王族の護衛官の思い
代々、王子王女には同じ年齢で同性の護衛を付ける。
王族を守る近衛騎士がいるにも関わらず、別に子供を護衛に付けるのには二つの理由がある。
一つは大人達に周囲を囲まれる窮屈な生活の中、同年代の話し相手が必要だろうと配慮しての事。
もう一つは魔法学園内での警護の為だ。
魔法学園は例外なく関係者以外敷地内に入ることは許されない。
それは王族であろうと例外は無い。
当然、学園の警備は王宮と遜色のない最高のもので今まで如何なる侵入も防いできている。
しかし、万が一を考え学園内で王族を守る為に、同じ年齢の護衛が必要なのだ。
そして、その護衛には孤児院から産まれたばかりの子供を王宮が引き取り、相応しい教育を受けさせた者を付ける。
何故、貴族の子息や令嬢にしないかというと、貴族の場合どうしても政治や派閥に左右されてしまうからだ。
ある派閥の家の子供を付ければ、それと敵対した派閥が不満を訴えたりと、無益な諍いや混乱を引き起こしてしまう。
その事で王族を守れなくなるようでは護衛を付ける意味がない。
その点、孤児には政治に関わりなどなく混乱を避けられる。
産まれたばかりの赤子という事でどこにも染まっておらず、教育する事で忠誠心を育てやすい。
下手に貴族を付けるより暗殺の心配も、どの貴族の子を付けるかで頭を痛める必要もなくなるのだ。
もちろん奴隷ではないので孤児にも選択肢はある。
成人後に本人の意思確認をし、拒否した場合は今までの報奨金を得て、王宮から出て自由に生きる事も出来る。
とは言え、そのように幼い頃から側にいると仕えられる王族の者はその護衛に誰よりも強い信頼が生まれる。
それ故に、幼い頃から気心が知れ、絶対的な信頼を寄せてくれる主を捨てて新しい別の世界に飛び出す者はめったにいない。
フィリエルの護衛をしているルカとジークも、孤児院にいた赤子の頃に王宮に引き取られ護衛としての教育を受けた。
しかし、二人は今までの護衛とは少し違っていた。
理由はフィリエルの魔力が強過ぎたことだ。
まだ幼くその魔力を制御する事が出来なかったフィリエルは、周りの人や物を壊したり傷付けてしまい、一部の者しか側に寄れず普通ならば5歳までには話し相手として付くはずのルカとジークも、顔を合わせる事は数度あったが正式に側に仕える事を禁じられていた。
孤児である二人が王宮にいる存在意義はフィリエルの護衛であると考えていた。
ジークもルカも仕えられる日をずっと待ち望んでいたのだ。
しかし、それは長い間叶わず、心無い者から役立たずや無駄飯食らいと罵られる事も少なくなかった。
やっと側に付く許可が下りたのは、魔力を制御出来始めた十四歳の時。
フィリエルの警護が決まった日。
その時、ようやく二人は不安定な立ち位置である自分達が存在する事を許されたような気がした。
何の地位もない自分達にも優しく、友人として接してくれるこの主の為に、精一杯仕えようとルカとジークは誓い合った。
しかし、今回の事件、何も出来ず見ているしか出来ない自分達に二人は不甲斐なさと無力感を感じていた。
そんな思いを抱えユイを案内するルカとジークの足取りは重い。
それというのも、テオドールから連れて来いと言われた人物が原因だった。
レイスに関しては言わずもがな、ジークは誰もが恐れる魔王様にあまり関わりたくないからだ。
ルカに連れて来いと言われたエリザは、今はフィリエルの部屋の前でずっと呼び掛けているという。
エリザがフィリエルに好意を持っているのは周知の事実、本人も隠す気はないようだ。
そのエリザはかなり気性が激しく我が儘な所がある。
フィリエルの事になると尚更で、エリザのいるフィリエルの所までユイを連れて行って大丈夫なのかと懸念がある。
しかもそのユイを連れて行った後、エリザを連れて帰らなければならないのだ。
知らない女がフィリエルと一緒にいて素直に納得して戻ってくれるとは到底思えない。
しかし、一番の心配事は初めて知ったユイと言う少女がフィリエルの扉を開ける事が出来るのかだった。
最も親しい親代わりをしていたテオドールとガイウスが声を掛けても出て来なかったのに、少女一人で開けられるのか甚だ疑問だった。
けれど、出来るのならフィリエルを助けて欲しいと祈るような気持ちを二人はユイに向ける。
ユイ達がフィリエルの部屋の前まで来ると、部屋に向かい呼び掛けていたエリザがユイ達に気付き視線を向けてきた。
視線の矛先は見知らぬ顔のユイに向いている。
「エリザ様、テオドール陛下より戻るようにと言付けを賜っております」
「ねぇ、その子がお祖父様が言っていた子なの?」
テオドールの言葉にも素知らぬ態度のエリザにルカは眉根を寄せる。
しかし、ここで下手に出るとややこしくなるので素直に答える。
「その通りです」
「へぇこの子がね……」
エリザはねめ付けるようにユイを見る。
これ以上ユイをエリザの目に触れさせるのはまずいと判断して間にルカが入った。
「エリザ様、早くお戻りになって下さい」
「嫌よ、フィルが出てくるまで動くつもりはないわ」
「そう言わずに、お願いしますよ」
「嫌よ!」
再三の申し出にもエリザは断固拒否の姿勢で、やっぱりかとルカとジークは頭が痛くなった。
「テオドール陛下より、ここは彼女に任せるようにと言われております」
「それが嫌だって言ってるのよ!
