いません。
…………ですが、それを娘がとても気に入ったようで、出来れば一つでも良いので譲っては頂けませんか?」
それだけあるのだから一つぐらい譲ってくれても良いだろう、という事だろうか。
眉尻を下げ困ったようにレイスに頼むその姿は、儚げで弱々しく庇護欲を誘い、男性ならば思わず助けてあげなければという感情を抱いてしまう仕草だった。
しかし、シェリナ以外の女性に魅力を感じないレイスに取っては、なんら魅力を感じるものはない。
むしろ感じるのは不愉快、ただそれだけだ。
「冗談じゃありませんよ。
申し訳ないと娘の無礼を謝っておきながら同じ事をするとは、全く悪いと思っていないのでしょう?
そうでなければそんな面の皮の厚い事言えるはずがありませんからね。
そんな無礼な相手と言葉を交わすつもりはありません。人に物を頼む前に先に礼儀を覚えてからにして下さい」
芯が冷えるような冷たい声。
女性は少し驚いた顔をした。
まさか断られるとは思ってもいなかったのだろうか。
次の瞬間には、レイスにその親子は眼中に無く一切視線を向ける事は無くなった。
唖然とする母親と違いアデルの方はそんなレイスの態度にかっとなり、言い返そうとしたのだが、周囲から………。
「突然付けさせろだなんて随分な礼儀知らずね、どちらの方?」
「本当に。思っていてもあのような事普通口に出さないわよ、恥知らずね」
「交渉するにしてもこんな人目のある場所でするなど非常識にもほどかある」
などと親子に向け、批判的な視線を向けられているのに気付くと、そそくさと店を後にした。
ユイは去って行く親子の後ろ姿を見送りながら兄達に問い掛けた。
「ねえ、兄様。あの人達ってもしかして…………」
「そうだ、ユイの思っている通り、あいつと再婚した愛人とその娘だ。
娘の方は一応俺達と半分血が繋がってる。ユイとは同じ年だ」
「…………そう、やっぱり」
予想通りの答えがカルロから返ってきて、ユイの表情が曇り、慰めるようにカルロが頭を撫でる。
「話には聞いていましたがとんでもない親子ですね」
「だって、母親の方は自分が一番で、家でも自分の事をしてるのがほとんどだし」
「娘を可愛がる素振りはするけど、娘の躾なんて一切してないから、娘に礼儀や常識なんて備わってないんだよ」
「あの女、父さんが自分に見向きもしないから驚いていたな」
「いい気味だ。そもそもあの女にそんな魅力なんてあるわけないのに、何を勘違いしてるんだか」
次々告げられる辛辣な言葉。
よほど二人はあの親子を嫌悪しているのだと分かる。
「まあ良いでしょう、馬鹿親子は退散しました。
今一番重要なのはユイです」
「確かに」
「同感」
三人の意見が一致した所で、ユイの周りに集まり宝石を眺める。
「ところで、そっちのは誰の?」
視線の先には、ユイと同じオルティリア国の宝石があしらわれたネックレスにブローチ・イヤリング・指輪。
こちらはユイのより大人っぽいデザインをしていた。
「それはシェリナに贈る分ですよ」
そう嬉しそうに話すレイスに、ユイ達は顔を近付けひそひそと話す。
「あれってどう見てもあっちが本命だろ」
「私もそう思う」
「右に同じ」
三人が確証を以て言うのは、シェリナへ贈る宝飾品に付いている宝石が明らかにユイと比べ大きいのだ。
種類もシェリナの方が多い。
そして何より、ユイに渡した時以上に顔の締まりがなくなり、今にも羽ばたきそうなほどウキウキしているレイスを見れば一目瞭然だった。
恐らくシェリナの喜ぶ姿でも想像しているのだろう。
「ユイのはついでか?」
妙に納得してしまうユイ達。
「でも、おかげでユイも気兼ねなく貰えるから良いいじゃないか」
「うん、気持ちが楽になったかも。ママともお揃いだし」
それを聞いていたリディアがクスクスと笑う。
「確かにシェリナさんへの思いの方が強いかもしれないけど、決してついでじゃなくてちゃんとユイちゃんの為の贈り物よ。大事にね」
「はい、勿論です」
当然それを分かった上で半分冗談で言っていたユイはしっかりと頷き、リディアも満足そうに笑った。
「じゃあね、ユイちゃん。また店に遊びに来て頂戴ね。
その時はもう少し時間を掛けてユイちゃんの服を選びたいわ」
「えーっと………。店には来たいですけど、それは遠慮したいです………」
シェリナへの贈り物を包装してもらうと、リディアと別れ店を後にした。
最後はシェリナと待ち合わせしているレストランを訪れた。
しかし、シェリナはまだ来ていなかったようで、先に個室に通されシェリナを待つ。
その間、ユイはある思いが頭の中を回り、知らず知らずの内に考え込んでしまっていた。
「どうかしたのか、ユイ?」
先程から口数の少ないユイを訝しんでカルロが声を掛けた。
「ううん、何でもないの。ただ、ちょっと………」
「あの親子が気になった?」
言葉に詰まったユイの言いたい事を引き継ぐようにセシルが聞くと、答えづらそうに頷いた。
「別にあの人達に対して特にどうとか感じたわけじゃないの。
ただ彼女は毎日兄様達に会えてるんだなって思って………。
それに兄様達の事、お兄様って呼んでるのも……何か違和感っていうか……」
