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今までの雰囲気を吹き飛ばすように、それまで黙って話を聞いていた祖父のテオドールが突然爆弾を投下した。
「な、何を言うんですか!」
フィリエルは、突然の暴露に動揺する。
何を言うんだこのクソジジイ!!と心の中で叫んでしまうのは致し方ないだろう。
「父上、フィリエルにはそんな子がいたんですか?」
「うむ、アリシアが喜びそうな可愛い子だ」
「まあ本当ですかお義父様、ぜひ会ってみたいわ」
アリシアが嬉しそうに声を上げる。
「ちょ、ちょっと待って下さい、彼女とはまだそういう関係では……」
「あらあら、じゃあそういう子がいるのは本当なのね?」
「あっ……」
言質を取られた事に気づいてフィリエルは、がっくりと肩を落とした。
「諦めなフィリエル、母上達に勝てるわけがないだろう」
「兄上……」
「しかしフィリエルに好きな子がねぇ……。
いつからなんだい?」
「いつからって言うか……最初に会ったのは十二歳ですが……」
これだけ知られてしまった後では致し方ないとアレクシスに聞かれ諦めて話す事にしたが、フィリエルがふと前を見ると両親がキラキラした目で興味津々に息子達の話を聞いていた。
「へ~、それから七年か。それほど前から良い人がいたなんてね。
それじゃあ婚約者なんて余計なお世話だったみたいですよ」
「うーんそうか、そういう子がいるなら婚約の話は諦めるしかないか」
「なっ!お父様!
そんなどこの誰とも分からない女なんてだめよ!」
残念そうにジェラールが諦めると言ったが、フィリエルに好意を持つエリザは納得がいかなかった。
「それなら心配はいらんぞ、身分もしっかりした子で、おそらく誰も文句は言えんじゃろ。
(なんせあ奴が父親じゃからな)」
テオドールは少し前に父親になった男を思い浮かべる、あの男ならば文句を言う者達も黙らせれるだろう、むしろ問題はその父親自身だ。
「あら、じゃあ問題ないわね」
「父上は随分よくご存知なのですね」
ベルナルトはフィリエルにそういう相手がいたことすら知らなかったのにテオドールは知っている事に悔しがる。
父親は私なのに!とテオドールに嫉妬を込めた視線を向ける。
「ホッホッホ、城を脱け出して会いに行くフィリエルにたまに付いて行っていたからの」
「いやいや、止めて下さい。危ないでしょう!」
王族が城を抜け出すなど、何かあったらどうするのだとベルナルトがすかさず突っ込む。
「安心せい、フィリエルが脱け出す時にはちゃんと影を付けておる」
「あら、それなら宜しいじゃありませんか。
好きな子に会いに行く為に城を脱け出し、人目を盗んで逢瀬を重ねる………素敵だわ!!」
「母上……」
物語を読むようにうっとりと話す王妃にフィリエルはげんなりとする。
「そんなことより婚約の話はどうしましょうか?」
アレクシスののんびりとした呟きで逸れていた話が元に戻された。
「うーむ、元々フィリエルの為にと考えた婚約だからな、好いた女性がいるなら無理強いをする気はないし」
「けれど話を聞くと恋人同士という訳ではないようですし、取りあえず保留にしてはどうでしょう?
振られたらまた考えては?」
フィリエルはアレクシスの振られたらという言葉にもしもを想像し、地味に傷ついた。
「うむ、フィリエルもジェラールもそれで良いか?」
「はい」
「残念ですが仕方ありませんな」
アレクシスの提案にベルナルトが二人に確認を取る。
ジェラールとフィリエルは了承したが、エリザは全く納得がいっていない様子だ。
「はっはっはっ、しっかり口説き落とすのじゃぞ」
とりあえず婚約は保留になり安堵したが、色々暴露されたフィリエルはテオドールに怨めしい視線を向けつつ話は終わった。
***
「お父様どうして簡単に引き下がったの!?
お父様だって私とフィルが結婚したら嬉しいって言ったじゃない!」
食事が終わった帰りエリザは父親のジェラールに詰め寄った。
「仕方がないだろうエリザ、お前がフィリエルを好いているのは知っている。
気持ちは分かるが、一番大事なのはフィリエルの気持ちなんだから」
ジェラールは諭すようにエリザに話す。
「嫌よ!政略結婚だったらフィルも納得するんでしょ?
お父様から話をしてよ!」
「それも無理だろう」
「どうして!?」
「どうやら父上はフィリエルの相手を知っているみたいだ。
しかも、かなりその子を気に入っているようだった」
「お祖父様が言ってるだけでしょう」
「エリザ、お前からすればただの祖父でも、国からすれば父上は先の国王なんだよ。
つまりは父上が……いや、先王陛下が認めてる相手と言う事だ。
残念だが、諦めなさい」
「っ……」
エリザは漸く状況が理解出来て唇を噛み締める。
テオドールは在位していた時には賢王と呼び声高く、王位をベルナルトに譲った時にはまだ早すぎると多くの者が説得に明け暮れた。
説得は叶わずベルナルトが王位に就いたが、退位したといえどその権力と影響力は計り知れない。
そのテオドールが認めたとなれば、たとえ相手が孤児だとしても煩い貴族達を黙らせられる。
話はこれで終わりとジェラールは先に歩いていった。
「私は今までフィルの為にいっぱい努力してきたのよ。
絶対諦めたりしないんだから」
エリザは見たこともない相手に憎しみにも似た強い嫉妬心を向ける。




