レイスの友人
「ありがとうございました」
店の前で見送る店員を背に、店を後にする。
ユイの耳には先程購入した魔具を付けている。
やはり見た目はただのアクセサリーのようだ。
「良く似合ってるよ、ユイ」
セシルに褒められたユイは嬉しそうにはにかんだ。
「さて、では次に行きましょうか」
「次はユイのプレゼントだっけ?」
「ええ、私の知り合いの店で買いますよ」
ユイの誕生日は来週なのだが、ちょうど合宿と重なり当日は祝えない為、今日プレゼントを買い誕生日のお祝いをする予定なのだ。
夜にはシェリナも加わり、五人で夕食を食べに行く事になっている。
「……ねえパパ、プレゼントは別にいいよ?
もう別の物頼んだんだし、これ以上は……」
「あれはあれ、これはこれです」
「でも………」
ユイが頼んだ物はそれなりにお金のかかるお願いだった為、これ以上を貰うのは気が引けた。
「ユイ、諦めろ。
父さんがこう言い出したら、買うまで絶対に帰らないぞ。
………それはそうと、父さんに何頼んだんだ?」
「内緒、合宿の時になったら分かるから」
「へぇ、楽しみだな」
「うん」
上機嫌のユイをよそに、人知れずレイスは眉根を寄せ、少し不機嫌になっていた。
ユイは頼み事の理由を曖昧にしか言ってはいなかったが、レイスはそれが何の為かを察していた。
けれどユイが珍しく頼んできた事なので何も言わず願いを叶える事にしたのだ。
***
そして、次に訪れた店は例に漏れず高級そうな店だった。
レイスの友人の店は衣装や宝飾品などを扱っているようだ。
「うわっ、ここってランゲルト商会だよな?」
「王室御用達で、国外にも支店を持ってるとこだよね。
父さんの知り合いの店ってここ?」
「商会の一人娘が学生時代の友人なのですよ。
取りあえず中に入りますよ」
店内は煌びやかな内装で、美しい衣装や輝く宝飾品が至る所に飾られている。
それを貴族や金持ちとすぐに分かる質の良い服装をした者達が店員に勧められたりしながら試着や鏡の前で合わせてみたりしている。
さすが王室御用達とあって、店内には沢山の人が来ていた。
ユイ達が店に入ると、背が低めの初老の男性がレイスに気付き近付いてくる。
「これはこれは、カーティス様。ようこそお越し下さいました」
「リディアはいますか?」
「はい、只今呼んで参ります」
男性は一礼すると直ぐに店の奥に下がっていった。
それを目で追っていたカルロは、店内の一角で何故かその場所だけ人集りが出来ているのに気付いた。
「なんだあれ?」
「確かめたいけど人が囲んでて見えそうにないね」
「後で見に行けば良いでしょう」
その人集りも気になったが、それよりもユイは別のあるものに目を奪われた。
それは繊細な花の紋様が刻まれたライター。
ユイは一目見てそのライターに魅了された。
「綺麗……」
じっとライターから目を離せずにいるユイの横から、セシルとカルロが覗き込んでくる。
「刻まれている模様はエルフィーだね。
ユイがさっき買った魔具にも使われてる花」
エルフィーという花はガーラントの国花として国民ならば誰でも知っている馴染みのある花だ。
その昔、ガーラントの初代国王が最も愛した花として、王家の紋章にもエルフィーが使われている。
建国記念日になると国中の至る所で白い花が満開に咲き誇り、別名王の花とも言われている。
花の名も初代国王エルフィン王から取りエルフィーと名付けられたそうだ。
ユイは昔からこのエルフィーの花が好きだった。
通信用魔具もエルフィーの花のモチーフだったのが決め手となっていた。
「しかもこれ、ラロックの作品だね。
道理で素晴らしい品なはずだ」
「ラロック?」
聞いたことのない名前にユイは首を傾げる。
「こうした宝飾品のデザインから細工まで全て一人で手掛けている人でね。
彼の作品は右に出る者はいないと言われている程、繊細で美しいと貴族の間で有名なんだよ。
でも数が少なくて、唯一取引しているこのランゲルト商会にしか置いていないんだ。
噂じゃあ、腕は良いがかなりの変人らしいけど、ライターを作る辺り、噂もあながち間違ってないかもね」
火の魔法の使える者が殆どの世界、魔力の高い者が多い貴族では尚の事。
それ故に一般家庭でも手が出せる安物ならまだしも、高級店に置く程の高いライターを買う者はほとんど居ない。
そうなると作ったところで売れなければ利益は寧ろマイナスになってしまうので、当然需要がないライターを作ろうと思う酔狂な者はめったにいない。
