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ぬくもり 1

 自分も付いて行くと問答無用で付いてきたエリザを伴い、ユイが呼んでいるという部屋に来たフィリエル。

 ソファーに座る両親と兄と祖父、壁際には控えるように立つガイウスがいた。

 ユイだけと思っていたフィリエルは、身近な人達が勢揃いしていた事に目を丸めた。



「えっ……どうしたんですか、こんなに勢揃いして。

 兄上まで……起きてきて大丈夫なのですか?」


「ああ、体調は良くなったから起き上がるのに支障はないよ」



 兄が元気になった事を嬉しく感じながらも、未だ状況が掴めないフィリエルはテオドールの隣に立っていたユイに目を向ける。



「ユイ、これはどういう事なんだ?

 ユイが呼んでいるとジークから聞いて来たのに、何故か全員集まっているし……」



 告白の返事か!?と思いながら、フィリエルは緊張して来てみたのだが予想とは大きく違っている様子に内心気が抜けた。



「今から説明するから、取り敢えずそこに座って目を瞑って」


「はっ?なんだ、どういう事だ説明してくれ」


「いいから、いいから」



 ユイは、困惑するフィリエルに近付きベルナルトとアリシアが座る向かいのソファーに座らせ、目を瞑るよう促す。


 フィリエルが目を瞑った事を確認すると、ユイは近くのテーブルの上にある砂時計をひっくり返し、アリシアの元へ歩み寄りアリシアが差し出した手を取った。



 アリシアの手の甲に自分の手をかざすと、ユイは目を瞑り意識を集中させ魔力を込める。

 するとアリシアの手の甲が光り、魔法陣が手の甲に刻まれる。

 ユイは確実に魔法が発動しているのを確認し、アリシアに顔を向け頷く。

 アリシアは緊張した面持ちでソファーから立ち上がった。



 フィリエルは二つの気配が近付いてくるのを感じた後、温かいものが自分を包み込む。

 何だと思うまでもなく直ぐに自分が誰かに抱き締められているのだと分かった。



「お、おい、ユイ!」



 抱き締められる感触にフィリエルは慌てて目を開いたが、少し離れた所にいるユイを見て息を呑んだ。


 単純にフィリエルを抱き締めているのがユイだと思ったのは、女性がつけるような香りがほのかに香り、この場で触れる女性がユイだけなのでそう思ったのだ。

 この場にはエリザもいたが、エリザは決まって同じ香水を使っていたので違うと分かった。



 なのにそのユイは少し離れた所で柔らかい眼差しでフィリエルを見ていた。


 どういう事だと鈍くなった思考の中で、漸く自分を抱き締めている人物が誰か理解出来た。



「…は…は…うえ……」




 フィリエルには今の状況が理解出来なかった。

 アリシアの魔力は決して弱い訳ではなかったが強い訳でもなく、今まで一度も抱き締められた記憶はない。

 なのに今抱き締めているのは紛れもない自分の母だと、分かってはいても思考がついていかなかった。


 呆然としながら抱き締めるアリシアを見ていたフィリエルだが、数日前に目の前で倒れた兄の姿が脳裏に浮かび焦った。



「いけません母上!こんな事をしたら……!」



 兄や侍女のようになってしまうと、顔を強ばらせ離れようとしたが、アリシアはもがくフィリエルから離れようとせず、さらに抱き締める手に力を入れる。



 離れないアリシアに、顔面蒼白になっているフィリエルを苦笑いでユイが声を掛ける。



「大丈夫よ、エル。今なら王妃様がエルに触っても何も起こらないから」


「………どういう事だ」



 その言葉にフィリエルは動きを止めた。

 そして漸くアリシアを見る余裕が少し生まれ様子を伺うが、確かにアリシアに変わった様子がないと気付く。

 訳が分からずフィリエルは説明を求めるように困惑した顔をユイに向ける。



「魔法を使ったの、王妃様でもエルに触れる魔法を」




 ***




 それはユイがアリシアとのお茶会を終えた後の事。


 ユイはずっとアリシアの話を思い出していた。


 一度でいいから抱き締めたいという悲痛な願いを叶える事は出来ないのか。

 けれどそんな魔法は存在していなかった。

 テオドールは触れる場所……手ならば手に魔力を集中させる事でフィリエルの魔力が入ってこないようにしているが、魔力がそれほど多くないアリシアが同じ事をしたとしてもアリシアの魔力が負けてしまう。


