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兄との攻防

 部屋にはベッドに入り体だけ起こしたアレクシスと、看病の為に来ていたアリシアが側にある椅子に座っていた。



 フィリエルは恐れの目で見られるのではと、半ば悲しみと諦めの心境で母と兄に向き合ったのだが、二人の目からは恐怖や嫌悪は見受けられず、親しい者に向ける暖かく優しいものだけで、フィリエルは知らず知らずの内に握り締めていた掌を解いた。



「兄上、申し訳ありません!」


「……フィリエルはもう大丈夫なのかい?」



 叱責は覚悟の上だったが、アレクシスから出たのはフィリエルを心配する言葉だった。



「え、はい、ご心配を…お掛けしました」


「そうか、なら今回の事は気にしなくて良い」


「ですが……!」


「あれは運の悪い事故だ。あの時フィリエルは、ただ私を守ろうとしてくれただけだろう?

 それなのに何故、お前を責める必要があるんだ」


「それでも兄上を殺しかけた事に違いはありません!

 今も体調が優れないご様子なのに……」


「でもこうして無事でいるから良いじゃないか。

 私の不注意も無いわけではないし、フィリエルが気に病む必要はない」


「………………」



 許すというアレクシスと納得がいかないフィリエルはお互い譲らず無言で見合う。

 すると、ルカとジークと共に扉の近くで控えて様子を見守っていたユイが前に出る。


 一斉に部屋にいた者達に向けられる視線の中、ユイは貴族の礼を取る。



「王妃陛下、王太子殿下、昨日はきちんとした挨拶もせぬままで申し訳御座いません。

 宰相を勤めておりますレイス・カーティスの娘、ユイ・カーティスと申します」


「構わないよ、昨日の状況ならば仕方がない。

 寧ろフィリエルの為にわざわざ出向いてくれた君にはお礼を言わなければ」


「ええ、そうね。お陰で漸くフィルも部屋から出て来たんですもの」


「………人を引き籠もりの子供みたいに言わないで下さいよ」



 フィリエルはばつが悪そうに視線を反らす。

 その子供っぽい仕草にユイは小さく笑い、アレクシスに視線を向ける。



「恐れながら殿下、お身体の調子は如何ですか?」


「ああ、大分良くなったから大丈夫だ」



 大丈夫とは言っているものの、実際はベッドから出る事は出来ないほど悪いのは、顔色の悪さから見て明らかだった。

 ユイは少し悩んだ末に切り出した。



「もし宜しければ私でお役に立てると思います」



 ユイのその言葉にアレクシスは目を瞬いた。



「君が?それはこの状態を治せるということかい?」


「完全にかは分かりませんが、今より良くする事は出来ます」


「王宮の医師でも国の最高の治癒術士でも無理だというのに、君が出来ると?」


「はい」



 ユイはしっかりと頷いた。



「…………まあ取りあえず、話を聞いてから答えるので構わないかな」


「勿論です。

 殿下は今、外部から強い魔力の影響を受けて殿下ご自身の魔力が不安定な状態になられ、それが体にまで影響を及ぼしています」



 ユイの話す事をアレクシスだけでなく、全員が真剣に聞き入る。

 ここまでの話は王宮の医師からも話を聞いていた事で、ユイが今の状態を理解しているだけの知識はあると示した事になる。



「ああ、だから簡単に言えば、魔力を安定させれば体調も治る。

 だが医師にも治癒術士にも、その方法はないと言われた、自然に魔力が安定するまで待つしかないと。

 治せると言うからには君はそれが出来るということでいいのかな?」


「はい、私の知る中にそれが可能な魔法があります」


「なるほど……しかし、もし失敗したなんて事になれば君も君の父上もただでは済まなくなる。

 君はそれを理解した上で言っているのだろうね?」



 まるで脅すような言い方だが、それはユイの為でもあった。

 治療の為とは言え、王太子に万が一の事があれば治療したユイも、そして父親のレイスも責任を問われる。

 確実でないならばするべきではない。

 アレクシスは射抜くような視線を浴びせるが、ユイは怯んだ様子もなく受け止める。



「大丈夫です。実際に成功してる人がいるので、ここに……」



 そう言ってユイはフィリエルの顔を仰ぎ見る。 

 その仕草に全員の視線がフィリエルに向けられる。



「フィリエルが?」


「はい」


「はっ?いや俺は知らないぞ」



 アレクシスは目を丸めてフィリエルに視線を向けるが、誰より当のフィリエルが一番驚いていた。



「昨日まで魔力が少し暴走してたのに、朝起きた時には安定してたでしょう?」


「……もしかしてユイが治したのか?」


「うん」



「あら、そう言えばそんな事を昨日様子を見に行った時に言っていたわね。義父様も驚いてらしたわ」


「……なるほど……お祖父様も……」



 アレクシスは少し考え込んだ後、ユイに再び確認する。



「自信はあるんだね?」


「はい」


「ではお願いしよう」


「お待ち下さい!いくら自信があろうと、こんな子供に任せるなど………」



 アレクシスが頼むと、部屋の隅で控えていた男性が慌てて抗議の声を上げた。