まあ、そうは言っても人気のラロックの作品であるならば、使い道がなくとも欲しいという人はいるだろうが。
「ユイはこれが気に入ったの?」
「…………ううん、ただ見てただけだから」
本当は物凄く欲しかったのだが、ライターの横に書かれていた値段を見て断念した。
貴族に人気の作家の作品だけあって、驚くほど高い。
魔具を買った残りの額ではとても手が出そうになかった。
ユイは後ろ髪を引かれるようにその場から離れる。
長年兄としてやってきた経験から、名残惜しそうにしていると感じたセシルは、隣にいたカルロに目配せする。
カルロも片割れと同じ事を考えていたようで、直ぐに通信用魔具を取り出し、ユイに分からぬようどこかに連絡を取り始めた。
「ちょっといいか?あのさ………………」
***
店の奥から出てきたその女性に幾人もの男性の視線が向けられる。
体の線を際だたせるようにぴったりとしたドレスを来た妖艶な女性。
耳、首元、指や手首にはそれぞれ見ただけで高価と分かる、宝石をふんだんにあしらった豪華な宝飾品を身に着けていた。
普通の貴族の女性なら敬遠しそうな露出の高いドレスながら、下品な印象は一切感じず、むしろ気品と艶やかなその女性の魅力を存分に引き出している。
「いらっしゃい、レイス」
「こんにちは、リディア」
妖艶に微笑む美しいリディアに、それを見ていた周囲の男性数人が頬を染め見惚れている。
しかし、その笑顔を向けられたレイスは驚くほど反応がない。
相変わらず眉一つ動かさないレイスに、僅かな不満と友人として接してくれる事に嬉しさをリディアは感じていた。
普通にしていても魅惑的な雰囲気のあるリディアには、どうしても異性として近寄ってくる男性ばかりで、レイスのように色恋を一切含まない対等な友人でいてくれる者は本当に少なかった。
リディアはレイスの後ろに来ていたユイに気が付いた。
「あら、確かあなたはユイちゃんだったわね」
「…………はい、あの……どこかでお会いしましたか?」
「うふふ、話した事はないけれど、レイスの結婚式には私も出席していたから、その時見かけたの。
結婚式で着たあなたとあなたのお母様のドレスは私の店のものだったのよ」
結婚式のドレスは当日レイスから渡された為、初めて知った事実にユイは驚きで目を丸めた。
「そうだったんですか?
素敵なドレスありがとうございます」
丁寧にお辞儀をするユイに、リディアは目を細め優しい眼差しを向ける。
「どういたしまして。
うふふ、レイスがメロメロになる理由が分かるわね。
あの時は邪魔が有ってあなたに会えなかったから漸く会えてうれしいわ」
邪魔?っとユイに疑問が浮かんだが、リディアが僅かに冷たい視線をレイスに向けた為、邪魔した人物が誰だか分かった。
「そちらの二人とは結婚式でお会いしたわね」
「はい、お久しぶりです。
まさか結婚式でお会いしたあなたがランゲルト商会の方とは思いませんでしたが」
「また美しい方にお会い出来て光栄です」
「あらあら、お上手ね」
いつの間にか来ていたセシルとカルロが挨拶をする。
「そうそう、レイスから依頼された物だけど、許可を貰って店内で展示したら凄い反響だったわよ。
お店の良い宣伝になったわ」
「……………それは、もしかしてあの人集りではないでしょうね?」
全員の視線が店に入った時から気になっていた人集りに向けられる。
「そのまさかよ。
もう何度、いくらでも出すから売ってくれ、って言われたのを断ったか覚えていないわ。
店の宣伝にはなったけど、正直面倒臭いから早く引き取ってね」
レイスは深い溜め息を吐いたが、意味の分からないユイ達は目を見合わせ首を傾げた。
「ねえ、パパ、何の事?」
「ええ…実は、ユイの誕生日プレゼントをリディアに頼んでいましてね。
少しの間店に展示させてくれと言われて許可したのですよ」
「ガーラントではほぼ手に入らない、オルティリア国の希少な宝石を使って、名匠と言われるラロックが作り上げた、王に献上されてもおかしくない最上級の逸品よ」
リディアから聞かされた内容に、それを贈られる予定のユイだけでなくセシルとカルロも絶句した。
とても誕生日のプレゼントで渡すような物ではない。
一体何考えているんだとレイスの価値観を疑うと同時に、それほどの品を特注で頼むのに必要だった金額が大いに気になる。
カーティス家が破産するのではないかという不安が三人を襲った。
「何考えてるんだよ父さん!
