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苦悩する二人

 国が出来るより前の古い魔法書から最新の歴史書まで、国内最大の蔵書数を誇る王宮内にある図書館。

 そこにユイの姿はあった。


 山のように本が積まれたテーブルで椅子に座り分厚い本を開いている。

 しかし、本は開いているがユイは心ここに有らずといった様子でぼうっと本をただ眺めている。


 そんな自分に気付いたのか雑念を振り払うように大きく頭を振る。



 ユイの心を占めていたのは昨日のフィリエルの告白と口付け。


 再び脳裏に浮かぶ昨日の情景にユイは頬が紅く染まり、思わず床を転がり叫びたくなる衝動に襲われるが、ここではマズいとぐっとこらえユイはテーブルの上に突っ伏し頭を抱えた。



 結局あの後はユイの部屋の準備が終わったと女官が呼びに来て、逃げるように部屋から飛び出した。

 それからは顔を合わせていないが、今後どういう態度で会えばいいのか……。



「(ううぅぅ~、どうしようぅぅ)」



 ユイが心の葛藤に内心でうなり声を上げているとテーブルの上にあるノートが目に入った。

 ユイの筆跡でびっしりと文字列が書き込まれているノートは、ユイの部屋から持ってきてもらうようユイがレイスに頼んでいた物だ。



 ユイはこのノートがアリシアの為、フィリエルの為になると思った。

 しかし、まだ完成には至っていない為、どこよりも専門書が多数ある王宮内の図書館の利用の許可を得て調べているのだが………。

 昨日の一件で内容が全く頭に入って来ないという困った事態になってしまっていた。



「(そうだ、こんな事してる場所じゃない。

 私が王宮に居られる間になんとかこれを完成させないといけないのに………。

 それもこれもエルのせいだ、エルのバカー!!)」



 心が乱れる原因となったフィリエルに悪態をつきながら、ユイは体を起こすと気合いを入れるように頬をぺちぺち軽く叩き、フィリエルの件を強制的に頭の隅に追いやって本を調べ始めた。



 その甲斐あって数日後にはノートの内容を完成させたユイは、それを報告する為テオドールに会いに行った。




 ***





 一方、華美なものを好まない部屋の主に合わせて落ち着いた色合いで纏められた部屋では、そんな部屋の雰囲気とは打って変わって部屋の主であるフィリエルは落ち着きがなく不穏な空気が立ち込めていた。




 それというのも、告白した翌日からユイは図書館で1日の大半を過ごし全く顔を会わせていないのだ。


 しびれを切らせて何度か図書館に様子を見に行ったのだが、図ったようにフィリエルが行く時にはその姿を見る事が出来ない。

 試しにジークかルカに様子を見に行かせてみれば必ずそこにいるというのだから、確実にユイがフィリエルから逃げているのは明らかだった。


 告白に対してどう思っているかは不確かだが、どうやら異性として認識はされたようだ。

 しかしここまで避けられると思っていなかった為、地味に傷ついていたりする。



 そして、ユイが王宮に来てから数日が経ち、それからフィリエルの魔力は暴走する様子もなく、もう問題ないだろうと判断が下されユイは明日家に戻る事になった。

 その為フィリエルは会えない苛立ちに加え、何としてもユイに会わなければと焦っていた。



「(まさかこのまま逃げるつもりじゃないだろうな。

 まだ告白は早かったか……?それともあのキスが問題か!……いやしかし、俺だって今まで何年も我慢はしたんだし……)」




 フィリエルがはっきりとユイへの好意を自覚したのは、テオドールがユイを連れてきた時だった。


 あの時は身近な者を亡くし、自暴自棄に陥っていた。

 事故であったにしろ、人一人死に追いやった事実は公にはならなかったが知る者は知っていた。

 そんな者達から向けられる恐れの色がその日を境に一気に強まったのをフィリエルは気付いたが、どうする事も出来ずただ耐えるしかなかった。


 周囲から向けられる視線に、両親や兄や育てられた祖父からも同じ視線を向けられるのではと怯え、次第に吐き出せなかった思いが積み重なっていき、内に籠もり意固地になっていく……。

