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第1回 最凶魔王VS子犬王子

 さらに翌日、漸く仕事が一段落したレイスと会う事が出来るようになった。



「ユ~イ~!!」



 ユイが部屋に入って来た瞬間、レイスは仕事仕様の冷たい笑みを浮かべた冷静沈着の魔王様から、娘を溺愛する父の顔に緩ませ歓喜の声を上げながらユイを抱き締めた。

 ユイにとってはごくごく日常的ないつものレイスなのだが……。


 部屋には他に、仕事の疲れからか見るからに疲れ切った様子のベルナルト、逆にユイのお陰で体調も回復し顔色が良くなったアレクシス。

 魔王と戦う覚悟も準備もままならないまま対峙する事になってしまったフィリエルと、事情を知るガイウスとジークとルカといった面々が揃っていたが、普段からは想像も出来ない初めて見るデレデレ甘々の魔王様に、全員が誰これ?という目で頬を引き攣らせていた。



「大丈夫ですか、不埒な真似はされていませんね!?」


「大丈夫、何もないよ」


「本当ですね!?何かあったら直ぐに言うのですよ。

 私がこの世の地獄という地獄を見せて、生まれてきた事を後悔させてやりますから」



 そう言いながら、目をつり上げ今にも刺し殺しそうな殺気をフィリエルにぶつける。

 危機を感じたフィリエルは顔を引き攣らせ後ずさった。



「いやぁ、凄まじいね。万が一の時は骨ぐらいは拾ってあげるよフィリエル」


「兄上……他人事だと思って……」



 ユイの無事を確認すると、案の定フィリエルに狙いを定めた親バカレイスはユイを離し、全く目の笑っていない笑顔を浮かべ一歩一歩フィリエルに向かって歩く。


 唯一止められそうなテオドールはこの場にはおらず、レイスの迫力に周りはそれを息を呑んで見守るしかなかった。

 まあ、例え居たとしてもテオドールならば止めるなどせず、楽しげに笑いながら見ていそうだが……。



 王子と宰相。本来ならば決して覆る事のない身分の差にも関わらず、傍目からみれば「絶対的支配者と震える子犬」のようにしか見えないから不思議だ。


 勿論、子犬はフィリエルの方だ。


 レイスは魔王の呼び声に恥じぬ威圧感を周囲に撒き散らしながら、子犬……もとい、フィリエルに鋭い眼孔を投げつける。


 フィリエルの隣にいたアレクシスは、とばっちりを恐れ静かに愛する弟から距離を取った。

 敬愛する兄に見捨てられた事に気付いたフィリエルは縋るような視線を兄に向ける。



「(っ…兄上~!!)」


「(すまないフィリエル、私も我が身が可愛い。

 身を挺して庇ってやれない弱い兄を許しておくれ)」



 無言のやり取りをしている内に、レイスがフィリエルの前に立った。



「フィリエル殿下、御加減はいかがですか?」



 怒声や嫌味の嵐かと思いきや、あまりに静かなレイスの言動に拍子抜けすると同時に、それがより一層フィリエルに恐怖を与えた。



「ユイのお陰でもう大丈夫です。宰相にはご迷惑をお掛けしました」


「そうですか、私の娘がお役に立てたようで良かったです」



 と言いつつもレイスの目はとても良かったと思っているようには見えない。



「それはそうと、私の娘は殿下と同じ部屋で寝起きをしていると小耳に挟んだのですが、まさか事実ではないでしょうねぇ?」


「あ……いや……それは……」


「私はユイの滞在を許しはしましたが、そこまで許した覚えはありませんよ。

 幼い子供同士ならまだしも、年頃の男女が同じ部屋で寝起きするのはいかがなものでしょうか」



 口調は丁寧なのに気圧される威圧感、流石魔王。

 このまま押されたままでなるものかと、自らを奮い立たせフィリエルも負けずに対抗する。



「ユイにはもし再び魔力が暴走した時の為にそうしてもらうように頼みました。

 ユイにとっても知る者が側にいた方が安心するでしょう。

 それに、私の部屋の周りは用のない者は来ない上、その者達にもお祖父様から口止めがされているので問題はないと思いますが」


「それでも絶対とは言い切れないでしょう。