 それならば、他者が代わりにその者に強力な防御魔法を施せば良いではないかと言った研究者がいたが、直接触れる為には周囲にではなくその者自身に施す必要がある。

 それは他者の魔力にも干渉する事になり、危険だと未だ確立されてはいなかった。




 フィリエルが暴走した時に使った魔力を抑える魔法があるが、あの魔法は確かに魔力量は制御出来るが完全に消せる訳ではない。あくまで抑えるだけなのだ。


 例えそれでも魔力量を限界まで抑えれば大怪我は避けられる、多少の怪我ぐらいで済むなら構わないとアリシアは言うだろう。けれどそれでは駄目なのだ。

 僅かでも相手に影響を及ぼすのであればフィリエルは絶対に触れさせない。



 確実に魔力の影響を受けずに触れる魔法………。



 そんな事を考えながらジークと話していたユイに、フィリエルの部屋の扉が目に入った。



 先日フィリエルが魔力を抑えきれなくなった時、部屋の中には魔力が充満していたが外には漏れていなかった。

 この扉の構築式と魔力を抑えた魔法と組み合わせて人体に応用すれば何とかなるかもしれないとユイは思ったのだ。



 元々、ユイは絵本を読むような小さな年の頃から魔法の専門書を読み漁り、年齢からは考えられない知識を有していた。


 ユイの生まれが伯爵家、しかも過去に多くの軍人を輩出してきた家だった事は大きく、魔法書などの一般家庭ではとても手が出せない高価な専門書が書庫には沢山置かれ、魔法の知識を得るのに事欠かなかった。


 それにより、人より頭の良かったユイはどんどん独学で吸収していき、専門家とも対等に話し合えるほどの知識を身に付けたのだ。


 そもそも無属性魔法はその扱い辛さと使えなくても問題ない補助的魔法しか使えない事から属性の中で最弱という印象が強く、率先して研究をしようという研究者が少ない。

 その為、魔法の種類に関しても圧倒的に他属性と比べ少ないのだ。


 しかし、研究が進んでいないと言う事は、逆にまだまだ可能性は存分にあるという事でもある。


 ユイは本から得た知識を独自に分析し、未だ発表されていない新しい魔法もいくつか作り出していた。


 フィリエルと出会ってからは、魔力を抑える魔法があるかもしれないと、国立や学園の図書館などに行っては人知れず研究を重ね、そうして作ったのがフィリエルの魔力を抑えた魔法だった。


 しかし、抑える魔法は作れても、一番必要としていたフィリエルに触れる為の魔法の構築式が出来ず未完成だった。

 だが、扉の構築式と合わせれば出来るかもしれないと考えたユイはレイスに頼み、祖父母の家の部屋にある今まで書き溜めた研究のノートを持ってきてもらった。



 後は許可をもらって扉の構築式を調べさせてもらい、王宮内の図書館で今までの研究と組み合わせながら魔力の強いフィリエルに触れても人体に魔力を通さない魔法を完成させる事が出来た。


 一番時間が掛かったのは扉にかけていた魔法を無機物から人体に応用する事だったが、フィリエルの魔力を抑えた魔法と今までその辺りを重点的に研究していた事、ユイ自身が魔力の制御の精度が高い事もあり、思っていたよりも早く魔法は出来上がった。