 最も側にいて心配してくれていた祖父の慰めの言葉すら耳に入らなかった。


 腫れ物に触るかのような周囲の対応が尚更心に刺さった。


 そして祖父からユイに会いに行くかと聞かれ、考えるまでもなく行くと答えた。



 けれど寸前になって、これでユイにまで怖がられるような事があったら……。


 その思いから思わず怒鳴りつけてしまったが、ユイは躊躇う事無くフィリエルに抱き付いた。

 温かい人の温もりが、大事な人を殺してしまったと苛み続けるフィリエルの心に伝わり解かしていく。


 そこで漸く誰にも……祖父にも言えなかった心の内を吐き出す事が出来た。



 次に目が覚めた時までずっと繋がれていた手。

 その時フィリエルは、このぬくもりを離したくないと……ずっと側にいてくれたならと、ユイへの家族や友人とは違う感情を強く感じた。



 その時とほぼ同じ状況で当時のそんな感情まで思い出した上、数日同じ部屋で寝起きし、今までないほどユイと側にいて我慢の限界に達してしまい告白したが、それを別の意味で解釈され咄嗟に他の方法が思い付かず衝動的に行動してしまった。



 告白に嘘偽りはないが流石に口付けたのはまずいかとフィリエルは頭を悩ませていると、護衛であるはずの一人が居ない事を思い出す。



「ジークはどうしたんだ………まさかまたユイの所にいるのか?」


「ええ、図書館で何やら話しているようですよ」



 ジークが居ない為ずっと側にいるルカの答えに、フィリエルは眉根を寄せる。


 ここ数日、自分には会おうとしないにもかかわらず、ジークとは頻繁に会っているという。

 会ったばかりの二人がどうにかなるとは思っていないがフィリエルの機嫌は悪くなる一方だ。


 そんな苛立ちを隠そうともしない主を横目で見ながらルカは、



「(あいつは口が軽いからな)」



 ジークがユイと頻繁に会い、護衛にも関わらず主から離れている理由を知っているルカは、フィリエルに隠し事をしている事を心苦しく感じながらも、フィリエルの為になるのだからと何も知らないふりを装う。




