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 これまでの経緯を聞いたフィリエルは驚きで目を見開いた。




 フィリエルには抱き締められた記憶はなく、幼い頃は何故自分だけ両親に近付く事が出来ないのかと祖父に当たり散らした事もある。


 魔力が強いからだと聞かされ、ならば制御出来れば良いのだと思いガイウスに師事し、血の滲むような努力をした。

 しかし、フィリエルの努力に反し、成長するに従ってフィリエルの魔力も大幅に上がっていき、今となってはテオドールやガイウスと言えど不用意に触れる事は出来なくなってしまった。




 王宮には夜会などの集まりや王子と繋がりを持つために何かと理由を付けて貴族の子供が親に連れられて来る事は珍しい事ではない。


 時折目撃する自分と同じ年頃の子供を抱き上げる母親と、甘える子を見て何度羨ましいと思った事か。

 父親に頭を撫でられる子供を見て何度嫉妬した事か。




 そんな思いを察してか、兄であるアレクシスはフィリエルの前では決して両親に甘えるような素振りは見せなかった。

 その事をしばらくして気付いた時、申し訳ないと同時に感謝を抱いた。

 フィリエルが自分とは違い、両親の温もりを知る兄を妬たむ事なく慕っているのは、そうした優しさを知っているからだ。



 そして、子供の頃と違い成長した今となっては、仕方の無い事だ、その願いは決して叶う事のない幻想なのだと諦めた。

 ……いや、そう自身に言い聞かせていた。


 それがどうだ、今確かに自分は母に初めて抱き締められている。


 夢や幻想でしかないと思っていた非現実な事が起こっている。


 その事実にフィリエルは嬉しいのか泣きたいのかどう表現していいのか分からなかった。




「……っ、やっと……やっとあなたを抱き締める事が出来たわ……。

 どれほどこの日を夢見たか……っ」



 涙を流し、涙に声を詰まらせながら込み上げる思いを吐き出す。

 それを見ていたベルナルトが勢い良くソファーから立ち上がる。



「私にもその魔法をかけてくれ!」



 急くように差し出された手にユイは魔法をかける。

 魔法陣が手に刻まれれば、フィリエルを抱き締めるアリシアごと大きく両手を広げフィリエルを強く抱き締めた。



「すまないフィリエル、弱い私達の為に悲しい思いをさせて……。

 けれど……お前が産まれて18年、やっとお前をこの腕に抱く事が出来たのだな」


「ええ…こんな日が来るなんて……っ」


「父上……母上……!」



 フィリエルにも目に涙が浮かび初めて感じる両親の温もりに浸った。



 全員が抱き締め合う親子の光景に涙を浮かべる。

 特にフィリエルへの思いが強いテオドールは静かに目を瞑り、ガイウスに至っては人目をはばからず滂沱の涙を流し声を上げて泣いている。



 ユイも自分の研究が身になり、フィリエルの為になれたと実感し安堵と喜びが混じり涙が込み上げる。


 ユイはちらりとテーブルに置いてある砂時計を見た。

 砂時計の砂はほとんど落ち、もう少しで全ての砂が落ちきろうとしていた。


 この光景をもう少し続けさせてあげたい。

 しかし、時間が迫っているので躊躇いがちに声を掛ける。



「陛下、王妃様、申し訳ございませんが、もう時間です」



 ベルナルトとアリシアは顔を上げ、涙に濡れる顔を拭い残念そうな表情を浮かべる。



「もう時間か、もう少しぐらい駄目なのか?」


「申し訳ございません、安全の為ですから」



 魔法は確かに完成したが、まだ長時間の使用は試していない。

 ガイウス達で試した時も短時間使用しただけ、安全の為にも今の所この砂時計の砂が落ちるまでが限界だった。



「仕方ありませんよ父上、少しの間でも十分ではありませんか。

 私なんてフィリエルに触れる事すら出来ないんですから、わがままを言わないで下さいよ」



 アレクシスから不満げで拗ねたような声で諫められれば、ベルナルトとアリシアは苦笑しながらフィリエルから離れる。


 この魔法は体に直接かける魔法な為、まだ倒れて日が浅いアレクシスは安全を期して魔法の使用は見送られる事になり、両親のように弟に抱きつきたいのをじっと我慢していたのだった。


 ユイはベルナルトとアリシアに近付き魔法を解除する。



「これで解除出来ました。体調に変わりありませんか?」


「大丈夫だ」


「私も大丈夫よ、ユイちゃん本当にありがとう」


「いいえ、王妃様の願いが叶って良かったです」



 アリシアがユイに胸の内を話したのが数日前、まさかたった数日で長年見た夢が叶うとは思いもしなかった。

 アリシアは心の底からユイに感謝した。




「では陛下、我々は失礼致しますので、何かありましたらお呼び下さい」



 家族だけで色々と話をしたいだろうと気を利かせ、目を真っ赤にしたガイウスが僅かに涙声でベルナルトに声を掛け、ユイや控えていたルカ、ジーク、エリザに視線を向け退出を促す。



 続々と退出する中、ユイも一礼する。



「失礼致します」


「ユイ待ってくれ」



 踵を返し部屋を出ようとしたユイを呼び止めたフィリエルにユイは振り返る。



「どうかした?」


「いや……色々言いたい筈なんだが今は言葉が出てこなくて………。

 ありがとう、取りあえずそれだけは言わせてくれ」


「どう致しまして」



 長年の概念が覆る事態に、未だに動揺が見え隠れしながらも嬉しそうなフィリエルの言葉に珍しくユイは満面の笑顔で答えた。





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