ユイと母さんを路頭に迷わす気?」
「ぶっ飛んでるのは性格だけじゃなかったのか!」
「パパ、私誕生日のプレゼントはいいから、返品するか売るかしてっ」
子供達の次々繰り出される抗議の言葉に、リディアは肩を震わせ声を出して笑いそうになるのを我慢する。
本気で心配している真剣なユイ達に、それほど自分は信用がないのか?とレイスは深い溜め息を吐く。
「はぁぁ………あなた達が心配するような事はありませんよ。
確かに市場に出れば極上の逸品ですが、私のコネを最大限に活用していますから、大した金額を使ってはいません」
「コネ?」
「オルティリア国の現国王とラロックとは友人なのですよ。
なので、宝石はその伝手で格安で譲ってもらいましたし、ラロックに至ってはユイの誕生日だからと告げたら、特別にただで作ってくれました。
ですから、破産したり、ましてやシェリナとユイを路頭に迷わせる事もありません。
これで心配がない事は分かりましたね?」
ユイ達は疑いの眼差しを向けながらも、漸く納得した。
「うん、疑ってごめんなさい。
パパなら突拍子もない事しそうだったから」
「いくら父さんでもそこまで馬鹿な事しないよな」
「流石に最低限の分別は弁えてるよね」
「………あなた達が普段私をどう見てるか良く分かりましたよ」
恨めしそうに半目になるレイスに、ユイ達はふいっと視線を反らした。
「レイスにこれだけ言いたい放題出来るあなた達は凄いわね。
面白いもの見せてもらったわ」
リディアはまだ少し笑っていたが、何とか店内で大声を出して笑うという醜態を晒す危機は乗り切った。
「それはそうと、なんでそんな方達と友人なの?」
「オルティリア国王ともラロックとも、学生時代の友人です。
まあ、オルティリア国王と一緒だったのは留学してきた一年ほどの短い期間でしたが、随分気が合ってそれからの付き合いです」
「あら、宝石をオルティリア国まで取りに行かされたメルフィス家の跡取りのヴァンを忘れたら可哀想よ」
メルフィスという名にセシルがいち早く反応した。
「メルフィスって、多数の事業を手掛けて経済の上で絶大な発言力がある、あのメルフィスですか!?」
「そう、そのメルフィスよ。
彼も同じ学生時代からの友人で、メルフィス家の商船はオルティリア国や多数の国で審査が少なく済むから、早く行って帰って来られるって理由で、レイスに貰って来いって使いっぱしりにされたのよ」
あまりに豪華な面々にセシルとカルロは口元を引きつらせた。
「メルフィス家の跡取りを使いっパシリ………」
「魔王と恐れられるだけじゃなく、人脈も恐ろしいな」
カルロの呟きにユイとセシルは深く頷いた。
ガーラント国とは同盟国で、小国ではあるが鉱山などの資源が多く、良質の宝石を輸出している事で周辺諸国の中では裕福なオルティリア国の国王。
ただの職人ではあるが、貴族や資産家に沢山のファンがおり、国内だけでなく国外にもかなり幅広い人脈を持っているラロック。
そして、王室御用達で国内外に支店を持つ、国内有数のランゲルト商会の一人娘のリディア。
この三人だけでも、かなりの人脈と権力を持っているのに、数々の事業を手掛ける資産家で、絶大な影響力と発言力を持つメルフィス家の跡取りヴァン。
レイスの本当に恐ろしい所はレイスの交友関係ではないかとユイ達は思った。
「さあ、問題も解決したところで、リディアお願いします」
「分かったわ、ユイちゃん、こっちに来てね」
「えっ?何ですか?」
「この後食事に行きますから、きちんとした正装をしないといけませんからね。
リディアのセンスは文句なしですからユイに合う服を見立ててくれます。
セシルとカルロも好きなものを選びなさい」
「やった、父さん太っ腹!」
「ありがとう」
喜ぶ双子を余所に、困惑したままリディアに腕を取られ、小部屋のような試着室には広々とした個室に連れて来られる。
その試着室には大量の服と数人の女性店員がいた。
その光景を見た瞬間、ユイは既視感に襲われた。
「(なんか最近似たような事が……………)」
「じゃあ、時間もあまり無い事だしサクサクいきましょうか。
覚悟して頂戴ね、ユイちゃん」
王宮での一幕を彷彿とさせる、リディアと店員のいい笑顔。
悪夢再来の予感に、ユイは顔を引きつらせた。
「……お……お手柔らかにお願いします……」




