闇の中の光
一部内容変更
部屋に招き入れられたユイは入ってすぐに眉をひそめた。
部屋の中は魔力が充満していて、圧迫感をもたらしている。
幼い頃から血反吐を吐きながらの訓練により魔力制御を身に付けたフィリエルだが、今はその制御が出来ないほどに動揺しているのが周囲に溢れる魔力で分かる。
その部屋の状態を見て、フィリエルが部屋に誰も入れなかった理由が分かり、恐らく自分でなければ部屋の中に入れなかったとユイは思った。
他の者なら何らかの影響を受けることになったはず。
そう考えれば、これほどの魔力を防いでいた扉の結界は、かなりの高い精度がある物のようだ。
同時に、仕方がないとは言え魔力を制御出来ぬほど傷つき苦しんでいるフィリエルが痛ましかった。
ユイはフィリエルに向き直り様子を窺う。
動作は普通に見えるが、顔色が悪くかなり疲れたように見える。
「エル、大丈夫?」
そう言い、普段着けている手袋もしていないフィリエルの手に触れようと手を伸ばすが、フィリエルはびくりと体を震わせ手を振り払うかのように後ろに体を引いた。
そのフィリエルの避けるような仕草に少し驚いたが、傷付くような事はなく、離れた距離を縮める為一歩踏み出し、ユイは穏やかな声色で話し掛けた。
「怖がらないで。エルに触ったぐらいで私は傷付いたりしないから。
エルが一番良く知ってるでしょう?」
そしてユイは、ゆっくりとフィリエルの手に触れる。
「ほら、大丈夫」
フィリエルに触れても何もないユイを見て、それまで怖がっているような目が安堵に変わり、フィリエルから肩の力が抜ける。
次いで、嬉し泣きのように顔を歪めると、触れていたユイの手を引き抱き締めた。
たとえエリザでもこれほど魔力が溢れ出たフィリエルに躊躇いなく触れるのは不可能だ。
何より、傷付ける事を恐れているフィリエル自身が触る事など出来ない。ましてや兄を傷付けてしまった後だ。
しかし、フィリエルの強い魔力の影響を受けないユイならば、フィリエルも傷つける事を恐れず受け入れられる。
それを知ってるテオドールだからユイをここに呼んだのだろう。
あまりに強く抱き締めるフィリエルに抗議の声を上げようとしたユイだったが、目の前にある肩が震えているのに気付き言葉を飲み込む。
いくらアレクシスは大丈夫だと聞かされたとしても怖かったのだろう。
兄を傷付けてしまった罪悪感、周りに心配を掛けてしまっている心苦しさに、魔力が抑えられずたった一人で耐えるしかない不安。
一人じゃない、自分がいるからと伝わるようにユイは自分より大きなフィリエルを抱き締めた。
しばらくすると、落ち着いてきたのか締め付けていたフィリエルの腕が緩んでくる。
それを見計らって、ずっと気にしていただろうとアレクシスの事を伝えた。
「アレクシス殿下とさっきお会いしたけど、起き上がれるほどには回復されてるみたい、だから大丈夫よ」
「そうか……良かった……っ」
アレクシスの無事な様子を聞き、フィリエルは安堵の表情を浮かべる。
その心の安定に応じたように、部屋中に張り詰めていたフィリエルから溢れでていた魔力が少し薄らぐ。
「それより今はエルの方が心配。殿下より酷い顔してる」
魔力の影響で倒れたはずのアレクシスより、フィリエルの方が顔色も悪く疲れの色が濃く見える、今にも倒れてしまいそうだった。
魔力が抑えられなくなった為、人と会うことも出来なかったので食事も取れず、その魔力を抑えようとほとんど睡眠を取れないまま気を張り続け、どうにもで出来ないまま今のような状態になってしまった。
ユイが来るのがもう少し遅かったら倒れていただろう。むしろよく一週間も保ったものだ。
ユイがフィリエルを休ませようと部屋を見回すが、部屋の中にはソファーやテーブルといった家具はあっても、ベッドは見当たらなかった。
フィリエルの部屋の中には扉が幾つかある。
続き部屋のようになっており、寝室はその幾つかある扉の一つの先にある。
他は応接室や衣装部屋に風呂やトイレ洗面所、小さなキッチンなどに続いている。
流石王族の部屋だけあり、広い造りになっていて、特にフィリエルはあまり人と接触しないようにと、この中だけでも生活が出来るよう設備がしっかりした造りになっていた。
この部屋は普段寛いだりするような部屋なのだろう、ベッドは置いていなかった。
ユイは寝室の扉の場所を聞くとフィリエルの手を引いてベッドに向かう。
フィリエルにベッドに横になるように促すとユイもベッドに上がり、眠る体勢になったフィリエルの横に座り手を繋いだ。
「ゆっくり眠って、起きたらアレクシス殿下に謝りに行かないとね。
まだ謝ってないんでしょう?」
「………許してくれるかな」
傷つけられた事で他の者達のように自分を恐れたり、距離を置いたりするのではないか。
今までのような仲の良い兄弟関係では居られないかもしれない。
フィリエルはアレクシスにどんな反応を示されるのか不安で苦しげな表情を浮かべる。
「大丈夫よ、エルの兄様だもの。
もし許してくれなかったら、許してくれるまで私も一緒に謝るから心配しないで大丈夫」
「それは心強いな」
心配無用とでも言うような明るいユイの物言いに、ようやくフィリエルがくすりと笑みを浮かべた。
フィリエルが心配せずともアレクシスならば既に許しているだろうとユイは思っていた。
無事だったとは言え、まだそれ程時は経っていない。
顔色もまだ悪く、正直起き上がるのも辛いはずだ、そんな体でユイが呼ばれた部屋にいたのはきっと弟を心配しての事だろうと。
「だから安心して眠って、エルが起きるまで一緒にいるから」
「ああ、ありがとうユイ」
すると、ふっと何か思い出したようにフィリエルがユイと握っている手をジッと見つめ、その視線に気付いたユイは首を傾げる。
「………何?」
「いや、懐かしいなと思ってな。
前にもこうしてユイに手を握られながら眠った事があったなと」
「前?………あっそう言えばあったね、そんな事」
考え込んだユイだったが、直ぐにいつの時の事だったか思い出した。
数年前、以前も今のようにフィリエルと一晩中手を繋いで一緒に眠った事があった事を。
「あの時といい今回といい、ユイには情けない所ばかり見せてるな。
……でも、ユイが居てくれて本当に助かった、あのまま魔力が暴走するんじゃないかと正直不安だったんだ」
そして、目を瞑ったフィリエルは、よほど疲れていたのか、少しすると規則正しい寝息が聞こえてきてユイはホッと安堵の息をついた。
「………情けないなんて思ってないよ、いつも助けられたのは私の方なんだから」
初めて会ったあの時から助けられていたのは……力を貰ったのは自分の方だった。
だから、もしエルが辛い時は私が全力で助けになろう、側にいようと、自分自身に誓った。
今回私が来た事で少しはエルを助けられたのならば嬉しい。
そんな想いを抱きながらユイはぐっすり眠ったフィリエルを見つめ、胸の辺りに手をかざし魔法の詠唱を始めると、魔法陣が光を放ちフィリエルの体の上に浮かぶ。
詠唱が終わり光がフィリエルの体内に吸い込まれるように消えると、今まで溢れ出ていたフィリエルの魔力が収まり、部屋中を満たしていた圧迫感が一瞬で消え去った。