どうしてこんな見ず知らずの人を残して、婚約者の私が離れないといけないのよ!」
婚約者っと言う言葉にわずかにユイが反応した。
それに気を良くしたのかエリザは勝ち誇ったような顔をユイに見せる。
「そう婚約者よ、だから他人はここから出て行ってくださる?」
「いや、ちょっと待って下さいよ」
「あなたは婚約者ではないでしょう。
その件はフィリエル様からお断りになられたはずです」
「煩いわよ、あなた達!」
婚約者発言にぎょっとしたジークとルカが素早く突っ込む。
否定されたのが図星だったので顔を赤くして怒りの矛先を二人に向ける。
今は何よりフィリエルが心配だったユイは、未だ怒鳴っているエリザとたしなめる二人に割って入るのは勇気がいったが口を開く。
「あの、エル……フィリエル殿下はこの扉の中ですか?」
「貴女には関係ないでしょう!」
「はい、フィリエル様の部屋はそこです」
「ちょっと!」
「エリザ様、彼女を部屋まで連れて行けとテオドール陛下のご命令です。
何かご不満がございましたら、テオドール陛下にご自身でおっしゃって下さい」
流石にテオドールの命令だと言われてはそれ以上言えず、悔しそうに口ごもる。
ルカがエリザを促し扉から距離を取ったのを見て取ると、ユイは扉のすぐ前まで進み出た。
ジークとルカはその様子を息を呑んで見守る。
ユイは扉にコンコンとノックをし、声を掛ける。
「エル……ユイです。開けて」
決して大きくない声でユイが声を掛けたが、直後、扉の中から何か落ちる音や鈍い音、割れたような音が聞こえてきた。
一体中で何が……と思った時には、勢い良く部屋の扉が開かれた。
ユイが声を掛けてから扉が開くまで、その間約三秒。
「…………マジで三秒で出たな」
「…………ああ」
テオドールの言った通り、わずか三秒で呆気なく陥落した開かずの扉に、ジークとルカは安堵半分、呆れ半分と言った声で呟いた。
あれだけ頭を悩ませた時間は何だったのかと思えてしまう。
扉を開けたフィリエルは目の前にいるユイに驚愕した表情を浮かべる。
「……ほ…本物のユイか?」
「うん」
「どうしてここに……」
「テオ爺様に連れて来られたの。
色々話したいから取りあえず部屋に入れて?」
「えっ、ああ」
未だ驚きが覚めず呆気に取られていたが、ユイに促され部屋に招き入れる。
そしてユイが部屋に入ると、そのまま閉じられようとした扉にエリザが近付こうとしたが、ルカがエリザの前に立ちはだかった事により阻まれた。
「ちょっと、邪魔しないでよ!閉まっちゃったじゃない!」
妨害したルカに怒りを露わにするが、ルカは気にせず口を開く。
「先程も言いましたように、エリザ様には私と一緒にお戻りいただきます」
「私もさっき嫌だと言ったでしょう!」
「そのような我が儘はまかり通りません」
「誰に向かって言ってるのよ!私は……」
「これはテオドール陛下のご命令です!
例え貴女が孫であろうと、公爵家の令嬢であろうと許されません」
「っ…………」
こう言われては反論出来ず、ようやく大人しくなった。
「じゃあ俺は宰相閣下のとこに行ってくる」
「ああ、気を付けろよ………色々と」
「…………………」
悲壮感漂うジークと別れ、ルカはエリザを伴いテオドールの所に戻る。
エリザは一度フィリエルの扉を振り返ったが、再び前を向き歩き出した。