 ユイもいずれは結婚相手を見つけます。その時変な噂があってはユイの障害になってしまうと配慮するべきではないのですか」


「その時は私が……」


「まさか責任を取るだなどと軽々しく仰る訳ではないでしょうね。

 大事な娘の幸せをそんな理由の者に預けるわけがないでしょう」



 フィリエルの想いを知ってか知らずか今までで一番冷ややかな声色で牽制するような言葉を浴びせる。


 必死の抵抗も赤子の手を捻るように軽く返され、納得させるような言葉が思うように出て来ない。

 元々口が回る方ではないフィリエルと今まで何人もの貴族達をねじ伏せてきたレイスとでは力量の差は明らか。


 ぐうの音も出ない状況に、テオドールの高笑いが聞こえてきそうだ。




 王族相手に危険な行動はしないだろうと思いつつも、レイスならばやりかねないという思いも捨てきれず、いざとなったら止めに入るつもりで最初は冷や冷やしながら見ていたが、思いのほか冷静なレイスの様子にユイは静かに傍観していた。


 噂がたったらとか、ユイの幸せがとか言っているようだが、実際一番の理由は同じ部屋で寝起きしていた事がお気に召さなかっただけだろうとユイは思った。

「私だって一緒に寝た事が無いのに、親子三人で寝たいのに!」っというレイスの心の声が聞こえたような気がした。



 そもそも、同じ部屋で寝起きすると言い出したのはテオドールだが、決めたのはユイ自身なので、怒られるならユイであってフィリエルではない。

 それを理由にフィリエルが責められるのはあまりに可哀想だ。

 勝算の無い戦いにとうとう白旗を上げ、どうにかしてくれっと助けを求めるフィリエルの眼差しに、仕方なくユイも助け舟を出す。



「パパ、虐めるのはそれぐらいにしてあげて、決めたのは私なんだから」


「騙されてはいけませんよ、不慣れな王宮だからと、弱みにつけ込んで同じ部屋に連れ込むなど、うらやま……なんと卑劣な!」



 少々本音が漏れながら、なおも文句を言い続けようとするレイスに最終手段を取る。



「今度デートしてあげるから」


「……でーと」



 動きの止まったレイスは次の瞬間、目にも留まらぬ速さでユイの前に移動し手を取り握り締める。

 これには流石にレイスの突飛な行動に慣れているユイも驚く……いや怖かった。



「本当ですか?」


「う、うん、だからそれぐらいでね」


「そうですね、ユイがそう言うならば仕方ありません」



 先ほどまでと打って変わってレイスは口元を緩ませ機嫌が良くなった。

 ベルナルトは、たった一言で魔王を抑えたユイも凄いと思ったが、何より普段の魔王を全く感じさせない、人格すら変わっているレイスに驚愕した。



「レイス、お前普段と性格変わりすぎていないか。

 なんだその溺愛っぷりは!その優しさの一割で良いから私に見せたらどうなのだ!!」



 ここ数日ほとんど睡眠も取らされず食事も書類を読みながら、休憩を願えば鼻で笑われ、ひたすら書類を捌かされ続けたベルナルトの鬱憤が爆発した。



「私の優しさは妻と子だけにしかありません。

 だいたいあそこまで仕事を溜めたのは陛下なのですから、馬車馬のように働くのは当然でしょう」


「ぐうぅぅ」



 王でありながらこの立場の低さは如何なものなのか。

 しかし、自分より遥かに多い仕事量をこなしているので何も言えない。

 子だけでなく、その親も魔王様には勝てないのであった。



 レイスは去り際「いいですか、すぐさまユイの部屋を別に用意して下さい、でなければ連れて帰りますからね」

 そう言い残し部屋から去っていくレイスに、ユイを含め全員がやっと帰った安堵から深いため息をついた。



 こうして、一回目の魔王との戦いはユイの不戦勝で幕を閉じた。





 そして、ユイはレイスが部屋から出て行く時、ある物を家から持ってきて貰うよう頼んでいた。

 それはその日の内にユイの元へ届けられ、数日後フィリエルの日常を大きく変えることになる。






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