姉妹がいる事は知っていたし、どんな子かと考えた事はあった。
でも実際会ってみると、自分でも驚くほど何も感じなかった。
思っていたより自分の中で血は繋がっていても他人だと割り切れていたらしい。
しかし、彼女自身には何も感じなかったが、時々しか会えない大好きな兄達をお兄様と呼んでいる姿が大きく心を揺さぶった。
そして彼女は毎日会えていると思うと、ユイの中にもやもやした複雑な気持ちが渦巻いたのだ。
「兄様達の妹は私だけじゃないんだって思ったらなんだか物凄く嫌な気持ちになって」
所謂嫉妬という感情。
大好きな兄を取られたようで寂しいと、それを隠す事なく面に出し拗ねた様子のユイに、セシルとカルロは可愛いさと嫉妬された嬉しさに左右からぎゅっとユイを抱き締めた。
もしフィリエルがこの場にいたら逆にセシルとカルロに嫉妬し恨みがましい視線を送った事だろう。
「何言ってるんだ、俺達の妹は可愛いユイだけだぞ。
あれを妹なんて思ったことないからな」
「うんうん、心配なんかしなくても俺達が大好きなのはユイだけだよ」
「私をどうこう言う前に、一番ユイに甘いのはあなた達でしょうが」
甘さ全開の双子に、すかさず呆れた顔のレイスの突っこみが入る。
「大丈夫ですよ、ユイ。
来年の春頃には一緒に暮らせるようになりますから」
「どうして?」
思わぬ言葉にユイは目を丸める。
「来年には俺達の姓もカーティスになる予定だからだよ」
その言葉にユイの目が限界まで開かれた。
「え……でも、そんな事出来るの……?」
「出来るんだよ、それがな」
「未成年である俺達がオブライン家から抜けるには、親権を持つ保護者の許可が必要になってくる。
でも、成人した者なら保護者の許可が無くても本人の意志一つで戸籍の移動が可能なんだよ」
「つまり来年の春、俺達が二十歳の誕生日が来て成人したら、父さんに親権を移す手続きをする。
そうしたらあの家を出てカーティスの家で母さんやユイと一緒に暮らせるんだぞ」
セシルとカルロと一緒に暮らせる……。
それは不可能だとユイが諦めていた事であり、それが本当に実現するのなら喜ぶべき事柄だ。
しかし、ユイの顔は芳しくない。
「でも、そんな簡単にいかないんじゃ……」
ユイの懸念は三人の実の父親であるアーサー。
あの父親が優秀な跡取りである二人を簡単に手放すとは思えなかった。
法的に二人をレイスの息子にしたとしても、何かしらの行動を起こすのではという不安がユイの顔を曇らせる。
「心配などいりません、私を誰だと思っているのです。
この国の宰相であり、この国で王に次ぐ権力者ですよ。
人脈とてあの男とは比べものにならないほどあります。
それに、いざとなったら王にお願いして何とかしてもらいますよ」
ユイの不安を払拭させるに十分な自信満々の笑顔だが、王にお願いではなく、実際は脅すの間違いでは?と全員の心の声が一致。
ユイ達は別の不安に駆られた。
「たかだか一貴族の問題に、王が介入なんてありえないだろ」
「父さんならやりかねないのが恐ろしいな」
使えるものは王であろうと躊躇い無く利用する男だ。
こき使われる王が不憫でならない。
「けどさ、父さんは本当にそうなって良いの?」
「どういう事です?」
「いやさあ、親権を移すって事は俺達は父さんの息子になるって事じゃんか。
良いのかなって」
ユイにも言える事だが二人の中にも、血の繋がらないレイスにこれほど甘えても良いのかという葛藤が渦巻いていた。
しかし、そんな思いもレイスの前には杞憂に終わる。
「私と血が繋がっていなくともシェリナとは親子でしょう。
私はシェリナの総てを愛しています。ですから、シェリナの大事な者なら血の繋がりなど関係無く私にとっても大事な者です。
それに普段から人を父さんと散々呼んでいながら、今更でしょう。
生意気な息子が二人増えるぐらいどうという事はありませんよ」
本当の父親よりも父親らしく、愛情を感じるレイスの言葉に感動を覚える。
セシルとカルロは照れ臭そうに笑みを浮かべた。
「但し、シェリナとの時間を邪魔したら即刻家から放り出しますからね!!」
「…………わざわざ言わなくても邪魔なんてしないよ」
「命は惜しいからな」
感動したのも束の間、真剣な顔でくぎを差すレイスに呆れた視線を向ける。
「じゃあ、また兄様達と一緒に暮らせるんだ…………」
先程までの心のもやもやを打ち消す嬉しい出来事。
喜びを噛み締めるような笑みを浮かべ、ユイは来年の春を待ち遠しく感じた。
そんなユイをよそに…………。
「(ふふふっ、セシルとカルロが家に来れば、ユイも一緒に暮らしてくれるようになるでしょうからね)」
そんな裏の思惑があると気付いたのはセシルとカルロだけだった。
「口では良い事言ってはいるんだけどなぁ」
「どこか残念なんだよね」
言葉だけを聞けば、懐が広く情に厚い愛妻家。
しかし、その目尻を下げ口元を緩ませた締まりのない顔が、全てを台無しにしていた………。
そうこうしている内にシェリナが到着。
シェリナも加わり家族で盛大にユイの誕生日を祝い、終始ユイは楽しく過ごした。