 その時、部屋の扉がノックされ、直ぐにルカが赴き扉を開けると、数日ぶりに王宮を訪れたエリザが入ってきた。



「なんだ……エリザか……」



 ユイかもしれないとどこか期待していたフィリエルは、当てが外れて思わず落胆した声が出る。

 そんなフィリエルの態度にエリザはムッとした表情を浮かべる。



「なんだって何よ。こっちは心配して来てあげたっていうのに、その態度は酷いじゃない」



 エリザが文句を言うのも仕方がない。


 エリザはフィリエルが部屋に籠もってから出るまでの数日間、何度も心配して声を掛け続けていた。

 そしていざ出てきたと思えばフィリエルはユイしか目に入らず、その後魔王の怒りの現場に立ち会う羽目になり、フィリエルの様子を知る間もなく家に帰されたのだ。

 本当なら翌日にも来たかったところたが、公爵令嬢ともなれば付き合いや勉学などで忙しくそうもいかなかった。


 その間は心配で仕方なかった。

 そして漸く来てみれば、このフィリエルのこの態度で向かえ入れられたのだ。

 エリザでなくとも文句の一つも言いたくなる。



 思わず心の声が出てしまったフィリエルはばつの悪そうな顔になる。



「いや、悪い……エリザと思ってなくて。

 ………エリザには心配かけて悪かった。何度も部屋の外で声を掛けてくれてただろう。

 魔力が暴走してたから出られなくてな、ありがとう」


「(……でもあの子が来た時には直ぐに開けたじゃない)」



 エリザは心の中ではそう思いながらも口では別の言葉を発する。



「話せないなら通信用の魔具があるじゃない。

 セシルも連絡がつかないって心配してたわよ。色々聞かれたけど、話して良いか迷ったから黙っておいたわ」


「ああ、俺も最初はそう思ったんだが魔力が暴走した影響で魔具が俺の魔力に耐えきれずに壊れたんだ。

 あいつらには俺から説明するよ。

 ルカ、新しい魔具を用意しておいてくれ」


「かしこまりました」



 エリザは確認するようにフィリエルの体を上から下に見る。



「体はもう大丈夫なの?魔力が暴走してたって言ってたけど」


「ああ、問題無い。俺の暴走も兄上の体調もユイが魔法で治してくれたんだよ」



 フィリエルの口から出たユイの名にエリザは反応した。



「ユイ………そう、あの子………。

 彼女なの?フィルが言ってた初恋の人って……」


「ああ」


「でも、私あんな子今まで見たこと無いわよ?

 それにフィルは、学園に入るまではほとんど王宮から出た事無いのにどうやって知り合ったのよ」



 王族は幼少期、一般教科やマナーだけでなく政治や経済や他国の言語など多岐に渡る為、基本的に魔法学園に入るまでの初等・中等学校には通わず王宮内で教師を付けて教育を受ける。

 その上フィリエルは、魔力が強い事から大勢が集まるパーティーや茶会などの社交場に出席する事はめったになく、その数少ない機会には大概公爵令嬢であるエリザも招待されていた。



「エリザが知らなくても仕方がないさ。

 ユイと会ったのはお祖父様が身分を隠して連れられて行ったパーティーだったからな。

 嫌々だったのを無理矢理連れて行かれたが、行って良かったよ。

 それからはこっそり王宮を抜け出して会いに行っていたんだ。まあ、お祖父様にはばればれだったみたいだけどな」


「っ………」



 そう話すフィリエルに、エリザは息を呑む。


 ユイを思って浮かべただろう表情は、エリザが今まで見たことのない優しく穏やかな顔だった。

 エリザは無意識に手を握り締めていた。



「おーい、フィリエルいるかぁ!?」



 何の前触れもなく勢いよく大きな音をたてながら扉を開け入って来たジークに、部屋にいた三人はびくりと体を震わせた。



「ジーク!ノックぐらいしたらどうだ!」


「おっと、悪い悪い」



 あまりの無作法さにルカが怒鳴るが、全く悪いと思っているように感じない軽いジークの返事に青筋が浮かぶ。



「(こいつは~王家に仕えている自覚が無いのか!!)」



 そして、そんなジークを見たフィリエルは先程までの苛立ちを思い出した。

 いつでも前向きで明るいのはジークの長所だが、その明るい話し方が今のフィリエルには気に障る。



「なんだ、ジーク」


「えっ、なんでそんなに不機嫌なんだよ」


「気のせいだ」


「いや、むちゃくちゃ機嫌悪いだろ」



 ジークは助けを求めるようにルカを見る。



「お前が彼女とずっと一緒なのが気に食わないらしい」


「口が軽いから一緒にいろって言ったのはお前じゃねえか!」



 理不尽だと抗議するジークが先程発した言葉にフィリエルは疑問を持った。



「口が軽い……?何か俺に言えない事でもあるのか?」


「えっと……あ……いや……」


「ジーク、ルカ、俺に隠し事か?」



 狼狽えるジークにフィリエルが一段低くなった声で凄み、ルカは素知らぬ顔をし、ジークはたじろぐ。



「そっ、そんな怒るなよ。

 口止めされてるから俺の口からは言えないんだ、聞きたい事はユイから聞いてくれ」


「ユイに?」


「そうそう、フィリエルを連れて来てくれって頼まれたんだよ」



 ユイの名が出て幾分怒りが飛んだフィリエルは首を傾げた。







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