 出来上がった魔法を早速テオドールに話すと、あれよあれよと言う間にフィリエル以外の王族一家とガイウス、護衛二人が集められた。



「………その話は本当なのか!?」


「フィルに……私でもあの子を抱き締める事が出来るのっ!?」


「しかし、そんな事が可能なのか?」



 話を聞いた面々は最初疑いの目で見ていたが、ユイから詳しく魔法の説明を受けると次第に半信半疑に変わり、最後には喜びと僅かな不安、そして我が子を抱きしめられるかもしれない希望を宿していた。



 しかし、そこで問題が二つ。


 完成はされたが、かなりの魔力の制御能力が必要であり使い手が限られる事と、未だ人での実践は一度も無く王族にいきなり使って何か起こっては大変だとなった。


 それを聞き、ガイウスが声を上げた。



「ではまず私が試しましょう。

 それで問題なければ陛下と王妃様に使うようにすればいい」



 ガイウスは元々フィリエルに触れる人物なので、もし魔法がきちんと機能していなくとも元々魔力の強いガイウスならば命に関わる事はないだろうと本人の強い希望により最初に実験台になる事になった。



「それならば私にもさせて下さい。普段触れられぬ者でも試した方が確実です」


「俺……私もお願いします!」



 フィリエルの為になるならばと、ルカとジークも自ら実験台になる事を希望した。




 そして実験当日の夜、フィリエルには内緒で話を進めると全員の意見が一致した為、フィリエルは魔法の確認をしている間起きないようにと、あらかじめガイウスによりお酒をしこたま飲まされた。



「うっ……くさっ」


「匂いで酔いそう……」



 フィリエルが眠った頃合いを見計らって入った瞬間、居るだけで酔いそうなほど酒の匂いに包まれた部屋にユイは顔をしかめる。



 これは絶対に次の日二日酔いになるなと思いながら、ユイ達はフィリエルが潰れてぐっすり眠っているのを確認する。



「あの程度飲んだだけで潰れるとは情けない」


「あなたがぴんぴんしすぎなのですよ。

 確かかなりお飲みになってた筈では……」


「化け物だな……」



 そして、フィリエル以上に酒を飲んでいながら微塵も感じさせず平然としているガイウスに一同呆れた視線を向けつつ、ユイにより例の魔法をかけガイウスの様子を見る。



「これで魔法はかかっているはずです。どこか不調はありますか?」


「いや、問題ないようだ…………では始めるぞ」



 魔法は無事に発動し、その証とでも言うように魔法陣がガイウスの手の甲に刻まれている。

 次に手を魔力で防御したままフィリエルに触り、段々と手に集中させている魔力を弱めていく。


 張り詰めた空気の中、フィリエルに触れるガイウスの手は完全に防御していない無防備な状態となった。

 ユイ、ルカ、ジークは息を殺し緊張した面持ちでガイウスの様子を窺うが、しばらく経っても何の影響も見られず僅かに緊張が緩む。


 しかし、一番重要なのはここから。



「……じゃあ次、ルカさんとジークさん手をこちらに出して下さい」


「あ……ああ」


「安心しろ。万が一の事があればフィリエルに分からないよう、お前達は賊に襲われて行方不明という事にしておく」


「それ全然安心出来ないんですけど……」



 ガイウスの微妙なフォローを受け、さらに緊張が増したルカとジークにも同じ魔法をかけて触らせる。

 普段触れられぬ二人が触れたのならこの魔法は有効だと証明される。


 一拍沈黙したのち全く問題は無く立つルカとジークに、そこにいた四人は顔を見合わせ魔法が成功した事を確信し静かに喜んだ。



「これは成功という事で良いのだな?」


「はい成功です」


「よっしゃ!」


「こら、静かにしろジーク、起きてしまわれるだろ」


「おっと、悪い」




 結果は直ぐに王に報告され、今日この日となった。



 余談だが、フィリエルに内緒で話を進めるに当たりジークは口が軽い、何かの拍子にポロッと喋りかねないとのルカの進言で、ジークは当日までフィリエルの側から外され、魔法の最終調整をするユイの実験台として駆り出される事となった。





続きは明日投稿します。

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