 しかし、アレクシスが目で制すと、男性は言葉を途中で止め不服そうな顔をしながらも、一礼して後ろに下がる。



「すまないね」


「いいえ、不安は最もだと思いますから」



 彼が信用ならないと言うのも無理もない事だ。

 突然小娘が、王宮の医師ですら治せないものを治せると言った所で誰が信じるというのだろうか。


 アレクシスが簡単に受け入れたのも、父親がレイスであり、ここに呼んだのが自らの祖父だったからに他ならない。

 ユイを、というよりはユイの周りにいる人達への信頼故だ。



 もしこれでユイが失敗しようものならレイスとテオドールにも迷惑を掛ける事になる。

 失敗は許されない。だが、ユイには成功出来ると絶対の自信があった。

 そうでなければ、口に出すことはなかっただろう。




「では、失礼します」



 ユイは少し緊張した面持ちでアレクシスの側まで歩み寄ると、胸の前に手をかざした。

 フィリエルの時と同様に、かざした手から光が溢れ、その光がアレクシスの体全体を包み込むように広がると、その光が体の中に消えていった。



「如何ですか?」



 ユイの問い掛けに、アレクシスは手を握ったり開いたりしながら体を確かめる。



「ああ、凄いな。先程までと違って身体が楽になった、こんな魔法があったとは……。

 君の容姿からするとリーフェだね、という事は今のは無属性魔法か」


「はい、そうです」



 自信はあれども失敗出来ない状況の中、問題無く成功しユイは内心安堵した。



「取り敢えずこれで私の体調も良くなった事だし、フィリエルが気にする理由も無くなったようだ」


「兄上、それとこれとは話が……」



 尚もフィリエルが不満そうにするが、そこにユイが口を挟む。



「エル、被害の押し売りはだめよ」


「押し売りって……」


「だって、被害に遭われた殿下は許すと仰っているのに、エルが不満を言うのは可笑しいじゃない。

 それに、これ以上病人に心労を掛けるような事するのはどうかと思うけど……」


「うっっ」



 正論を言われ、フィリエルは反論する事も出来ず押し黙る。

 そんな二人のやり取りを見て、アレクシスは声を上げて笑った。



「どうやら彼女の方が私よりもフィリエルの扱い方を知っているようだ」


「そのようね。ユイさん…だったわね、エルと言うのはもしかしてフィリエルの事かしら?」


「はい……あの……申し訳ありません」



 公の場ではない為つい普段通りに話してしまっていたが、親しいとは言え流石にまずかっただろうかと、ユイはアリシアの顔を伺う。



「ふふふ、謝らなくて良いのよ、確認しただけで怒っている訳ではないのだから」



 アリシアは微笑んでいるだけで、特に無礼だと指摘していた訳ではなかった。

 むしろ自身とエリザ以外であだ名で呼ぶ存在がいた事を嬉しいと感じていた。



「あの、大丈夫だとは思いますが、念の為王宮の医師の方に今の状態を見て頂いた方が宜しいかと」


「見てもらわずとも良くなったのは私が一番よく分かっているが、その方が良いか……」



 アレクシスが控えていた男性に視線を送ると、直ぐに理解した男性は一礼して部屋を後にした。




「では俺達もこれで失礼します」


「待ってくれ、フィリエル」



 部屋から退出しようとしたフィリエルをアレクシスが止める。



「少し彼女と話したいから、フィリエルは部屋の外で待っていてくれ」


「ユイ一人ですか……?」



 フィリエルは困惑な表情を浮かべる。



「そんな心配そうにしなくとも母上もご一緒だし、今回の礼を言うだけだ」


「……分かりました」



 大丈夫か?と問うような視線に答えるようにユイが頷くと、フィリエルはルカとジークと共に部屋から退出していく。



 そして、部屋にはユイ、アレクシス、アリシアの三人が残った。



「今回は本当に助かった。私の事だけでなく、フィリエルの事に関しても」



 何やら昨日から王族の方々にお礼ばかり言われている。

 いくら貴族の令嬢とは言え、庶民感覚の強いユイに昨日からの状況は居た堪れなかった。



「いいえ、お礼は必要ありません。

 それに殿下を治したのは私にも思惑あっての事ですから」


「思惑?」


「殿下が床に伏したままでおられれば、エルが自分を責め続けるでしょう。

 私はただ、彼の心を少しでも楽にしてあげたかっただけです。

 それがなければ恐らく言い出さなかったと思います」



 万が一失敗したらリスクが高すぎるし、とユイは内心苦笑を漏らす。



「ですから感謝される事など一つもありません」



 要はフィリエルがいなければ助ける気は無かったというユイの取り繕わない言葉に、アレクシスは苦笑はするが怒りはない。

 逆に温かい思いが生まれてくる。それは側にいたアリシアも同様だった。



「それでも私を治してくれたのは事実だ。

 それに、それほどまでにフィリエルを気に掛けてくれているという事にフィリエルの兄として礼を言わせてくれ。

 本当にありがとう、フィリエルをよろしく頼むよ」



 ユイは一礼すると部屋を後にした。






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